一・生真面目そうな護衛騎士
「王宮滞在時のアリシア・ゲネシス公爵令嬢の護衛騎士となりました、ダリル・グラディウスでございます。以後、お見知りおきの程を」
そう言った騎士の腰には、美しい細工の細身の剣が下げられていた。
さすがは王宮、魔法剣を使える騎士を易々と提供するなんて、とアリシアは表情には出さずに感心をした。魔法剣とは、その名の通り魔法が付与されている剣のことである。魔道具のように魔法が使えずとも使用できる武器だが、扱いが難しく使用者を選ぶ剣とも言われている特別なもの。ダリルが持っているのはそれなのだ。
それにしても生真面目そうで、見ようによっては無愛想ともとれる騎士だ。そんな感想をやはりおくびにもださず、アリシアは微笑んだ。
「アリシア・ゲネシスですわ。よろしくお願いいたします」
王宮滞在用の部屋に通されたアリシアには専用の護衛騎士があてがわれた。他の令嬢たちにも同様に近衛の中から選ばれた護衛騎士が付き、必要であれば侍女などの使用人も配置される。アリシアは実家から複数の侍女を連れて来ているので追加の使用人は断ったが、注目の的であるニアは侍女を一人しか連れて来ていなかった為に王宮の使用人が数人ついた。
「滞在中、基本的にはどちらでどう過ごされても結構ですが、国家機密等を扱う箇所、王族のテリトリー等への立ち入りは原則禁止となっております。この部屋を出て過ごされる場合は必ず私をお連れください」
「分かりましたわ。では、早速ですが書庫に連れて行ってくださいます?」
「……今からですか?」
ダリルは僅かに身じろぎをして、そう尋ねた。何故ならアリシアの使用人たちはまだ荷解きの真っ最中で、彼女自身も王宮に来てから休憩をとっていなかったからだ。
「何か不都合でも?」
「いえ、そのようなことはございません。お部屋にご案内したばかりでしたので、一度落ち着かれるかと思い失礼を申しました」
「あら、結構ですわ。そう思われるのは至極当然のことですもの。ですが、わたくしはこの期間、王宮で見たいものややりたいことが多くございますの。あちこち連れまわしてしまうかと存じますが、よろしくどうぞ」
「畏まりました」
―――
その宣言通りに、アリシアは期間中ひどく活動的だった。
初日は書庫へ行き、禁書以外の本のタイトルを侍女たちに全て控えさせた。更に自家にあるものとないものを区別させ、ないものの中で重要性のある本をいくつか選ばせている間に、アリシア自身は王宮内を練り歩いた。
二日目以降は王宮内での使用人たちの動きや貴族の出入りの観察、王宮に仕える騎士や魔法使いたちの鍛練の見学、文官たちの仕事の仕組みなどを学ぶなど本当にあちこち動き回っていた。
しかしその間にも、王太子との散歩という名の面談、王妃主催のお茶会、令嬢同士のやり取りなどもある。更に護衛騎士であるダリルが朝の挨拶をする時にはもう必ず起きて、初日に侍女に選ばせていた本を読んでいるのだ。ダリルは、一体この人はいつ休んでいるのかと若干気になった。
選考期間は一ヶ月から二ヶ月程が通例だが、アリシアはもう既に三週間は休みなしで動いているのだから、その心配は当たり前のことだった。本日も予定があるアリシアが、その前にと与えられた部屋で本を開いているが、その後ろからダリルは声をかけた。
「ゲネシス様」
「まあ、何でしょう、グラディウスさん」
二人が姓で名前を呼び合っているのは規則などではなく、アリシアの要望だ。他の令嬢や護衛騎士たちは名前で呼び合っている。ダリルはグラディウス伯爵家の未婚の男子であり、自身の雇っている騎士でもない。ゲネシス姓はこの場に自分だけであるから、姓で呼び合うことに不都合もないでしょうとアリシアは笑った。
「王宮に来られてからこちら、私は貴女の休んでいるところを見たことがないのですが、適切な休息をとっていらっしゃいますか?」
「あら、休息とは夜にすることです。貴方が見れるはずがないでしょう?」
「そういう意味ではございません」
言葉遊びに生真面目に返されて、アリシアはまた笑う。しかし眉間に刻まれた皺が自身への心配だと思うと、少しくすぐったくもあった。自身の家族でも配下でも友人でもない人と長くを共にすることなどなかったアリシアは、ダリルのこういう生真面目さを少しだけ持て余しながら、けれどこの状況も楽しんでいた。
「ふふ、ご心配ありがとう。ですが、それには及びません。限りある日数で王宮のことをできるだけ学びたいのです」
「しかし」
「ああ……。グラディウスさんのお休みがないということですか? わたくしは別の方でも構いませんが」
「規則上、期限内に別の護衛騎士がつくことは原則ありません。また、私は騎士として鍛えておりますので、この程度では疲弊はしません」
「そう言っていただけると助かりますわ。選定にはもうそう時間はかからないでしょうから、後少しお付き合いください」
「……ご自身が選ばれると?」
「どうでしょうね?」
アリシアは口角を上げながらそう言った。質問に質問で返すということは、まあ、そういうことである。それ程に王太子殿下は分かりやすかった、とだけ記しておこう。アリシアは素早く見切りをつけ、自身の欲求に素直に動き回っていただけだったので文句を言うつもりもない。熱心な令嬢たちが自分をアピールしている間も、彼女はダリルを連れて王宮内部の見学に励んでいたのだから。
「ゲネシス様」
「もう、貴方がそんな怖い顔をしても仕方がないでしょう? 初めに言ったじゃないですか、『意外とああいう人が選ばれるのかもしれませんね』って」
それは、伯爵令嬢ニアと王太子エドガーが一緒に歩いているところを見たアリシアがぽつりと呟いた言葉だった。意外と、というのは“明らかに貴族として未熟であるニアが”という意味である。それは事実で、侮蔑ですらない。ニアは心優しい可憐な少女で、基本的な礼儀作法はできているが、それだけだったのだから。
「……初日に『一番に国を発展させる妃となる自信がある』と仰った方とは思えない気弱さですね」
「あら、今でもその自信はありますわ。未来のことは不確定とはいえ、限りなく事実に近いでしょう」
「では」
「ですが、選ぶのはわたくしではありません。選考基準が実績と将来性だけならば、わたくしが選ばれないわけがありませんが、決してそうではないということです」
そこまで聞いて、ダリルは確かにそうだ、と目を逸らした。初日から、エドガーは明らかにニアを特別扱いしていた。王太子妃の選考であるのだから、その王太子との相性は重要ではある。更に、選考基準はその時によって違うらしい。今回の基準がエドガーの心の中で決まるようなことであるのならば、既にニア以外の令嬢に勝ち目はなさそうだった。
「よろしいのですか、それで」
「よろしいもなにも、選ばれないとはそういうことです。それにわたくし、王太子妃という地位にそこまで固執はしておりませんの。だって、やりたいことが多くて!」
「やりたいこと、ですか?」
「ええ!」
アリシアは初日のように自信ありげに笑いながら胸を張った。
「まず、王宮で得た知識を早く任されている地域で使いたくて仕方がないんです。特に文官の方々の書類承認システムは素晴らしいですね。通信魔道具を使うことによって、いちいち書類を持ち運ばなくても確認と承認が可能なんて。初期投資が少しかかりますが、費用対効果は計算する必要もない程でしょう。思いがけずお友だちもできましたし、彼女たちとそのご家族の方とは今後いいお付き合いを始めていきたいですわ。この選考に立候補した令嬢が貰える報奨をどのように使うかも考えないといけないですし、領地経営以外にも……。ああ、申し訳ございません。このくらいにしておきますわ」
「何故です?」
「何故って……。家族にもよく注意されるんですの。『お前は話しだすと止まらないから程々になさい』って」
アリシアは先程とは打って変わって、恥ずかしそうに視線を落とす。彼女は夢中になると話し続けてしまう悪癖があった。自身でもそれを自覚しているのに、止められない。それが悪癖の所以であるかもしれないが、身内でもない人の前でやりたいことでもないのだ。
「さあ、本日はこれからエスメ・シムラクルム侯爵令嬢とお茶をする予定ですの。護衛をお願いしますわ」
「承知いたしました」
今までのやりとりなどなかったかのように、二人は部屋を出た。アリシアとダリルの関係は、護衛される側とする側だというだけなのだ。それも期間限定のもの。ここにそれ以外の特別な感情はいらない。少なくともアリシアはそう考えていた。
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