9 熱
桐人の従兄である、佐々山が登場します。
「こんにちはー。佐々山と言いまーす。」
紅茶を持っていた朝葵の顔が、一瞬でこわばる。
「あ、はい、今出ます。」
「暁人が着いたか。」
曽我と桐人が玄関に向かったが、朝葵はあえて屈んだままテーブルの紅茶を並べていた。
「おじゃましまーす。あ、君が曽我くん?僕、佐々山暁人っていいまーす。よろしくねー。」
佐々山は桐人と同じく細身で背が高いが、人懐っこい笑顔と茶色がかった色のくせっ毛の持ち主で、親しみやすい雰囲気のある人間だった。
「曽我です。よろしくお願いします。中へどうぞ。」
「ごめんねえ、急にねえ。人たくさんで大変だよねえ。……あ!」
急に大きな声を出され、ゆっくりと朝葵は佐々山の方を振り向いた。
「あー、やっぱり、吉良ちゃんだよね。久しぶりだねー。」
佐々山はひらひらと手を振る。
「あ、お久しぶりです……。」
朝葵は、愛想笑いを浮かべながら、何とか挨拶を返した。
佐々山は桐人と朝葵と曽我を順々に見ながら、ふんふんと頷いている。
「吉良ちゃんが仲介役なのかな?まあ、桐人に直接相談をもちかけるのって、吉良ちゃんくらいだもんね。」
「わ、私、もう一つ紅茶入れてきますね。」
そそくさと朝葵が立ち上がる。
「吉良ちゃんは桐人のファンだもんねえ。桐人もこんな可愛い子に好かれていいねえ。」
「……!」
朝葵は顔を真っ赤に染めて、キッチンに逃げた。といっても1Kなので、さほど距離はない。
状況を察した曽我が、おろおろとしている。
(これだから、佐々山先輩は苦手なの……!)
以前朝葵が桐人に相談をした際に、佐々山を呼んだことがあった。すごく有用なアドバイスをもらい、それに関しては非常に感謝している。しかし、その時以来、佐々山は朝葵を「桐人のことが好きな後輩」として扱ってくる。
顔の広い朝葵は、他学部の学生とも交流が多い。実は桐人に紹介された後も、佐々山と何度か顔を合わせたことがある。その度に桐人のことを言われるのだ。
桐人のファンと言われればそうなのかもしれない。
桐人といると居心地がいいから、自分から近づいて行っているのは否めない。信頼できる先輩であるし、尊敬もしている。でも、これが恋愛感情なのかは自分でも分からない。
おまけに、下心があって近づいていると桐人に思われるのは、あまりに恥ずかしかった。
「暁人、しょうもないことを言ってないで早く座れ。曽我くんが困ってるだろ。」
「あ、ああ、はい。佐々山先輩、こちらへどうぞ。」
「はーい。」
(よかった。久万先輩はあまり気にしてなさそう。)
朝葵は気を取り直して、手早くティーバッグで紅茶を淹れると、それを持ってテーブルに戻った。
佐々山が妙な気をまわして桐人の隣を空けようとしたが、抵抗して向かいの位置に座った。
皆が紅茶を飲んでいる間、佐々山は先程まとめたメモに、一通り目を通していた。
「ふうん。不思議な話だね。」
「まあ、ラジオに関してはな。俺としては、まずお前の意見を聞きたいんだが……」
桐人が少し身を乗り出す。
「暁人、これがもし、ただ『人が亡くなった話』だと考えたらどう思う?」
「ラジオのことを抜きにして考えたらってこと?」
「そうだ。」
佐々山が少し首をかしげる。
「う~ん。全くあり得ない話ではないけど。」
「え、そうなんですか?」
朝葵は驚いて、つい言葉が出てしまった。
「最初は、おばあさん・義兄・義妹の3人がと同時に亡くなったんだよねえ。この人たち、たぶん亡くなる当日まで元気だったんだよね?人をいびったり、蔵に閉じ込めたりできるくらいだから。」
「まあ、そうだったんだと思いますけど……。」
あまりいい根拠じゃないな、と朝葵は思う。
「元気だった人の病態が突然に変わるっていうのは、大体は外的要因……つまり、元々の病気とかじゃなくて、身体の外から何かが影響した可能性が高いかな~って、僕なら考えるねえ。」
「外からっていうと、どんなものが考えられるんだ?」
と、桐人が尋ねる。
「う~ん……。例えば感染症、毒、環境……とかかなあ。でも、感染症で急に症状が出て、1日も経たずにいきなり亡くなるところまでいくってのは、日本では考えにくいかな。」
「毒っていうと、何だか物騒だな。」
「まあ、誰かが都合のいい毒を持ち込んだのなら別だけど、普通に考えるなら食中毒とか、虫に刺されたとか、蛇に噛まれたとかだよ。でも、虫や蛇にしたら、致死率が高すぎる気はする。」
「なるほどな。じゃあ、環境と言うのは?」
「これが一番考えやすいかもね、普通に考えると熱中症とかかなあ。」
桐人からの質問に、佐々山が次々と答えていく。桐人は佐々山から医学的な意見が聞きたかったのだろう。朝葵は余計なことで動揺ばかりしている自分を恥じた。
曽我は最初はあっけにとられた様子だったが、
「あの、いいですか。」
と、声をかけた。桐人と佐々山が話をやめ、曽我の方を向いた。
「なあに?曽我ちゃん。」
「父も同じ家に住んで、一緒に食事をしていたんです。だから、環境も食べるものも一緒だったと思うんですけど……。」
ふむ、と桐人が頷きながら言う。
「そうか。なぜその3人だけが具合が悪くなって、亡くなってしまったかを考えないといけないのか。」
佐々山は少し上を向いてう~んとうなっていたが、やがて、のんびりとした声で言った。
「環境に関して言うとさあ、健一さんは、その日は昼間から夕方にかけて蔵にいたんでしょ?」
「あ……、そういえば。」
「よくできた蔵なら断熱は優秀だよ。健一さんは暗くて怖かっただろうけど、意外と涼しい所で過ごしていたのかも。健一さんが蔵に閉じ込められている間に、3人がどう過ごしていたかは全く分からないけど、3人だけでいいもの食べたり、遊びに行ったりしてたのかもしれないよ。」
その当時、健一親子が置かれていた状況を考えると、ありうる話ではあった。
「想像でしかないけど、辻褄は合うでしょ。」
曽我と朝葵はうんうんと頷く。
朝葵は、メモの「3人とも他界」の隣に、『死因:食中毒?熱中症?』と書き込んだ。
お読みいただいてありがとうございました。次も佐々山がよく喋ります。ぜひ続きもお楽しみください。