8 訪問
場面が曽我の家に移ります。
曽我の家は大学から10分ほどの距離だった。
3人でコンビニに寄り、飲み物などを買ってから行くことにした。桐人によると、佐々山は30分くらいしたら到着するとのことだった。
曽我の部屋はこぢんまりとした1Kであったが、物が少なくきちんと片付けられていた。
端に布団が畳まれ、カーペットの敷かれた部屋の真ん中にローテーブルが置かれている。
「どうぞ、狭いですが。」
と、言いながら、曽我がテーブルの周りにクッションを置いていった。
「おじゃまします。わあ、曽我くんって、家の中きれいだね。」
朝葵が褒めると、曽我は照れた様子で言った。
「そんなことないよ。」
「いや、綺麗だな。ちゃんと生活しているという感じがする。」
真面目な顔で桐人が言うのを聞いて、朝葵は桐人の机の上の雑然とした様子を思い浮かべた。
(先輩、ちゃんと生活していないのかしら。)
集中すると動かなくなるし、痩せているし、食事なんかもいい加減なのかもしれない、と朝葵は心配になった。
各々がテーブルの周りに座ると、桐人が口火を切った。
「じゃあまず、事実関係を整理していこう。」
朝葵と曽我が頷く。
朝葵はレポート用紙を机の上に用意し、ペンを取り出しながら言った。
「先輩、私が書いていきましょうか?」
「ああ、頼む。」
「ありがとう、吉良さん。」
人物と出来事をまとめると、以下のようになった。
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ばあさん:健一の義祖母。義父の母親。
父ちゃん:健一の義父。母親の再婚相手。
母ちゃん:健一の母親。義父の後妻。
義兄:義父の前妻の子。
義妹:義父の前妻の子。
健一:曽我くんの父親。
陽子:曽我くんの母親。
凌:曽我くん
健一が7歳より前
健一の母親が後妻に入る。健一は連れ子。義父には前妻の子である義兄や義妹がいた。
健一は義兄や義妹にいじめられる。母親は義祖母にいびられていた。
健一7歳(42年前)
健一が義兄や義妹に蔵の中に閉じ込められる。
蔵の中でラジオを見つける(最初は何も聞こえない)→ラジオから声が聴こえる。
『こんにちは』『こっちにおいで』→『代わりに誰かをちょうだい』と言う。
健一が義兄・義妹の名前をラジオに言う。母親に相談した際、義祖母の名前も言う。
その夜に義兄・義妹は熱を出した。義祖母も「具合が悪い」と言った。その後3人とも他界。
健一28歳(21年前)
陽子妊娠中。健一の義父・母親にいびられる。
この日は義父と母親は1階の部屋で、健一と陽子は2階の部屋で寝ていた。
夜、部屋のラジオから声が聴こえる。
『また来たよ』→『また誰かを代わりにちょうだい』
朝になり、両親が亡くなっているのを発見する。
健一29歳(20年前)
凌誕生。
凌が物心ついたときには、音楽プレーヤーなどの「音のでるもの」は父が嫌って家に置かなかった。
健一42歳(7年前)
健一と陽子が口論。
翌日陽子他界。高熱を出し、救急搬送されるが他界。
健一48歳ごろ(去年)
凌に対しての態度が素っ気なくなる。
健一49歳(今年)
健一より、お盆は帰ってくるように、と連絡あり。
ラジオアプリからノイズ。
健一が凌に「ラジオの声」の話をする。
陽子の声で、「あなたは来てはだめ」と聞こえたのち、凌はスマホを投げ、意識を失う。
翌日、健一他界。スマホは電源が切れたまま。
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「まあ、こんなところだろう。」
「……そうですね。きれいにまとめてくれてありがとう、吉良さん。」
「書くのは嫌いじゃないから。……ね、曽我くん、大丈夫?」
曽我の顔色が先程より青い。改めて細かく振り返ることで、父の死や「声」の恐怖を思い出してしまったようであった。
「ちょっと休憩しよう。私紅茶買ってきたんだ。お湯沸かしてもいい?」
「あ、うん。えっと、そこのポットを……。」
曽我と朝葵が立ち上がり、キッチンの方に向かう。桐人は朝葵の書いたメモを見ながらじっと考えていた。
「……。」
桐人は曽我を今日初めて知ったが、礼儀正しい、感じのいい青年だと思った。母に次いで父まで失ったところだというのに、人を気遣う心を忘れていない。
『四十九日もまだ終わっていないので、本当は実家にいた方がいいんでしょうけど……。恥ずかしながら家も祭壇も怖くて……。』
法要の日に日帰りで行くのが精いっぱいだと、曽我は弱々しく言っていた。
四十九日までは「後飾り」と言われる祭壇が仏壇の傍に立てられる。まだ忌日法要が行われる時期であるし、本来であれば毎日ろうそくを灯したり、線香を焚いたりするものだ。今のような状態でなければ、曽我は実家で過ごし、きちんと祭壇の手入れや法要の準備をしていただろう。
曽我自身も、いったんは父親の話が眉唾だと信じたかったらしい。
しかし、相続の手続きに必要なため、父親の出生時からの除籍謄本を取り寄せなければならなかった。その内容を確認したところ、亡くなった人間の人数・関係・没年などが全て一致した。仏壇の位牌も改めて確認したが、やはり父親の話の通りだった。
それで余計に恐ろしくなってしまい、実家に近寄りたくないとのことだった。
曽我が特に気にしていたのは、父親が自分を殺そうとしたのかどうかということと、父親の話に出てきた「ラジオの声」の正体だった。
彼が言うに、昨年あたりまでは父親との関係は良好だったらしい。
母親が亡くなってからは、父親と家事を分担しながら暮らしてきた。父親はお喋りなタイプではなかったが、雑談もするし、一緒にテレビを見て笑うこともあった。進路の相談をしたときには、一緒に悩んでくれた。曽我が大学に入り、家を出てからも、実家に戻ったときには、いい酒を買っておいてくれたり、食事に連れて行ってくれたりした。
それを聞く限り、桐人にも、元々父親が曽我を疎んじていたようには思えない。
そして、今回話を整理していて、曽我が新たに思い出したことがある。
母親が亡くなる前日、両親は口論をしていたらしい。
『僕のことを話しているみたいだったので、あんまり聞かないようにしていたんですけど。』
「子供がいるのに、どうして言ってくれなかったの」と母親が怒った様子で言っていたのは覚えているとのことだった。
しかし、それでも情報が多いわけではなかった。
だから、曽我の家に起きた出来事について、納得のいく筋道を作るには想像で補うしかない。
(彼が経験したこと、実際にあった出来事、それら全てと整合性があるストーリー……。)
少ない部品から、全体像を考えていく作業だ。分からなくて当たり前だ。
(だが、もう少し情報があれば、うまくつながりそうな気もするんだが……。)
桐人はメモを食い入るように見つつ、悶々としていた。
曽我と朝葵が、3人分の紅茶の入った紙コップを運んできたところで、玄関のチャイムが鳴った。
お読みいただいてありがとうございました。次は佐々山が登場します。ぜひ続きもお楽しみください。