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7 整理

桐人が曽我にある提案をします。

(あ、いつものやつだ。)


 曽我の話を一通り聞き終わったあと、桐人は顎に手をあて、考え込んでいた。

 たくさんの情報が頭に入った後、桐人はこの状態でしばらく動かなくなる。身体の動きを止め、脳が情報を整理していくのを待つ。


(パソコンの処理中みたい。)


 朝葵も何度も見た姿だった。桐人が扱いづらい人物と誤解される一因でもある。ディスカッション中でも、急にこの状態に陥ってしまうため、ゼミの一つの名物となっていた。

 そして、このときの桐人は邪魔しない方がいい。

 一度うっかりしつこく話しかけた先輩が、ぼそぼそと小声で何かを言われ、青い顔で慌てて逃げて行ったのを見たことがある。


 朝葵自身は、こうやって集中している桐人を見るのが嫌ではなかった。曽我の話に正面から取り組んでいるからこそ、この状態になっているのである。桐人の誠実さの現れだと思える。

 曽我の様子をそっと窺うと、動かなくなった桐人に戸惑っている様子ではあったが、自分の話を真剣に考えていてくれると好意的にとっているようだった。


 しばらくすると桐人は顔を上げ、コーヒーを一口飲むと、おもむろに話し出した。


「曽我くん。この話を一緒に整理してみないか。」

「え……?」


(やっぱりな。)


 朝葵が桐人に相談をすると、時々この「整理」作業をしようと言ってくることがあった。特に、悪い想像ばかりが膨らみ、不安が強くなっているときには、必ず言われた。

 だから、おそらく今回もこの流れになるだろうと朝葵は予想していた。


「これはとても不可解な話だ。曽我くんも、まだ訳が分からないままだろう?」

「そ……、そうです。僕、今の事態をどう考えていいか分からなくて。頭がぐるぐるして……。」

「混乱するのは、頭が整理できていないせいだ。事実と想像がごっちゃになり、不安ばかりが強くなる。」

「そうかもしれないです……。」

「偉そうなことを言うが、俺自身は、何か解決できる力を持っているわけじゃない。でも、手助けはできる。」

「手助け……。」

「せっかくだ。俺達で『君に起きたこと』を整理して、一緒に考えていかないか?」


 桐人は真剣な表情で、まっすぐに曽我を見つめている。

 それを見て、朝葵までがドキッとした。


「整理……。僕はありがたいです。でも、いいんですか?皆さんお時間が……。」


 まだ昼過ぎではあるが、話し込んでいたら夕方になってしまうだろう。

 曽我が遠慮していると、朝葵がにっこり笑って言う。


「私、今日バイトないし、いいですよう。」

「俺も問題ない。曽我くんのほうは大丈夫なのか?」

「僕は……、今のままだと仕事になりませんから……。」


 朝葵はアルバイトの時の曽我の様子を思い出す。真っ青な顔でふらふらとしており、とても接客できる状態ではなかった。


「じゃあ決まりだ。と、いっても、ここに長居していても落ち着かないな。どこか移動しようか。」

「あ、じゃあ、狭いですが、お二人とも僕の部屋に来られますか?ここから近いですから。」

「悪いな。いいのか?」

「はい。人に来てもらった方が安心しますから……。」



 曽我の部屋に移動することが決まり、3人は準備を始めた。

 桐人が荷物をまとめる手を止め、また少し考える様子を見せる。それに気づいた朝葵が尋ねる。


「先輩、どうしたんですか?」


 桐人はやや言いづらそうに、曽我の方を向いて言う。


「いや、うーん……。曽我くん、悪いんだが、もう一人呼んでいいか?」

「はあ。僕としては構いませんが……。」

「すまない……。たぶんあいつがいた方がいいと思うから……。」


 あいつ、という言葉に、朝葵がぴくりと反応する。


「先輩、その人って……。」

「吉良さんも知っている人なの?」

「ああ、吉良は一度会ったことあるよな?」

「やっぱり、佐々山(ささやま)先輩ですか……。」


 大学の中で、桐人が「あいつ」と呼ぶような親しい人間はわずかしかいない。さらにその中で、朝葵が会ったことある人間は限られていた。


「俺の従兄で、医学部の4年生だ。年上で気を遣わせて申し訳ないけど、悪い奴じゃないから。」

「それなら、ここで、その方が来られるのを待ちますか?」

「いや、あいつは今日は自分のマンションにいるはずだから、直接来てもらおう。曽我くんの住所を教えていいか?」

「はい、大丈夫です。もし分かりにくければ、僕が迎えに出ますから……。」


 桐人と曽我が相談をしている中、


「悪い人では、ないですねえ。」と、朝葵がぎこちなく言う。


 佐々山は優秀な学生らしく、彼の知識や意見を聞きたい、という桐人の考えは朝葵にも理解できた。

 自分が曽我を桐人に引き合わせたのであるし、桐人が佐々山を呼びたいということを止める理由もない。できれば曽我が少しでも楽になるように手伝いたい、という気持ちは変わっていない。

 だが、朝葵は佐々山の名前が出たとたん、一瞬この場から逃げようと思ってしまった。


 基本的には穏やかで、人がいいと言える佐々山であったが、朝葵にはたった一つ苦手な面があった。


 少々デリカシーが足りないところがあるのだ。

お読みいただいてありがとうございました。次は曽我の家に移ります。ぜひ続きもお楽しみください。

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