6 相談
朝葵が相談相手を連れてきます。
「展開が早くないか?」
朝葵が「連絡してみます」と言って研究室を出て行ってから、30分も経っていなかった。
連絡をしに行っただけかと思ったら、桐人が少し調べ物をしている間に、男を一人連れて戻ってきたのだ。朝葵はいつも驚くほど行動が早い。
人見知りの桐人には、まだ他人と話す心の準備ができていなかった。
朝葵は桐人の言葉にきょとんとした様子だったが、ドアの所で隣に立っている男子を手で指し示し、
「先輩。こちらがバイト仲間の3年の、曽我凌くんです。」
と紹介した。
曽我はぺこりと頭を下げ、桐人に挨拶した。
「突然お伺いして申し訳ありません。曽我と申します。」
「曽我くん、こちらが久万先輩。」
「こんにちは、曽我くん。久万です。」
桐人も精いっぱい愛想よくしようとしたが、顔がわずかに動いただけだった。
「すみません、お休みの日に……。」
曽我は再度頭を下げた。朝葵に促され、お邪魔します、と言って研究室の中に入った。
曽我は優し気な風貌をした青年だった。
しかし、最近はあまり眠れていないようで、目の下にはクマがあり、顔色が明らかに悪かった。
心労が続いただろうから無理もないな、と桐人は曽我の境遇に同情した。
「とりあえず適当に座って楽にしてくれ。休みだから物好きしか来ない。ゆっくりしたらいい。」
朝葵が曽我に応接セットのソファを勧め、コーヒーを入れに行った。
「吉良が戻ってきたら話を始めようか。」
「はい。すみません……。」
朝葵は彼に何と説明して、ここまで連れてきたのだろうか。
先輩が話を聞きたがっているからといって、こんなにすぐに来るものだろうか。
いや、彼自身が何にでも縋りたい気持ちなのかもしれない。
桐人が考えていると、3人分のコーヒーを淹れた朝葵が戻ってきた。
「お待たせしました。」
朝葵は手際よくコーヒーを配っていく。
「ありがとう。」
「ありがとう、吉良さん。」
「どういたしまして。」
コーヒーを飲んで一息つくと、少し曽我の顔色も良くなったようだった。
「曽我くん、話はできそうかな?」
「はい、大丈夫です。」
曽我の話は、概ね朝葵から聞いた話と一緒だった。
父親が亡くなる前日に「ラジオからの声」の話を突然話したこと。
父親が言った話と、亡くなった人数や時期が一致していること。
父親の話の通りだと、7年前にもラジオの声が聞こえたはずであること。
そして、7年前には母親が亡くなっていること。
その日はスマホのラジオアプリが勝手に起動し、音を出すことが続いていたこと。
「今回も分からないんです。7年前が母さん1人だったのなら、今年も声が聞こえるはずだと思うんです。ただ、父さんは僕には何も言わなかった。」
「お父さんの話の中には出てこなかったんだね。」
「最後にごめんな、と言われたから……。僕もあのときは混乱していて、父さんは母さんを犠牲にしたんだと思い込んだんです。それで、てっきり、母さんと同じように僕も犠牲になるんだと思って……。」
「でも、そうはならなかった。」
「そうなんです。僕は、死ななかった……。」
曽我は膝の上で手を組み、ぎりぎりと力を入れる。
「色々頭の中に巡るんです。何で僕が助かったのか……。父がどうして亡くなったのか……。ラジオからの声って何だったのか……。でも、結論が出ない。」
「曽我くん、まずは話してくれてありがとう。」
桐人が曽我をねぎらうように言う。
「曽我くん。そんなの普通、なかなか理解できないよ。当たり前だよ。」
朝葵も言う。
「信じてくれますか。」
曽我は顔をあげ、桐人をじっと見つめて言った。目が潤んでいる。
「信じるも何も、実際に曽我くんが体験したことだろう。俺たちを騙す意味もないし。」
「それだけでも救われます。」
曽我は手の力を抜き、ソファにもたれて、ほっとしたように息を吐いた。
その様子を見て、桐人が曽我の話を聞いてくれて良かった、と朝葵は思った。
(久万先輩は、人の話を聞く才能があると思うのよね。)
朝葵にとって、桐人は信頼し、尊敬のおける先輩であった。
誰とでも話せる朝葵ではあるが、その分色んなことを抱え込んだり、嫌な経験をしたりすることも多く、常にストレスを抱えている。
桐人は人見知りで、自分からはあまり人と関わることはない。しかし、頼ってくる人間をはねつけることもない。根は親切で優しく、ぶっきらぼうな言い方をすることはあるが、言葉に嘘はない。
それだけでも十分に安心な存在であるのだが、朝葵が桐人に相談をもちかけるのには、もう一つ理由があった。桐人に話を聞いてもらうとなぜか気持ちが落ち着くのだ。
桐人は相槌を打ちながら聞いているだけのことが多いのだが、それでもなぜか心地がいい。
そのため、朝葵は申し訳ないと思いつつ、何度も桐人に話を聞いてもらっていた。
人を連れてきたのは今回が初めてだが、曽我が自分と同じような反応をしているのを見て、やはりこれは桐人の才能なのだと朝葵は確信した。
お読みいただいてありがとうございました。次は桐人の癖が出てきます。ぜひ続きもお楽しみください。