3 再来
「父親」の話の後半です。
それからの生活は順調だった。
父ちゃんと母ちゃんの仲は良かったし、俺も正式に父ちゃんの養子となった。
もういじめられることもなく、穏やかな日々が過ぎていった。
蔵の中のラジオのことなど、いつしか忘れていったんだ。
俺は大学からこっちに出てきて、そのまま就職した。それから、26歳でお前の母さん……陽子と出会って結婚した。
でも、父ちゃんと母ちゃんは、陽子のことを気に入ってくれなかった。
俺が実家に戻らないのを、陽子のせいだと思っていたみたいだ。
結婚して3年目の夏、俺は陽子と一緒に実家に帰省した。
そのとき、陽子のお腹の中にはお前がいた。
それなのに母ちゃんは妊娠中の陽子を連れまわし、家事をさせては罵った。
父ちゃんは陽子の作った料理がまずいと夕食の間、文句を言い続けた。
父ちゃんも母ちゃんも、俺にはいつも優しかった。その二人が陽子に辛く当たることが、俺にはなかなか受け入れられなかったんだ。
その夜、俺は泣いている陽子にひたすら謝り、次の日の朝には帰ることを約束した。
田舎の夜は早い。
その時、俺たちが泊ったのは、元々俺が使っていた2階の部屋だった。
父ちゃんや母ちゃんの部屋は1階だったから、部屋に戻ると静かなもんだった。
布団を並べ、寝る準備を済ませると、疲れ切った陽子はすぐに寝息を立てていた。
俺はあまり寝付けず、寝転んだままぼんやりとしていた。
すると、棚に載っているラジカセが、急にノイズのような音を出し始めた。
え……。
ノイズは次第に人の声になり、……そして、喋り出した。
『久しぶりだね。』
驚きで声も出せなかった。
『また来たよ。』
小さい頃の、蔵の中の記憶が突然蘇った。
『お前は生きてるのか。』
『お前も来い。』
『代わってよ。』
恐怖で頭が真っ白になった俺に、ラジオの声は前と同じ提案をした。
『いやなら、また誰かを代わりにちょうだい。』
『名前を教えて』
また、けたたましい笑い声が部屋中に響いた。
俺は、いつの間にか意識を失った。
朝、目を覚ますと、陽子はすでに起きて身支度をしていた。
ラジオはうっすらと埃がかぶったままで、電源も入っていなかった。
夜中、何か聞こえたかと陽子に尋ねたが、何も聞こえなかったけど、ときょとんとしていた。
陽子は「早くいかないと怒られるから」と言って、先に1階の様子を見に行った。
俺が身支度をしていると、しばらくして、少し急いだ様子で陽子が2階に戻ってきた。
「ねえ健一。お父さんとお母さん、どちらも起きてらっしゃらないみたいなんだけど……。」
父ちゃんと母ちゃんの部屋の扉がぴっちりと閉まり、物音がしないと言う。
俺は時計を見た。いつもなら、そろそろ起きだしてもおかしくない時間だ。
まさか……。
夜のことが頭をよぎった。陽子が不安そうに、
「私一人で声をかけるの怖いから、一緒に来てくれない?」
と言う。昨日までイビリに遭っていたのだから当然だろう。
わかった、と言って、陽子と一緒に下に降りた。
1階はあまりに静かで人の動きがなく、本当に父ちゃんも母ちゃんも起きていないようだった。
ばあさん達のことが思い出される。
「陽子はここで待ってろ。」
陽子を階段のところで待たせ、俺は父ちゃんと母ちゃんの部屋に向かった。
木の引き戸はしっかりと閉められていたが、鍵はかかっていなかった。確かに外から声をかけても返事がない。ノックして戸を開けると、むっとした空気が流れだした。中を確認すると、父ちゃんと母ちゃんはそれぞれ布団の中で動かなくなっていた。
救急車を呼んだが、すでに手遅れだった。
変死の扱いで警察が来たが、事件性はなく、熱中症の類だろうということで片付いた。
陽子はすっかりパニックになり、自分の両親に来てもらってやっと落ち着いた。
それから、陽子の両親や近所の人に助けられて、なんとか通夜や葬式を済ませたんだ。
お読みいただいてありがとうございました。次は現在に戻ります。ぜひ続きもお楽しみください。