12 供養
曽我くんのお父さんお母さんのことについて、桐人が話します。
佐々山が疑問を呈する。
「そうすると、7年前はどうなの~?契約通りだとしたら、やっぱり、このときに七人ミサキは帰ってきたっていうの?」
「帰ってきたんじゃないか、と思う。」
「……!」
曽我の身体がこわばる。それは、父親が母親を犠牲にしたということを指すからだ。
「ただ、曽我くんのお母さん……陽子さんの場合は、自ら志願したんじゃないだろうか。」
曽我と朝葵は驚き、同時に叫んだ。
「えっ!」
「志願!?」
桐人は続ける。
「俺は、曽我くんのお父さんが、なぜ曽我くんにこの話をしたのかが不思議だった。」
「どうしてですか?」
「自分が助かるために曽我くんを犠牲にするつもりなら、余計なことは言わない方がいい。怖がらせて妙な抵抗をされても困る。そう思わないか?」
曽我は暗い顔をしている。
「……僕、父がこの話をしたのは、僕に対する罪悪感からだって思ってたんです。可哀想だから、せめて真実を伝えてやろうって。」
「……お父さんは、今年は必ず帰って来いと言ったんだろう?」
「はい。去年とかは、無理しなくていいって言ってたんですけど。」
「話をしたいだけなら、電話でもできる。」
「あ……。」
「お父さんは、最期に曽我くんの顔を見たかったんじゃないか?」
「えっ……。」
「最期の時を、家で一緒に過ごしたかった、そういう解釈もできるんじゃないかと思うんだが。」
「……。」
誰も犠牲にしなければ、自分自身が死ななくてはならない。
健一には、それはずっと頭から離れないことだったはずだ。
父親は、愛する息子を犠牲にするつもりなどなかった。
『ごめんな』
「父は、自分が亡くなることが、わかっていたんですね……。」
桐人は話を続ける。
「健一さんは、7年前も同じことを陽子さんに言ったんじゃないかと思うんだ。」
当時曽我はまだ中学生だった。自分の死期が分かっているのなら、あらかじめある程度準備を進めておくだろう。母子家庭になるか、父子家庭になるか、どちらかしか選べなかったとしたら。
曽我が聞いた「子供がいるのに、どうして言ってくれなかったの」という、陽子の言葉。
もっと早く相談してほしかった、という意味だったのではないか。
「ご両親の間でどういう話し合いがあったかは分からない。結果として、陽子さんが亡くなった。」
「母が……自分から……。」
しばらく誰も何も言わず、じっと押し黙っていたが、おもむろに曽我が低い声で話し出した。
「僕にも、今後七人ミサキが来るんでしょうか。」
「いや、君は一度行き会いかけたが、断っているからな。」
「え?」
「ラジオアプリが動きかけたんだろう?」
「あ……。」
父親が亡くなった日、曽我のラジオアプリはずっと不思議な動きをしていた。
ノイズが続き、勝手に起動し……。
「君は当時、お父さんに対する負の感情をもっており、スマホという受信機を持っていた。七人ミサキはお父さんに取り憑いているのだから、関係の近い曽我くんに作用してもおかしくはない。おそらく、七人ミサキからのメッセージを受信しかけていたんだろう。」
曽我の顔がまた青くなる。
「しかし、曽我くんはそれに答えなかった。」
曽我は朝、廊下に転がったスマホの電源が切れたままだったのを思い出した。それ以来、アプリを消すこともできているし、スマホが異常に作動することもない。
「だから、曽我くんに関しては、契約が成立していない。」
「反応しなかったから、最後の条件が揃わなかったってことだね~。」
佐々山がぽんぽんと曽我の肩を叩く。
「母の声で、『あなたは来てはだめ』と聞こえたんです……。それで、僕、力を振り絞って……。」
「お母さんが助けてくれたのかな。」
「そう、だと思います。」
「僕は、父と母に守ってもらったんですね……。」
曽我の目から涙がはらはらとこぼれる。
すみません、と言いながら、曽我がタオルを取りに行った。
朝葵はその間に新しい紙コップを皆に配り、持ってきた飲み物を注いだ。
「ただ、僕気になることがあるんです。」
戻ってきた曽我は、ぽつりと言った。桐人が答える。
「今の『七人ミサキ』のことだろう?」
七人ミサキに殺された人間は、七人ミサキに取り込まれる。
つまり、曽我くんの両親は七人ミサキの中にとらわれたままなのだ。
「僕は、どうすれば……。父や母は、七人ミサキとして、他人を取り殺すまで成仏できないんでしょうか。」
それは残酷な話だ。
「無念の死を遂げた者が、十分に供養されなかったために怨霊となるのであれば……、まずは、ご両親の供養を十分にすることが必要じゃないだろうか。」
「……そう、ですよね。」
桐人は少し考える様子を見せたあと、また口を開いた。
「……あと、これに関しては、菩提寺だか檀那寺だかに相談した方がいいと思うが……。」
「お寺?ですか……?」
「これが七人ミサキだとすれば、今の7名は全て曽我家の人間だ。血のつながりがない人もいるが、位牌があるということは、一応全員曽我家ゆかりの人間と見ていい。」
七人ミサキは常に七名で動く。最初の3人、次の2人、母親、そして今回父親が加わった。
1名入れば1名成仏するというルール通りだとするなら、今回で全て入れ替わってしまったはずだ。
「あっ……確かにそうですね。」
「多少の費用はかかるのかもしれないが、できるなら、7名全員を改めて供養してもらってはどうだろうか。」
七人ミサキが全て成仏すれば、それに縛られることも、新たな犠牲者が現れることもない。
「そうですね……。全て父に縁のある人たちです。僕、お寺と相談してみます。」
説明は少し難しいですけど、と曽我は微笑んだ。
「もう、実家に戻ることは怖くないです。父の供養にも向き合えそうです。皆様、僕の相談に付き合ってくださって、本当にありがとうございました。」
お読みいただいてありがとうございました。次で完結します。ぜひ最後までお楽しみください。