11 御先
桐人がよく喋ります。
「七人ミサキ、というのは、中国・四国地方に伝わる伝承だ。」
「しちにん、みさき、ですか……。確かに、父の実家もその辺りですが……。」
曽我はやや面食らった様子であったが、朝葵や佐々山は、桐人が本の虫であり、こういった伝承などにも詳しいのを知っている。
「7人組の集団で動く亡霊だから、七人ミサキと言う。これに行き合うと死んでしまう。」
「死んで……。」
曽我の顔が、また少し青くなる。佐々山がやだやだと両腕を抱えて言う。
「こわいなあー。会っただけで取り殺されるってこと?」
「まあ、行き合うと死ぬ、と言われているな。」
桐人は続ける。
「そして、亡くなった人は亡霊となり、7人組に取り込まれる。」
「取り込まれたら、どんどん人数が増えていくの?すごい人数になってかない?」
「いや、1名入ると、前からいた1名が成仏することができるんだ。だから常に7人組になる。」
「そのルールだと、自分が成仏するためには、新しく誰かを取り込まないといけないってことだね。」
「そう。だから、七人ミサキは常に次の犠牲者を求めている。」
身代わりを用意しないと出られないシステム。そこに入り込んでしまったら、誰でも必死に身代わりを探してしまうかもしれない。
『七人ミサキ』をメモに書き加えようとしたところで、朝葵が桐人に尋ねる。
「ミサキってどういう意味なんでしょうか。」
「ミサキはこう書くんだが、」
桐人は朝葵からペンを借りると、メモの空いたところに『御先』と書いた。
ペンを渡すときに一瞬手が触れ、朝葵はまた少し顔が赤くなる。ふと顔を上げると、ニコニコと笑った佐々山と目が合った。物を投げたい衝動にかられたが、ぐっと我慢した。
「御先、というのは、元々貴人の使者や神の遣いを表す言葉だ。だが、西日本では、無念の死を遂げた怨霊に対しても使われる。」
「こ、この場合は、後者ということですね。」
「そうだな。そして、曽我くんのお父さんが聞いた、複数の声、というのは複数で行動する七人ミサキの特徴と一致する。」
『ラジオの向こうには、複数の人間がいるようだった。』
「それに、七人ミサキに遭うと、高熱を出して死ぬ、という話もある。」
「あ……。」
熱中症。
部屋の中が、しばらく静まりかえる。
曽我が口を開いた。
「そうすると、父は、ラジオを通して『七人ミサキ』に行き合ってしまった、ということでしょうか。」
「特に証拠があるわけじゃない。ただの一つの可能性だ。気に入らなければ忘れていい。」
全員が、根拠がある話ではないということはわかっていたが、形のない『ラジオの声』よりは、『七人ミサキ』という型がある方が受け入れやすかった。
「七人ミサキが身代わりを要求する、というのは俺も聞いたことはないが、呪いの身代わりはよくある話だ。」
「でも、身代わりを渡したのに、七人ミサキはどうして父の所にまたやってきたんでしょう?」
「健一さんが、そういう契約を七人ミサキと交わしてしまったからだ。」
「契約……?父が……?」
「残念ながら、最初の時に……。」
『たくさんくれたら、たくさん待ってあげる。』
そう言われて、健一さんは3人の名前を言った。
「先輩、それは『待ってあげる』という話に健一さんが乗ったから、その通りになったということですか。」
朝葵がたまらず声をあげる。
当時7歳の子どもに冷静に対処しろと言われても無理な話だ。
「そういうことだ。人じゃないモノの世界に法律なんてない。契約を交わせば、小さな子供でもそれに縛られるんだろう。」
「その時に断っていたら……?」
「わからん。助かっていたのかもしれないし、命を取られていたのかもしれない。」
「そんな理不尽な……。」
「……妖怪や怨霊に倫理観なんてないんだろう。」
そこまで言ったところで、朝葵の目に涙がたまっているのに桐人が気づく。
「いやまあ、吉良の気持ちは分かるが……。」
「いえ、すみません。先輩は説明してくださっているだけなのに。」
その様子を見て、佐々山が何か言おうとするところを、あわあわと曽我が止めに入る。
「でも先輩、いきなりやってきて、無理矢理契約を交わすって、そんな凶悪なものどうしたらいいんでしょうか。何か対処法って言われてないんでしょうか。」
「夜に出かけないとか、行き合っても親指を隠せばいいとかという伝承はあるが……、そもそも俺は、怨霊と言うのが大きな力を持っているとは思っていないんだ。」
「桐人はよくそれ言ってるよね。」
「霊が人間よりも強い力を持っているのなら、七人ミサキは自由に動いて、次々と人を取り殺していけばいい。しかし、彼らとはそう簡単に行き合わない。」
人間より強く、自由に動けるのであれば、人間は彼らのされるがままだ。
「確かにそうですね。」と曽我が言う。
「おそらく、人に作用するための条件が限られているんだ。」
「条件……。」
「俺は、今回の場合、受信機の存在と受信する側の状態に条件があるとみている。」
「受信機というのは、ラジオのことですか。」
「そうだ。曽我くん、健一さんが最初にラジオを蔵で発見したとき、ラジオは動かなかったと言っていたね。」
「はい。最初は全く反応しなくて、がっかりしたと……。」
「ラジオが動かなくて絶望した後、健一さんは、蔵に閉じ込めた義兄や義妹に対する恨みをふつふつと募らせていた。」
「そんなことを言っていましたね。」
「そのとき、ラジオが喋り出した……。」
恨みという負のエネルギー。御先は無念の死を遂げた悪霊……。
「あ、それじゃあ……。」
「おそらく、恨み・怒りといった感情が強くなったときに、ラジオを介して、怨霊である七人ミサキとチャンネルが合ってしまったんだ。」
「そうやって、『行き合った』っていうことですか……。」
「そんな……。」
「当時健一さんは7歳の子どもだ。ラジオが話しかけてくる、ということが異常だとは分かっても、ついその声に答えてしまったんだろう。」
暗がりの中で、わけもわからず声が聞こえてくる。それは子供にとって相当の恐怖だ。
「そして、お父さんは恐怖から、『声』がもちかけてきた誘いに乗ってしまった。」
『命を取られる代わりに身代わりを立てる』
「健一さんの負の感情、ラジオという受信機、それから、健一さんの反応が揃ってしまった。これで、契約のようなものが成立したんだ。」
「久万先輩……、そうしたら……。」
健一さんは7歳の時に七人ミサキに行き会ってしまい、命を取られる代わりに身代わりを立てる、という契約を結んだ。
それで、最初はおばあさん、義兄・義妹の3人が七人ミサキに取り殺された。
21年経って、七人ミサキは契約通り帰ってきた。そして、義父とお母さんが取り殺された。
熱中症というのは、七人ミサキの「祟り」の形だったというのか。
「そうだと、俺は考えている。」
お読みいただいてありがとうございました。次は曽我くんのご両親のことについて話します。ぜひ続きもお楽しみください。