1 帰省
「僕」の話から始まります。
久しぶりの実家だった。
手洗いやうがいを済ませ、玄関から入ってすぐの自分の部屋に荷物を置く。
「ただいまー。」
廊下を抜けてリビングに入ると、いつもの位置に父さんが座っていた。
テーブルに新聞を広げ、目も合わせず「おかえり」と言う。
父さんに会うのは正月ぶりだ。
紙袋を掲げて、再度声をかける。
「これ、お供え。」
「ああ。」
ちらっと紙袋の方を見て、また新聞に目を落としてしまった。
父さんが、お盆は必ず帰って来いと言ったんじゃないか。
珍しく電話までかけてきて。
少しむっとしながら、紙袋をつかんだまま和室に向かう。
実家のマンションは2LDKで、そんなに大きくはない。
和室はリビングの隣で、4畳くらいの小さな部屋だ。リビングとは襖で仕切られているが、その襖はいつも閉め切られている。
僕だって就職活動やゼミの課題で、暇じゃないんだぞ。
毎年帰っているし、帰らないつもりもなかったが、そんなことも言いたくなった。
帰宅中、スマホの調子が悪くて、ちょっと不機嫌だったこともある。
少し乱暴に襖を閉め、ふん、と鼻を鳴らし、仏壇の前に座る。
父の実家から運んできたという仏壇は、天井まで届くような大きさで、部屋と釣り合っていない。
紙袋からガサガサとお供えの菓子を出し、仏壇の手前に置く。
おりんを鳴らし、手を合わせて目を閉じると、高い音が静かな家に広がっていく。
去年は7回忌だったなあ。
母は7年前の夏、突然高熱を出して倒れ、その日のうちに亡くなった。
当時中学2年生だった僕は、呆然とするばかりだった。
それから男手一つで育ててくれた父さんには感謝している。
母方の祖父母が色々と手伝ってくれていたものの、それでも大変だったと思うのだ。
不肖の息子で、家から離れた大学にしか受からなかったが、それでもいいと一人暮らしをさせてくれている。
それが、どうして。
家を出たのが良くなかったのか。
家にいたころは、それなりに会話はあった。
家を出てからも、できるだけ連絡するようにしていたし、帰るようにもしていた。
帰ったときは料理や洗濯などの家事も引き受けていた。
しかし、昨年くらいから次第にそっけなくなり、今年の正月などほとんど口も利かなかった。
男2人でおしゃべりもないが、かといって近況くらい気安く話す関係ではありたい。
今回父から連絡があったので、ちょっと嬉しかったのだ。
父自身が、自分が家に戻ってくることを望んでいるんだと。
それなのに、帰ってきてみると正月と同じような態度だった。
下を向いて考えていると泣きそうになってきたので、顔をあげる。
仏壇の中段あたりには、高坏が両脇に置かれている。
高坏には、よく熟れた桃がそれぞれ載せられていた。
父さんが買ってきたんだろうな。
母さんが生きていたら、こんなことにはなっていなかっただろうか。
桃の間から、複数の位牌が覗いている。
一番手前にある、新しい位牌はもちろん母のもの。
少し奥にある、2つの大きめの位牌があるが、これは父方の祖父母のものだろう。
それよりも奥に古そうな3つの位牌があるが、これは誰のものかわからない。
……家にいてもつまらないし、明日はスマホを修理に出しにいこうかな。
位牌を眺めながらぼんやりと考えていると、後ろの襖がすうっと開いた。
エアコンで冷えた空気が急に流れ込み、驚いて振り向くと父がいた。
僕が戸惑っていると、父は歩いてきて俺の隣に胡坐をかいた。
一体何だよ。
父の意図が読めず、声をかけるタイミングを失う。
そっと横を向いて様子を窺うと、父の視線は位牌の方に向いていた。
「母さんが亡くなってから7年だな。」
こちらを見ないまま、父が口を開いた。
「……ああ、そうだね。」
母の昔話でもしたいのだろうか?
不思議ではあったが、父が会話をしてくれるのはやっぱり嬉しかった。
「今から話す話を、とりあえず聞いてくれ。」
「……は?」
混乱している僕に構わず、父は一方的に話を続けていった。
お読みいただいてありがとうございました。次は父親の話に入ります。ぜひ続きもお楽しみください。