008 オンガク
警官の言ったことに、困惑した俺は数秒の沈黙の後、こう聞き返した。
「人類を滅ぼしかけたって、それはどういうことですか?」
「とぼけてるのか? オンガクという言葉が禁句だと言う事は、この国の誰もが知っているはずだ。人類を滅ぼしかけたと言うのもな」
音楽が禁句?
いや、でもサラスは確かにここは音楽の無い世界だと言っていたはずだよな?
そう思い、いつまでも隣でしょぼくれているサラスに、警官に聞こえぬよう耳打ちする。
「なぁサラス。ここは音楽の無い世界のはずだよな?」
「えぇ、そのはずなのだけど……。人類を滅ぼしかけたとかって、あたしもよく分からないわ。……ねぇ、クロキさん。あたしにも──」
サラスが何かを言いかけた途端に、警官が割り込む。
「何をコソコソと話しているのだ。……もしかしてだが、本当になんのことか分かっていないのか?」
「はい。その通りです」
「では、あなた方の言う、オンガクとは何のことだ?」
「えっと、僕達が言う音楽というのは、音を鳴らし、それを曲にするというものです」
「音を鳴らす……。それをキョクにする? 何を言っているのだ? まあ、でもその話は信じてやるが」
あれ?
この警官には堅物の様な印象を抱いていたが、意外とすんなり信じてくれるもんなんだな。
ことがうまくいくに越したことはないが。
いや、この世界に来て早々、刑務所にいる時点で何もうまくいってないよな。
「信じて下さるんですね。ありがとうございます」
「あぁ、悪魔犬が吠えてないしな」
あ、そうか。
悪魔犬の存在を完全に忘れてた。
だから、すんなり信じてくれた訳ね。
「……で、だ。そのキョクというものは一体なんなのだ?」
「あぁ、それは──」
「ちょっと待ったぁ! それに関してはあたしが説明するわ」
急に明るい声になったサラスが机に身を乗り出し、そんなことを言い出した。
落ち込んだり、明るくなったり、感情の起伏が激しい奴だな。
「いや、俺が説明するからいいって」
「ダメよ。だって、さっきからあたしの発言が少ないじゃない! 今こそあたしの知能が低くないと証明する時よ!」
あ、うん。
なんとなくそういう理由だろうなとは思ったよ。
何故だか分からないが、サラスの考えてることは分かりやすい。
出会って、1日も経っていないはずなのに、親近感を覚える。
サラスとは、ずっと前から知り合いだったかの様にも感じてしまう。
こういうことを馬が合うというのだろう。
そんなことを考えていると、サラスが「こほん」と分かりやすく咳をし、声を発す。
「曲というものはね、分かりやすく説明すると……。あ、警官さん。説明する前に、音を鳴らすってことがどういうことだか分かります?」
「愚問だな。つまりこういうことだろ」
……と言うと、片手を上げ、机の上をトントンと叩く。
「そういうこと。で、曲って言うのが、その音を組み合わせて…………。んー、なんて言ったらいいんだろ。……そうね、音を組み合わせて1つの物語を作るものなの」
「ほう。それがあなた方が言うオンガクか。確かに、怪しさはないな」
「怪しい? 警官さん、さっきクロキさんも言ってたけど、あなたが知ってる音楽ってどういうものなの?」
すると警官は、また表情を強張らせ、
「私が知っているオンガクは、ただの残虐な殺人行為のことだ」
冷たく言い放った。
俺たちの言葉を待たずに警官は続けて言う。
「そのオンガクという名の殺人行為を行っていたのは、5歳の少女と30歳程の女性だ」
思わず息を呑む。
女2人が殺人行為?
それも人類を滅ぼしかけるほどの?
「え、今その人達はどうなっているのですか? もしかして今も……」
「それについては、もう大丈夫だ。私が聞いたところによると、何者かによってその女性は殺されたらしいからな。しかし、少女の方はまだ生きているらしい。この出来事が今から10年前くらいだから、その少女は今は15歳ということになるな」
「10年前……。 そんな最近の出来事なんて。……その少女が生きているって、害は無いんですか?」
「あぁ。害は無いはずだ。今まで何も起こって無いのだからな」
今まで何も起こってないって……。
もうそれ、フラグにしか聞こえてこないんだけど。
「ん? 待てよ。何故このことを知らない? あなた方は少なくとも15歳は超えているはずだろ? …………もしかして、長年地下で生活をしていたとかか?」
「え、あ、まあ、そうです、ね。長年の地下暮らしで、外に出たのも最近なんですよ~」
「クロキさん何言って──むぐっ」
サラスの口を片手で押さえつける。
警官が勝手に納得しそうな時に、余計なこと言うな。
「バゥ!」
あ…………。
また、忘れてた……。
「悪魔犬が吠えた? つまり地下暮らしは嘘……ってことか。ん? だけど、そうだとしたら、この事件を知らない訳が無い」
「…………もう一度問おう。この殺人事件を知らないというのは本当か?」
「はい」
「……………………」
「なるほど。こうなると私もよく分からん。複雑な事情があなた方にはあるのだな?」
「まあ、そうですね」
「こちらとしては、悪人ではない者は釈放してあげたいところだが、この事件を知らないような社会常識の無いやつを放り出す訳にはいかんな……」
警官は、指をおでこに押さえつけながら考えるように唸り、
「それなら、学校に行くが良い」
学校。
まさかこの世界で、この言葉を聞くとは思っていなかった。
学校とは、自身の黒歴史の製造場所でもあるのだ。
「とりあえず釈放してやる。1週間後の早朝、またここにこい。学校の入学手続きを済ませて待っとくからな」
一週間後って。
今って、金持ってないよな。
どうやって一週間過ごせばいいのだろうか。
異世界が生活保護をしているとも考え難い。
察した。
これからの生活は過酷なものを強いられると。
そして、この世界に来たことを、そこそこ後悔しかけていた。
しかし、異世界という言葉の響きでもう少しは頑張れそうな気がした。
第一楽章 ~了~