007 尋問
「さて、話を聞かせてもらおうか」
「は、はい……」
俺たちは今、部屋の中央にあるイスに座らされ、刑務官との間に机を挟み、対面になっている……訳だが。
なんか犬がいる。
それ以上でもそれ以下でもなく、ただ犬がいる。
警官の横にちょこんと座っていて、つぶらな瞳をこちらに向けている。
可愛い。しかし謎である。
やはりサラスも同じことを思っていたらしい。
隣に並んで座らされているサラスの口が開き、警官に問うた。
「この犬は一体?」
「ん? 知らないのか? この犬は悪魔犬の一種で、中でもこの種族は嘘の匂いに敏感でな。嘘の匂いに反応して吠えるのだよ。あなた方が嘘を吐かぬよう、ここに連れてきたのだ」
「ふーん。悪魔犬ねー。そんなのがいるのね」
悪魔犬か。
それは厄介そうだ。
脳内の異世界単語帳に付け加えておこう。
……だが、嘘に反応する犬を連れてきたってことは、俺達はどうやら相当疑われているらしい。
まぁ、これが本当のことを言わせる一番手っ取り早い方法なのかもしれないが。
「そちらの女性は随分と余裕そうだな。嘘を吐いたら、速攻牢屋に放るからな。覚悟しておけよ? もちろん、男性の方も……な」
「はい……」
牢屋に放るって。
……面倒臭いことになった。
つーか、サラスはなんで、そんなに余裕そうなんだよ。
とりあえず俺は、嘘を吐かないよう善処すれば良いとして。
まぁ、問題はサラスだよな。
刑務所だというのに、まるで友達の家に上がっている感覚でいるのではないかと、あの余裕な顔から伺える。
頼むから、警官を刺激する様なことだけはしないでくれ。
そう心の中でサラスに祈った。
警官が雰囲気を整えるように、コホンと1つ咳払いをし、
「では、まず最初の問いだ。あなた方はどの国からきたのだ?」
「日本です」「天界よ!」
まあ、このくらいの問いなら、大丈夫…………って。
今、こいつ天界とか言わなかった?
同じタイミングで声を発したため、サラスの言ったことはよく聞き取れなかったが。
「犬が吠えてない? ニホンという国もテンカイという国も私は聞いたことないのだが……」
警官は訝しむように首を傾けて唸っている。
サラス、やっぱ天界って言ったんだな。
今更ではあるが、本当にこいつが天使だってことが証明された訳だ。
日本を知らないのに日本語が話せる警官については触れないでおこう。
きっと、俺達に常時『ほんやくコ○ニャク』的な機能が付いてるのだろう。
「まあ、いい。次の問いだ。あなた方の職業は何だ?」
うわ。
最高難度の質問だ……。
これに正直に答えてしまうのは嫌なのだが、釈放されるためだ、仕方ない。
「ニートです」「天使です」
……うん。
犬が吠えていない。
ニートってことじゃん。
その真実が少し心に刺さる。
それとサラス、天使だって言ったな。
それでも吠えないのかよ。
「ニ、ニートね……。そしてあなたはテンシか? テンシという職業も聞いたことがないが、まあ、いい」
警官は蔑むようにこちらを一瞥し、前に向き直る。
「では、本題だ」
その低く圧のある声に、俺は思わず生唾をのむ。
「あなたがたは何故、不法侵入をしたのだ?」
警官は目で俺たちを指しながら、そう聞いてきた。
「なぜって、『テレポート』を使ったら、家の中に飛んでしまっただけで。……別に悪意があってしたわけじゃないんですよ」
「ほう。それはつまり『テレポート』が失敗したということか?」
俺は首を縦に振る。
「しかし、『テレポート』はある程度の知識さえあれば失敗しないはずだが」
知力がある程度あれば失敗しない……。
おい? サラス?
お前もしかして、知力が足りないから失敗したんじゃ……。
そう思った矢先、サラスの口が動く。
「いや、いやいや。あたし、確かに知力低くいけど、低すぎるわけではな──」
「──バウ!」
さっきまで、大人しく座っていた犬が吠えた。
今のサラスの言葉に嘘を感知したようだ。
吠えられたサラスが、ショックを受けたような顔で一瞬固まる。
『テレポート』がランダムなのって、こいつの知力の低さが原因ってことか?
「悪魔犬が吠えたな。 なるほど。……そんな知力の低さで『テレポート』を使えるのが謎だな。だが、これから『テレポート』は使うなよ? またこんなことになられても厄介なだけだからな」
「いや、あたし本当に知能そんな低いわけじゃ──」
「──バウ!」
サラスの無駄な抵抗に、犬は容赦なく吠える。
「えっ」
と、情けない声をサラスが漏らす。
途端にサラスの表情が、しょぼくれた悲しい表情になった。
その様子に警官は溜息を吐き、再び口を動かす。
「では、次だ。何故『テレポート』を使った?」
「あぁ。それは森の中で迷ったからですよ。その前にも『テレポート』を使って、森へ飛んでしまって。……そもそも、ここへは音楽を普及しに──」
自分の発言を急ストップさせる。
いや、ここまで喋る必要は無いか。
何も俺達が別の世界から音楽を普及しに来たと言っても、それは真実ではあるが余計に疑われてしまうかもしれない。
「続けろ」
しかし、俺のその言葉に答えた警官の声は、今程よりも黒く重い声で、続きを話すよう促した。
え、なんだよその警官の態度。
俺なんかまずいこと言ったか?
その言葉に怯える様に、俺は細い声でこう答える。
「い、いや、ここに音楽を普及しにきたって、ただそれだけですよ」
そう言っても、音楽のない世界に来たのだから警官は分からないだろうが。
「そうかそうか。オンガクを普及しに来たのか。悪魔犬も吠えていないようだ」
あれ?
その反応、音楽を知ってる?
サラスは音楽のない世界だと言っていたが。
「念の為、問おう。それは真か?」
「そうですけど。……え、音楽を知ってるんですか?」
「そりゃそうさ」
警官は一呼吸し、俺たちに睨みをきかせこう言う。
「オンガクは過去に、人類を滅ぼしかけたものだからな……」