005 『テレポート』の事故
「耳が痛てぇ」
リスを気絶状態にさせ、他の場所へ向かいながら独り言の様にそう呟いた。
「右耳は塞いでなかったもんね」
もう辺りは真っ暗だ。
顔の形すらもう見えなくなった、横に並んでいるサラスが、自分を憐れむ様にそう言ってくる。
「でも、なんであんなでっかい音が出せたの?」
「あぁそれな、自分が高校時代の頃、吹奏楽のシンバルで録音したもんなんだ。それを誰かに後ろから、急に大音量で鳴らす……みたいな。……俺、友達ほぼいなかったから仲良くなるためのきっかけ作り的な感じでしてみたんだよ」
もちろん。友達は出来なかった。
「なんとなくオチがよめるわね。というか、やってることが頭悪いわね」
地味に心に刺さる言葉を吐かれた。
その様子を感じさせないように、サラスに返答する。
「俺も今思えば、もっと良い方法があったって思ってるけど。……あ、ちなみにやった人皆から嫌われました」
「でしょうね」
「でも、まぁ。こんな形でこれが活きてくるとはって感じ。……しかし一難去ってまた一難。こんな暗闇歩き続けれるわけないし。というか、一向にこの森から出れる気がしないんだけど。なんか策ない?」
足を止めそう問うた。
サラスもそれを見て足を止める。
「んー。あるにはあるけど。……かなりリスキーよ?」
不安混じりに、渋るようにそう言ってくる。
「とりあえず、どんなのか言ってみてくれよ。どんなにリスキーでも魔物に襲われて死ぬよりかはましだろ」
「ん。じゃあ、あたしこの世界に来る時『テレポート』っての使ったじゃない?」
「あぁたしかに。それ魔法だよな? さっきリスから逃げてる時に使えば良かったじゃないか」
「MPが足りなかった」
「お前はレベル1か」
「まぁ、冗談はさて置き。あたしの『テレポート』は場所を決められないの。……つまりね。運が悪ければ海の底や火山の中にテレポートしてしまうってことなの」
サラスの声の調子が、下がっていく。
最初のテンションは何処へやら、現在の置かれた状況にかなり怯えているようだ。
「うわっ。それは怖いな。……ん? じゃあ、この世界の来る時の『テレポート』は? あれ失敗してたらまずかったんじゃ?」
「いや、最初の場所は女神様曰く固定らしいわよ。……よくこんな危ない場所に飛ばしてくれたわ。こんなとこ、もう居たくない……」
そう言うサラスの言葉には、悲しみと少しの憎しみが混じっている様に聞き取れた。
「……しかしな。この森から出られる気配が微塵も感じられない。それに、足が痛い」
「あたしも痛いわよ。もう歩けないくらいに」
こうなってくると、たどりつく策は一つしかなかった。
「「……『テレポート』」」
その単語は、俺達の最後の残された手段だった。
しかし異世界というのは、もっと明るいイメージだったがなぜこんなにも追い込まれた状況なのだろうか。
「もう、これしか無いんじゃないか?」
「……そうね」
「サラス。そんな落ち込んだ顔するなって。……まだ失敗してるわけじゃないだろ?」
「えぇ。そうよね」
サラスは自分に何かを言い聞かせるかの様に「うん」と頷いた。
「わかったわ。じゃあ──」
数秒間の沈黙。
ゴクリと生唾を呑む音が聞こえた。
「『テレポート』──!」
※※※※※※
「…………。……ここは?」
『テレポート』で飛ばされたその場所は眩しかった。
というより、太陽が出ていたのだ。
先程よりも離れた場所に出たのであろう。
恐らく、『テレポート』は成功したようだ。
「……はぁ」
思わず、安堵の溜息がでる。
サラスに目をやると、もうそれはそれは嬉しそうな顔をしていた。
「クロキさん! やったわ! 成功よ! もう……。本当に良かったわ!」
サラスの目には少しの涙が浮かんでいる様に見えたが、それよりも嬉しさが勝ったようだ。
これからどうするべきか。
それよりも、ここはどこだ?
……と思い見回す。
ベッド。
本棚。
個人用の机。
格闘技の道具みたいなのも置いてある。
「クロキさん! ベッドがあるじゃない! これはラッキーよ! あたしを褒め称えて頂戴!」
「いや、いやいや。これって、普通に考えて誰かの部屋じゃ……」
と、その時、ドタドタとうるさい足音が音が聞こえてきた。
その音は徐々に大きくなっていく。
つまり。こちらへと近づいてきていたのだ。
「ちょ。サラス! これ絶対まずい、窓から出るぞ!」
俺はビシッと、明るい光が差し込む窓を指す。
だが、すぐに、この部屋のドアが開かれた。
俺達以外の人の手によって。勢いよく。
「ガキが二人、何しに来た?? あ?」
もう。分かりやすく言うなら、めっちゃ怖い人が出てきた。
眉間に皺をよせて、蛇のような睨み。
高身長の上から目線。
おまけにガッチリとした身体。
俺の身はすくんだ。
「い、いえ。て、て、テレポートの事故で……。ちょ、どうか見逃して貰えませんか?」
震えまくった声で、俺はそう言う。
サラスはというと、いつの間にか俺の後ろに回り込んでいた。
サラスも同様にこの巨体に怯えているようだ。
「断る」
その男の低音な声から、絶望的な言葉。
反射的に俺は叫ぶ。
「サラス!! 窓を開けてくれ!」
「わ、わかった!」
クソっ。
一難去ってまた一難去ってまた一難と言ったところか。
その男に背を向け、サラスの開けてくれた窓に向かい、走る。
窓の外には、他にもかなり建物があるようだった。
とりあえず、話はこの街から抜け出してからだ。
不法侵入で警察に捕まったりしたら笑えない。
指名手配とまではいかないだろうが、この怖い人が追いかけてくる可能性もある。
俺は頭を巡らせながら──
窓を出た。
その瞬間。
落下感。
「ここ2階じゃ──」
咄嗟に出た言葉すらも言い切ることも出来ずに、俺達は地面へと叩きつけられた。