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004 音楽普及のトップバッター

 ポケットにあったのは、長方形の物体。スマホだ。


 後ろを振り返り、敵の位置を確認する。

 もう既に日が落ちそうな時間帯。

 先程まで、差し込んでいた木漏れ日は、いつの間にか暗い色に染まっていた。

 暗さは十分に足りている。


 俺はスマホを掲げ、魔法を放つ。


「喰らえ! 俺の魔法! 『スマホのカメラのフラッシュ』!」


 クソダサネーミングと「パシャッ」という音と共に、スマホから光が放たれる。

 目の前のリスは怯み、短い手で目を覆い隠した。


「よし、今だ。行くぞサラス!」


 俺はそう叫ぶ様に言うと、サラスの手を掴み引っ張る様に走り出す。

 怖さでドクドクと脈打つ心臓を抑える。

 サラスの茶髪が揺れる度、俺の顔にバシバシとあたる。

 そんなことを気にもせず、無我夢中に走りまくり、道の脇の草むらへと飛び込んだ。

 

「よし。俺達のこと見失ったか……?」


 草むらの中で身を潜めながら、小声でサラスにそう問う。

 草むらの隙間から見えるリスは、キョロキョロと辺りを見渡して、俺達を探し出そうとしているようだ。


「はぁはぁ。ちょっと……疲れた。かなり……疲れた。めちゃくちゃ……疲れた」

「俺も疲れたから。もう少し声のボリュームを落としてくれ!」


 ひそひそ声でそう言う。

 リスはまだ俺達を探している。


「……えぇ。でもちょっと待って」


 サラスは相当疲れたのか顔が歪んでいる。

 女子がこんな顔をしていいのだろうか。


「『ヒール!』」


「ちょ。うるさい。おい! しーっ。そんな回復魔法っぽいの後で唱えろよ!」


 ほら。

 リスがこっち向いたやん。


「ねぇ。サラス! あいつが鼻をクンカクンカさせてるって! 多分気づかれたって! こっちゆっくり歩いてきたって! サラス? なに気持ち良さそうな顔してんの!?」


 サラスは『ヒール』という回復魔法っぽいのを唱えたおかげか、サラスの顔はすっきりとしている。

 そんなサラスの口から、


「あんたもうるさいわよ」


 ……と、ガチトーンでそう言い放たれた。

 もちろん、リスに聞こえる声量だ。

 刹那、リスがゆっくり動かした足が早くなる。


 リスに俺達の居場所がバレたと考えなくても分かる。


 踵を返す。

 サラスの腕を掴む。

 俺は本能でその場から、一目散に逃げた。


「ちょっと!? クロキさん?」

「いいから逃げるぞ! これきっと捕まったら死ぬぞ!?」

「わかった。分かったから! 手離して! 助けなんて無くても走れるから!!」


 俺が手を離す前にサラスが腕を振りほどき、暗闇の中へと走り出す。


 辺りが見えづらい。

 腕にチクチクと草木の棘が刺さっている。

 痛い。痛い。

 でも、逃げることしか出来ない。


「……そうだ。サラス! 魔法だ! 魔法使えないのか? 火とか水とか雷とかの」


 前方にいるサラスへ、呼吸を整えながらそう問う。


「……魔法? …………それ、だったら……あたし『ヒール』しか使えないわよ……!」


 俺の方をも見ずにサラスはそう答えた。

 息を吐き出すと同時に、言葉を発しているような喋り方である。


「……わかった。じゃあ、俺がなんとかする。もう少しの辛抱だ頑張って走り続けてくれ!」


 サラスは走りながらも首を縦に振った。


 考えろ。考えろ。

 こいつへの対抗策は何かないのか?

 木の棒でも拾って戦うか?

 しかし、負けて死んだとなると……考えたくもない。

 ずっと走ってリスを撒くか?

 ……それは流石に体力キツいか。


 クソ……!

 俺は音楽普及をしに、この世界へとやって来たんじゃないのかよ!

 なんで俺は、死にそうになってんだよ……!

 音楽すら出来ずに俺は──


 ……いや、待て。

 音楽と言えば、確かスマホの録音アプリに……。


「サラス! 天才的なアイデアを閃いた。先と同じように草むらに隠れるぞ!」

「わ、わかったわ! えいっ!」


 ガサガサ。と音を立て、リスの死角の草むらへダイブする。

 リスはまたもや見失ったようだ。


 再び、同じ状況が完成した。

 このリス。恐らく、目が悪い。

 だが耳は人並みにあるようだ。

 サラスの声に普通に反応したようだしな。


 そしてこの沈黙。

 もう、俺の中でやることは決まっていた。

 右手で、器用にスマホの録音アプリを開く。

 左手で、地面を探りそこそこの大きさの石を拾う。


「サラス。疲れているところ申し訳ないが、耳を塞いでくれ」

「……? わかったわ」

「よし」


 一呼吸し。

 俺は反対側の草むらへと、左手に持っている石をリスの頭を飛び越すように投げた。


 ガサッという音とほぼ同時に、リスがその音の方へと首だけを向ける。

 やがて、リスがその方へと足をゆっくりと傾ける。

 それに続くように、俺は音を出さずに草むらから抜け出し、リスの背後へと近づいた。


 一歩。

 また一歩。

 細心の注意を払いながら。

 ギリギリのところまで。

 確実に。


 左手で左耳を塞ぐ。

 右手をリスの耳元までもっていく。



 音楽普及相手のトップバッターはお前だ。



 再生ボタンに手をかける──


「──シャァァァァァァン!!」


 沈黙を破壊する破壊的な音が森を破壊する勢いで森中に駆け巡った──!

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