14107 ヨロしクね
──ドンドン!
部屋中の電気を付け、もうそろそろ眠りに就こうと思案した時、ちょうど部屋の窓が大きな音を立てた。
「えっ」
身体がびくんと跳ねる。
何せ、ベッドの隣にある窓から音が鳴ったのだから。
何かがぶつかったのかと思ったが、うっすらと気配をそこから感じる。
……誰かが、いる。
──ドンドン!
やばい。やばいやばい。
不審者、不審者がそこにいる。
落ち着いて。落ち着いて警察に通報しよう。
……でも、警察がここにくる最中に、窓の外にいる奴がこの部屋に入ってきたら?
どうしようどうしようどうしよう。
──ドンドン!
「あ、あぁあ。あぁああ」
やだ。
だめだめだめ。
もう、窓が割られそうな雰囲気だ。
ずっと。ずっと。ずっと叩かれている。
この場所から移動して──。
と、とりあえず台所だ。
台所に身を隠して、警察に通報だ。
……うん。そうだ。そうしよう。
すくんだ身体を無理やり動かし、窓を叩かれる音に怯えながら、台所へと足を向ける。
──ドンドンドン‼︎
よ、よし。
この部屋の隅に身を隠して、警察に──。
……あ、あれ?
スマホ……あれ?
え、どこ。どこどこどこどこ。
……あ。
机に置き忘れている。
まだ、取りに行ける。
──バン!
そう思ったのも束の間だった。
窓ガラスが気持ちの良い音を立てて割れた。
呼吸が整わない。
身体が動かない。
怖い怖い怖い。
心臓の動悸が。心臓発作を起こすような、それくらいに早い。
むしろこのまま死んだ方が楽なのでは?
あぁぁぁああぁぁ。
足音、足音が。近づいてる。
ドタドタと、勢いよく、間違いなくこっちに来てる。
死にたくない死にたくない死にたくない。
あぁ、なんか涙が出てきてる。
もうやだ。やだ。
この部屋に、不審者が来た。
もう、頭が上げられない。
下半身がぐちょぐちょだ。
「ごめんね乱暴なことして。でもね。あたしも大変なの」
悲しそうな少女の声が届いた。
顔も見えないが、今から殺されるのだろうか。
可愛い声だというのに、その声から憎悪の感情が読み取れた。
「ねぇねぇねぇねぇあたし頑張ってるんだよクロキさんのためにずっと何回も苦しい思いをして頑張ってるんだよ」
棒読みだった。
声に音程が無い。
「何回も何十回も何百回も何千回も何万回もずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとクロキさんのために。でもねでもねでもねでもねあたしこの世界の攻略法を見つけたのだから次は死なないよ死なないよほんとにほんとに嘘じゃないよ。クロキさんをあたしが守るからね絶対だよ絶対絶対ほんとにほんと。クロキさん漏らしてるけど大丈夫あとで拭いてあげるね。臭いと思ったらうしろからも出してるんだねあとで風呂に入ろうねそして異世界に行こうね。死なないから安心してね。ね。ね。ね。ね。ね。ね。ね。ね。ね。ね。ね。ね。ね。ね? クロキさんが死んだとしてもあたしが生きてたら大丈夫だから安心してね。ね。ね。ね。ねねねねね? クロキさんさっきからすごく怯えた顔してるあたしみたいに笑ってそしたら元気になるよきゃはははははははははははははははははははははははははははは。あれもっと怯えた表情だよ大丈夫熱でもあるのかな異世界に行ったら大変だから体調は整えてね。じゃあもっと笑ってみようねあはははははははははははははははははははははははははははははははきゃははははははははははははわはははははははははははははうふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふあれ全然笑わないねクロキさんも前のこと覚えてるのかな覚えてるわけないよね。クロキさんてばまた漏らしてるちょろちょろ音を立ててクロキさんもう大人なのにそんなことして恥ずかしくないの今度からオムツ履かせてあげるからねニートだからしょうがないねあはははははははははははははは。あーあーあーあー止まらないねそんな何に怯えてるの教えてよ教えてよ。さっきから何でしゃべらないの。そんななかないで男だよね。なかないで。よしよしよしよしよしよしよし。それでね本題だけどね異世界の攻略法ってのがねあたしね音楽普及をすれば女神になれて攻略成功なんだけどね異世界には音楽がないわけだからね音楽を別のものとして広めることにしたの。オンガクを人殺しってことにすれば簡単だよね。簡単に周りに普及できるよね。指名手配されてものすごいスピードで広がるよね。だから人殺ししようね慣れればきっと楽しいよね。あれあれれれれれれれれれれれれれれれれれれれれ。急に立ち上がってどうしたの? うんちがボトボトってズボンから落ちてるよ。クロキさん調理器具漁ってどうしたの探し物ならあたしが手伝うよ。クロキさん足が震えているよすごく震えてるよてもブルブルだよ。クロキさん何持ってるの。あ、包丁だー。それ異世界に持ってくの? 武器は大事だもんね。テレポート先は固定だもんねモンスター多いもんね。今から異世界行こうね。これからもヨロしクね! あ、クロキさんこっちに近づいてきて異世界に行く気満々なのね。絶対すぐに女神になれるしクロキさんも異世界を楽しめるしね。クロキさん少し臭いから近づかないでねまずお風呂入ってきてね。そんな近づいてきてそんなに早く異世界に行きたいのね。じゃあ今からいああがガァぁぁぁぁカァァァア! がアァアああぁぁぁぁああああああやめでヨオォォォォォォォ」
包丁を少女の腹へ刺す。
震えた手のお陰で、偶然にも腹をグチョグチョとかき回せる。
これは正当防衛。
誰が何と言おうと、これは正当防衛だ。
こいつが殺そうとしたから俺が殺した。
ただそれだけ。
あぁ。まだ生きてる。
早く殺さないと。
首を落とそう。
確実に死ぬ。
そうだそうしよう。
あれ?
骨に当たってるのかな。
なかなか切れない。
そうだ。ノコギリみたいにゴリゴリって。
よし。包丁が食い込む食い込む。
はははははははは。
こいつ泣いてるよ。
俺を殺そうとしたのに泣いてやがるよ。
顔をぐちゃぐちゃに歪めてさ。
ざまぁ。ざまぁざまぁ!
「クロキざん。……ダメ。コロさないで。……ごめんね。次の世界では頑張るから……」
泣いていた彼女はそう言って、苦しそうな顔で微笑んだ。
「……サ、サラス? お、俺は、おれは悪くない。これは。これは、違う。違う違う。ああぁあぁぁあ」
少女の心臓の動きが止まる。
────。
なんだよこの夢。
うっすらと内容を覚えている。
何か、誰かに酷いことをしてしまった夢だった。
何かを刺したような手の感覚が、いつまでも手に染み付いて離れなかった。
第三楽章 ~了~




