004 決闘
役所の隣に位置したそこは、低い木の柵に囲まれた半径8mくらいの小さな場所だった。
そこは、闘技場と呼ぶには少々過言で、どちらかと言えば訓練場と言ったところだろうか?
「よし。やるか……。言っとくが、手加減はしねぇからな?」
「お、おう」
これは、まずいことになった気がする。
スキルの練習台にしてやるとか、イキリ散らした事を思っていたが重大なことに気付いてしまった。
俺は今程、自分の証明書をいじり、先ほど取得した【掘削】と【アースクエイク】のスキルの詳細を見ていたわけだが、その詳細の内容が良くなかった。
なぜなら、
【掘削】
岩や硬いものを掘る際に使用。威力は器用さに依存。
生き物に対し、直接使うことはできない。
使用するためには、シャベルやピッケルが必要。
消費魔力 1
【アースクエイク】
自分がハンマーで叩いた地点を震源とし、あたりを揺らす。威力・範囲は器用さに依存。
威力は期待できない。
主に、地盤を緩め鉱石を掘りやすくする際に使用。
使用するためには、ハンマーが必要。
消費魔力 3
……という内容だったからである。
つまり、道具が無けりゃ使用不可ということだ。
しかし、不幸中の幸いかレベル1で最初から使える魔法があったのだ。
『ジェネレート・ストーン』
カッコいい名前である。
が、詳細の内容は小石を一つ生成すると書かれていた。
石ではない、小石だ。
要するにこの魔法はゴミ。うんこなのである。
などと考えているといつの間にか、多くの人が闘技場を取り囲んでいた。
闘技場の真ん中で俺みたいな弱そうなのと、こいつみたいな強そうな奴が対峙しているという絵面が珍しいのだろうか。
するとその中の一人がこんな声を上げた。
「お。グレッグ。今日も初心者イジメか? また、初心者泣かせちゃうよ~? やめとけって」
『やめとけ』と、よくそんなヘラヘラしながら言えたもんだ。
絶対そんなこと思ってねぇくせによ。
そして、グレッグと呼ばれた目の前の大男は受け答える。
「それもあるが今日はちげぇ。こいつはよぉ。俺の家に不法侵入したやつなんだ。ここで、ボコボコのフルボッコにして、思い知らせてやんねぇとよぉ~‼︎」
「不法侵入⁉︎ それはいけねぇな。ま、いつものように軽くやっちゃえよ、グレッグ」
「そのつもりだ」
こいつ。
いつもこんなことしてんのかよ。
なるほど。人がこんなに群がるのも合点がいく。
初心者イジメ。
これもゲームではお決まりではあるが、決して良いことではない。
俺には、今戦力になりそうなものが一切ないのだ。
なんとか円満に解決する方法はないものか。
そうだ。サラス。
サラスはどこにいる?
あいつならこの状況をなんとかしてくれるかもしれない。
と、見回す。
あ、いたな。
場所は俺の位置から左斜め後ろ方向。
サラスは危ない状況に陥っている俺のことを心配そうに…………見てないな、あれは。
普通この状況って心配するもんだろ。
なのに、サラスと来たら、俺の方を気にもせず貰ったばかりの証明書をいじくりまわしてるし。
多分だが、なんとかしてくれそうな雰囲気じゃねぇよな。
マジでどうしたものか。
とりあえず、少し考えてみよう。
「あの。グレッグさん? 少し待って頂けませんか?」
「どうした。急に口を開いたと思ったらそんなことか。ま、待っても結果は変わらねぇぜ」
グレッグは「ひゃっひゃっひゃ!」と、まるでイカれた笑い方をした。
そんなことより、いいことを思いついたかもしれない。
ここは音楽の無い世界なんだ。
メープルの様に美しいものを聴けば、誰しもそれに感銘を受ける筈だ。
俺は、中高と一応、吹奏楽部に入っていた。
楽器はトランペット。全然上手くはなれなかったのだが、俺には唯一の取り柄があった。
それは、口笛が吹けるということ。
それも音域は3オクターブも出せる。
吹奏楽部員の前で口笛をしたら、フルートの子が『私の音よりも綺麗』と言って感動していたくらいだ。
自意識過剰だが、口笛だけは世界大会に出て一位取れる自信がある。
これで相手の戦意喪失を狙おう。
曲は今決めた。
ヨハン・パッヘルベルの「カノン」。
誰しも一度は聴いたことがあり、ついつい口ずさんでしまうこの曲。
これならいけるはずだ。
「すみません。もう準備はできました」
「あ? おせ~んだよ。……じゃ、今から行くからな?」
「ちょっとその前に……」
「あぁ⁉︎ どんだけ待たす気──」
俺はグレッグの言葉を遮る様になるべく大きな音で口笛を吹き始めた。
音の移り変わりを丁寧に。
一つ一つの音に意識を集中させる。
俺は全神経を集中させ、笛を吹いた。
「おいおい。なんだよそれ? 舐めてんのか?」
まだ10秒も経っていないのにも関わらず、目の前のグレッグが呟く様に言った。
は? 嘘だろこいつ。
出だしも完璧だった筈だ。
俺は助けを求める様に取り囲んでいた民衆に目をやる。
その中の1人がこんなことを言った。
「こいつ。グレッグに向かって何やってんだよ。負け犬の遠吠えならもっと綺麗な声を出せよ!」
それを聴いた民衆は、サラスを除いて、皆ゲラゲラと笑った。
いつの間にか、サラスは少し心配そうな顔でこちらを見ている。
俺って今、バカにされてんのか?
なんでだよ。
くそ。無性に腹が立ってきやがった。
こうなったらもう意地だ。
「負け犬の遠吠えかと思ったか? 己を奮い立たせてたんだよ。……今からが本番だ。おいグレッグ。今から俺がお前の事をボコボコにしてやるから覚悟しておけ」
俺はなるべく相手を怒らせる様な、挑発した声で言う。
おそらくグレッグは、猪突猛進なやつだろう。
見たところ武器を持っていないみたいだし、武術か何かを駆使してくると見た。
軽く避けて後ろから急所に一発入れてやるぜ。
「ほう? 本気で死にてぇみたいだなぁぁ!」
グレッグの顔がピキピキと割れていくのが目に見えて分かる。
「さぁ。かかってこい」
「じゃあ、遠慮無く。……『迅動』!」
グレッグがそう言った時、まるで瞬間移動をしたかの様に、俺の前にいきなり現れた。
「──ッ!」
俺は思わず絶句した。
グレッグとの距離は少なくとも3メートルは離れていた筈だ。
「どうしたどうした? ヒャッヒャッヒャ! 大見え切った癖に、それか?」
動けなくなった俺の肩にグレッグは手を軽く置く。
「何もできねぇってか? ま、雑魚だもんな。しょうがねぇか」
ヘラヘラと煽るようにそう言われる。
あぁ。うざい。
こいつに痛い目みせてやる。
このまま何もせずに負ける訳にはいかない。
「……クソ! これでも喰らえ『ジェネレート・ストーン』!」
俺の肩に添えられていたグレッグの手を除けて、覚えたての魔法を放つ。
その瞬間、身体の力が右手に集中していくのを感じる。
目を右手に落とす。
手には小石が生成されていた。
確かに生成されていたのだ。
……小石と言うより、石粒が。
そうか。俺って魔法攻撃力がゴミだったんだわ。
俺はほぼヤケクソ気味にグレッグに石粒を投げ、その場にへたり込んだ。
「あれ? 『ジェネレート・ストーン』はどうしたのかな? 不発だった?」
グレッグは嘲笑うかの様に言った。
そして、俺の胸ぐらを掴み、無理やり立たせ、
「じゃあ、これで終わりだな。……『拘束麻痺』!」
「ッ‼︎」
胸ぐらを掴んだままのグレッグがそう言うと、俺の身体は固まった様に動かなくなった。
無理やり動かそうとすると、筋肉が弾けるような痛みが襲ってくる。
「がっ、がああああぁぁぁ‼︎」
「痛いだろ? これで楽にしてやるからな」
楽にするって……。
もしかして殺す気かよ?
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
俺、何もしてないよな?
いや、喧嘩は一応売ったのだが。
家に不法侵入した件については、警官が説明してくれているだろうし。
初心者をいじめる野郎に俺は殺されるのか?
なんだよこいつ。
死ねよ。
憎い。憎い憎い憎い。
「お~。怖い怖い。そんなに睨みつけんなよ、初心者君。じゃあ、いくぜ? ……『衝撃』‼︎」
「がっ──ッ!」
胸ぐらを掴まれたまま、俺は投げられる。
首がもげそうなくらい早い速度で投げられた俺は、木の柵を破り、問答無用で後ろにあったコンクリートの壁に叩きつけられた。
そこには、この攻撃が分かってたかの様に民衆はいない。
「ぐがぁぁぁっ‼︎」
痛い痛い痛い痛い痛い。
いたいいたいいたいいたいいたいいいいいいぃいぃぃ‼︎
俺の全身の骨が悲鳴をあげ、身体のあちこちに木霊する。
身体が熱くなる。
「あ゛……が……ぁぁ」
──俺の意識は、そこで途絶えた。




