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後編

後編です。


「さて、時間を巻き戻すぞ。私に寄りなさい」

「はい」


 私はサカキの服の裾を片手で掴み、サカキの体に近づく。私の身長は低いのですっぽりとサカキの間合いの内側に入ってしまった。サカキは私が近くに来たことを確認すると、自分の懐に入れていた宝石を取り出し、空に(かか)げた。


「時間停止」


 一言呟くと、空間が白黒に変わり、足元が花色(はないろ)に輝く。空に掲げられた宝石も白く輝いている。風など吹いていないのに足元からふわりと空気が流れ、二人の服をたなびかせた。私はあまりの光の美しさに言葉を失ってしまう。そんな私を内側に抱いてサカキは掲げた宝石をゆっくり左右に振った。


「逆行」


 そう言った瞬間に真っ白な閃光が走る。あまりの眩しさに私は目を閉じてしまう。その直後、目を開けると白黒の空間と足元の花色の光だけが残っていた。サカキは変わらず宝石を左右に振り続けていたが、宝石が徐々に光を失っていく。完全に宝石が光を失うと、花色の光は消え失せ、空間は元の色を取り戻した。

 夜が明け少し明るんでいた空は再び暗さを取り戻し、静けさを取り戻していた。本当に時間が巻き戻ったようだ。


「わ! 急に出てきた!」


 声がする方に顔を向けると、問題の兎と亀。二匹は驚いた顔をして固まっている。

 そうか、ここはスタート地点だから二匹が言い合いしていた場所だった。時間を巻き戻したわけだから、急に現れたと見えても仕方がない。どう誤魔化そうかと考えていると、亀が閃いた顔をした。


「そうか~。僕が負けないことを証明するために、現れたんじゃないかな〜?」

「はあ? どういうことよ?」

「白黒はっきりつけるために勝負しよう〜。二人に審判をしてもらってさ〜」

「……確かにそうね。そうすればどちらが速いかはっきりするわ」


 兎が嬉しそうに言う。前と同じく「どちらが足が速いか」で言い合っていたのだろう。「時間帯を変更する」と言っていたサカキの言葉もあるので話を付けてもらおうと、彼を見る。するとサカキは時間を巻き戻すための宝石を懐にしまいながら楽しそうな顔をして一歩前へ出てきていた。私はサカキの後ろに隠れて様子を窺っておく。


「それならば審判をさせてもらおう。せっかくの勝負なのだから観客がいた方が燃えるだろう? 今は皆、寝静まっているから朝の十時頃に開催しよう。それぞれ観客を呼んで各々準備してくるといい」

「確かにいいわね!」

「そうしよう! 応援がいた方が頑張れるもんね」


 二匹が楽しそうに言うとそのまま駆けていった。兎はあっという間に闇夜に紛れて消えてしまったが、亀はそこをのんびり歩いている。朝の十時までに行って戻ってこられるのだろうかと不安になるが、時間は十分にあるので大丈夫だと信じたい。というか、ルールとか集合場所とか気になるところ、聞いていかないんだね……。


「さて、今後の作戦といこうじゃないか」


 サカキが私の方を振り返って楽しそうに小声で言った。亀の方をじっと見つめていた私は向き直る。


「作戦会議ですね」

「何度も巻き戻せるわけではないから時間勝負だ。クルミもある程度したら自分で考えていかないといけないぞ」

「ソ、ソウデスカ……」


 あまり考えたくない未来に目を向けて、すぐに頭の中から追っ払った。とりあえず今、目の前にあることをやりきることが大切だよね、うん。


「競走開始を朝に持ってくることができたので、亀が眠ってしまうことは防ぐことはできるだろう。しかし、このスピードでは……」

「まあ……、そうですね……」


 ちらりと亀の方を見てサカキはため息をついた。ゆっくりと歩を進める亀は一、二メートル先にいる。あまりにも進んでいない。この調子では仮に兎が眠ったとしてもゴールまでに間に合わないだろう。


「兎の時計を壊せばいいので必ずしも亀を一番にゴールさせる必要はないのだが、兎の不意を突きやすいだろうと思うから亀を一番にさせる方向で動いていこうと思う」

「亀のスピードを何とかしたいですね。兎がどのくらい休むかもポイントだと思います」

「ああ、そうだな。開催を昼前に設定したので兎の睡眠時間の中ではあるから、そこは眠る可能性が高い。だからその時に時計を破壊してしまうのが良いだろう」

「なるほど。兎の睡眠時間はご存じですか?」


 兎が薄明薄暮性(はくめいはくぼせい)だと教えてくれたサカキだからきっと兎の睡眠時間も知っていると思って尋ねる。サカキは自分の手を顎に当てて記憶の糸を辿る。


「……精々、二十分から三十分程度だったか。一度にぐっすり眠らず少しずつ眠るはずだ」

「そんな短いと亀が勝つのも難しいじゃないですか!」

「よく考えろ。元の話を思い起こして打開策を考えてくれ」

「打開、策……」


 そう呟いて元の話を思い返す。亀は地道に努力して兎に勝つことはできた。しかし、今回の世界観では兎に追いつくこと自体難しいかもしれない。地道に努力する……、そこを変えてみたら……? 黙考していると、ある一つの策に辿り着いた。


「サカキさん、もしかするとこれで兎に勝てるかもしれません……!」


 私は顔をしっかりと上げてサカキに言った。






「……それならいけるやもしれないな。他にいい案がないのでやってみると価値はあると思う」


 私が話したとある策に賛同してくれたことにホッとする。今後やることは決まったので後は下準備くらいだ。

 空を見上げる。まだ薄暗く、夜明けまでまだ時間があるようだ。私は目を凝らして、いつの間にか遠くへ行った亀を探す。


「まだあそこか……」


 難なく見つけることができた亀は私たちから五十メートルほどしか進んでいなかった。あまりの遅さに私は消沈(しょうちん)する。しかし、仕方がないと自分に言い聞かせて駆け出し、亀の元に向かう。亀が十数分かけて進んだ道のりを私は十秒前後で突っ切っていった。


「あ、さっきの審判さ~ん。どうかしたの~?」


 追いついてきた私に対して亀は不思議そうに声をかけてきた。私は息を整えながら亀をひょいと持ち上げると、亀は驚いて身をよじろうとした。


「いきなりどうしたの~?」

「このペースじゃ、朝の集合時間に間に合わないから運んであげる。お家はどこ?」

「そうだったんだ~、ありがとう~。あっちの方向に行ってくれる~?」


 亀は笑顔を取り戻し、前足で太陽が出る反対の方向を指すと私はそちらに向かって歩き出した。

 しばらく歩いていると亀の寝床と思われる水辺とごつごつした岩場が見えてきた。その頃には亀は揺られて気持ちよくなっていたのか私の腕の中ですっかりと眠りこけてしまっていた。私は予想通りに事が進んで笑みを浮かべた。





 気がつけば夜が明け、日が高く昇っている。薄暗かった闇の世界から一転、色鮮やかな光の世界だ。

 私は二匹が競うかけっこのスタート地点に立っていた。もちろん寝ている亀も一緒だ。日が沈んでも活動していたせいかまだ眠り込んでいる。そろそろレース開催の時間なこともあり、亀を起こすことにした。


「ん……?」

「起きましたか? お疲れだったようですね」


 にこりと笑うと亀はぼーっとした顔で辺りを見渡し、すっかりと明るくなった空に驚いていた。


「大丈夫ですよ。観客を呼ぶのも大切ですが、休む方も大切です。———さあ、今から始まりますよ」

「そ、そうなの~? がん、ばるね~」


 有無を言わさず私はその場に亀を下した。亀は少し混乱しているようだが、もうレースが始まるということに気がいって競走に集中し始めた。そうしていると、サカキが兎と兎が呼んだであろう仲間たちを連れて私たちがいる場所―――頂上へ向かっているのが見えた。

 作戦の一つとしてコースを変更したのだ。絵本でよくある山の頂上へ向かうコースでなく、頂上から麓へ下るコースにしたのだ。そうすることで亀にも勝機があると踏んだサカキの案だ。


「待たせたな」

「……早く競走を始めましょ」


 サカキと兎が頂上に到着し、すべてが整った。サカキが一歩前に出て兎と亀の二匹に話しかける。


「それではかけっこを始めたいと思う」


 その言葉に二匹は本気の顔になる。その周りで応援の動物たちが歓声を上げた。


「公平を期すために兎と亀、それぞれに審判を付けようと思う。亀にはそこのクルミ、兎には私だ」

「もちろんいいわ」「わかったよ~」

「スタートの合図を出したら麓の旗を目指して走ってくれ。旗は立ててある」


 ゴールと思われる場所には木に黄色のハンカチを取り付けた簡単な旗が見える。私が亀と一緒にいる間にサカキが急遽作ったものだ。地面にしっかりと刺さっているそれはとても安っぽい。二匹はゴールをを確認するとスタート地点に移動した。


「サカキさん、ばてないでくださいね」

「クルミもうまくやれ」


 小声で激励を送り合うと、私たちは兎と亀の隣についた。スタートとともにそれぞれについて付いていく。いよいよ始まる。声援を送る声が一層大きくなる。


「位置について」


 二匹の顔が真剣になる。


「よーい、始め!」


 兎は大きく一歩を踏み出した。その後ろをサカキが走って行った。その後しばらくして亀は小さく一歩をやっと踏み出した。遅いのは分かっていたが見ていてイライラするくらい遅い。もう兎は小さくなっている。兎から少し離れてサカキがしんどそうに走っている。頑張って!

 しばらくすると、時を戻す前と同じように兎がピタリと立ち止まる。そしてそのまま、こてんと横になった。

 予定通り!

 わたしはにんまりと口角を上げると、亀の方に視線を移す。亀はやっと一メートル進んだくらいだ。私は亀の元まで駆け寄り、甲羅をひょいと持ち上げた。


「なに〜? 何するの〜?」

「ごめん、亀さん! 頭と手足、引っ込めて!」


 突然のことに驚いた亀はきょろきょろとしていたが、私の言葉通り頭手足を引っ込めてくれた。

 そして私は、そのままボーリングするかのように亀を転がした。

 そう、私の策は「歩かず転がって進む作戦」だ。


「いけーーーー!」


 横にして転がしたのでごろごろと坂を下っていく。私はそれを後ろから追いかける。この構図はまるで『おむすびころりん』だ。

 ゴールまでずっと下り坂なので止まることもなく、そしてコースを外れることもなく、真っ直ぐに亀は下っていく。そしてあっという間に兎に追いついた。このまま追い越してゴールまで向かえば確実に勝てる。

 確信を持ったその時。


「あ」


 亀が転がる先には兎が横になっている。このままじゃぶつかる! 避けて、と叫ぼうとしたが、兎は昼間なので眠りこけてしまっている。避けられるわけがない。サカキも転がってくる亀に今気付いたのか立ち尽くしている。

 ―――そして、そのまま兎と亀はぶつかった。


「ぎゃっ!」


 兎の悲痛な叫び声をあげる。兎の小さな体は吹っ飛び、少し離れたところにどしゃりと着地し、亀の甲羅はごろんごろんと回り、やがて静かになった。

 大事故だ。硬質な甲羅が兎の体に直撃しているのだ。しかも坂から転げ落ち、勢いもプラスされている。それが自分に当たったかと思うと、……恐ろしすぎる。そして、ごめんなさい。本当にごめんなさい。ただ、童話フィルターがかかっているのか流血沙汰にはなっていない。

 兎は完全に気絶している。おそらく亀も。二匹はぴくりとも動かない。

 そしてその傍らには、兎の時計が落ちている。思っていた展開とは違うけれど、好機だ!


「サカキさんっ!」

「ああ!」


 私は叫ぶとサカキはそれに応えるように時計に近づく。けたたましいアラーム音が響いているが、気絶している二匹には全く意味をなさない。サカキは懐からあの宝石を取り出すと、アラーム音が鳴る時計に振りかざした。


 パキッ!


 呆気なく時計にひびが入る。

 そしてそのひびが時計全体に行き渡ったと思うと、そのままガラスの破片のようになって飛散していった。


「終わった」


 映画が止まったかのように周囲の音が消えた。サカキはふっと一息ついた。私も脱力してしまう。

 結果は引き分けエンドだ。


「……予想外な結果ですが」

「それでも、世界は元に戻る」


 サカキは空を見上げながら言う。すると、金色の光の粉が私たちを包み始めた。


「童話の世界が元に戻る。帰るぞ」

「……はい」


 私は力なく返事をすると、金色の光の粒が私たちの前に集まる。そしてそれは兎の形をしたかと思うと声が聞こえてきた。


「元に戻ったのね」

「兎さん…?」

「そうよ!」


 金色に光ったままだが、あの世界で話した兎の声だ。


「ワタシ、ずっと悔しかったの。なんであそこで寝たんだろう、て。それさえなければ亀に勝てたのにって」

「……話によっては兎はその後、他の兎から住処を追われる、という話もあるからな。悔いが残ってしまうのも仕方がない」

「そんな話が……」


 幼いころに読んだ話ではその後は出てこないものが多い。実際私も知らなかった。


「だから昼寝をしても起こしてくれる時計があれば、と思ってしまったの。でも、それはお話の意に反するわ。この話はワタシのためにあるんじゃないの。もちろんあの亀のためでもないわ」

「……じゃあ誰のため?」

「もちろん読んでくれるみんなのためよ! でも、よかった! このままだと、読んでくれていたみんなはワタシのことも忘れてしまうところだった」


 兎は寂しそうなか細い声で言う。金色の光る兎なので表情はわからない。


「負けるのは嫌だけど、ワタシが負けることでこの話は存在することができるの。ワタシが負けることで読んでいる人は学び成長していくの。けど、ワタシの気持ちだけで全てを台無しにしてしまうところだった。………ホント、ありがとね」

「……うん」

「他のお話も同じような危機にあってるんでしょ? ワタシたちは物語の歯車よ。歯車は狂っていはいけないわ。だからアナタたちがこれからも助けてあげてね」

「約束しよう」


 サカキは頷きながら言う。私も隣でこくりと頷いた。

 兎はそのまま消えていった。表情は見えなかったが、最後笑っていたような気がした。

 そして、私の意識はここで途切れた。歪んだ世界が崩壊し、元に戻る。




「……ん」

「起きたか」


 気が付くと台座の前で立っていた。手にはあの青色の宝石。戻ってきたのだ。

 サカキは台座に置いていた『兎と亀』の絵本をぱたんと閉じた。


「物語が存在することには意味がある。あの兎が負けることにもきちんと意味があるのだよ」

「……そうですね」

「物語は宝だ。作り出された物語には意味がある。意味のない話なんてない」

「はい」


 私は俯く。私自身も物語が好きだ。

 確かに意味のない物語なんてない。作者が必死になって生み出したものだ。それを消したり、歪めたりするのはおかしい。私はゆっくりと顔を上げてサカキを見つめた。


「《バンダル》には負けません」

「そうだな」


 サカキはふっと微笑むと私の髪をがしがしと撫でた。……子ども扱いしないでほしいけれど、これからもこの仕事を頑張ろうと思った。

 これからも《バンダル》との戦いは続く。

開いていただいただけでなく、読んでいただきありがとうございました。


「兎と亀」自体は、油断大敵の教訓を含んだ童話なので”もし兎が慢心しなかったら”と物語のif世界を考えていたら生まれた作品です。慢心しなかったら速い兎の勝ちで終わるのですかね。人によって答えは違うかもしれません。

他にも「竹取物語」「人魚姫」などのif世界を考えて、にやにやしてました。

私的には書きたいですが技術力が乏しすぎるのでだいぶ後になるかもしれません。


改めてになりますが、本当に読んでいただきありがとうございました。

今後の作品もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! 童話がもしこうならどうなるだろう、って思ったりしますよね! それをこんな物語に出来ちゃうのが凄いです( ´∀`) 某テレビ局の昔話裁判?だったかな、を思い出しました。 あれ…
[良い点]  よく文章力という言葉を用いて謙遜する作者さんを見かけますが、僕は、教訓とかテーマとかそういう伝えたい事が大事だと思うのです。  そういった意味で、この作品自体がキチンと童話になっている、…
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