地下の真実
「何をおっしゃっているか分かりませんが、もう少し静かに……」
そのオークのお母さんは連れているお子さんの方に目をやりながら言った。そこには何か怖いモノを見るような目の少年がいた。
「すみません、ちょっと声が大きくなってしまいました」
俺はオークのお母さんに頭を下げ、彼女に背を向け頭を掻く。すると、果物でのリフティングを続けながらルーナさんが俺の顔を見て訊ねた。
「なんて言われたの?」
「うん、まあ『五月蠅い』って。子供が怯えるし、音が漏れるとかも良くないかもね」
俺がそう答えると、ルーナさんはクスリと笑って言う。
「前半はそうだけど、後半は違うかな」
「え? なんで?」
「音が漏れても平気。だってこれ……避難訓練だし」
「はぁー!?」
思わず大声で叫ぶ。再びオークのお母さんが俺に声をかけそうになったので慌てて謝罪し、ルーナさんに向き直って小声で聞く。
「(訓練って! これ空襲受けたとかじゃないの!?)」
「(そうだよ、訓練。毎月一回しかやらないけど、運良くあたったね)」
言われてみればここは軍事国家で戦闘中の都市ではあるが……。
「(運良くはないだろ……)」
「(そもそも空襲ってアンデッドは空、飛ばないよ?)」
「(そうかも知れないけどさ! 何で早く避難訓練て教えてくれなかったの!? 俺達バカみたいじゃないか!)」
「(だって盛り上がってたし……面白かったから)」
そうだ。ルーナさんの血の半分はクラマさん、そしてもう半分はドーンエルフであるアルテさんだった。あの悪戯大好きドーンエルフ族の……。
「どうしたんっすか、ショーパイセン?」
「いやこれ、避難訓練で空襲や本番じゃないって」
「えっ!?」
クエンさんも俺と同じ気分になってルーナさんの顔を見る。
「なんで言ってくれないんっすか! 自分達めっちゃ恥ずかしいじゃないっすか!?」
彼女のその言葉に再びルーナさんがクスクスと笑う。
「クエンさん、覚えておいてください。彼女達ドーンエルフはこういうタイプなんですよ……っと!」
俺はそう言いつつ、ルーナさんが蹴り上げた果物を空中でキャッチする。
「これ、貰うよ?」
「ふふふ、どうぞ。面白いモノ見せて貰ったし」
俺は尚も嬉しそうに笑うルーナさんに断りを入れると、その果物を服の袖で綺麗に拭いて先程のオークの少年に渡す。
「五月蠅くしちゃってごめんね。これ、お詫びにどうぞ」
「まあ、ありがとうございます。ほら、お礼言って!」
「モグモグ……ありがとうブヒ」
オークの少年は一口で平らげて礼を言う。ひどいっすよー! とルーナさんをポカポカ殴るクエンさんと笑って受け流すルーナさんに背を向け、俺はオークの母子に語りかける。
「お二方はノトジアの方ですか?」
「いいえ。主人が兵役についてまして、永く顔を見ていないので会いに来たんです。でもまさか避難訓練に出くわすなんて……」
オークのお母さんは暗い顔をしてため息まじりに言った。
「難儀ですよね」
「ええ。ただでも一泊しか出来ないのに、会える時間が更に減ってしまいます」
その様子は至極残念そうだ。こう言っちゃなんだが服装も質素だしお腹も空いてそうだし、裕福ではない家庭のようだ。
「あの、もしお急ぎでないなら……」
俺はある思いつきを口にした。
「俺達、宿を5日間ほど取っていたんですがキャンセルする予定なんです。良ければ俺達の代わりにそこに泊まってゆっくりされたらどうですか?」
俺の問いかけにオークのお母さんは疑問の声を上げた。
「え? それはどういう……?」
「騒がしくしてしまったお詫びです。あ、もちろん、お代は結構です」
そこまで言うと彼女は大きく目を見開き言った。
「そんな! いくらなんでもそこまでして頂くほどでは……」
「宿代は先に払っていて、キャンセルしても返金されないんですよ。勿体ないじゃないですか」
「それはそうかもしれませんが……」
渋るオークのお母さんと話す俺を見て、ルーナさんとのじゃれ合いを終えたクエンさんが不思議そうに聞いてきた。
「何を話しているんっすか?」
「いや~かくかくしかじか」
オーク語が分からないクエンさんに、俺は今の成り行きを伝える。
「なるほど。じゃあ他の似たような境遇のご家族も招待したらどうっすか? スペースあるっすから」
確かに。総勢7名で2部屋借りている。もう1家族か2家族は入れる筈だ。
「それだ! では人助けだと思ってですね……」
俺はクエンさんの提案をオークのお母さんに伝えた。するとやはり『他のご家族も助かる』という部分が効いたのだろうか、最後には彼女も首を縦に振った。
「ゴキョウリョクニカンシャシマス。コチラノミナサンカラ、ユックリカイダンヲノボッテクダサイ」
オークのお母さんの許諾を得、段取りを話す間に避難訓練が終わりインセクターの兵士さんから声がかかった。俺達は買い物へ向かうルーナさん、ご主人に会うオークの母子、宿で手続きをする俺とクエンさん、という三組に分かれてシェルターを出た。





