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苦い黒い液体

 俺は黙って頷く。

「じゃあその辺ははしょって昔の話するわ。あんな、ウチにサッカー教えてくれたんはおかんやねん。弟が産まれた頃から隊長やってて忙しかったけどな、何とか時間つくってテクニックとか教えて試合も観に来てくれててん」

 弟が産まれた頃、と言われても身内じゃない俺にはピンと来ないが、たぶんまあまあ前という事なんだろう。

「その時に約束してん。ウチがサッカーで活躍する限り、おかんは絶対に観に来るって」

 語るレイさんの手がぎゅっと握られた。

「その約束はあの件があってからも有効やった。離れて暮らすようになっても、ウチがサッカーで頑張ればおかんはお兄や弟を連れて来てくれた。おとうも妹もみんな会えた。ウチがあんなアホな事するまでは」

 あんなアホな事……乱闘騒ぎをしてチームにいられなくなった件の事だろうか?

「ウチがアホやから、頑張れへんかったからみんな会えんようになった。ぜんぶウチのせいや」

 それを聞いて少し合点がいった。レイさんは、家族が会う機会を無くしてしまった(と自分で思っているだけだが)自分自身を責めている。ずっと責め続けている。彼女があのとき俺をあんなに責めたのは、その流れ弾(八つ当たり)みたいなものだったのだ。

「だからウチは地上でなんかサッカーせえへんよ。誰が許してくれんねんよ、そんな事。それにもし許されたからってそんな遠い所やったらおかん達も会いに来れへんやん」

 レイさんは前髪で目を隠してそっと涙を拭くと、顔を上げて無理に笑った。

「すみません。そんな訳でご希望には……」

「別に許してなんか貰う必要ないだろ?」

 割り込んだのはステフだ。読みかけの漫画を丁寧に置き、自分の胸を指さして続ける。

「アタシは歌うのも遊ぶのも誰の許可も必要としないぞ?」

 いやお前は少し俺が許可するのを待ってくれ。

「それに会いに来るも何も、エルフのサッカードウ協会ならお前等家族をまとめて面倒みれるぞ? 地上で一緒に暮らせば良いじゃないか! あちらならお前のお母さんの件も誰も気にし……」

「誰が面倒みてくれって言うたん!?」

 ほら見た事か。レイさんはステフに言い返すように声を張った。

「え? いや、それはほら~、ふつう……」

「誰が頼みました!? ウチらを馬鹿にせんといて!」

 恐らくステフはレイさんの逆鱗に触れた。彼女の剣幕にさすがのステフもたじたじとなり救いを求めるかのように俺の顔を見るが、それは更なる追撃を呼び込むだけだった。

「それにサッカーや監督がなんやって言うん!? ウチ、別にやりたくてサッカーやってた訳やないし! おかんが教えてくれたから、やってたら会いに来てくれるからやってただけやもん!」

「それは違う」

 自分でも驚いたが、すっと言葉が口を飛び出していた。

「あのピッチで、ほんの数分間だけどあのピッチでボールを蹴っていた君は本当に楽しそうだった。観ている俺も楽しかった。アレは義務感だけでできるプレーじゃないよ」

 それを早々に辞めさせてしまったのは俺だが、と心の中で呟く。

「それに家族がバラバラになったのも、繋ぎ留められないのも君の責任じゃないよ。だからそんな事で自分を責めるべきじゃない。その苦しみを誤魔化す為に自分を偽るのも、君の為には良くない」

 いつかナリンさんに言って貰った事が俺の脳裏にあった。たぶんレイさんを怒らせてしまうが、言わずにはいられなかった。

「あんたに何が分かるん?」

 案の定、レイさんは肩を震わせて俺を睨む。

「こんな可愛い女の子を侍らして脳天気にサッカー監督してるあんたに、家族の何が分かるん? ウチの辛さが分かるん!?」

「おいお前、ちょっと言い過ぎだぞ! お前こそ何を分かってるんだ? ショーキチはなあ!」

 テーブルの上でレイさんに掴みかからんとするステフを俺は制した。

「いいよステフ、黙って。これでお互い思う事は言い合った。今は落ち着いて考えられないと思うから一旦、分かれて冷静になろう。俺たちはあのスタジアムの宿泊施設に泊まっているから、気が変わったり何か言い足りない事があれば明日までに来て下さい」

 俺はそう言って立ち上がり去ろうとするが、レイさんは俯いたまま手を上げて止めた。

「分かりました。ウチもちょっと大人げ無かったと思います。せめてブルマン飲んでから帰って下さい。お代は結構です」

 レイさんは冷たい声でそこまで一気に言うと、さっと立ち上がりカウンターの奥へ消えた。後には何とも言えない気分の俺とステフと冷めたコーヒー(珈琲なんだよな?)が残された。

「……可愛い女の子、って言われちゃった」

「最初の感想がそれかよ!」

 俺はカップを持ち上げ中の様子を伺いながらステフに突っ込む。

「見た目も匂いもかなりコーヒーだな。飲んで大丈夫かな? ステフ、これ何で出来てるの?」

「注文の時もあの女が持って来た時も言ってただろ? ブルマンだよ」

 ステフは読みかけの漫画を開きながら答える。あの女、か。ステフのそんな言い方を初めて聞いた気がする。ちょっとまだ怒っているな?

「ブルーマウンテンか。じゃあ大丈夫そうだな」

 そう言いながら口を付ける。うん、冷めて残念だが味の方もかなりコーヒーだ。

「ブルーマウンテン? なんだそれ? ブルマンて言えばブルマン蟲に決まってるだろ?」

 ブルマン蟲!?

「それってどんな……」

「黒くて丸くてやや油ぎって光るやつ。潰して粉にしてお湯に溶かすと、お前の世界のコーヒーにそっくりなんだわ」

 ちょっと待てその蟲の生前の姿は別のヤツにそっくりなんだが!

「ステフ、俺の分も飲まないか?」

「いや、要らないわ。二杯も飲んだら夜、寝られなくなっちゃう」

 そこもコーヒーっぽいんだな。って感心している場合ちゃうわ!

「これ、飲み切らないといけない状況だよな……」

 あれだけ剣呑な空気で終わって

「飲んで帰って下さい」

と言われたのに残して帰ったら印象は最悪だ。

「ええい、ままよ!」

 俺は今日一番の辛さを感じながらその液体を喉に流し込んだ。

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