蛇の目
クランさんとの面談の後。俺たちに用意されたのはなんと、スタジアム内の宿泊施設だった。しかも広くてゴージャスなスイートルーム的な。
ナイトエルフたちのホーム、「オータムリーブススタジアム」はアーロンやアホウのほどではないがラウンジ会議場などを常設し、イベント会場としても使える便利な施設だった。特に暗い地下においてナイター設備は充実し、連動する魔法で5秒程度でオンオフできる優れ物だ。
それも今は何故かピンクの照明になっているが。寝る時は消して貰おう。
「とりあえず明日の紅白戦で何か掴みましょう」
今のピッチ上は紅白の絵の具を混ぜた色だけどな!
「やはり『蛇の目』はあるのでしょうか?」
ナリンさんが俺の隣に歩み寄り、同じようにピッチの上へ目をさまよわせながら訊ねる。
「ええ。俺の世界の言葉でも『蛇の道は蛇』というくらいですし」
『蛇の目』とはナイトエルフが名付けた、ゴルルグ族の密偵たちの名前だ。あの蛇人間たちは排他的で自分たちの素性を殆ど相手に渡さない一方、相手側には様々な形――賄賂や裏取引、はたまた特殊な変装用の『皮』を被っての潜入まで――でスパイを送り込み情報を根こそぎ収集しているという。
明日はここで「ファン感謝祭」という名目でナイトエルフ代表チームの選手とファンを集めイベントを行うが、きっとそこにもゴルルグ族のスカウティングチームがいるだろう。いや、もしかしたら既にナイトエルフの職員に変装したゴルルグ族が既にいるかもしれない。
「それはそうと……リストさんとクエンさんも代表選手だとは驚きでしたね」
ナリンさんは部屋に届けられた明日の予定表を見ながら呟く。ガタッ!と近くで何かがきしむ音がした。
「そうですか? ステフやスワッグ曰くなかなかの手練れらしいですし、彼女たちともみ合った時の身のこなしを見ても納得ですけどね。ボール扱いやサッカーIQは分かりませんが」
「てれ」
「何か言いました?」
「いえ、別に」
ナリンさんは不思議そうに首を傾げたが、ふと何かを思いついたかのように怪しい笑みを浮かべて口を開いた。
「あの最中にそこまで観察しているとは……冷静だな、ショーは」
ナリンさんは声を低くし背筋を伸ばし、がに股で歩いて近づいてきた。これは……突然のナリスさんモード!?
「ナリスだって見てただろ?」
なんとなく流れに押されて乗ってしまった。
「いや。俺はあの時もお前……ショーしか見てなかったからな」
彼女、いや彼はそう言いながら俺の前髪を右手で直しそのまま首の後ろに添える。
「ナリス……」
「あの時だけじゃない。二人だけで旅した日々の間ずっと俺は……」
『ぴーぴーぴーよー! ただいま場内アナウンスのチェック中ぴよ!』
突如、スワッグの声がスタジアムに響いた。
「ふふ。あのお二人、はりきってらっしゃいますね」
ナリスさんがナリンさんに戻って思わず吹き出す。
「ええ。『音響監督を任されるのは久しぶりだ』て喜んでましたね」
俺もナリンさんと同時に素に戻って笑う。スワッグとステフは明日のファン感謝祭でMCのような仕事をするらしく、既に今から設備点検に勤しんでいるのだ。
「熱心なのは良いけど、もう寝た方が良いと思うなあ」
地下なので時間感覚が分かり辛いが、スタジアム上部の時計の針は深夜の域に入っている。
「ちょっと様子を見てきますね」
ナリンさんは苦笑しながら小走りに部屋を出ていった。
「困ったエルフだな~」
俺はそう言いながら部屋の端の細長いロッカーに近づく。
「どいつもこいつも、と!」
そして一気にロッカーの扉を開いた。
「きゅ~!」
扉が開くと同時に江頭さんばりに「直立する棒」と化していたリストさんが床に倒れ込む。
「何してはるんっすか?」
俺は俺で矢部っちスタジアムのメインMCのようなツッコミを入れる。
「はっ! ここは!? ……そうか拙者、蛇の目が潜んでいないかと細かい所をチェックしている間に暗闇で眠ってしまって」
「んな訳あるかい! 不自然やろ、スイートルームにこんなロッカー!」
俺は思わず部屋用のスリッパでリストさんの頭をはたいてしまった。
「本当はどうやったんすか?」
「期待して潜んでいたのに真面目な話ばかりで『くそっ…じれってーな。俺、ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!!』って出ようとしたら急に思いの外、濃厚なナリショーを接種して気を失ってしまったでござる」
そうじゃないかなーと思ってた!
「あの、こういう事を言って良いのか分からないんすけど……」
「はい?」
「ロッカー持って帰って! あとやらしい雰囲気なスタジアムの照明も普通のに直して!
「御意ー!」
リストさんは片手でロッカーを抱え上げると、いそいそと部屋を出て行った。凄い身体能力だ。
「あー頭が痛い」
だが言動を見てるとなかなかの問題児の様だ。俺は頭痛を和らげようと自分の首の後ろを揉んだ。





