アーロンとトロールと対面
それからアーロンまでの三日間、俺は時に教師に時に生徒になった。ナリンさんの前では教師としてタブレットを手に大凡1970年代から地球のサッカー界に起きた出来事を教え、ステフやスワッグの前では生徒として御者台に腰掛け話を聞きこの世界の歴史や種族を学んだ。
ナリンさんに俺の思惑や、まだ必要でない部分まで伝えたのは一つには「共犯者」が欲しかったという気持ちがある。最新の機能を備えたパソコンがあるのに、劣った能力の商品を売って何度も買い換えを要求するセールスマンのような気分の共犯者が。
もう一つは俺の代理人だ。もし俺の身に何かあった際は、彼女に後を継いで貰いたい。何の縁で俺がこの世界に来たのかは分からないが、折角なら俺の伝えた地球のサッカーをこちらのサッカードウに役立てて欲しい。だが地球よりも遙かに不安定なこの世界で俺がいつまで生きていられるか分からないのだ。それ以前に万が一、老衰で死ねるとしても俺は彼女らよりずっと早く寿命がくる。
もっと単純に、「俺が退場処分を受けて指揮できない」場合なんかもあるだろうけど。
一方、スワッグやステフから聞く話はそれほど理論立てたものではなかった。基本的に彼らが武勇伝を好き勝手に語り、俺がその中に出てきた不明な名称や出来事に質問する、という形になるので非常に効率が悪かった。
しかもスワッグに至っては
「行く先々で逢瀬を楽しんだ美姫たちとの艶聞」
などを話してくれるのだが……相手、牝馬だしな。
「俺の觜が優しく耳元をつつくと、彼女のたてがみが波打つように逆立って行き……」
みたいなのを聞かされてどないせえと? 新しい性癖でも開拓すればええんか?
そんな苦労はありつつも旅そのものはつつがなく進み、俺たちは魔法国家アーロンへ着いた。
ドーンエルフたちの『残雪溶かす朝の光』王国が光の魔法国家――鮮やかなクリスタルの塔と美しい運河――なら、アーロンは影の魔法国家だった。
渋い色の刑務所を思わせる堅牢そうな建物、それらを結ぶ魔力で作られた黒い吊り橋。学院、研究所、国家を運営する庁舎、居住区……全てが完全に分離され機能性重視でそっけなく配置されている。
それでも、いやそれだからこそと言うべきか? アーロンは極めて住みやすそうな街だ。一度、宿を決め馬車を停めて以降、移動は徒歩で全てOK。便利な魔法標識がそこかしこに浮かび案内し、例の吊り橋が地球の「動く歩道」のように乗客を隣の建物へ移送する。
日本にもあったいわゆる「学研都市」的なものだろうか? アレはアレで心理的に難しいものもあったそうだが。そう言えば筑波では中山隊長や井原さんが普通にコンビニでバイトしてたらしいな……。
そんな事を考えている間に俺たちはスタジアムについた。都市の郊外にあるアーロンスタジアム、リーグカップ残り試合の会場だ。
別に用事があるスワッグステップと別れ、俺とナリンさんは普通にチケットを買って観客席へ入った。メインSS席。ベンチのすぐ上だ。テンション上がるな。
リーグカップ準決勝の第一試合は「ミノタウロスvsトロール」だった。トロールと言えばムーミントロールだよな。ムキムキのミノタウロスに蹂躙される直立するぼんやりしたカバを想像すると暗鬱たる気分になるが実際は違った。
『両チームウォーミングアップを開始してください』
「ウォーミングアップが始まるようであります」
スタジアム観客席では翻訳のアミュレットが効かない。ナリンさんの通訳を聞いて目をやった先にいたのは、逆にミノタウロスを蹂躙しそうな巨漢たちだった。
「引くわー」
最大のミノタウロスを上回る高身長、デカい鼻と耳、ぶよぶよとした皮膚。鉤爪はさすがにテーピングされているが、太い腕を振り回したらそれに頼ること無く象でも葬れるだろう。アレで全員女子なんだよな……。
「しかも意外と上手い!?」
そんな姿形でありながら、彼女らのボールテクニックはなかなかのモノだった。特にトラップが吸いつくように止まる。初めてジダン選手を観た時のような驚愕。
「その体格でそのトラップできるんか!」
みたいな。
「あの柔らかそうな体表がなせるワザなのか?」
「はい。しかも彼らは無限のスタミナを持っているであります」
ナリンさんによるとトロールたちは常軌を逸した回復能力を持っているらしく、腕や足が千切れても再生してしまうという。
もちろんサッカーの試合でスプラッタな風景はそうそう訪れないが彼女らの再生能力は「持久力」の方にも有効で、90分決して足が止まることはないという。まあその足が大して早くなさそうなのだけは救いだが。
「ミノタウロス代表……頑張ってくれよ!」
俺の気分は既に判官贔屓でミノタウロス側に傾いていた。その上、彼女らは一度戦った相手、強敵と書いてトモと読む、だったし。
しかし試合は俺の希望を打ち砕くような展開だった。





