BBQは禁止
農場での残りの作業の日々、アルテさんとルーナさんのお別れなどは特に問題なく終わり、俺達は帰路についた。
馬車が安定した道に入ってすぐ、俺は思いつきを話したくてナリンさんを御者台へ呼ぶ。
「ご家族やパートナーをクラブハウスへ招待する、ですか?」
俺が目論見を語ると、ナリンさんはメモを取りながら確認するように言った。
「はい。まず一度はシーズン前に。例えば家から通う選手については、やはり帰宅した後、ご家族でリラックスした時間を過ごす事が大事じゃないですか? だからクラブハウスで食事でもしながら、そういう面でのご協力を前もってお願いしておこうと思って」
俺がそう言うとナリンさんは少し考えて言った。
「確かに家庭に問題を抱えていては試合に集中できませんし、実のところ今までもカウンセリング的なものは多少は行っていましたが……前もってですか」
「ええ。予防的な声かけと、あとご家族と俺達の間にホットラインを引いておきたいんです。選手を介さない形で、ね」
ナリンさんはその言葉にやや驚いて呟く。
「選手を介さない形とはまた思い切った……」
「選手と揃ってカウンセリングを受けたい人もいれば、選手には内緒で第三者に相談したい人もいると思うんですよ。だから協力はお願いするけど、こっちもこっちで通じるラインを開けておきますよ、と」
ヒントになったのはここ最近の出来事、レイさん一家とダンさん一家の件だ。最終的にプレイするのは選手個人だが、支えているのは家族や恋人の存在だ。そこに不安があると、良いパフォーマンスが期待できない。
むろん、各選手の家族の内実をたかがサッカーの監督が完全に掌握する事は不可能だが、手伝ったり意見を交換したりするくらいなら出来る筈だし必要な筈だ。
「あと家から通うんじゃなくて寮に泊まる選手の家族にもですね、こんな設備でしっかり安全に守りますので、安心して預けてくださいよ、と」
こちらは主に若く、実家が遠くて通えない選手がメインになるだろう。
「それはレイさんみたいなケースですね?」
ナリンさんが確認するように言った。と、同時に
「なになに? ウチがどうしたん?」
と小窓が開いてレイさんが顔を出した!
「うわ!」
「きゃっ!」
俺とナリンさんは飛び上がって手を取り合う。
「えっ? そんな驚くこと? てかなんの話しなん? ウチも混ぜて?」
レイさんも驚きながらも御者台へ這い上がろうとする。
「いや、ストップ! だめだから!」
俺は慌てて彼女を押し止めた。
「えー!? なんで?」
「これは監督とコーチだけの話だから!」
「でもウチの名前言ってへんかった?」
「それも監督とコーチだけの話!」
ここでレイさんを上げてしまう訳には行かない。俺は不満そうな彼女の頭を押し返し、無理矢理馬車へ入れて小窓を閉じた。
「ショーキチ殿? 別に彼女を交えても良かったのでは?」
「いや、次の話は選手に聞かれない事がちょっと肝でして」
俺は小窓の向こうにもレイさんの気配が無い事を確認して続ける。
「二度目にご家族や恋人を呼ぶのはサプライズにしたいんですよ。急に練習のオフ日を作って選手を集めて、こっそり呼び寄せたその人たちと激励パーティーをする的な」
こちらはシーズン中のどこか、だ。例えばチーム全体にやや疲れが見える時期とか、その後で厳しいチームとの連戦が続く時とか。
「そちらに関してはタイミングは流動的なんですね?」
俺の説明を聞いてナリンさん素早く指摘する。
「はい。ただ早い時期にある程度でも絞り込めたら助かりますが」
「それは可能です。リーグのスケジュールが出て、選手のフィジカルコンディションのデータも揃えばかなりの精度で予測できるかと」
ナリンさんはメモのカレンダーっぽい部分を眺めながら答える。
「良かった! 先に絞っておいて、一度目のミーティングで関係者に予告くらいはしておきたいですからね」
みなそれぞれに予定ってものがあるし、家族で移動となるとなお大変だからね。
その後、俺達は数分かけて
「で、激励パーティーについて出来ればBBQは避けたいんですが……」
「何故ですか?」
「ジンクスなんですけどね。降格付近のチームが……」
等と詳細と詰めていった。
「以上です。何か問題や質問はありますか?」
「いえ、今は無いと思います。ただ念の為、中へ戻ってレポートとしてまとめてみますね」
「はい、ありがとうございます」
そんな会話を交わしナリンさんは馬車の中へ帰り……かけ、再び御者台に座った。
「あれ? どうしました?」
「いえ、あの、その……やはり言っておこうかと」
ナリンさんは眉間に皺を寄せ悩みながら言葉を探しているようだった。思慮深くはあるが頭の回転の早い彼女にしては珍しい。
「えっと、先程のショーキチ殿の断り方は良くなかったと思います」
「はい? 先程のと言うと?」
「レイさんの事です」
ナリンさんは一つため息をつくと、後は一気に言葉を紡いだ。
「家族による激励パーティーの件を選手に秘密にしておきたいというショーキチ殿の目論見は分かります。サプライズの面が減りますから。しかし一方でレイさんはまだ若く、大人たちから疎外された状況で苦しみ傷ついた過去がある子です。そんな彼女を会話から除外する際にあんな、あんな冷たい言い方は良くなかったのではないでしょうか?」
ナリンさんはやや潤んだ瞳で俺をみつめて続ける。
「ましてレイさんはじ…ぅんと同じくショーキチ殿を一人の男性としても慕っ……いや何でもないです」
途中、何度か声が小さくなって聞こえなくなり、最後には言葉が止まった。が、ナリンさんは首を振ってもう一度声を強くした。
「上手く言えませんが自分がもしレイさんで、あんな風にショーキチ殿に拒絶されたら、悲しい気持ちになったと思います。だから彼女に謝ってあげて下さい」
そう告げるナリンさんの目にはもう弱さは無く、ただ強い光があった。
「そうでしたか……すみません」
「いえ、自分にではなく」
「はい! そっそうですね。レイさんに謝ります」
ナリンさんの今の言葉を聞き始めた時は正直ショックだったが、徐々に彼女の意図が心に入ってきて俺は目が覚めた思いだった。
「確かに思慮も言葉も足りませんでした。自分の立場とか相手が子供だからとかで傲慢になり、思いやりのない言い方だったと思います」
監督と選手が線を引かないといけないのは事実だ。だが人は権力を持つと共感力が減り、以前なら出来ていた気配りが出来なくなる事が多い、と管理者教育で習った。まして監督という絶対的権力者なら尚更だろう。
線を引くのと思いやりを無くす、のとは別にしなければ。
「言い難い事を言って下さって、本当にありがとうございます。あの時もですが、ナリンさんにはいくら感謝しても足りない。勇気のある素晴らしいコーチですよ、貴女は」
あの時、というのはあの運命の一戦でリーシャさんがゴールを決めた時の事だ。俺はユイノさんと抱き合う彼女を剥がし、早く試合を再開させたかった。まだチームは負けていたし、残り時間もそうある訳ではなかったから。
だがナリンさんはそうしようとする俺を止めてくれた。もしナリンさんが俺を止めず俺が彼女達を引き剥がしていたら、きっとリーシャさんの気持ちは萎んで後の展開は変わっていただろう。
「そんな! 自分はショーキチ殿との約束を果たしているだけです!」
確かに気づいた時は何でも言ってくれとお願いはした。個人マネージャーとして契約もした。だがそれをここまで誠実に守ってくれる人物はそうそういないだろう。
「それでは、レイさんを呼んできますので!」
自分が誉められる段になるとナリンさんはいつもいそいそと逃げてしまう。残念ながら今回もそうだった。エルフの身のこなしは人間よりずっと素早く人間の耳はエルフほど聞こえないので、俺には彼女を引き留める事も彼女の言葉を正確に聞き取ることも俺にはできなかった。
「それに自分は勇気があるんじゃないです。偽善者なだけです」





