0 たぶん、決闘の予感
『そうか、俺にもやっと分かったよ。今日がお前との、決着の日だってことをな』
『フン、何を言い出すかと思えば。例によって――いや、いつも以上に意味の分からぬ言葉を吐くな』
『思えば小学の頃からの腐れ縁だったな。あの頃から事あるごとに俺とお前は一緒だった。ある意味、二人で一つだったのかもしれない』
『今更過去のことを振り返ってどうする。貴様にも俺様にも、もはや今と未来しかないのだぞ』
『ああ、そのとおりだ。俺は今、過去の全てを受け止め、今この手で、お前から、未来をもぎ取ってみせる。そういうことだ』
『軽口だけは一人前だな。この場で未来を掴むのは、この俺様だ』
『そんなことは、やってみなきゃ分からないだろ? 準備はいいか?』
『――来い』
『『うおおおおおおおおおおっっっ!!!』』
***
……朝、学校に来てみれば、男子二人が決闘していた。
「ほんっと、男子高校生って、よくこんなバカなことできるよね……」
梅雨の終わりの金曜日、登校するだけでセーラー服が肌にひっつくような暑さの中でよくやるものだ。よりにもよって、正面玄関入ってすぐ、中央階段の手前で闘っているのだからタチが悪い。嫌でも目を惹く場所でのバトルは、当然のように何重ものギャラリーを引き連れていた。
その輪の一番外にいた女子が一人、わたしを見つけて手招きしてきた。身体が小さいこともあり、ぴょこぴょこ跳ねるようにして、こちらへ少し近づいてくる。
「なずなちゃん、おはよ~! ほらほら、朝からなずなちゃんに負けないくらい元気な男の子がいるよ!」
「いやっ、わたしは朝から殴り合いなんてしたこと無いからね!?」
「朝じゃなかったらあるんだ……さすがだね」
「朝じゃなくても無いよ!?」
わたしの必死の反論にもかかわらず、クラスメートの顔が驚きと苦笑いから解放されない。この例に限らず、どうにも、周りの人はわたしのことを誤解している節がある。わたし自身、確かに分かりやすい女子ではないと思うけど、それにしたって決闘なんてするような人間だと思われているのは心外だ。
「わたしはどっちかって言うと、心の中で芽生え始めた恋に戸惑ってもじもじしちゃう、おしとやかな黒髪の大和撫子なんだけどな」
「恋に気付いたら一直線、思い切りの良さが売りの茶髪ガールななずなちゃんがそれ言う?」
「女も度胸って言うでしょ~っ! 物事すっぱり割り切る茶髪の大和撫子だっていいじゃん!」
つい大声を出したせいで、決闘の見届け人たちが数人、こちらへ振り向いた。顔が熱くなっていくのを感じる。わざとらしく咳払いを一つ付けてみたが、隣のクラスメートの笑いを買うだけだった。理不尽過ぎる。
「ああもう、なんで朝からこんな目に遭わなきゃ……って、聞くまでもないこと聞いた、ごめん。まったく……決闘やってる男子二人は何が目的なの?」
責任を男子に押し付けてみたが、やはりクラスメートが笑ってくれるだけ。
「男の子が決闘する理由なんて、そんなにたくさんはないんじゃないかな。そのあたり、なずなちゃんの方が経験豊富そうだけど」
「いやだから、わたしは決闘なんてするキャラじゃないし、あんな粗雑そうな男子の考えてることなんて全然分かんないからね?」
「まあ今日の理由は分かりやすいんだけど。女の子を巡った戦いって言えばいいのかな」
「ああそういう……。なに、どっちかの彼女に手を出したとか?」
「手を出したというより、どっちが手を出すのか決めてるってかんじだと思うよ。ほら、あれ」
クラスメートが指差す先には、生徒向けの掲示板。味気なく羅列されるプリンター出力のA4用紙だらけの中、明らかに手書きの特大ポスター(?)が一枚、やたら存在感を放っていた。
『理想のカレシになります 五条瑞葉』
……カレシ。五条、瑞葉。
一瞬頭がフリーズする。頬を平手で叩き、無理やり正気を目覚めさせた。もう一度、掲示の文を読み返す。
文字列は変わっていなかった。カレシ。五条、瑞葉。
…………。
「はあああああああああああっっっ!?」
つい出した大声で、またしても周りの目を惹き付けてしまった。どうにも今日は、最悪の日になりそうだ。