冒険者の街ララクル
「んーーー? うーーむ? あーーーれーー?」
天界のG棟の一室で、寝間着姿の神様が腕を組み、首を傾げながらウンウンと唸っている。
その傍で書類整理をしていた役員が溜息を1つ零して、仕方なく神様に問い掛ける。
「どうかしましたか神様? いつもならまだ眠っている時間に起きて来るなんて珍しい。明日は雨でしょうか?」
「天界にどうやって雨が降るんだい? 全く君だけだよ僕にそんな口が聞ける奴なんて、いやそれがねー隼人君の事で何か忘れてる気がするんだよねー」
「えぇ⁉︎ 一体何を忘れたんですか?」
役員は驚いた様子で立ち上がり、神様の肩をガシッと掴み大きく揺らす。余りにも勢いがあったため整理していた書類が散らばってしまったが、気に留める事もなく神様に詰め寄った。
「おっ思い出せないから困ってててるんだだよねね〜! あんまりり揺らさないでくくれるかい? はっ吐きそう」
「あっ申し訳ありません……」
役員は冷静さを取り戻し、神様に非礼を詫びる。神様はいいよいいよ〜と言った様子で手をヒラヒラとさせて笑っている。
「まぁ忘れてるくらいだから大した事無い事だろう! それに思い出せたとしてもうどうする事も出来ないしね〜! ふぁ〜まっ良いや、僕はもう少し寝るから」
「はぁ……分かりました」
神様は指をパチンと鳴らすと姿を消した。役員は呆れた様子で散らばった書類を拾い集め、モヤモヤした気持ちで再び書類の整理を続けた。
「着いたぞ、ここがララクルだ」
「おぉ遠くから見えた時もテンション上がったが、やっぱり近くで見ると迫力が違うな……」
ある程度予想はしていたが、街は城壁で囲まれ、周りには深い水路の堀が有り、人々が行き来する門には鎧を着けた騎士の様な人達が街に入る人の選別を行なっている。
「さて、ぬしを案内するのはここまでだ。 街に入れば別行動、もう関わる事もない。念を推しておくが、我の素顔は誰にも言ってくれるなよ……」
「大丈夫だ、約束する。恩を仇で返すような育て方はされてないつもりだ」
俺がそう告げると、クロエはそうかと呟き一枚の銀貨を渡してくれた。
「街に入る際の人頭税だ受け取るがよい」
「何から何まですまん、やっぱりコレを売った後に何かお礼を……」
「要らないと言っただろ、ここからは関わりは無しだ。最後に、冒険者ギルドは門を潜って大通りを真っ直ぐ行った中央にある」
クロエが指をさした方向に目を向けると、薄っすらと大きな建物が見える。あそこが冒険者ギルドであろう。
「そのツノは商会ギルドでは無く冒険者ギルドへ持って行くと良い。価値を交渉で上げる事は出来ないが、定められた価格で必ず買い取ってくれる。何も知らなそうなぬしが商会ギルドに行けば、そのツノを捨て値で買い取られてしまうだろうからな」
そう言うと、クロエは門番の元へ行ってしまった。
クロエとの約束で、入るタイミングをずらしている俺は、遠くからそのやり取りを見ていると、人頭税を受け取った門番が荷物を確認した後で、もう一枚硬貨を渡されている。
そのまま門番は、機嫌良さそうにクロエの背中をバシバシと叩くと、荷物を返し街へ入っても良しと許可を出したようだ。
クロエは街に入って行く直前に、チラッとこちらを向いたが、直ぐに振り返り街へと消えて行ってしまった。
「さて、それじゃあ俺も行くか……」
街へ入る許可を得るべく、俺も門番の所へと向かった。
「俺も街に入る許可を貰いたいんだが」
「ん? あぁそれなら荷物の確認と身分を証明できる物、人頭税の1000リラを徴収するから出してくれ」
身分を証明できる物? えっそんな物俺持ってないぞ……
「あっえっと身分を証明できる物と言うと、免許証とか保険証とか……では無いよな」
ジロッと怪訝な目を向けて来た門番であったが、ちょっと待ってなさいと言い、奥から用紙を持って来た。
「これに出身地、それと名前と年齢と性別、後は街に入る目的を記入しなさい。 身分の証明が出来ないものは3000リラ徴収するからね」
スッと手の平を向けられた俺は、クロエに貰った銀貨を渡した。門番は一瞬ギョッとした顔を見せるが、一度咳払いをして銀貨を見つめる。
「まさか、人頭税に銀貨を出してくるとはね。出来れば銅貨か赤硬貨、1000リラ紙幣で払って貰いたいものだが……まぁいいお釣りを持ってくるからそれを記入して待ってなさい」
門番はブツブツと文句を言いながら扉の奥へと入って行った。俺は渡された用紙に記入しようとした所で、今度はこっちがギョッとする羽目になる。
〜神の寝室〜
「あっ! 思い出した!文字の書き方と読み方をインプットさせるの忘れてた!……寝よ」
「何だこれは、よっ読めないぞ、何処に名前で何処に住所を書けばいいんだ……」
一瞬焦ったが、よくよく考えてみたら外国どころか別の星に来たんだから文字が読めなくて当然だ。
会話が日本語で出来てたから完全に失念していたが、きっと会話の方は神パワーで翻訳して頭の中に入って来てたのだろう。しかし、こっちに来てから困ってばかりだな……
「待たせたな。ん? 何だまだ書いてないのか? こっちも暇じゃ無いんだ、ほら差し引いた残り9万7千リラだ! 生憎紙幣の方は在庫切れで赤硬貨での釣りになるぞ!」
ドサッと大きな麻袋を渡された、中には赤い色をした硬貨が何百枚も入っている。恐らく場違いな銀貨を渡した俺に対する嫌がらせだろう。
それにしても、クロエはこんな大金を持たせてくれるとは……これはやはり街で出会ったら何かお礼をしなければならないだろう。
まぁ先ずは目先の問題を片付けるのが先か。
「悪いんだが、何処が名前を書く所で何処が住所を書くところか教えてくれないか? 字が読めなくてな」
「はぁ? チッ! 手間の掛かる奴だ、ここに名前ここに性別でここに……」
門番は煩わしそうに指をさして書く場所を指定した、だが俺は文字を書く事も出来ないので、名前を言うから代わりに書いてくれと頼んだら、遂に門番がキレた。
「貴様ふざけているのか? もういい貴様を街へは入らせ」
門番が言い切る前に、俺は麻袋から十数枚の硬貨を取り出して、門番の手に握らせる。
門番とクロエのやり取り、あれは間違い無く賄賂だろう。仮面を外さない代わりに、この門番に金を握らせていたのだろう。あまり好きな行為では無いが街に入れないのは困るから仕方がない。
「むっ? 何のつもりだ? こんな事をしたところで私は」
足りないか、ならばと俺は半分程の硬貨をカバンに詰めて、残った硬貨と麻袋を門番に渡した。
「ふっふむ、まぁたまには代筆も良い経験になるだろう」
そう言って門番は機嫌良く代筆を行なってくれた。それにしても、文字を覚えないとこの先やっていけないな……
「ほら、これで完了だ! 最後は荷物だが……なっ! ルギオンのツノだと⁉︎ しかもこのサイズは成体か⁉︎ きっ貴様が狩ったのか?」
「ん? あぁまぁ、さっき森の中で倒して来たが、何か不味かったか?」
門番は目をパチクリとさせて、ユックリと鞄を返して来た。
「いや〜はははっ、まっまさか成体の雄のルギオンを狩れる程の実力者だとはな。黙っているなんて人が悪いお方ださてさてではようこそ、冒険者の街ララクルへ」
門番は焦った様子で扉を開けた。俺は仮面を着けた少女クロエに助けられ、遂に街へと来る事が出来た。
「さてと、冒険者ギルドって場所に向かうか」
俺は鞄を背負い直し冒険者ギルドへと向かった。
やっと街へと入れました。