命への敬意
今俺は、少女の散らばってしまった荷物を拾い集めている。先程の軽率な行いに対してのせめてもの罪滅ぼしとしてだが、どう天秤に掛けても釣り合うはずがない。
「一応集め終わったぞ」
「ん? あぁ、ありがとう。そこに置いておいてくれ、こちらももう終わる」
再び仮面を付け、フードを深く被った少女は、俺が倒した化け物の額にあるツノを慎重に切り出していた。
「その、さっきは軽率な行動を取ってしまって本当に悪かった」
頭を深く下げて謝ると、解体をしていた少女の手がピタッと止まる。
「もう過ぎた事だ気にするな、それに我の素顔を見た中で、ぬしの反応はまだマシな方だったぞ」
そう言うと、少女は再び作業に戻った。
俺は、日本で生きていた頃の自分を思い出していた。顔が怖いと言う理由で様々な不遇を受けて来たと言うのに、さっきの自分は、その蔑んで来た奴らと全く同じだった事に無性に腹が立った。
ガリガリガリ……パキン
「よし、取れた」
直径50センチはある無色透明で水晶の様なツノを、少女は両手で持ち上げると、俺の前に差し出した。
「これはぬしの成果だ。ギルドに持って行けばかなりの値が付く」
この身1つで知らない世界に転生した俺としては、この世界のお金が手に入るのは非常に喜ばしい事であった。だが、俺は首を横に振った。
「いや、受け取れない……高価な物ならアンタが貰ってくれ、さっきのせめてものお詫びだ……」
俺は受け取りを拒んだが、少女はズイッと俺の胸元にツノを押し付ける。
「これはぬしの成果だと言っただろう! 肉も皮も骨も必要としない殺生は、殺した者への最大の冒瀆だ。持って行け!」
怒気の篭った声で叱責された俺は、仕方なくツノを受け取った。
受け取ったツノは、確かな重みに、今まで何年も生きていた証の小さな傷がある。そう、これは決して店で売られている工芸品でも無ければ、自然が創り出した無機物でも無い。さっきまで生きていた獣の命の証なのである。
「分かった。受け取る……」
「それでいい、それとクロエだ」
「えっ?」
「クロエ・ラムトゥルフ……我の名だ」
「あっあぁ、俺の名前は二宮隼人って言うんだ」
「そうか、ここらでは聞き慣れない名だな」
少女、クロエはそう呟くと俺に背を向けて身支度を整える。
収納が出来るベルトに割れていない薬瓶を差し込み、反対側には剣を差し込む。そして獣から刈り取った青い毛皮を紐で結ぶと、大きな布の鞄の中にしまい込んだ。
そして獣の親指の爪2本を腰に巻き付けると、手をクイクイっと手招きをする様に動かす。どうやら出発する様だ。
俺はツノを無理矢理鞄に詰め込んで、駆け足でクロエの後を付いて行った。
「我が今拠点としている街、ララクル迄は休まずに歩いて3〜4時間程だ。日没までには森を抜けたいから、休まずに行くつもりだが構わないか?」
「あぁ、分かった。それで大丈夫だ」
「よし、では行こう」
こうして俺は、クロエと共にララクルと言う名の街へと向かって歩き始めた。
道中はひたすら静かなものだった、お互いが無言のまま歩き続ける。途中でクロエが立ち止まって、何かしらの草花を採取したり、獣に遭遇しないよう身を隠したりなどして歩く事2時間、俺たちは森を抜け出した。
森を抜けると、薄暗く感じていた空はまだ夕暮れには程遠い程太陽は空高く昇っていた。
ふと、空から大地に目線を移せば、辺り一面が黄金色の草原に、そよそよと優しい風が吹き込み、俺のモヤモヤとしていた気持ちを幾らか軽くしてくれる。
「本当に知らない世界に来たんだな……」
「ん? 何か言ったか?」
「あっ、いや何も! それより、街までは後どれくらいなんだ?」
「予定よりも早く森を出られたからな。 後1時間も歩けば着くだろう」
「そうか、分かった。ならさっさと街に行ってこのツノを売りに行こう! それでお礼も込めて何か奢らせてくれ」
俺は努めて明るく、滅多にしない笑顔で買い物のお誘いをした。しかし……
「いや、遠慮しておく。 街まで案内したら其処からは別行動だ。もし街で見かける事が有っても、こちらからは話しかけないし、そっちも用が無ければ話しかけないでくれ」
かなりキツイ言葉でバッサリと断られてしまった。
「それよりも、早く行こう。夜が来ればこの草原も魔物や獣たちの居場所となる。今の装備や状態で夜営するのは少々骨だ」
クロエは自身の右腕を摩りながら言う。あの不思議な薬のお陰で、折れていた右腕は見た目は元通りだが、やはり違和感か痛みが有るのだろう。
「分かった……それじゃあ急ごう」
こうして、いつも当たり前のように通っていたアスファルトで舗装された道では無く、草原を切り開き、人々の足で踏み固めた道を俺たちは歩き始めた。
街へ向かう道中に、馬車を引いて何かしらの商品を運んでいる仲睦まじい夫婦や、剣や杖を携えた、冒険者の様な風貌の4人組とすれ違い様に俺の持っているツノに驚かれたりと今までの日常が非日常になる模様を感じながら、その後は特に何事も無くララクルの街へと到着した。