神様の加護と仮面の素顔
『ゴルルルルルル』
「がはっ、はぁ……はぁ……我とした事が……後少しなんだ……死ぬ訳にはいかないんだ!!!」
少女は化け物の様な獣に押さえつけられたが、自由の効く左腕を動かしズボンのポケットから小さなナイフを取り出した。そしてそれを力一杯振り下ろして、自身を押さえつけている獣の手の甲を突き刺した。だが……
ガィン、ガィン、パキン……
ナイフの刃はいとも容易く折れてしまい、獣の手の甲に擦り傷1つ付ける事すら叶わなかった。
「くそっ、只の鉄では通らぬか……ぐあぁぁぁぁ⁉︎」
『グウゥゥゥゥ!』
ナイフで傷は付かなかったが、獣の逆鱗には触れてしまったようだ。獣は更に体重を乗せて、少女の右腕の骨を折る。
「はぁ……かはっ……駄目だ……我は、諦める訳には……」
『ガウウウウウウウウウウウウ!!!』
少女の身体に獣の爪が迫る。そこでようやく、恐怖で動かなくなっていた俺の身体は、少女を助けたいと言う思いに応えてくれた。
「どぉりゃあぁぁぁぁぁ!!!」
武器なんて持っていない、戦った経験なんて絡まれた不良達くらいのものだが、俺を助けてくれた恩人の危機に逃げる事なんて出来なかった。
「頼むぞ神ーーーー!!! 強くしといてくれたんだろーーー!!!」
俺は少女を押さえつけていた獣の前腕にしがみ付くと、力一杯持ち上げる。
「ぬぅぅぅんんんんん!!!」
『ギャウ⁉︎』
身体には今迄感じた事の無い程の重さが伸し掛かる。しかし、いける、持ち上げられる!
俺は獣を持ち上げて、そのまま地面へと叩きつけた。
「どっせぇぇぇいいい!!!」
ズシーーーーーン!!
『ギャイイン⁉︎』
獣を地面叩きつけた事で大きな地響きが起こり、木々に止まっていた鳥達が一斉に逃げ出した。
「ふぅ、ふぅ、すごいな、予想以上だぞ神様!」
「ぬし……」
「あっ、すまん助けるのが遅くなった。今すぐ手当を」
「よい、この程度では……死にはせん……それよりもあやつに集中せよ」
投げ飛ばした獣の方へ向き直すと、獣は何が起こったか分からない様子であったが、既に起き上がっており、牙を剥き出して戦闘態勢を取っていた。
「やっぱりアレくらいじゃ駄目か。何か武器、武器は無いのか⁉︎」
俺は使えそうな物を探すが、落ちている物と言えば小石や枝くらい。此れでは万が一も無理だろう。
「コレを……使え……」
少女が、俺に向けて剣を放り投げる。俺の足下に落ちた剣は刀身に何か文字の様な物が刻まれており、それがポゥッと青く光っている。
「魔力の量で……強度の変わる剣だ……ぬしのその強さならその剣を扱えるだろ……」
「えっ? いや、うん、多分いけるだろう!」
魔力の量とは何だ⁉︎ そう言えば神がそんな事も言ってた気がするが顔を変えるのに夢中で全然聞いてなかった……
「ええい一か八かだ!」
俺が祈る気持ちで剣を手に取った瞬間、剣は有り得ないほど眩い光を放った……
いや、もう眩しすぎて前が見えぬ
「ぬおぉぉぉ何も見えぬーー!」
「何という魔力の量……これは、力を奪われる前の……」
「このまま突っ込むぞ!! 俺の前に居るかあの化け物じみた虎は⁉︎」
「うっうむ、そのまま剣を構えて……直進せよ……」
「いよっしやぁぁぁオラァァァ!!」
俺は雄叫びを上げて自身を奮い立たせると、獣目掛けて目を瞑った状態で駆け出した。
バチ、バチ、バチ
何か電気の弾ける音が聞こえる。眩しい光を我慢して俺が薄っすらと目を開けると、ぼんやり見える化け物額のツノの方に雷の球のような物が浮かんでいる。
「何だそりゃ⁉︎」
『アオオオオン!!』
「いかん、雷光を放ったのか⁉︎ ぬし、横に飛べ!」
「今更無理だぁぁぁ! ぬがぁぁぁぁ」
俺は、雷の球のような物に直撃した。 獣は勝ち誇った雄叫びを上げている。しかし直撃はしたのだが
「案外耐えれるぞ! ビビらせやがって!」
『ガウ⁉︎』
そう、案外耐えられた。痛い事は痛かったが、痩せ我慢出来るくらいの痛さだった。そして俺は戸惑っている化け物の懐に入り
「終わりだぁぁ!!」
胸元に剣を突き刺した。
『グォォォォン……』
獣は絶命の雄叫びを上げて崩れ落ちる。俺は下敷きにならないように、急いで獣から距離を取る。
虫や魚以外で初めて生き物を殺した。少しの罪悪感、しかしそれに勝る達成感に、俺は何とも言えない気分で獣から剣を引き抜いた。
(きっと、この世界で生きて行くならこんな事を当たり前にしないとならないんだろう)
再び眩い光を放つ剣に目を逸らしながら、この世界で生きて行く覚悟を決めていると、後方から少女の苦しそうに咳き込む声が聞こえて来た。
俺は急いで少女の元へと駆けつけた。
「大丈夫か⁉︎ 酷い怪我だ……」
少女の右腕はあらぬ方向に曲がり、腹部の方からはじんわりと血が流れている。
「驚いたな……まさかあれ程の魔力と膂力を持っていたなんて……丸腰なのも頷けるよ……助けたなどと少々思い上がった事を言ってしまったな……ゴホッゴホ……」
「そんな事は良い、兎に角傷の手当をしなければ、すまんが毒液とか包帯は持ってないのか? 格好悪いが、俺は本当に何も持って無いんだ……」
あぁ情け無い、怪我人の手当をするのにその本人の荷物を当てにしないとならないなんて。
「それなら……そこに転がっている赤い液体の入った瓶を取ってくれないか? 薬なんだ、それを飲めば幾分か傷が癒える……」
少女に弱々しい声で薬を取ってくれと頼まれたので、俺は急いでそれを少女の元へと持って行った。
「これで合ってるか?」
「あぁ……助かるよ……くっ、痛つつ」
少女は傷付いた身体に鞭打って起き上がろうとするが、それを俺は制止した。
「そんな状態で自分で飲もうとするな、飲めば回復するんだろ? ちゃんと飲ませるから安心しろ。仮面を外すぞ?」
なるったけ優しく少女の身体を再び押し戻し、仮面に手を当てる。すると
「まっ待て、自分で飲む! 仮面には触れないでくれ!!!」
「うぇ!?」
俺が仮面に手を掛けると少女の様子が一変した。急な大声に驚いて、俺は触れるなと言われた仮面を大きくズラしてしまった。
少女の顔から仮面は滑り落ち、カランカラン……と音を立てて地面に揺れる。
そして、仮面の下から現れた少女の素顔は、言葉が出なくなる程悲惨なものだった……
「あっ……あぁ………」
「見てしまったか……」
少女の顔の右半分はまるでミイラのように肉つきが無く、皮と骨だけで形成されている。あるはずの右目は陥没し、そこにあるのは真っ暗な空洞のみ。
左半分の下側は、肉は付いているのだが、皮膚が剥がれ落ち真っ赤な筋肉の繊維が剥き出しの状態になっている。唯一無事なのは左上の目の付近だけであった。
「そっその顔……一体……」
最早生きていられる筈がない状態の顔、しかし彼女は確かに呼吸をして、触れた身体には血が通った温かさがあった。
この世界では起こり得る状態なのだろうか。いや、それにしたって、これではまるでゾン……
「薬を……くれないか……」
少女は俺に顔を見せない様に俯向きながら、左手を差し出して薬を求めた。俺は黙ったまま少女の手に薬を手渡した。
「ありがとう……」
少女はそう言うと、蓋を開けて一気に薬を飲み干した。すると、少女の折れていた右腕や腹部の切り傷が見る見る内に治って行く。しかし、少女の顔は変わらないままであった。
少女の素顔は常人なら見るに耐えないものだった。