白紙の転生者
48階の道のりをエスカレーターの様に自動式の床で登って行き、俺達は転生先を決定する機械の前に到着した。
「ハイ、それでは1番の番号の方から順に押して行って下さい! 後が控えてますから用紙を取ったら速やかに受付へと向かって下さい! そこの方、列は間を空けないでちゃんと詰めて下さい!」
俺の後ろに並んでいたオッサンが、ビクビクしながら俺の後ろに並ぶ。
「おい、別に何にもしねーから、ほらちゃんと詰めろって」
「ヒィィ! ごっ御免なさい、いつもなら財布に3万は入ってるんですが、なにぶん今はこんな状態で財布も無くて!」
何で俺カツアゲしてるみたいになってんだよ……
「はい、それでは貴女から押して行ってください」
役員に促されて、先頭の魂から順にボタンを押し始めた。
「あっ私人間だ! アメリカ人で女優になれるんだ!」
「私は日本人で、数学の教師ですか。 ふふふっまた教職とは私らしい」
「ええぇ、俺猫かよー! あっでも大豪邸で飼われるのか。それならまぁアリかな?」
一喜一憂しながら列はどんどんと進んで行き、遂に俺の番となった。
「はい、それでは一度だけ押して下さいね」
「あっあぁ……」
ポチッとボタンを押すと、脳に電流が走る。そして、様々な情景が網膜に映し出されていく。
野球選手になっている自分や鷹となり空を羽ばたいている自分。
科学者、サラリーマン、鯨、犬、料理人、警察官、その他にも考えられる様々な生き物や職業が一瞬なのか長い時間を掛けてなのか、俺の脳裏を過っていく。余りの事に理解する事が出来ないでいた俺の網膜に最後に映し出された映像は……
仮面を被った少女と一緒に、夕暮れ時の丘で手を繋いでいるものだった。
「はい、それでは出て来た用紙を受け取って下さい」
「えっ⁉︎ あっおぉ……」
気が付けば、機械から用紙が出ていた。俺はそれを手に取って確認すると、紙には何も書かれていなかった。
「なぁ、これ何にも書かれて無いんだが機械の故障か?」
俺が隣にいた役員に用紙を見せると、常にニコニコとしていた役員の顔付きがギョッと目を見開いた物となったと思うや、徐に手を耳に当てて何処かに連絡を始めた。
「何だ?……」
「はい、間違いありません地球では無く、はい白紙でした。やはり懸念されていた通りの事態が起こってる様です。至急応援を」
俺の言葉を完全に無視して連絡を終えた役員は再びニコニコ顔に戻ると、俺の腕をしっかりと掴んで来た。
「どうやら機械の故障の様ですね! 隼人さんには別室でもう一度ボタンを押して頂きますのでどうぞこちらへ」
「えっちょっと⁉︎」
「ささ、コチラですよ! 君、残りの魂は任せたぞ!」
「了解しました!」
ニコニコ顔の役員は、駆けつけて来た別の役員に後任を任せて、強引に俺を奥の部屋へと連れて行った。
部屋の中には更に5人の役員がおり、俺の周りを取り囲む様に集まり奥へと進むよう促された。
「なぁ、俺は何処に連れてかれてるんだ?」
「心配しなくても直ぐに着きますよ!」
A棟から外に出る為の渡り廊下を相変わらず囲まれた状態で、行き先も分からず連れて行かれるのは余り気分が良いものではない。
ガラス張りの渡り廊下を歩きながら、辺りを見渡すと、一面雲の様な世界だが、しっかりと居住スペースやショッピングセンター等も見える。やはり、ここで生活している人達もいる様だ。
「到着しましたよ!」
「えっ? 待てよここって……」
到着した扉の記号に目を疑った。金色の扉にはでかでかとGと書かれており、ここが地獄の様な場所G棟である事を教えてくれる。
「ちょっと待ってよ! 俺は確かA棟で審査を受けられるんだろ⁉︎ ボタンも一回しか押してないし、何でここに入らないといけないんだよ!」
俺は抗議したが、ニコニコ顔の役員が首をクイッと振り合図をすると、周りを囲って居た役員が一斉に俺を取り押さえる。
喧嘩には多少覚えが有る。何せほぼ何度も不良どもを相手にしていたからな。それに幸か不幸か持って生まれたこの体格も有り、俺は取り押さえようとして来た5人を返り討ちにした。
「はぁ…はぁ……死んでんのに疲れた……」
俺が肩で息を整えていると、ニコニコ顔の役員が銃の様な物を取り出した。
「あまり手荒な真似はしたくありませんが仕方がありませんね」
「なっ⁉︎ てめぇ!!」
俺が銃を奪おうと距離を詰めようとした所で、役員は引き金を引き、パンっと音を立てて俺に弾丸が撃ち込まれた。
「がっあ⁉︎ んっ痛くねーぞ?」
確かに撃たれた筈だが痛みは無かった。しかし、撃たれた箇所から光った鎖の様な物が飛び出して、俺の身体を縛り付けた。
「ふぅ、多少は痛い筈なんですがとんでもない身体してますね隼人さん。 まぁ良いですそれでは行きましょうか」
そう言うと、役員は俺をズルズルと引きずって行き扉の中へと入ってしまった。
「くそっ、離しやがれ!」
「お待たせしました神様、件の白紙の魂をお連れしました」
暴れている俺には御構い無しに、役員はデスクの上に座っている人物に深々とお辞儀をする。
今、神様って言った……?
「やぁやぁ良く来たねーー! 君が白紙を出した魂かいって……顔怖っ⁉︎ えっ⁉︎ 顔怖っ!」
「ほっとけ! 二回も言うんじゃねーーよ! アンタだって全く神様に何て見えねーーよ!」
どう見ても、神様の様な風貌ではないアロハシャツを着た胡散臭い茶髪の中年男性に、出会い頭一発目で失礼な言葉を言われたので俺も反論する。
「ありゃりゃ、やっぱり君たち人間のイメージの神様ってコレじゃ無いかな? じゃあコレでどうかな」
ポン、と音が鳴り茶髪の男が白い煙に包まれる。
そして、煙が晴れて出て来たのは、長い白髪に長い白色のあご髭を生やし、木で出来た杖を持ち頭には天使の輪っかの様な物が浮いている如何にも神様の様な人物が立っていた。
「なっ……マジかよ」
「ふおっふおっふおっ、どうじゃお主の言う神様らしいかのぉ? それともお主は日本人じゃったな、こう言う方が今のお主たちは喜ぶかの?」
そう言ってまた煙に包まれて出て来たのは、翠色の目を持ち、絹の様な金髪に白い翼の生えた天使、いや女神の様な女性が立っていた。
「うぇっ⁉︎」
「ふふふっ、どうでしょう? 私が神様である事を認めて頂けますか?」
ゆったりとした声色で俺に近付き、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。余りの美人が目の前におり、女性に免疫が無い俺は緊張の余り声が出ず、只々黙って頷き続ける事しか出来なかった。
「良かった、信じて貰えて光栄です」
そう言うと、女神様はギュッと俺を抱きしめる。柔らかな胸の感触と何か良い匂いに包まれて意識が飛んで行ってしまいそうだ。
「神様、茶番はそれ位にしてそろそろ本題を」
「はははっそうだね! 久し振りの白紙の魂だったからつい遊んじゃったよ」
女神様は、俺を抱きしめたまま再び最初の茶髪の男に戻ってしまった。
今俺は、ゴリゴリとした筋肉質の男に抱かれている状況だ。
「ちょっ、気持ち悪いから離れてくれ!」
「ん? あぁごめんごめん!」
神様がようやく俺から離れる。疲れきった俺を見てケタケタと笑っていやがるが、流石に文句を言うのは躊躇ってしまう。
「はぁ……はぁ……取り敢えず神様なのは信用する。だが何で俺はここに呼ばれたのか教えてくれ。もしかして俺は地獄行きなのか?」
そう、今俺が居るのは間違い無くG棟だ。役員の話によると地獄の様な場所の筈。俺は固唾を呑んで神様の返答を待ったが、予想外の答えが出て来た。
「地獄? はははっ何それ、天界にはそんな物無いよ! それはボタンを連打されるのを辞めさせる為の嘘だよ。君たち人間は他の生き物より不平不満を漏らすからね、作業を円滑にする為に君たちが勝手に作った地獄って場所のイメージを利用させて貰ってるんだよ」
その言葉を聞いて、ガクッと力が抜ける。地獄行きじゃなくて本当に良かった。でもそれじゃあ、何で俺はここに呼ばれたんだ? そもそもこの場所は一体……。
「何故君がここに呼ばれたのか、それはね……」
「そっそれは……?」
「君はもう、地球で生まれ変わる事が出来なくなったからだよ」