切符はなあに ~逆さ虹の森へ~
第一話 リスが落としたドングリ
私はキヨと言います。容姿端麗ではありませんが、そこそこ可愛いと思っています。
言われたことは理解し他人と比べてもそつなくこなす能力もあります。自分でそんなことを言うなんて、おかしいでしょ?
それでギリギリでも間に合うことが多かったのです。
何に間に合うのか?と聞かれれば日常のすべてのことです。
でもね、それら全てが錯覚と思い込みであることに気がつきませんでした。
そう逆さ虹が出る森に行くまでは…
そして子供の頃に、私の家に代々伝わる森の話しをお祖母さんから聞いたことなど、とうに忘れていたのです。
逆さ虹の森と呼ばれる不思議な森で私が出会った動物たちや起こったことをお話ししましょう。
秋の日のことです。
とんでもないことがキヨの身に起ころうとしていました。
せかせか毎日の生活を歩く私の横を、何かがビュンと駆け抜けて行きました。何かが通った時の風を感じたけれど、先に目をやっても何も見えません。
道を歩く時は必ず空を見上げているか、うつむいて小さな花や草を見ていることが多いキヨは目を輝かせました。どんぐりが落ちていたのです。キヨはそれを拾うとニンマリと笑いました。
なぜかって?キヨはどんぐりが大好きだからです。
まだ落ちてないかなと歩くと二個目のどんぐりを見つけました。
拾ってふと顔を上げるとキヨの先を逃げるように走る動物が見えました。
今度はどんぐりよりも走っていく動物が何なのか興味深々です。キヨはその姿を追って走り出しました。
その動物は、一瞬立ち止まって振り向くとクリクリの目でこちらを見ました。リスだ!可愛い…
心の中でそう言うとキヨはニンマリと笑いました。
なぜって?キヨは動物が大好きだからてす。
口いっぱいにどんぐりを詰め込んでいるのか、ほっぺがふくらんでいます。
リスはまた逃げ出しました。そして森の中へ入って行きます。
こんな所に森があったかしらと首をかしげるキヨに「知らないの?ここは逆さ虹の森だよ」とキツネが話しかけました。
キヨは「頭がどうかしたに違いないわ」と呟きました。
さてリスが落としたドングリを拾ったことから始まる「逆さ虹の森」のお話しをどうぞ聞いて下さいね!
第二話 森のコマドリさん
キツネに話しかけられたキヨは驚いて飛び上がりました。「君は誰だい?僕は君によく似た人をずいぶん昔に見たけれど、それ以来だよ」とキツネが言いました。
「リスを追いかけていたら、ここへ着いたの」
「ああ、またいたずらしたな。リスは君をこの森に連れて来たかったみたいだね、でも人間を連れてくるのは何百年ぶりだろう」
何百年ぶりと言うキツネの言葉に驚いていると「とりあえずは、ようこそですね。森を楽しんでいって下さい。でも逆さ虹が出たら用心して下さい」と言うと、キツネは目の前から消えてキヨは森の中に立っていました。
聞こえてきたのは鳥の声です。静かな森に響く鳴き声は勇気と希望を叫んでいるようでした。
「こんにちは鳥さん!大きな歌声ね、少し姿を見せて下さらないかしら」
「ピーピピあら珍しいピピ、どれだけぶりにピーピ、人間を見たかしらピピ、コマドリという名前よピーピピ、体は小さいけれど天下一品の鳴き声なの」
コマドリの答えに、自分のことを可愛いと思っている私と似てるかもとキヨは心の中で笑いました。コマドリは「だけどね、逆さ虹が出る時は苦労するのよ。でもそのおかげで季節に関係なくずっとこの森にいられるのですから我慢するわ、あなたも気をつけてね」と言うと木から木へと鳴きながら飛んで行きました。
キツネもコマドリも逆さ虹が出たら気をつけてと言うけれど、何なのかしら?
そう言いながら歩き始めます。リスが持っていたドングリの木はないかなと下を向いて歩いていると木に上ろうとしている大きなクマにぶつかりました。
キヨが「く、く、く」と言いかけたとき、クマは「にんげーん」と叫ぶと、すごい勢いで吹っ飛んでドカーンとしりもちをつきました。クマの体の重さでお尻がすっぽり地面に食い込んで抜こうと必死です。
すると、先ほどのキツネが通りかかりました。「クマどんは体は大きいが臆病で気が弱いんだよ、さあ君も手伝ってくれないか?一緒にクマどんを引っ張って」キツネと一緒に大きなクマを何とか穴から出す事ができました。
「蜂の子を取ろうとしていたんだね、僕にも少し分けてね。クマどん、ついでに蜂蜜も取って、この人にご馳走してあげて。僕はちょっと先を急ぐから失礼するよ」とキツネはそう言うとスタスタ歩いて行ってしまいました。
第三話 クマのお家は蜂蜜の香り
キツネが行ってしまうと、クマは木に上って蜂の巣をとります。キヨは、クマが蜂の巣を取っているのを初めて見てうれしくなり「がんばれ!がんばれ」といつの間にか口にしていました。
クマの家では奥さんと子供達が待っていました。そして木のテーブルに座ると美味しい蜂蜜のお茶をご馳走になり、クマの家族と仲良しになりました。
「おいしかった!ごちそうさまでした」
「ああ、また来るといいよ。何かあったら言って下さい。恐がりだけど君の役に立てるかもしれないからね、あっそれとリンゴを一つあげよう。途中でお腹が空いたら召しがれ」
キヨはクマの家族に見送られて森の道を進みました。
しばらく歩くと川がありました。そこには吊り橋がかかっていますが、かなり古いものです。アライグマが石を洗っています。キヨは不思議に思って「何で石を洗っているの?」と聞きました。「あんた誰だい?見かけない顔だな」と機嫌が悪いのか洗っていた石を川に投げ始めました。
乱暴なアライグマです。キヨはアライグマを無視して吊り橋を渡ることにしました。渡っている途中でアライグマは、勢いよく走って吊り橋を先に渡り終えると、ゆさゆさと吊り橋を揺らしました。「きゃあ~!落ちる」と言うキヨの足元の板が音をたてて崩れました。もう川に落ちそうです。クマにもらったリンゴをポイっとアライグマの方へ投げました。アライグマがコロコロ転がるリンゴを追いかけているうちに無事に橋を渡り終えました。アライグマがリンゴを川で一生懸命洗っているのが見えました。キヨは「なんて乱暴なアライグマかしら!もう少しで川に転落するところだったわ」とほっと胸を撫で下ろしました。
まったく色々な動物がいるものね、森は楽しいところだと言っていたのは本当かしら?と思いながら歩いていると、黄色や赤やピンクに青の小さな花が絨毯のように咲いている場所に来ました。その向こうにキラキラ光る水面らしきものが見えます。花の絨毯の上を歩きながら近づいて行きました。
木に囲まれた空間にアクアマリン色の澄んだ水の池の水面が光っていたのでした。池のふちに【ドングリを池に投げてください。願い事をひとつ叶えます】という立て看板が立っています。
私はリスが落としていった二個のドングリがカバンにあるのを思い出しました。
池にドングリを投げると本当に願い事が叶うのでしょうか?
第四話 ウソギライの木
不思議な看板のある池を見ていたら、コマドリのけたたましい鳴き声が聞こえてきました。木の上にあるコマドリの巣をねらっているヘビがいます。
「ヘビさん、こんにちは!」とキヨはヘビの気をそらそうと声をかけました。「おや!驚いた、人間じゃないか」と私を見ました。
「何をしていらっしゃるのですか?」
「美味しそうな卵が巣にあるからとろうと思ってるところさ。お腹が空いてるんだよ」とまた木の上のコマドリの巣に、ギロリと光る目を向けました。
「ひとつだけ私が聞くことに答えてくれないかしら?この池にドングリを投げると願い事が叶うって本当ですか?」と私はヘビに言いました。「ああ、ドングリ池と呼ばれているけどね、そんなの嘘っぱちに決まってるだろ」とヘビが言った瞬間、木の根っこがぬるぬるっと伸びたかと思うとヘビをがんじがらめにしました。「うわー!助けてくれ、この木はウソギライの木だったのか」と苦しそうに言いました。
私はカバンの中のドングリを取り出し、池に投げ入れると叫びました。
「ヘビさんを木の根っこから自由にしてあげて!」
すると、細かなダイヤモンドのようなものがキラキラと池の中から空中に舞い上がりました。キヨはその光景に「きれい」と呟きました。
するとヘビの体に巻きついていた木の根っこはするすると解かれていき、もとの木の根に戻りました。
「ピチュ何てもったいないピチ、何だって欲しいものを願うことも出来るのにピチュ、嘘つきのヘビを助けるために願い事をするなんてピチ、もったいないわピチュピチュピピピ」とコマドリが歌いました。
一難去ってまた一難です!
「おいおい!そこにいたのか?さっきはリンゴ一個でよくもごまかしてくれたな」とアライグマが息を切らせてキヨの前に現れました。気が荒くて乱暴なアライグマを前にまた危機一髪です。
第五話 争いは嫌いなの ~ドングリ池へ~
助けられたヘビは「この人間が何をしたっていうんだい?何だってそんなにいつも乱暴なんだ、何かしたら牙でお前を噛むぞ」と意気込みました。「ヘビなど俺様は恐くなんてないぞ」アライグマとヘビはにらみ合いをしています。
そこへ蜂蜜をご馳走してくれたクマが「心配で来てみたら、やっぱり大変な事になっているようですね」と小さな声で言いました。気の弱いクマは少し震えながら「アライグマさん、いつも川で石を洗っているのは知っています。今年は魚も少なくて、お腹が空いているのではありませんか?」と言いました。
「俺は普段から気が荒いのだが、食べるものが少なくて余計に暴れたくなるんだよ、まったくどいつもこいつも」と今にも乱暴を働きそうです。
キヨは「もうやめて!私は争いが一番嫌いなの」と言うと、カバンの中にある残り一個のドングリを取り出して「アライグマさんの住む川のほとりに美味しい実のなる木が生えますように!」と池の中に投げ入れました。
コマドリが「ピチュ乱暴なアライグマにピチ、実のなる木をピチュ、願うなんてピチュ、もったいないわピチュピチュピピピ」と鳴きました。
さて、この森にキヨを連れてきたリスは何をしているのでしょうか?クマと会った後キツネは「先を急いでいるので失礼するよ」と言っていたことを覚えていますか?
キツネはリスと会う約束をしていました。そして何でも見える鏡で私に起きていることを全て見ていたのです。
「やはり、この人は僕の思ったとおり優しい人だった。自分の事よりコマドリやヘビやアライグマのことを考えられる人だ。君があげた二個のドングリを惜しげもなく森の平和のために使ったんだからね」とキツネが言いました。
「私は初めからわかっていましたよ、だって何百年前に森に来たお嬢さんの血をひいた人ですからね」とリスが涙ぐんで言いました。実は何百年前に森に来た人にリスは命を助けてもらったのでした。口にためこんだドングリを誤って喉に詰まらせて苦しんでいた時です。通りかかったお嬢さんが、脚を持ち逆さまにして背中をたたくと詰まっていたドングリがポロリと出て息ができたのでした。
「では僕に約束のドングリを一個もらえるかな?」とキツネが手を出しました。「あなたが何百年も待っていたのは知っているよ。でも、本当に後悔しないの?このままでいれば、これから先も何百年でも何千年でも生きることが出来るのに」と言うと、リスはキツネにドングリを渡しました。
そして、不思議な池へとキツネとリスは歩いて行きました。
キツネは何をしようというのでしょうか?
第六話 全てが逆さま!
リスとキツネがドングリの池へ着いた直後、もりの空に逆さ虹が出ました。「大変だ!逆さ虹が出たぞ」とキツネが叫びました。
キヨはその声に空を見上げると、上から赤橙黄緑青藍紫が紫藍青緑黄橙赤そして形も地上から地上ではなく空から空とそっくりそのまま逆さの虹が見えました。
前へ歩こうとすると後ろへ、右手を伸ばしたつもりが左手が後ろに伸びます。「なに?これ全部逆さまだわ!」と言うキヨに「話すことも反対になるぞ」とキツネが言いました。クマは「俺は気が強い」アライグマは「俺はお腹が空いていない」ヘビは「アライグマを噛まないぞ」コマドリは「私は歌が下手くそなのよ」何ていうことでしょう!言うこと全てが逆になります。
私は前に行こうと思えば後ろへ行けばいいのね、そして美味しいと言うなら美味しくないと言えばいいんだわと心の中で言うと「おもしろくないわ、なんて当たり前なんでしょう」と言いました。キツネは「下手だな、たいしたことないよ」とキヨの顔を見て言うと、キヨとキツネは楽しそうに笑いました。とにかく頭を働かせなければできません。足を後ろへやると前へ進む、キヨは今まで簡単にできていたと思っていたことが錯覚と思い込みだと知らされました。まるで初めて歩く赤ちゃんです。そして鏡の世界なのですから、歩けば木にぶつかったり、うまくカバンのハンカチを取り出すのも思うようにできません。こんなこといつまでに続くのかしら?「逆さ虹さん、いつまでも出ていてね」とキヨは叫びました。
何時間が過ぎたでしょうか。空を見上げると逆さ虹は消えていました。「よくがんばったよ、上手だったよ」「ピチュ本当にピチ大変だけどピチュみんながんばったわねピチュピチュピピピ」クマやヘビ、コマドリやアライグマそしてリスやキツネもみんなが仲良く笑えるようになっていました。
逆さ虹の出た後の森はとても楽しいところになったのでした。
キツネは「逆さ虹も引っ込んでくれた事だし、そろそろだな」と言うと、池の方へ歩いて行きました。
キツネはリスからもらったドングリを投げました。
キツネの願いは何でしょうか?
最終話 切符をプレゼント~逆さ虹の森行き~
キツネがドングリを投げ入れると願い事が叶うという池にドングリを投げた瞬間です。キヨはリスがドングリを落としていった時間と場所に戻っていました。
今まで逆さ虹の森にいたはずなのにと、辺りを見回しました。会社に勤める人たちが足早に歩くいつもの風景です。
逆さ虹が出て全てが逆さになった後、動物たちと笑った楽しい出来事は夢だったのでしょうか?
ただ、何だって理解してこなせる能力があると思っていたキヨはもうどこにもいませんでした。逆さ虹が出る森がキヨの思い上がった考えをなおしてくれたようです。そして、その時の窮屈な世界から自由になったように思えました。
キヨは空を見上げてさわやかな気持ちで歩き出しました。
逆さ虹の森に行ってから一か月後のことです。
「こんにちは」と道を歩いている人が挨拶をしました。誰だろう、何だか会ったことがあるような気がします。
「君は逆さ虹が出る森を知っているかい?」とその人は言いました。キヨは笑いながら「ええ、知っていますとも」と答えました。その時からキヨはその人を愛するようになりました。
なぜかって?その人が逆さ虹が出る森にいたキツネだと、すぐにわかったからです。
キツネがドングリを池に投げ入れて願ったことは「僕を人間にして下さい!そしてもう一度会う事ができますように」だったのでした。
さて、これで逆さ虹の出る森のお話しは終わりです。
でもね、このお話しを聞いたあなたは逆さ虹が出る森に行く切符を一枚もらったのです。
あとはリスが落としていったドングリを拾ったならば、逆さ虹の出る森への二枚目の切符を拾ったのかもしれません。
それがあれば誰だって行ける世界!逆さ虹の森の動物たちに会ったらよろしくお伝えくださいね、何百年前に行ったキヨがよろしく言っていたと…。
ドングリが大好きな子供たちへ。