新城ニューカッスル~神を困らせるひとたち~
やったぁ!僕もこれで異世界転生できる―
新城賢徳の遺言はそれだった。長ったらしい大学の講義に単位取得のためだけに出席し、半分寝て過ごして半分はノートに絵を描いて過ごし、気づいたら終わっていたので荷物をまとめてさっさと駅に向かったのだ。急がないと他の学生で歩道が埋まり、パリコレ並みのカッコいい歩行で駅に急ぐことができなくなる。脹脛がいい具合に疲労している。トイレを済ませ、家の最寄駅まで飛ばす特別快速を待っていると、彼の隣に小学生低学年くらいの男の子が駆け込んできた。なぜか彼が電車を待っていると隣ではなく斜め後ろに並ぶ人が多い中、このチビッコは遠慮なく賢徳の隣に立った。その後ろに母親が並ぶ。二人は賢徳と同じ駅で降りるらしく、駅ビルの地下にあるアイス屋で抹茶アイスを食べようと話をしていた。チビッコのアイスに対する情熱が臨界点を越えたのか、賢徳の周りを駆けまわって喜びを表現している。そこへ場内アナウンス。『二番線、列車が通過します。立川方面へおいでのお客様はこの後参ります特別快速高尾行きをご利用ください』
二番線は賢徳たちが特快を待っているところだ。列車が近づいてくる。チビッコ...ガキはまだ駆けまわっている。危険極まりないので母親が叱りつけようとした時、ガキが脚を滑らせて線路に放り出された。
実は賢徳は身長188センチメートルと体格に恵まれている。幼いころからアマチュア選手の父の影響でサッカーを始め、いろんなポジションを経験して高校時代はゴールキーパーをやっていた。その頃鍛えた反応が、ボールのように軽く放られたガキに手を伸ばしていた。パンチングの要領でガキの背を殴り、三番線の線路上に飛ばした。ガキは通過する列車の餌食にならずに済んだが、代わりに世界最高になるかもしれないゴールキーパーが犠牲になった。賢徳は本文一行目のことを思ったのだった。二行目で遺言と書いたが、正確には彼の台詞は列車との衝突のせいで遮られ、『やったぁ』で彼は絶命した。
ふわりと魂が昇天し、賢徳は人間の生の空間と死の空間との間―イメージとしては、ハンバーガーのバンズとバンズとの間のパティの部分―に送られ、そこの番人的なヤツに出会った。アニメで見たような雲上世界で雲の上に立つ賢徳は、その番人的なヤツに挨拶をした。対戦相手の学校に行ったときは誰と会っても挨拶をしろと言われてきた。それを守ったまでだ。
「こんちゃす」
「...お主は死んだ」
「こんちゃす」
こちらが少し勇気を出して挨拶をしたのに、挨拶が返ってこないと悲しい気持ちになる。賢徳は相手が挨拶を返すまで『こんちゃす』を繰り返した。
「お主はこれから今までいた世界とは違う世界に送られる...」
「僕は新城賢徳です。ニューカッスルって呼んでください」
「...我は、神だ。お主の世界で死んだ人間を別の世界に送り出すためにここにいる」
「神さんですか。人間にもジンさんっていますね。ニューカッスルもイギリスにありますね」
「...お主にはこれから送られる世界を選んでもらう。お主がどの世界を選ぶかによって、我がお主に貸し与える能力も変わる。さあ選ぶがよい」
神がカタログを渡すようなノリで写真の束を賢徳に手渡した。賢徳は上から順に見て行きたい世界を選ぶことにした。
「でかい城ですね。僕のニューカッスルとどちらが大きいですかね」
「?」
「写真だけではわからないので、説明してもらえると助かります」
「うむ...そこは『ィェァヴァエントラクシャ』だ。世界の八割が常緑樹の生える森で、それ以外は海だ。人々は森の中で暮らしている。その城は人々が築いた」
「僕は人間のままその世界に行くんですか」
「そうだ。但し必要に応じて形を変えられる」
「じゃあ美少女にもなれますか。僕、美少女になるのが夢だったんです」
「...不可能ではないが、なんの役に立つのだ」
「美少女になって可愛い女の子と一緒に生活したいんです」
「...我がその気になればその『可愛い女の子』を用意できるが...『ィェァヴァエントラクシャ』での生活はお主がいた世界とは大きく異なるゆえ、生き抜くのが困難かもしれぬ。次のに移るがよい」
「大都会ですね。ニューヨークを思い出します。ニューヨーク、行ったことないけど」
「...そこは『ゲゥクシュラベリアム』だ。地球より文明の進んだ世界だ。携帯電話は人間に搭載されている。仕事はすべて機械がこなす。娯楽だけの世界だ」
「楽そうに思えますが、人間の欲望が飽和して大問題が起きそうですね。もしくは尽きることのない欲望によって殺し合いが起きるか」
「...我がその気になれば世界を平定する力を与えるが」
「結構です。僕はさっき言った通り、美少女になって可愛い女の子と一緒に過ごしたいだけなので」
「そうか...ならば次の世界が適しているかもしれぬ」
「日本に似てますね。多摩地域ですか?実は僕、国分寺の大学に通ってたんですよ。クソ混んでるので行きたくないですけど」
「...そこは『タチカワ』だ。東京都市部に位置する多摩地域第二位の大都会だ」
「人口約十八万人、面積約二十四平方キロメートル、隣接自治体は国立、昭島、日野、東大和、武蔵村山、国分寺、小平、福生。市の木はケヤキ、市の花はコブシ、郵便番号の左三桁は190」
「......我が提案できる世界で最もお主のいた世界に近いのはこの『タチカワ』だ」
「そこでおねがいします」
「必要な能力はあるか」
「能力?そんなもんは要りません。今までの僕に加えて職能だけあれば十分です。可愛い女の子と六億円と3LDKの家はください。あ、六億円じゃなくて六億ポンドでもいいですよ」
「...よかろう」
「あっやべ」
「なにか?」
「僕を美少女にしてください。あと可愛い女の子の容姿をチェックしたいです」
「よかろう。理想の姿を思い描くがよい」
賢徳が『カスタムなんとか』みたいに詳細に二人の容姿をカスタマイズすると、イメージを神に提出した。
「これでよいのか」
「はい。これでおねがいします」
「よかろう。では、幸せにな」
神、いい奴だったなぁ。
賢徳は16帖のリビングにポツンと正座した状態で目を覚ました。周囲を見ると右隣りに可愛い女の子がいる。その子はこちらに気付いて頭を下げた。賢徳はすぐに気づいた...その子が、裸だということに。
「はじめまして、ぼく...わたしはけん......」
自分の新たな名前をつけていないので世界に自分が賢徳であると認識されてしまっている。そこで賢徳(美少女)は再びパティ世界に行った。
「ナチュラルに戻ってくるな。我の操作以外で来たものは初めてだ」
「あざます。すみません、僕の名前変え忘れたんで『結菜』にしておいてください。統計によると平成で一番人気の名前だったようなんで、僕もそうしておきます。そしたらキラキラネームとか言われなくて済みます」
「ゆいな、か...いいだろう。お主、その容姿...なかなかよいではないか」
「そっすか、へへっ...あと、可愛い女の子のために服を二セットくらいください。僕は僕が着ていた服でどうにかするので。あ、下着は自分で買います。六億はあるのが見えたので」
これは美少女による発言なので、多少ラフでも神は気にしないでいてくれる。結菜に改名した美少女は神にお礼を言って『タチカワ』に戻っていった。
「...だからナチュラルに移動するな」
「ごめんね~ちょっと問題があって、神様のところに行ってたよ。ああ、お洋服も可愛いのが届いたみたいだね。神様、センスあるなぁ」
「......」
「ところであなた、お名前は?」
「......」
可愛い女の子は喋らず、ずっと黙っている。結菜はこの子に識字能力や言語能力が具わっていないことに気付き、再びパティ世界に行った。
「何度もすんません。可愛い女の子なんですけど、名前はわたしがつけるとして、言語能力と識字能力はつけておいてほしかったっす」
「...すまぬ。すぐに与えよう。他に不足はないか?今ここで時間をかけて考えるがよい」
「うーんと、あっ、家具があると助かります。家電もか。契約のほうはうちでやっておきますんで、日本製のを一式よろしくおねがいします」
「...よかろう。シャー...は台湾に買われたから、家電はフジツーあたりでよいか?」
「大学時代の寮のがミツビスだったのでミツビスでいいですか?あと家具はアイギスオームラで。あとベッドはわたし布団派なので敷きと掛けを一式おねがいします」
「...よかろう。これ以上はよいな?六億円に加えて六億ポンドも用意しておいた。それだけあれば不足があっても買えるだろう」
「ありがとうございます。お礼に何かしましょうか」
「...では、ハグをしてくれるか」
「かみさま、だ~いすきっ」
「んほおおおお」
神が灰になって消えてしまったので結菜は自力で『タチカワ』に帰った。
「ごめんね~、いろいろ用意してもらっていたら遅くなっちゃった」
「問題ありません。届いた家具を配置していたので、退屈ではありませんでした」
「で、あなたのお名前なんだけど...一緒に考えよ?」
「はい。貴女が結菜さんですので、私は他の人とカブらない名前のほうがよいでしょうか。同姓同名だと病院などで混乱します」
「そうだねー。ニューカッスルさんはカブらないと思うけど、結菜はカブるね。じゃあ古風なお名前がいいかな?それともアニメのキャラっぽいのにする?」
「ニューカッスル...新城...よし、『灯』にしましょう」
「あかり?」
「はい。ニューカッスルを照らす灯になるのです。私が灯になって結菜さんを照らし、道を切り拓きます」
「いいね!あかり」
「今はウェブで戸籍登録ができるそうです。このようにすれば...完了です」
「すごい!パソコンのスキルまでくれたんだ!」
「神様のことについての情報もあります。どうやら...」
灯がゴスロリ服のスカートを捲り、黒下着ではなく縞ぱんを見せた。
「このような下着が好みのようです」
「えぇ...」
結菜は神にドンビキしたが、神はそれまでに結菜に十回くらいはドンビキしているので、まだドンビキ具合で言えば神が勝っている。しかし結菜はドンビキ具合で勝負をしていない。
「そうだ、わたしのぱんつを買いに行かないと!」
「着替えも必要です。他にも外出するときの上着とか、運動するときのジャージーとか」
「雪山登山するときのエスキモーとかもね!」
「...それは、要るでしょうか?」
『ファッションの店たにおか』に来た二人は大人用の服より入口に近い子供用の服から見ることにした。彼女らは身長がほぼ同じで、150センチメートルくらいであるので、子供服でも入る。38センチメートルの対価はもっと高くてよいはずなので、子供服を着られること以外にも良いことが起きてほしい。
「見て、超可愛いぱんつがある!」
単品ワゴンセールの中にハートの刺繍がされた可愛らしい白い下着を見つけ、手に取った結菜。しかし中のタグには120の文字が。
「穿けるかな」
「...ギリギリ、ですかね」
「まあいいや、穿けなくても飾ればいいんだ」
元男子特有の変態的発想で苦悶を払い除けた結菜はシンプルなデザインのを二枚、ちょっと挑戦的なのを一枚、神のための縞ぱんを七枚かごに入れた。それに対して灯は暖色系のシンプルなサテン生地のものを五枚選ぶに留め、さっさとアウター売場に移動してしまった。
その頃。
「危ない...あの結菜という娘、我を滅ぼさんとする悪魔軍の手先ではないだろうな...いや、我があのようにしたのだから、ありえんか...しかしなんだ、億もの人間を新たな世界に送り出してきた我が、このような悶々とした気持ちになるとは...」
神はその悶々とした気持ちを誤魔化すため、煙草に手を伸ばし、一服して呟いた。
「これが......恋か」
タチカワ通りを歩く二人が仲良く手を繋いで、繋いでいない手に買い物袋を持っている。
「いっぱい買っちゃったねー」
「はい。結菜さんはその、子供っぽいのがお好きなんですね」
「そうだねー。あかりは大人っぽいほうが好き?」
「私が着るのなら。可愛いのは、私に似合わないかな、って...」
遠慮がちに言ったその言葉の中に、そのような服を着てみたい願望が見え隠れしていたのに気づいた結菜は彼女の肩に手を置いてこう言った。
「身体の大きさに大差ないし、わたしの服をあかりが着てもいいんだよ?」
「そう...ですね。気分によっては、そうさせていただきます」
「あかりの着た服をわたしが着ると...むふふ」
邪悪な野郎の痕跡を見た灯は少しだけ結菜から離れたが、手は再び繋がれて家まで戻ってきた。ところでこの家がある土地は、かつてどうなっていたのだろうか。立川ではなく『タチカワ』なので結菜が知ることではないが、神に訊きに行くと『しつこいわ!』と怒られそうなので知らないままでよいと思った。
「ふぅ、歩いたらお腹が空いちゃったよ。あかり、何か食べたいものはある?それとも外食にする?」
「結菜さんはお料理ができるのですか?」
「結菜って呼び捨てでいいよ。なんなら敬語も要らない...料理はできるよ。金がない時は貧乏メシをつくってたからね」
貧乏メシとはコスパ重視の料理であり、半額の肉、割引の豆腐、二十円のモヤシ、福引で当たった焼き肉のたれを使った炒め物を代表とした栄養バランス度外視の料理だ。お金がない人の栄養は偏りがちだということを、親御さんには知っていただきたい...ってか親御さんも経験してるだろ、貧困は再生産されるんだよ!
『スーパー・ヌドンベレ』に来た二人はショッピングカートにかごを二つ乗っけて店内を疾走しようとしたが、入り口に貼られていた『ヌドンベレカードで3%割引』の文字に興味を引かれてサービスカウンターまでしか疾走できなかった。
「まずは野菜だね!いろんな野菜が売ってるね...ヤヌザイは、売ってないか」
「誰ですか...」
ヤヌザイは野菜ではないので、スーパーの野菜売り場には売っていない。サッカーゲームで架空の金で獲得しよう。
「お母さんがよく作ってくれたモヤシとピーマンの炒め物がすごく美味しいからそれでいい?あとはわかめの味噌汁と、雑穀米かな」
「いいですね。一汁三菜なら副菜を一つ追加するべきでは?」
「そうだね...雑穀米にカクテキ乗っけても美味しいし、刻み山菜の漬物もいいなぁ」
「あとお茶を買いましょう。コーヒーもあるといいですね」
「わたしはココア買うー!」
肉がないことに気付いた二人は炒め物に豚肉を加えることにした。豚肉はビタミンのなんかが牛肉の十倍程度入っているらしいので、三割引きの豚小間切れをかごに入れた。このときナチュラルに割引シールのついたものを選んでしまうのは貧乏大学生野郎時代の名残と言える。
「調味料も要るね。焼き肉のたれとウェーパァと胡麻ドレッシングでなんとかなるべ」
「少なくとも今日のぶんは...味噌」
「ああそうだ。ナイスあかり」
その頃。
「...味噌汁か」
そこへ現れたローブ姿の人物。彼はメロスピバンドのギター並の長髪を揺らして神に近づき、躊躇いなく話しかけた。
「俺はコーンクリームスープって気分だな。クルトンが入ってると最高だ」
「...何用かな」
「いやぁ、近くを歩いていたらお前が『味噌汁か』とか言うもんだから腹減ってきちまったぜ。おい、何かつくってくれよ」
「...今は監視で忙しいんだ。材料を与えるからお前が作れ」
「しゃーねーな。キッチン借りるぞ」
ローブの上からエプロンを着るとゴワゴワするのでローブを脱ぐのだが、そうすると図らずして裸エプロンになってしまい、神知れず(人知れず)悶々とする料理人が誕生したのであった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした。美味しかった?」
「はい、とっても。この後はどうします?足りないものをリストアップして買いに行くもよし、近所を散歩して何があるかを把握するもよし...」
「どっちもやろう!日が暮れる前に外を見ておきたいから、お散歩が先かな」
「家具ならネットで買えますしね」
家を出た二人は『タチカワ』市街を散歩した。結菜の知っている立川とほぼ同じだが、一部が違っている―スーパー・ヌドンベレなど―。その発見を記録し、自宅周辺の情報が完成するまで大した時間を要さなかった。そのため夕暮れ前に家に帰ってくることに成功し、宣言通りどちらも済ませて不足を知るのだった。
その頃。
「お前の料理、どこか臭いのだが」
「あ?文句言うなや。これでも頑張って心込めてつくってんだよ。ありがたく思えや」
「心以外を込めてはいないだろうな」
「あ?ほかに何を込めるんだよ?」
「いや、なんでもない」
反響次第で風呂シーン、寝るシーン、翌日以降を執筆します。