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浪人生の恋

作者: 田嶋圭司

プロットノートに4行だけ書いて、即座に執筆にかかった作品です。楽しんでいただけたら幸いです。

 木村武は植え込みのある歩道を歩いていた。カップルや学生が行き交う中を、仏頂面で歩いていた。これから、付き合っている葉山知子とのデートに臨むのであった。知子は高校の同級生だった。他の男に熱を上げていたが、木村と同時期に失恋し、一気に火がついた。互いに進路が東京の大学で会ったことから、意気投合したが、その後の会話だと、彼女は神奈川の大学に行くつもりであったことが分かった。彼女は前向きで明るくて、涙を見せることはあるけれど、決してくじけない。今は木村と同じ東京に住んでいる。

 と言っても、木村は浪人生、知子は大学生と、少々難しい関係でもあった。志望校も現在彼女が在学している大学ではない。だが、知子は愛してくれた。そんな知子を大事にしたいと思っている。同じ四国の生まれで、互いに見知らぬ街での生活だったが、それが二人の距離を大きく縮めた。とても仲のいいカップルに見えるだろうけれど、木村は不安を抱えていた。会うなり、知子はいつも女子大の話をするからだ。

 ねえねえ、大学には、サークルっていうのがあるんだよ。そしてね。みんなで集まって、真剣にそのことについて考察するの。私はこれ。

 そう言って彼女が取り出したのは、記憶術の本だった。そんなものは本屋に行けばいくらでも売っているし、古本屋にいくらだって並んでいる。いつだってそうなのだ。

 「オレなんて、浪人生なんだよ」

 暗い顔をすると、知子は決まって笑った。今の関係性が面白くて仕方ないらしい。

 「名前の書き忘れなんでしょ。気にしない気にしない。次頑張れ」

 そう言って、記憶術の本を手渡してくれたのだった。

 「これさえあればプレッシャーから解放されるって」

 なんとなく受け取って、木村の金で軽くデートをし、事業で成功した祖父が買ってくれたマンションに、不釣り合いに大きなマンションに帰るのだった。知子はたまに料理を作りに来ては、住みたいというが、木村も勧めると、大学を受かったらとかわされてしまうのだった。デートを終えて、木村は驚くほど広い、大学を卒業したら正式にプレゼントしてくれるという、マンションに戻った。オレが生きとるうちに卒業せいよ。そう祖父は笑う。

 風が吹いて、ビルを見上げた。大学には論文を書く時期というのが必ず来る。その時に備えて、今から勉強しておかなければならないから、デートは春休みまで短めに。それが二人のルールだった。どうして、知子はあんなに幸せで、オレがこんなに苦しい思いをしなければならないんだ。知子と会うのは刺激的な時間だったが、一抹の苦悩がよぎった。必ず、次は受かる。



 キャンパスを思いながら、知子のくれた本を脇に置いて、ふと参考書を見やった。明日は月曜だから、予備校がある。知子とはスマホで連絡を取り合っている。その時のリラックス感がつくづく羨ましかった。東京だから、芸能人なんかに知子が誘われたらどうしよう。オレはその時、彼女の手を取ってその場から連れ出せるだろうか。いっそ、若手俳優とか、喜劇役者の方が、あの子には向いているんじゃないのか。冬の寒さが堪えた。もう少しだ。もう少しだけだ。

 それから数日のうちに、劇的に木村は頭が良くなった。あれ、と思った。どうしてこんなに急に頭が良くなったんだろう。じいちゃんの血かと思ったが、受験は迫っている。冗談を言っている場合ではない。思い当たる節があるとすれば、知子のくれた記憶術の本だった。木村はスマホを手に取った。涙が溢れて来る。知子に感謝しても仕切れない。もう名前の書き忘れも、単語の綴りの違いも起こさない。電話では、何を言ったのか覚えていない。必ず合格するからとか、そんなこととか、スマホにキスして、逆に怒られそうになったりとか、よく分からなかった。春はもうすぐそこまで来てるよと、知子が言った。



 これまでと景色が違っていた。春の陽光は暖かく、都会の喧騒も心地よかった。二人して、並木道を歩く。智子が何か指差した。気づいた木村が、顔を緩めて笑った。春が来て、もうすぐ夏が来る。そんな季節が待っている。

前述の通り、プロットノートを書いたすぐ後に書き始めました。もう少しやりようもあったかなと思いますが、それはそれとして。

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