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おっさん短編

異世界たこ焼き

作者: 上城ダンケ

 おっさんが異世界に転生したり転移する小説があるそうだな。


 娘、つっても、別れた女房の方にくっついていったから、時々しか会わないんだがな、その娘が、そういう小説にはまっていやがってよ。


 スマホでただで読めるから読んでみてよ、お父さん、なんて言うから、読んでみたんだよ。


 あー全然だめだな。まず、俺は老眼なんだ。字が小さすぎて読めねえ。あと、おっさんとか言いながら三十八歳だの四十二歳だの、全然若造じゃねぇか。


 俺はな、今年五十三歳なんだよ。なにか? 四十二歳がおっさんだったら、俺は老人か? 俺はまだおっさんだ、このやろ。


 でな、俺はたこ焼き屋やってんだ。たこ焼き屋。クソ田舎の工業高校の前でな。二十年くらい前はこれで生活できたんだが、今は全然だめだな。俺の母校なんだが、定員減ってるどころの騒ぎじゃねえ。来年から統廃合されてなくなるんだよ。


 つーわけで、俺も今年いっぱいでたこ焼き屋終わりだ。まー、土日は警備員のバイトに行ってるんだけどな。たこ焼き屋だけじゃ飯食えねえんだ。


 でよ、その日、学校が終わって夕方八時頃だ。その、前の女房のところにいる高校生の娘が、塾帰り、俺の店に来てくれてたんだ。


「ねえ、父さん、たこ焼き屋やめたあと、どうするの?」

「ああ? お前には関係ないだろ?」

「関係あるよ。本当は父さんとの面会、半年に一回だけなんだからね。たこ焼き屋なくなったら、どこで会えばいいの?」

「んなの、普通に、年二回でいいじゃねーか」

「えー、ヨーコ、やだー!」


 ヨーコつーのは、娘の名前だ。俺が高校生の頃荻野目洋子のファンだったから洋子って名前にしたなんて、死んでも言えねぇ。荻野目洋子知ってるか? 知らないだろ?


「仕方ねーんだよ、そういう約束なんだ。調停で、そう決まったんだ」


 俺の離婚の詳細はしゃべるつもりはないが、まあ、調停にまでもつれ込んだってことで、俺が悪いんだろうな。


 さて、唐突だが、このころ、お隣のとち狂った独裁者様が、日本に向けて核ミサイルを発射した。そして、着弾予想地点がまさに、このクソ田舎だという。


 十分以内に市内中心部から百キロ以上離れよ、ときたもんだ。


 だから、役人は馬鹿だつーの。そんなのフェラーリじゃねーと無理だって。


 あ? なんでミサイルのことがわかったかって? 


 あれだ、Jアラートとかいうやつだ。知ってるか? Jアラート。政府がやっているそうだ。俺はよく知らん。

 あと、ヨーコがツイッターで詳細を知ったんだ。知ってるか? ツイッター。最先端のミニブログだ。若者に大人気らしいが、これも俺は知らん。ツイッターで写真を載せて人気になることをインスタントバエとか言うらしい。

 なんでもインスタントの時代というわけだな。


「お父さん、フェラーリでも、無理だよ。ヘリコプターでも無理、だって時速六百キロ以上でないと、十分以内に市内中心部から百キロ以上離れるなんて無理だよ?」

「あー父さんな、工業高校出身だが、微分積分は苦手なんだ」

「いや、この計算小学校の内容なんだけど……」


 というわけで、ヨーコに言われるまでもなく、逃げることは不可能だってことだ。

「父さん、怖いよ、どうしよう! 死にたくない! どうしよう!」

 ヨーコが真っ青な顔で泣きわめく。

「どうしようたって、俺のスーパーカブじゃ逃げられないんだろ? どうしようもないな。ま、十分あればたこ焼き食えるだろ。たこ焼きでも食べてろ」

「と、父さん、なんでそんなに余裕なの?」

 涙でぐしゃぐしゃになったヨーコが俺に言った。

「俺はな、母さんが男作って出て行って以来、いつ死んでもいいって思ってたのよ。すまんな。父さんな、むしろ、いま嬉しいくらいだ」

「……父さん」

「すまん、ヨーコ」


 とまあ、ロマンティックな親子を演じて、気恥ずかしかったが、あと数分で死ぬと思うと、そんなに恥ずかしくないわな。


 ヨーコがスマホをみる。

「陸上イージスシステムによる撃墜……失敗だって」

 そっか。じゃあ死ぬな、と思った瞬間、ものすごい轟音がして、目の前が真っ白になった。


 はい、着弾。はい、死んだ。と思ったら、死んでない。

 確かにものすごい爆発音がしたんだが。

 まあいい、外の様子見てくるか。


「外出るぞ、ヨーコ」

「えー死の灰が降ってたらどうするの?」

「そんなすぐには死なないだろう」

「死ぬよ、放射能は怖いんだよ」

「そんときゃ、そん時だ」


 で、俺は外に出たんだが、まーびっくりしたね。風景が一変しているとかの騒ぎじゃねーんだよ。

 まず、さっきまで夜だったんだが、昼になっちまってる。放射能のせいかと思ったが、違うね。

 街の様子が違うんだよ。死にかけのクソ田舎じゃねえ。ヨーロッパのこじゃれた街中、てな感じだ。


 行ったことないがね。


 おそらく、核兵器の爆発でヨーロッパに飛ばされたんだろう。明るいのは時差だ。


 俺はヨーコを呼んだ。

「おい、ヨーコ、核爆弾のせいでヨーロッパに飛ばされたぞ。今昼のヨーロッパってどこだ? ラスベガスか?」

「父さん、何言ってんの? そんな、爆発でヨーロッパになんかくるわけないし。だいたいラスベガスはアメリカ……」

 ヨーコが外を見て絶句した。


「な? ヨーロッパだろ? ほら、歩いている人も金髪やぞ」

 ずらーっと商店が道路に立ち並んでいる。俺のたこ焼き屋は、教会みたいな建物の前のちょっとした広場に、飛んで来たみたいだ。

「おい、ヨーコ、どこの国かわかったか?」

 ヨーコは答えない。

「おい、ヨーコ、聞いてるか?」


「……異世界よ」

「はあ?」

「異世界転移よ、お父さん!」

「何言ってんだ、ヨーコ? それ日本語か?」

「私たち、異世界に来たのよ! ほら見て! あそこ! 檻の中にスライムがいる!」

「スライム? お前、えらく古いおもちゃ知ってるな。スライムは俺が小学校の頃流行したおもちゃだぞ」

「ちがーう! そのスライムじゃない!」

「他にどんなスライムがあるって言うんだ」

「だから、ロープレとかに出てくる、あのスライム!」

「ああ、あれか、海外のパソコンでやるやつな。ウィザードリィとかウルティマとかだな。そんな古いゲーム、よく知ってるな、ヨーコ。おまえ、もしかして、『おたく』ってやつか?」 

「何それ、全然わかんないよ。ドラクエとかFFとかに出てくるでしょ、スライム」

「ああ、ファミコンな」

「もう、全然話噛み合わないし!」


 ぶつぶつ言いながら、ヨーコがその辺を歩き出した。

 俺は広場に立っている店舗兼住居を点検した。

 あー水道はダメだな。水道管がちぎれている。プロパンガスとたこ焼き器は大丈夫だ。バケツに作り置いていたたこ焼きのタネは、多少溢れているが問題ねぇ。冷蔵庫はダメだ、電気が来てないからな。

 仕方ねえ、タコが腐る前に、タコ焼焼くか。ヨーロッパ人もタコ焼食うんかいな?


 ガスバーナーに火をつけ、たこ焼き機に油を敷く。どばーっとタネを入れ、紅生姜、天かす、タコをパッパッと入れる。あとは適当なタイミングで目打ちでひっくり返して焦げないようにする。


「ちょっと、父さん、何やってんの?」

 ヨーコが戻ってきた。

「あ? 商売だ。おい、ヨーコ、一ユーロって百四十円くらいか? 八個三ユーロでいいよな?」

「だから、ここ、ヨーロッパじゃないって! 異世界だって! ほら、あそこ、魔法使いが歩いているでしょ?」


 ヨーコが指差した方を見ると、いかにも魔法使いといった雰囲気の黒い帽子と、星マークのローブを着た男性が複数歩いていた。

「バカ、あれはミュージシャンだ。リッチー・ブラックモアとかジミー・ペイジとか、昔はあんな格好したギタリストたくさんいたんだ」

「だから、それ、誰? 知らないし」


 おいおい、リッチー知らないのかよ。時代は変わったな。

 しかし、魔法使いファッション多いな。みんなリッチーのファンかよ。

 たぶん、この街でフェスでもあるんだろ。モンスターズオブロックフェスか?


 と、通りを見渡していると、杖をついた老人がひょこひょこ歩いてきた。

「お、ヨーコ、お客さんだぞ。俺、英語できないからな、お前、しゃべれ」

「え?」


 老人が店の前で立ち止まる。

「へい、らっしゃい。もう少しで焼けますんで。一人前でいいっすか? ソース、ソースマヨ、ネギ辛子ソースマヨ、どれにします?」

 老人は無言だ。

「おい、ヨーコ、英語だ英語。ほら、やってくれ!」


「お主たち、ここで何をやっておるのかね」

 老人が日本語を喋った。

「なんだ、日本語うまいじゃないすか。で、どうします? オススメはネギ辛子ソースマヨっすよ。五十円アップになります。あ、ユーロだとどうなるんだ?」

 老人が首をかしげる。

「なんじゃい、日本語って。ワシはメデスタル語しか喋れんわい」

「メデスタル? ああ、デスメタルが好きなんすね。デスメタルのフェスやってんすか?」

 老人がヨーコを指差す。

「あれは、お主の娘か」

「あ、そうですよ」


 老人がいきなり、店の前で土下座した。

「皆の者、勇者様じゃ! 跪くのじゃ!」

 道ゆく人が、全員店の前で土下座した。

「おいおい、なんじゃこれ? ドッキリカメラか?」


 一人の老婆が立ち上がって、喋り出した。

「そのもの、深き青の衣を纏い、勇者なる父を連れて神の広場に降り立つ……伝説の通りじゃ」

 深き青の衣? ああ、セーラー服のことか。


 老婆がヨーコに近づいて聞いた

「あの勇者は、お前の父親か?」

「ええっと、勇者かどうかはおいといて、父です」

 勇者? 何いってやがんだ、俺はただのたこ焼き屋よ。それもバツイチのな。

「お前たちが乗ってきた乗り物、あれには魔人オクパスの絵が書いてあるが……」

「乗り物? ああ、家のことですか?」

 ヨーコが言った。

「なぜ、その、イエに大きな魔人オクパスの絵を掲げておる?」

「なぜって……」


「おう、俺が説明してやるよ」

 俺はできたばかりのたこ焼きを舟皿に入れて、店の外に出た。

「俺はな、たこ焼き屋なんだよ。看板のタコ、これはな、明石のタコなんよ。明石のタコはな、最高級のタコだ。俺のとこはな、明石のタコしか使ってないんだ。ほら、食ってみろ」

 本当はモロッコ産だ。俺の知り合いなんか、宮崎地鶏串の屋台やってるけどな、宮崎地鶏なんか全然使ってないからな。全部ブラジル産だ。そんなもんなんだよ、世の中。


「ほら、婆さん、遠慮せず食べてみろよ」

 もしかしたらヨーロッパ人はたこ焼き食べたことないかもしれねーからな、ここはひとつ、婆さんに広告塔になってもらおう。

 俺は爪楊枝をたこ焼きに刺し、婆さんに差し出した。


 するとさ、婆さんはいきなり、丸ごと、たこ焼きを口に放り入れてよ。俺はびっくりしたね。火傷するつーの!

「あひあひあひ!」

「おいおい、そんなたこ焼きの食べ方あるかよ、出来立ては中がとろっとろの、アッツアツなんだ、火傷するぞ、婆さん」

 あーあ、婆さん、結局吐き出しちまったよ。これじゃあ、逆効果じゃねーか。


「こ、これは……魔人オクパスの吸盤!」

 爪楊枝の先に残ったタコを見て、婆さんが感激している。よかったな、婆さん、タコは吐き出さなくて。モロッコ産のタコ、結構うまいぜ?

「こ、これをお主が!」

「ああ、俺が作ったぜ? タコを丸ごと釜茹でにしてだな、包丁でザクザクっとぶつ切りにする。うまいだろ?」

 本当は冷凍で、仕入れの時点でぶつ切りにされているがな。

 人々が「丸ごと釜茹で!」「ぶつ切り!」とざわめき出した。

 よしよし、いい感じだ。こりゃ、売れるな。問題は材料だ。ヨーロッパにもタコくらいるだろ。モロッコって、ヨーロッパか? 小麦粉はあるだろうが、ダシ粉と紅生姜あるのか?


 老婆がいきなり、俺の手を握り、涙目で喋り出した。おいおい、そこまでタコうまいか?

「勇者様、どうかわしらを救ってくだされ! 魔人オクパスが現れてからもう一ヶ月になりましてのう。漁ができませんのじゃ。このままでは、この村は飢え死にですじゃ。どうか、魔人オクパスを倒し、丸茹でにして、ぶつ切りにしてくだされ」

「オクパス? ああ、オクトパスね。タコね」

 なんつっても、俺はたこ焼き屋だ。タコを英語でオクトパスということくらいは知ってるわ。


 で、倒すって、どういうことだ?

「父さん、ちょっと!」

 ヨーコが俺にひそひそ声でしゃべりかけてきた。

「父さん、さっきからおかしいと思わない? 魔人オクパスって何よ? ここ、絶対異世界だって。きっと、核ミサイルの爆心地で特異点が発生して、ヨーコと父さんが異世界へ飛ばされたのよ! たこ焼き屋のお店ごと!」


 すまん、ヨーコ。同じ日本語とは思えない。お前の言っていること、全く理解できん。


「おう、だから、ヨーロッパに来たんだろ?」

「だから、違うって。もー、なんでわかんないのかな! とにかく、あの人たちは、父さんに魔人退治を依頼したの! 勇者と勘違いして!」

「魔人? ああ、タコのことか。退治? 俺が捕まえるってことか?」

「そう!」

「おい、それは流石に無理だぞ。俺はたこ焼き屋だ、漁師じゃねぇ」

「でも、街の人は、父さんを勇者だって信じ込んでいるよ?」


 その時だった。馴染みの顔がやって来た。大工の源さんだ。おいおい、源さんまで飛ばされちまったのかい?

「ジロちゃん、モロッコたこ焼き、ソース辛子マヨ二人前持ち帰りで」

「またまた源さん、明石のタコや言うとるやないですか!」

「なにいうてんねん、俺の実家、明石の漁師やぞ? 明石のタコとちゃうことくらい、すぐわかるで。まあ、モロッコ産もうまいけどな」

「相変わらずだな、源さんは。で、源さんもヨーロッパに飛ばされたのかい?」

「そうなんや、ほんま参ったわ、みんな日本語しゃべりよるやろ、俺、びっくりしてもてな。千葉ディスティニーランドに来てもうた思とったとこなんや」

「おいおい、源さん、ディスティニーランドはねぇぜ。ヨーロッパ、ヨーロッパだよ、ここ」

「冗談や、冗談。しかし、ジロちゃん、ええなあ、家付きで。俺なんかスクーターだけやで、スクーター。ちょうどスクーターで出かけた時やったさかいな」

「そりゃ大変だ」


 先ほどの老婆がやって来た。

「こ、こちらの方は?」

「あ、この人は源さん。源さんは若い頃は漁師やってて、明石でタコとってたんすよ」

……あ、ちょっと待てよ? 源さん、もと、タコ漁師だった。

「なあ、源さん、タコ捕まえるの、得意やな?」

「いきなりなんや? もちろん、そんなん、朝飯前や」

 そうだ、源さんがおればタコなんか簡単に捕まえられる。俺は老婆の方に向き直った。


「婆さん、タコを捕まえて欲しいんだったよな?」

「タコ?」

「そう、タコ。オクトパス」

 老婆は「ああ、魔人オクパス」と呟いてから、「そうですのじゃ」と言った。

「でさ、婆さん、オクパス捕まえたら、何くれるの」

「それはもう、望みのものをなんでも」

 つまり、言い値でいいってことか。ま、俺は良心的なんで、相場以上にはふっかけないけどな。


「ジロちゃん、なんの話?」

「源さん、バイトだよバイト。タコ捕まえたら、こっちの言い値で買い取ってくれるって。源さん、どう? 一緒にタコ捕まえに行こうぜ」

「ええな。財布のなか、二千円しか入っとらんし、けっこう焦っとったんよ」

 俺はヨーコの方を向いた。

「ヨーコ、俺は源さんとタコ捕まえに行くからな、お前が店番しとけ。八個三ユーロな。ネギ辛子マヨネーズ、本当は五十円増しだが、今日はヨーロッパ支店開店記念ということで、サービスでいいぞ」

「だから、ヨーロッパじゃないって……」

 ヨーコが不満そうな顔をした。あーわかったわかった、異世界な。


「なんでヨーコちゃん、そない怒っとうのや?」

「ヨーコのやつ、ここが異世界って言い張ってだな。俺はヨーロッパだと言ってんのに」

「異世界?」

「そう。なんか、スマホの小説とかでよく出てくるらしい。あれだ、パラパラワールドっていうやつだ」

「ああ、あの恐竜が出てくる。あの映画おもろかったわー」

「そうそう、恐竜がねって、それはジュラシックワールドだっつーの、源さん」

 俺がツッコミを入れる。

「ジロちゃん、ツッコミうまなったわー。もう関西人やで。ええこっちゃ」

 源さんが俺を指差して笑う。


「さて、源さんのスクーターでニケツして、海にいこうか」

「ジロちゃんさ、道具はどうしたらええの? 竿とかリールとか」

「一応、タコ釣り用の竿ならあるぞ。昔、ヨーコと趣味と実益兼ねて、タコ釣り行ってたからな」

「ええやんええやん、竿があったら十分やで」


 ということで、俺はヨーコに店番を任せて、源さんと一緒にスクータにニケツして海に行った。もちろんノーヘル。ヨーロッパやし、別に捕まっても日本の免許に関係ないだろ、多分。

 腹が減った時用に、たこ焼きを二人ぶん、合計16個持って行った。俺のたこ焼きは冷めてもうまいからな。


 50ccの原付スクーターにニケツして、俺たちは海に向かった。2ストなんで、もうもうと白い煙がマフラーから出やがる。イチゴ臭いぞ。源さん、イチゴの匂いのオイル使ってんのか。

 おまけにチャンバー付き。ちょっと源さん、いつの時代のスクーター乗ってんの? 昭和のヤンキーかよ。


「やっぱ原付におっさん二人乗りはしんどいわー」

 時速40キロで、ひたすら田舎道を行くと、海に出た。


 港になっていて、ちゃんと堤防もある。コンクリではなく、石で作ってる。さすが、ヨーロッパ、いちいちオシャレというわけやな。

「ジロちゃん、あのへんいこか」

 源さんが堤防の先っちょを指差す。いかにもタコがいそうだ。


「待ちなさい! そこの人間!」

 声がしたんで振り返ると、身長160センチくらいの、タコのコスプレした女の子が立ってた。


 おいおい、なんのアトラクションだ、これ?

「なあ、ジロちゃん、やっぱ、ここ、ディスティニーランドちゃうか?」

「源さん、目の前に海があるから、ディスティニーシーだ、ここ」

「どっちにしても、ヨーロッパちゃうで、ここ。あの子な、着ぐるみきてんねん。ああいう着ぐるみの中身はな、だいたい声優志望か俳優志望やで」

「源さん、物知りだなあ」

「でな、よーみてみぃ、ジロちゃん。あの子、べっぴんさんやで」

「ほ、ほんまに?」

 おいおい、源さんの関西弁が移っちまったよ。あ、でも、確かに、美人。タコだから真っ赤な化粧しているけど、元の目鼻立ちはモデル並みだな。


「ナンパしたらええんや。ジロちゃん」

「源さん、今、何つった?」

「せやから、ナンパや、ナンパ。ジロちゃん、奥さんと別れて長いやんか。新しい人みつけぇや」

「いや、でも、なんぼなんでも、あの子は若すぎるだろ。ヨーコと大して変わらんぞ」

「あのなあ、恋愛に歳は関係ないねんで? ええか? ジロちゃん、あんたな、もう五十歳過ぎてんねんで? そないチャンスはないんや。ほら、このたこ焼きもって、ナンパしてきーや」


 そのたこ焼き、俺が焼いたんだけどな、とツッコミを入れた後、俺は着ぐるみちゃんの方へ、たこ焼きを持って近寄ってみた。

 ナンパなんて、三十年ぶりくらいか? 


「ち、近寄るな、それ以上近づくと魔法をかけるぞ!」

 着ぐるみちゃん、必死に演技してるわー。こっちが恥ずかしくなるのぉ。

「海の藻屑と沈んでしまえ! 津波の魔法! ……き、効かない?」

 だめだ、笑ってしまう。

「ば、バカな、なぜ魔法が効かない? もしかして、異世界の住人?」

 また異世界か、流行ってんなー、異世界。ディスティニーランドのキャラもそう言う言葉使うんかい。ディスティニーシーだっけ、どっちだっけ。


 着ぐるみちゃんの熱心な演技を鑑賞しつつ、俺はどんどん近づいて行った。そしてとうとう、至近距離まで来た。


 で、俺はたこ焼きの舟皿を彼女に突き出し、「運命のたこ焼きを一緒に食べないか?」って、言ったのよ。

 そしたら源さん、大爆笑しやがって、後ろから大声で「運命のたこ焼き! 運命のたこ焼き!」って叫びだしちまってさあ。そんなにおかしかったか? 俺のナンパ?


「ぐう、貴様ら何者だ!」

 俺のナンパ決め台詞に全く無反応かつ演技継続なのを見て、流石に俺も凹んだね。

 もう、こうなりゃやけだ、ってんで、俺は爪楊枝でたこ焼きを一つ刺して、着ぐるみちゃんの口元に突き出したんだよ。「あーんして」とか言ってな。

 そしたら、ボトッて音がして、たこ焼きが地面に落ちてしまったんだよ。タコだけ爪楊枝に刺さったまま。

 それを見て、また源さんが大笑い。


 もうだめだ、源さん恨むぞ、恥かいただけじゃないか、って思ってたらさ、なんと着ぐるみちゃんが助け舟だしてくれたんだな。

「こ、これは……我ら魔人オクパスの……吸盤!」

 俺は嬉しくなって、演技を合わせてやったよ。

「そーだー。これは、お前ら魔人オクパスの吸盤だー。お前らを釜茹でにしてぶつ切りにして、このたこ焼きにしてやったのだー」

「ひいい! なんて残忍な! 貴様ら異世界人は、魔人を食うのか!」

「食うぞ。食っちゃうぞ? いろんな意味でな?」


 ここで俺は失敗したんだな。調子に乗って、ちょっとセクハラっぽくふざけてしまったんだ。みるみる着ぐるみちゃんが怯えちゃってね、「ぜ、絶対食べられたりなどしない。に、二度とここに来るな! 我々もここを立ち去る!」と言って、消えたしまったんだよ。


「おい、源さん、大失敗だよ」

「ひー苦しいー、運命のたこ焼き! 運命のたこ焼き!」

「二度と来るなって言われたよ。帰ろう、源さん」


 と、俺の三十年ぶりのナンパは大失敗。こんな話、ヨーコにも言えない。言ったら軽蔑されるに決まってるからなあ。


 街に帰ると、老婆が喜んでいた。魔人オクパスがいなくなったと。街中から歓喜の声がする。

「なあ、源さん、何がどうなっているんだろうな?」

「うーん、これが有名なエレクトックパレードちゅうやつとちゃうか?」


 ヨーコが駆け寄って来た。

「よかった、父さんが無事で。ラノベと違って、現実の異世界転移には、チートも、俺TUEEEも、主人公最強もないんだから、もう、私、心配で心配で……」

 あー、これ日本語? フランス語混ざってないか?


 老婆が俺に近づいて来た。

「勇者様、魔人オクパス退治、ありがとうございました。何でも望みのものを言ってください」


 まだ、ディスティニーシーのイベント継続中なんだろうか。


「なあ、源さん、こういう時、何て言ったらいいの? 知っとるか?」

「テーマパークのアトラクションなんやから、適当でいいんちゃう?」

「そうか……。じゃあ、とりあえず、家までの交通費を頼んでみるか」


 そのとき、ヨーコが我慢しきれずに、口を出して来た。

「もう、異世界だって何度言ったらわかるの! 私が代わりにいいます! たこ焼き屋を修理してください。そして、父と私で、この世界でたこ焼き屋をやらせてください!」

「おいおい、ディスティニーランドとかディスティニーシーとかって、テナント出すの難しいはずだぞ? 無理だろう、いくら何でも。家までの交通費の方が……」


「わかりました。さっそく、手配しましょう」


 ということで、俺のたこ焼き屋は修理され、ちゃんと水道もついた。電気とガスだけ、どうにもならないようだが、ガスの方は石炭のコンロをつけてくれた。


 俺がこの世界が本当に異世界と気づくのに、あと三日かかった。




 ……以上が、俺がこの異世界でたこ焼き屋を開くまでの経緯だ。面白くなかったろう? これがおっさん異世界転移の現実だ。源さんは未だによく理解していないが、大工の仕事はあるので、あまり気にしていないようだ。



おしまい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] この年代でなければ出てこないのでは、という話があって懐かしく思いました。楽しめました。ありがとうございます。
[良い点] タコ焼き屋というテーマが新鮮で面白かったです。
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