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129号室のエデン  作者: ツルツル泥団子
3/4

タケル・アサガミ戦役 その3

どうも~ツルツル泥団子でーす。

今回のお話もお楽しみください!

 ある日の昼過ぎ、ミシェルは寮の近くにある軍の診療所に来ていた。


 「T-28:89さん、診察室へお越し下さい」


 受付の看護士さんがミシェルの型番を呼んだ。


 「はーい」とミシェルは適当に返事をして診察室の扉を開ける。


 「お久しぶりです先生」


 ミシェルは軽く会釈をした。


 「久しぶりだね、ミシェルさん。最近調子はどうですか?」


 そう聞いた先生の表情はいつも通りの無表情だった。


 「可もなく不可もなくといったところですね」とミシェルは雑に応えた。


 先生はやれやれと肩をすくめた。


 「まぁ、君の診断書を見ればある程度は分かることなんだけれどね、もう少しコミュニケーションを取ろうとか思わないのかい?この診察には一応君のカウンセリングという目的もあるんだが…」


 「そんな事はしなくて良いので、早く診断書を見せてください」


 会話を試みる先生に対してミシェルはピシャリと言い放った。


 先生は変わらず無表情だったが、もう会話をすることを諦めたのか、バインダーから診断書を外してミシェルに手渡した。


 引ったくるように診断書を受け取ったミシェルは、すぐに推定稼働年数の項目を見た。


 「1年半…」


 「あぁ、君が元気に生活できるのは長くとも後1年半だ。1年半後には君はもう寝たきりに…」


 無表情で喋り続ける先生の声はもうミシェルの耳に届いてはいなかった。


 ミシェルの頭の中は1年半という言葉で埋め尽くされた。


 気付くとミシェルは診療所の外で呆然としていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 私は今までの人生を振り返った。


 アカデミーで学んだ3年、軍に所属して外敵と戦っていた4年、寮に戻ってきて皆と楽しく過ごした1年。


 全てが私にとって忘れがたい大事な思い出だ。


 やり残した事は特にない、というよりも全く思い付かなかった。わからなかった。


 近頃は毎日が本当に楽しくて、このままずっとこんな日々が続けば良いのになんて思ってた。


 心の何処かで、この幸せな日々は、ある日突然終わるんだって分かってても見て見ぬふりをしていた。


 私の命は残り1年半、アリスがアカデミーを卒業して軍に入隊するのが今から約2年後、私は彼女の晴れ姿を見ることは出来ないだろう。


 「もう少し、生きたかったな…」


 自然と溢れたその言葉は、地面に落ちて、滲んで、消えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ミシェルが129号室に帰ると制服姿のアリスと軍服姿のシロとラストがリビングでソファーに座って過去のお笑い番組を観ていた。


 「あ、お帰りなさいミシェルさん。今ちょうど面白いとこですよ!」


 アリスはいつもよりテンションが高いようだ。


 「何見てんのー?」


 「月曜日のミッドタウンよ。それより、アンタ今までどこ行ってたのよ」


 ラストがミシェルに詰め寄った。


 「そっ、それは…」


 「………あっははは!あっは!無理っ… もうっ、っはは、ひぃ~。ここっ!ここっ!ほんといつ見てもっ、っふふ面白いよね!ねっ!………………あ、ごめん、黙るね………ぶふっ」


 シロはひとしきり笑って、それから黙った。


 「散歩に行ってだけよ………ぶふっ」つられてミシェルも笑ってしまう。


 「はぁ~…アンタ達はもう……」


 ラストは額に手を当て大きく溜め息をついた。


 「今日は先の戦役の祝賀会があるんですよ 」


 うなだれるラストの代わりにアリスが喋る。


 「え!?祝賀会?いつもの美味しいご飯が食べ放題のやつ??」


 ミシェルはテンションが上がった。


 「祝賀会の前に追悼式よ。わかったらミシェルも早く軍服に着替えてきなさい」とラストがアリスの言葉を補足した。


 「はーい…」


 タダ飯を食べるだけだと思っていたミシェルはとぼとぼと自室に入っていった。


 「…………………ぶ…ぶふぁっ!」


 シロはずっとテレビを観ていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ミシェル達が会場につくと追悼式はもう始まっていた。


 壇上では今回の戦役で指揮を務めた浅上尊大将が、さも辛そうな面持ちで話をしている。


 会場に居るのは軍服を着ている人達ばかりで、アカデミーの生徒は殆ど居ないようだった。


 ちらほら見える制服を着た子供達もクローンではなく人間だろう。


 戦場で散ったクローン達を戦場に直接行かない人間達が弔う。


 (何度来ても、気分の悪い催しね…)


 ラストは心の中で毒づいた。


 今回の式典も、既に弔いという意味を失い、人間達の決起集会へと移り変わっていた。


 本来なら、クローン達こそ、この式典に出席するべきなのに、彼女達はここにはいない。


 クローン達には殆ど感情が無かった。


 造られる過程で知能は備わっているものの、感情というものは全く備わっていなかった。


 加えて、アカデミーでは感情を育む機会がない。


 クローン達は感情を一切育む事なく、知識と目的を植え付けられる。


 3年間アカデミーで学んだ後はすぐに軍に入隊する。


 軍に入隊して、彼女達は初めて感情を手にする。


 それは戦場での恐怖に始まり、様々な感情に派生していく。


 だが殆どの個体が感情というものに実感が持てないまま戦死するか、命を使い果たして衰弱死する。


 しかし、極めて稀に感情を完全に会得する個体がいる。


 感情を会得した個体は、総じて戦死や衰弱死する事なく4年間の所属期間を終えて退役する。


 その後は軍の管理下に置かれ寮で生活することになる。


 生き残った個体を分析して次のクローン製造の参考にするのだという。


 ミシェル達3人は軍の大事なサンプルだった。


 生き残った個体の平均稼働年数は10年。


 彼女達は死ぬまで、データを取り続けられるのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 いつの間にか追悼式は終わり、会場の雰囲気は祝賀会のムードへと早変わりしていた。


 自分の孫や息子を高官にするために軍の幹部に媚を売りにいく軍人達が溢れる地獄のような空間だ、とラストは常々言っている。


 ミシェルは今回もそんな事お構い無しにテーブルに並ぶ沢山の料理をお皿一杯に盛り付けて会場の中心の方で一人でガツガツと食べている。


 「ラストさん、シロさん、食べ物取ってきたんですけど食べますか?」


 祝賀会が始まってすぐに会場の端の方に移動していたラストとシロにアリスが話しかけた。


 アリスが両手に持っている皿には料理がこんもりと盛られていた。


 「ありがとう。一皿持つわ」


 「私は取り皿とお箸持ってくるね」


 シロが持ってきた取り皿にアリスが料理を取り分ける。


 「それにしても、ミシェルさん、よくあんなに軍人さん達がいるなかで、ど真ん中でご飯食べられますよね………」


 そう言ってアリスは、中央に陣取って一人でガツガツと料理を食べているミシェルを見る。


 「ミシェルはそういうことあんまり気にしないタイプなのよ」


 「ミシェルちゃんは我が道を行く!タイプの子だからね~…」


 ラストとシロは呆れつつも羨ましそうにミシェルを見ていた。


 しばらくすると、ミシェルの隣に蒼い髪の男が現れて二人で何やら話しているようだった。


 「誰だろ~あれ」とシロは首を傾げている。


 「うーん、ナンパじゃない?いや、ミシェルに限ってそれはないか」とラストはどうでも良いという風に食事を再開した。


 「………………」


 アリスは一人黙っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「おいミシェル、そこはお前の縄張りか?」


 会場のど真ん中にあるテーブルで料理をバカ食いしていた私は軍服を着た蒼い髪のおじさんに茶化された。


 (ん?なんだか見覚えがある顔だな………)


 「……………んー?あ、掃除屋さんか!!なんで軍服持ってるの?」


 いつもの帽子と服じゃなかったから一瞬誰か分からなかったが、よく見ると掃除屋さんだった。


 「俺だって一応、軍の施設で働いてんだから支給されてんだよ。それよりお前、俺のこと帽子と服だけで認識してたのか?」


 そう言って掃除屋さんは苦笑いしている。


 ギクッ!


 「ソ、ソンナコトナイヨ?」


 私はぎこちなく誤魔化した。


 「そ、それより!掃除屋さん、アリスみたいな髪色だね。帽子被ってるとこ以外見たことなかったから分からなかったよ~」


 「お、そうか?アリスは俺に似てるか?」と掃除屋さんは嬉しそうに聞いてきた。


 「顔は似てないよ!髪色だけ!アリスは私みたいにプリティーなんだから~!」


 「ハイハイ、ふたりはなんちゃら、ね」


 「何よその雑な返しは!もっと気合い入れて返してよね!」


 「ははは、すまんすまん」と掃除屋さんは頭をかいて「今日は他の皆は来てないのか?」と言った。


 私は会場を見渡して、端っこの方でならんで料理を食べている3人を見つけ「あー、あそこにいるよ」と言った。


 よく見慣れた軍服姿の友人2人とこれまた見慣れたアカデミーの服を着ている後輩を見て、私は良いことを思い付いた。


 「ねぇ!掃除屋さん!ちょっと来て!」


ーーーーーーーーーーーーー

 

 「シロ~!ラスト~!アリス~!」


 3人で仲良く喋りながら料理を食べていたラスト達の前にミシェルと掃除屋が現れた。


 「そ、掃除屋さん?!」


 ラストは取り乱して皿を落としかけた。


 「お!ラストはすぐに俺に気付いてくれたな!おら、ミシェル。お前とは大違いだ」


 そう言って掃除屋はジト目でミシェルを見た。


 「あははぁ……いやー、その節は……っと、そんな事より皆!写真を撮ろう!」


ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ミシェルの急な思い付きで写真を撮ることになった一同は129号室に戻って写真を撮る準備をしていた。


 「ねぇミシェル。あんた、こんなもんいつの間に買ってたのよ」


 ラストは机の上に置いてあるポラロイドカメラをつついて言った。


 「ふふふ、へそくりで買ったのだよラストくん………」


 「ミシェルちゃんにへそくりなんてあったんだ…」シロは愕然としている。


 「あるわよ!私にだってへそくりぐらい!」


 「ポラロイドカメラっていつの時代のやつだよこれ……よくこんなの見つけたな」掃除屋はカメラに興味津々のようだ。


 「探すの大変だったんだからね……慎重に扱ってよ!」


 アリスは黙々とソファーを運んでいた。


 心なしか帰ってきてから口数が少ない気がする。


 「えーっとソファーはその辺に適当に置いといて。ラストはそこの椅子をテレビの前に運んで~」


 ミシェルがアリスとラストに指示をする。


 「何であたしが…」とぶつくさ言いながらもラストは指示通りの場所に椅子を置いた。


 「じゃあ皆テレビと椅子の間に並んで~、アリスは椅子に座ってね」


 左から掃除屋、ラスト、ミシェル、シロの順番で並びミシェルの前の椅子にアリスが座った。


 「よし!じゃあ全部で5枚撮るからね!」


 そう言ってミシェルはカメラのタイマーをセットしにいった。

 「行くよー。5、4、3」


 戻る途中にミシェルがドテッと盛大にコケた。


 「痛ぁっ!」


 「「「「え"っ」」」」


 皆が慌てて駆け寄った所で、パシャッとシャッターが切られて一枚目の写真が出てくる。


 しばらく待っていると真ん中でコケるミシェルとそれに駆け寄る皆のなんとも言えないシュールな写真が出来上がった。


 ひとしきり皆で笑ったあと、ちゃんとした写真を5枚撮ってそれぞれが持ち帰った。


 一番最初に撮ったシュールな写真は、額縁に入れて129号室に飾られることになった。

読了ありがとうございます。

今回は作中のクローンについて少し説明を入れました。

そしてタケル・アサガミ戦役はこれにて終了です。

投稿する前は基本寝ていないので少ししてから読み直してサイレント修正を入れたりしています。

ネット小説大賞というものがあるらしいことに最近気付いたので、この作品で応募したいと思っています。

感想などいつでもお待ちしています。

それではまた次のお話で。

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