魔王の嫁だ! 文句ある勇者はかかってこいやぁぁぁあああっ!!(屮゜Д゜)屮
「ようやく会えたな、まお」
勇者の言葉の途中で、彼の顔面に綺麗な右ストレートが決まる。
殴られたのだ。
その勢いのまま勇者は吹っ飛び、禍々しい魔王城、その玉座の間の壁にきれいに張り付けにされた。
ぱらぱらと、ヒビが入り崩れた壁の破片が落ちる。
しかし、殴り飛ばし、気を失った勇者にはもう興味がないのだろう。
その少女は、勇者の仲間達を一瞥する。
瞬間、姿が消えた。
そして、一瞬の後には勇者の仲間ーー世界を救おうと大義名分を掲げた正義の味方達が倒れていた。
勇者とその仲間達の体が透けていく。
少女が聞いたところによると、どうやら最寄りの町に強制帰還するらしい。
「はい、次っ!」
少女の言葉に、重々しい玉座の間の扉が開く。
すると、また別の勇者一行が現れた。
同じことを三度行った所で、鐘が鳴った。
午前最後の勇者一行を見送って、少女は大きく息を吐き出した。
「お疲れさまです。ミーシャ様。
昼食の準備ができております。運ばせますか?」
「はい、お願いします」
純白だったワンピース。
血でカラーリングされたそれを翻し、少女は魔王から賜った従者へ付け加えた。
「それと、着替えと体を拭きたいので、その準備もお願いします」
ミーシャ専属の従者は恭しく礼をすると、食事と言われた通りのものを用意するため、玉座の間をあとにする。
ミリテシア・ラグナ・ウィリーナ。それが彼女の名前である。
色々あって魔王の愛妾となった少女である。
魔王にはすでに何人も妻がいた。彼女はその中の一人である。
名前は旧姓のままである。
とくに意味はない。
それでも、彼女が魔王に嫁いだのは変わらない事実であった。
白銀の髪の新緑の瞳を持つミーシャは、勇者との戦いで見せた勇ましさはどこえやら、今はただの可憐な少女にしか見えない。
ワンピースに血が付いていなければ、だが。
勇者一行達の返り血で、可憐さが台無しである。
「えっと、午後の予定はっと」
魔族、その王の嫁ではあるがミーシャは人間である。
ミーシャは指を空中で滑らせる。
すると、午後のタイムテーブルが浮かび上がった。
「あ、今日はもう世界を救うための戦いはないのか、ならここの掃除と修繕かな。大工道具用意してもらお」
頭の中で午後の仕事の予定を立てる。
彼女が玉座の間の代行をして、今日で一週間である。
それは、嫁いで過ごした時間でもあった。
ミーシャは改めて思う。
環境がかなり変わったなぁ、と。
彼女が魔王の、というよりはこの魔王城で働きはじめたのは、去年の事だ。
城の清掃のアルバイトを募集していたので、応募したのが始まりだった。
それから約一年、彼女はずっとここでフルタイムで働いていた。
しかし、今から丁度一ヶ月ほど前、転機が訪れた。
間違えて、勇者と魔王の一騎討ち中の場面ーー正に最終局面であり盛り上がっている所にミーシャはモップを持って出ていったのだ。
どうなったか?
ミーシャを魔王の伏兵だと考えた勇者一行は彼女にも攻撃を仕掛けた。
そして、それをミーシャはモップを軽くふるって倒してしまったのだ。
「あの時はほんとクビを覚悟しました」
用意されたテーブルとイス。そこに広げられたサンドイッチを食べながらミーシャは、頃合いを見計らってやってきた妃仲間であり魔王の正妻でもあるグラマラスな女性ーースフィーアに言う。
「魔族は実力主義だから。強いなら種族なんて問わないさ。
だからこそ、その血を入れたいって思うのは自然な流れだよ」
さすがに、神の加護を受けた勇者をワンパンで沈めるほどの戦力は魔王意外には中々存在しない。
だからこそ、魔王に匹敵するかもしれない少女を魔王の妻たちは受け入れた。
これが、人間の女性との大きな差である。
もちろん、人間の小娘の実力を疑うものもいた。
その全員をミーシャは叩きのめした。文字通り、床に沈めたのだ。
その舞台は、他ならない魔王によって調えられた。
つまり、公式的に戦ったのである。
この正妻であるスフィーアも例外ではなく、最後に拳を交えた。
結果は、相討ち。
他の妃達と連戦していなければ、ミーシャが勝っていたと言わしめた。
とにかく、そんなわけでミーシャは魔王の嫁として受け入れられたのだった。
「と言っても、恋愛感情無いのに良いんでしょうか?」
「そうなの?」
「だって、今までほとんど接点無かったのに、いきなり嫁だ何だって言われても」
「人間はめんどくさいなぁ。
じゃあなんであいつのプロポーズ受けたのさ」
「それは、他に行くところも無かったんで」
ミーシャは孤児である。
頼る親戚もいない上、また職を探すのもめんどくさかったのだ。
あと、ここは給料が破格だったと言うのもある。
「そうか~。
でも、その強さどうやって手にいれたの?」
「えっと」
言おうかどうしようか迷う。
どうやっても何もわからないのだ。
両親の顔も知らない。
だから、これが、遺伝なのか突然変異なのかミーシャにもわからなかった。
体を動かすのは昔から好きだったので、遊んでいたらいつの間にかスキルアップしていたのだ。
「外を駆け回っていたら、いつのまにかこんなんなっちゃってて」
他に説明のしようがない。
スフィーアは残念そうにする。
実力主義の魔族は力の強い存在に惹かれる性質がある。
ミーシャのような力を得たいと考えたのかも知れない。
「残念。まぁでもまた機会があったら、また戦いましょ」
スフィーアの魅力的な笑顔とともに投げられた言葉に、ミーシャは苦笑しか出てこなかった。
午後は、用意してもらった大工道具をつかって修繕と掃除をこなす。
一人だと大変だから、ということでスフィーアの息子であるアスラが派遣されてきた。
「修復機能の式が使えればすぐに終わるんだけどなぁ」
ペンキを塗りながら、アスラがこぼした。
「そういうことが得意な人いないんですか?」
おどろおどろしい魔神像をピカピカにしながら、ミーシャは訊いてみる。
「一人知ってるけど、中々自由奔放な人だからなぁ」
「そうですか」
「ミーシャ母さん」
「お母さんとか言わないで」
確かに身分で言えば、ミーシャはアスラの義母になる。
しかし、アスラの方が歳上で外見は同い年くらいだ。
並ぶと兄妹か友達にしか見えない。
「ミーシャさん」
アスラが言い直すと、ミーシャは満足そうにする。
「なんでしょうか?」
「ペンキ塗り終わりました。
それと、今度俺とも手合わせしてくれませんか?」
「んじゃ、次はあそこの穴塞いでください。
良いですよ。なんなら今日ここの修繕が終ったらやりますか?」
「良いんですか?」
アスラは一瞬目を輝かせるが、すぐ考え直す。
ミーシャは一応、父親の伴侶なのだ。
許可が必要だ。
***
修繕作業を進めていると、バタバタと慌ただしい足音が従業員用通路から響いてきた。
蹴破るように扉を開けて、玉座の間に入ってきたのは連絡係である。
なんでも、予定が変更され数分後には勇者一行が乗り込んで来るのだと言う。
「まったく」
溜め息をついて、ミーシャはアスラに大工道具を片付けるよう指示を出す。
そして、また衣装であるワンピースに着替える。
アスラが従業員用通路に姿を消してすぐ、世界を救うために魔王を殺そうと、滅ぼそうと意気揚々とやってきた勇者達。
名乗りを挙げる前に、ミーシャはその勇者達をワンパンで静かにさせる。
ちゃんと意識を奪うのがミソである。
純粋な人間だけの世界で育つと、どうも正義のためにはどんな事をしても許されると教え込まれるらしく、不意打ちで攻撃を食らったことも、この一週間でいったい何度あったことやら。
あと、妙なルール存在するらしい。
それが、【正義の味方の名乗り】を聞かなくてはならないという意味不明なものだ。
そもそも殺す気満々でやってきた存在に茶を出して、おもてなしするバカがどこにいると言うのだ。
知らなかったなら未だしも、こっちはそれを知っているのだ。
そもそも、である。
侵入がバレている時点で、無警戒にラスボスのいる部屋の扉を開けること事態がありえない。
とくに最近はなんでもできる特別な勇者ーーチート呼ばれる存在が増えているらしい。
ミーシャも分類すると、チートになるらしいがしかしこの力を使いこなすためには、遊んだり自分なりの工夫をしたりと色々頑張った経緯がある。
言い方を変えれば、努力をしたのだ。
しかし、増えつつあるチートはその努力とか練習とか工夫とかいう行程をすっ飛ばすらしい。
だからだろう、宝の持ち腐れが非常に多く、自惚れやもまた多いのだ。
「もっと修行すればいいのに」
古くさい言い方だが、結局そこ行き着く。
力を簡単に手にいれるのと、少しずつ身に付けていくのでは経験の差と言うものがどうしても出てくる。
ミーシャは消えいく勇者達を見送りながら呟いた。
と、勇者の意識が戻ったのか声をかけてきた。
「おま、えは、ニンゲンだろ?
どうして」
「どうして世界を滅ぼす魔王の味方をしているのか?
答えは簡単。私が魔王の嫁だからです。
文句があるなら、首を洗ってまた再挑戦してください」
ニッコリ笑顔でミーシャが言い終わると同時に勇者達が消えた。
ネタバレすると、【社畜少年の異世界交流記】の登場人物、ウィルの母ちゃんの話です。