第七話
軽快な足取りで私はアクアディーネの水の都を駆けめぐる。
「郵便でーす」
「あら、リンちゃん。今日もありがとう」
「いいえ! じゃあ、また!」
「ええ、頑張ってね」
顔馴染みになった奥さんと挨拶を交わして、再び走り出す。
うーん、今日も良い天気!
私はアクアディーネで郵便屋さんに転職したーーわけではない。
これは、ギルドで紹介してもらったバイトなのだ。
都中を走り回るから、スタミナもつくし、体力が上がるからHPも増える。
敏捷の値も順調に伸びている。
そしてお金も手に入る!
まさに、今の私にぴったりな仕事だと思う。
それに。
「あ!」
運河の向こう側に、黒い猫を見かけて私は声を上げた。
黒い猫、とはいってもただの猫ではない。
服を着た二足歩行の猫ーーケット・シーだ。
ケット・シーは私を見ると機敏に背を向けて逃げ出す。
それを私は追いかける。
噂があるのだ。
ケット・シーを捕まえたら、猫の鍵をもらえると。
猫の鍵が何かはわからない。
でも、イベントかもしれないと思うとわくわくする。
「待って、猫さーん!」
ケット・シーを追いかけて走る私は、かなり充実していた。
「うーん。また逃げられちゃった」
「ピィ」
お昼休み、私は軽食屋さんでホットサンドを食べていた。
今日もケット・シーには逃げられた。
良いところまではいったんだけどなあ。
「よう、お嬢ちゃん」
「あ、ザックにロイド」
ひょいと影が差したかと思うと、背の高い二人組みが立っていた。
アクアディーネ警備隊のザックとロイドだ。
二人はなんの断りもなく私のテーブルに着くと、ウエイトレスさんに食事を注文した。
もういつもの事なので、私も気にしない。
ひと通り注文した後、ザックが緑の瞳を向けてきた。
「今日もケット・シーと追いかけっこしたそうだな。どうだった?」
「駄目だねー。いざとなると屋根に逃げられちゃう。どうしたらいいのかなー」
「……動物は餌で釣り上げるに限る」
「ケット・シーは妖精だけど……食べ物で釣るのはいいかも。ありがとうロイド」
和やかに話しをしていると、食事が運ばれてくる。
二人の食事が終わるまで、私も話に付き合うのが最近の日課だ。
「そういえば、聞いたか?」
食事の手を止めて、ザックが私を見た。
「何を?」
「ロゼルト皇国に行く隊商の話だよ」
「ロゼルト皇国!?」
私は思わず体を乗り出した。
それって、《白の都》がある所ーー私が帰ろうとしている場所じゃないか!
「それって、どこの隊商? いつ出発するの!?」
「落ち着け、お嬢ちゃん」
ザックは苦笑して片手をひらひらと振った。
「まだそういう話が出たばかりだよ。具体的な話はこれからだな」
「なんだ……」
気が抜けて私が椅子に座り直すと、今度はロイドが口を開いた。
「隊商にどうやって同行するつもりだ?」
「どうやって?」
「客として金を払うか、護衛として雇ってもらうか……隊商の仲間になるか、だな」
なるほど。
私は三つの選択肢をじっくり考えてみた。
まず、お客になること。
「お金って、どれくらいかかるかな」
「ロゼルト皇国は遠いからなあ。そうとう取られるぞ」
「だよねえ」
ザックの答えに、心の中でこの選択肢にバツをつける。
「護衛としてなら、どうかな。護衛って、どうやってなれるの?」
「うーん。まあ、手っ取り早いのは腕前を見せることだな。あとは」
「ギルドで紹介してもらうのが、確実だ」
「ギルドで?」
ロイドはひとつうなずくと持っているフォークを揺らした。
「ギルドの仕事をたくさんこなし、評判が良ければ優先的に紹介される。これがお薦めだ」
「そっかー」
なるほど、なるほど。
「ちなみに、仲間になるのは?」
「それは俺達にはわからないな。伝手があればどうにかなるんじゃないか?」
「そっか。二人とも、教えてくれてありがとう」
お礼を言って、私は立ち上がった。
「お。もう行くのか?」
「うん。とりあえず、ギルドの仕事頑張ってみる」
「おう、頑張れ」
「リン」
ザックが手を振って見送るその隣で、ロイドが私を引き止めた。
「なに?」
「帰りは、あまり遅くならないようにな」
「え?」
「ああ、あれか」
ロイドの言葉に首をかしげると、ザックが話し出した。
「いや、ここ最近、人が消えているんだよ。人攫いの仕業かも知れねえ。お嬢ちゃんも気をつけろよ」
「人攫い……」
なんだろう。イベントかな。
でも、人攫いかあ。
なんだか、嫌だな。
私はもやもやとした気持ちになり、二人と別れた後も少し足取りが重かった。




