第一話
深い眠りから浮上するように、徐々に意識がはっきりとしてくる。
目を開くとそこは闇に閉ざされた空間だった。
――チリーン……。
小さな鈴の音が聞こえ、真っ暗な世界に淡い光が灯る。ゆっくりと光は広がり辺りは青色に包まれた。
空とも海ともつかぬ空間に、柔らかな女性の声が響く。
『《World》へようこそ。あなたのIDは登録済みです。データを引き継ぎますか?』
「何が引き継げるの?」
『容姿の引き継ぎ。これは変更可能です。以前の三分の一のステータス引き継ぎ。称号やスキルも引き継げますが、スキルレベルは一に戻ります』
うーん。せっかく頑張ってスキル上げたのに、また一からかぁ……。
まあ、それでも一般のプレイヤーからしたら、羨ましいかぎりだろうし、文句を言うのはやめておこう。 あとは……。
「えーと、所持金やアイテムや装備は?」
『特殊なアイテムを除き引き継げません』
私はβテストで愛用していた武器を思い出して残念な気持ちになった。使い勝手良かったんだけどなあ。 特に片方はフレンドに作ってもらった思い出の武器だったから、すごく残念なんだけど、仕方ないかな。今度はお客として依頼しよう。
「えっと。データ引き継ぎで……容姿を変更したいのですが」
『了解しました』
私はアバターを少しいじり、髪の毛を伸ばした。前はショートカットだったけど、肩に届くかどうかの長さにする。なんとなく、ちょっとだけ変えたかったのだ。
後はそのまま、中肉中背のたれ耳、ふさふさの尻尾の犬系獣人の姿。
目は緑色で髪はやや明るい茶色、耳や尻尾は焦げ茶色である。少しだけ胸やウエストの辺りに補正をかけているのはささやかな抵抗なので、気にしないで欲しいところだ。
私は久し振りの《リン》の姿を眺め、決定する。
『ゲームを始めます。よろしいですか?』
「はい」
うなずくと、また周囲が暗くなり、システムの声だけが響いた。
『プレイヤーネーム【リン】、クラス【首狩り暗殺者】、獣人(犬)――再登録を完了しました。では、どうぞお楽しみくださいませ』
ぐるり、と揺れるような感覚に思わず目を瞑る。明るくて軽快な音楽が流れはじめ、少しずつ辺りが白くなってゆく。
だが。
「いたたっ!?」
いきなりの頭痛に頭を押さえた。
同時に、システムボイスがエラー音と共に流れる。
――エラー。不具合が生じました。エラー。
ええ!?
この状況でエラーって、どういう事!?
声にならない叫び声ごと白い光の本流に飲み込まれて、私は気を失った。
めったに起こらないVRのエラーによって、見知らぬ大地に降り立つのは、この数分後であった。