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領土戦記  作者: 智恵理陀
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第九話.隔離病棟

 クウェンの家は小さく、老朽化も目立ち始めて住み心地がいいとはいえない。

 金の余裕はできた――ならばどこか部屋でも借りるか、貸家でも訪ねるか、といった選択もあるであろうが、クウェンはしない。

 育ての親が残してくれた家を手放すのは彼には出来なかった。


 翌日は早々に自宅へと戻る。

 セルベもついていくとわめいていたものの、クウェンは頑なに拒否した。

 彼女と連日行動するのは避けたいところであった、あまりにも行動を共にしていれば怪しまれる可能性があるからだ。


「まったく……」


 どれくらいわめいていたのか、苦虫を噛み潰したようなクウェンの表情を見れば想像はできるだろう。

 自宅は特に変わった様子はなく、ゼナから送られたであろう書類が届けられていた。

 それを懐に入れ、一度椅子に座る。


「ふう……」


 一日で色々なことが起きすぎた。

 疲れも溜まっている。

 休暇をもらっていなければ疲労が最悪な一日を演出してくれたであろう。

 テーブルの上には写真立てが一つ。

 それを見てクウェンは、呟き始める。


「ベルエス、昨日は流石に疲れたよ」


 無精髭の生えた男が幼少期のクウェンを抱きかかえて笑っている姿が映されていた。

 クウェンはむすっとした無表情、口のへの字は固く描かれておりそれが解かれたのは写真を撮られてからよほどの時間が経過していたであろう。


「でもさ、まあ……久しぶりに誰かと話をしながら夜を過ごしたよ」


 悪い気分じゃなかった。

 そう言下に紡ぎそうであったが、彼の口は一言目を発する前に閉ざされた。

 写真立てを置き、窓の外へと視線を向ける。

 この国は中心に近づくにつれて高低差が生じる、少々ながらも他と比べれば高い位置にこの家は建っている。

 故に窓の外に広がる光景は、割りといい景色だ。

 ちなみにセルベの自宅とは正反対、指定居住区外にありどのみちセルベはクウェンの自宅へは来れない。

 だが何かしらの手段を用いて抜け出す、そんな気がする。


「セルベって言うんだけどさ、あいつ面倒な奴なんだ、ああ、すっげえ面倒な奴だ」


 だが面白い奴でもある。

 そして、不思議な奴でもあり。

 興味深い奴でもある。


「若いくせに、酒も飲みやがる。いい飲みっぷりだった、あんたと一緒に飲ませてやりたかったよ」


 昨日は酔って絡んできた挙句、クウェンを散々振り回すも最後は窓から自主規制ものをぶちまけたが。

 死なない十三人も、酔えば動けなくはなるらしい。

 他の者達も共通の弱点を持っているとは限らず、蛇足としかいえない情報であるが。


「少し、俺の好きなように動こうと思う。いいだろ?」


 クウェンが求めていたのは、了承。

 誰から、というと写真に写る男――ベルエスに違いないが当然了承などくるわけもない。

 写真の主は語らない、語ることなどできない。


「ネフォルティアに内通者、かあ……」


 調べてほしいといっていた。


「調べてみる価値は、ありそうだが」


 髑髏の男が使っていた爆弾をゼナに見せたとき、彼女の表情の変化をクウェンは見逃さなかった。

 あの爆弾について何か知っている、かもしれない。

 敵の持つ武器の技術は高性能、ネフォルティアの技術と同等ともいえる。

 もし爆弾の生成技術の流出先がネフォルティアだとしたら?

 まだ公開されていない技術が流出し、そのことにゼナが反応したか――或いは。


「あんたはどう思うよ?」


 またしても返事など来ない質問を、写真へと問いかける。


「……あんたなら」


 一度、言葉を止めて――何か言おうとして、しかし続く言葉は発せず。

 返事の返ってこない質問など何の意味があるのか。

 クウェンはむなしさを抱いてため息をつく。

 このまま無意味な時間を過ごすより、と筆を持って書類の上を走らせるとした。


「そういえば」


 書いている途中ながらも指が止まる。


「一人、気になる奴がいるな」


 内通者を調べる上で、浮かび上がる人物が一人。

 といっても内通者として浮かび上がったのではなく、内部調査をしていた人物としてだ。

 クウェンは一度その人物と接触したことがある、一匹狼がちだったクウェンは内部の者達とは縁も皆無、故に工作員などといった輩ではないと踏んでの接触だったと思われるが、真相は定かではない。


「……症状が、どこまで進行してるかねえ」


 会って話をしてはみたいが、容易くは会えない理由がある。


「奇病、いつかかったんだっけ」


 そう――。

 例の人物は奇病にかかっている。


「奇病、隔離病棟は……と」


 そこらで山積みになっている書類やらから、折りたたまれた地図を取り出す。

 奇病隔離病棟は指定居住区内にあるのを記憶している、外からやってきた者達が奇病に掛かっていた場合速やかに対応できるためだ。

 正確な位置を確認し、さて――と顎に手を添えた。

 場合によっては行っても空振りになる、セルベには行ってくるとだけ伝えるか、それとも黙っておくか。

 話したらついていくと言い出すかもしれない。

 あの騒がしい奴と一緒に行動するのは気が乗らないクウェン。

 それに加えて、この国にやってきていきなり奇病患者と会うだなんて行動が怪しすぎる。

 隠密に動きたいものだが。


「とりあえず、話してみるか……」



 そうしてセルベのもとへと行き、話をしてみるや――やはりというか。

 話している間に彼女の瞳は嫌な輝きを宿し、クウェンの持ってきた地図を奪い取っては丸印を見て、にやりと口端を吊り上げる。


「行きましょう!」

「待て待て、入国許可待ちの人間のする行動じゃあねえだろ」


「それもそうですね、では……一つ、提案なのですが」

「なんだ?」


「夜中にこっそり忍び込んでお会いするのはどうでしょう?」


 無茶な提案を唐突に振られてクウェンは思わずはあ? と声を上げる。


「会わせてさえしていただければ、こちらでちょっと色々その、まあ、兎に角色々しますので」


 最後のあたりは曖昧だった、何かしら手があるとでも言うのだろうか。

 クウェンは、

「金はあるか?」

「ええ、たっぷりと」

「なら……職員に金でも掴ませるか」

 深夜帯に働いている隔離病棟職員がどのような者達なのか、クウェンは知っている。


「お金でなんとかなります?」

「まあな」


 金に弱い連中が多い、ある程度のことならば金で問題は解決できる。 

「空振りになる可能性は高いぞ?」

「承知しております」


 彼女の妙な笑顔が気になるクウェンだった。

 どこからか感じられる彼女の自信、訝しく思うも今は今夜の段取りをするとした。

 日が暮れて暫し。

 一度セルベとは別行動を取り、街を大きく迂回して時間をかけて移動し、隔離病棟の近くで無事に彼女と合流した。


「周りには誰もいないな」

「そのようですね、さあ、行きますか」


 塀に囲まれた隔離病棟、夜間は正面を締め切っており行き来など到底できない。

 夜中の面会は当然禁止だが、それを可能とするのはやはり金だ。

 裏口は緊急時の受付が設けられており、職員が一人そこで当直に当たっている。


「誰だ?」

「俺だよ俺」

「……なんだ、お前か」


 職員とクウェンは顔見知りらしい。

 然程仲がいいという間柄ではなさそうだが、職員側からすれば傷が目立つクウェンの顔は覚えやすいはずだ。


「悪いが、ちょっと調べごとをしててね。会いたい患者がいるんだ」


 職員は警戒心から腰の銃に手を当てたままだが、クウェンがすかさず出した数枚の紙幣を見てその手は少しばかり緩んだ。

 武器も今日は持ってきていない、敵意はないと十分に証明する必要がある。


「周りには内緒でお願いしたいんだがな」


 職員の目は周囲に向けられる。

 人がいないのを確認し、


「ああ、いいよ」


 職員はクウェンから金を受け取り、ポケットへとすばやく入れる。


「名前は?」

「ルゾン・イアテート」


 名簿を取り出し、名前を辿る。

 指が止まり、


「Fの十四にいる奴か……。よし、案内してやろう」

「あの、ここは離れて、大丈夫なのです?」


 セルベのちょっとした疑問。

 職員は余裕の笑みを浮かべて、

「F棟の見回りをしている奴と交代するから大丈夫さ、あいつにも金をやらんとならんが、なあ?」


 クウェンを見る職員、金の要求に関しては素直に応じるつもりだと言わんばかりにクウェンは懐から金を取り出した。

「一つ言っておくが、今日のことは――」

「分かってるって、口外なんかしねえ。しても徳なんてねえからな。黙って金をもらったほうが徳だぜ」


 普通ならば、金でのつながりというのは脆くて危ないのだが職員の言い分の通り、喋っても徳はなくむしろ自分の収入源が減る要因となってしまう。

 ならば黙っていてまた今後何かあった時の場合にまた金をもらおうといった魂胆だ。

 職員は連絡を取り、話を終えるや相手からも了承の返事があったようでうっすらと笑みを浮かべて頷いてきた。


「じゃあ、行くか」


 塀をまたぎ、病棟までの石畳を歩く。

 周囲は薄暗く、定期的に立てられている電灯のみが足元を照らしていた。


「お嬢ちゃん、この石畳から外は歩くなよ」

「……何故です?」

「領力地雷が埋められてる、俺達に支給されている靴以外で踏み込めば二日は起きられないくらいの雷撃と衝撃が待ってるぜ」


 死なない十三人といえども領力地雷であれば動けなくなる――クウェンには確信はなかったもののセルベが思わず石畳の外に広がる芝生から距離を離したのを見て確信した。


「厳重なのですね」


 塀も然り、地雷を埋められた芝生も然り。


「そりゃあ、患者が逃げ出してもすぐに捕まえられるようにしなきゃならんからね」

「今日も魔物騒動がございましたが、その方もここに?」

「ああ、夕方辺りに搬送されたな。A棟にいるんだったかな。ありゃあ理性も失っちまってもう駄目だな」

 ここから見える建物は八棟、職員が一瞥した建物がA棟だとし、アルファベッド順でと辿っていけば六つ目の建物がF棟。

 セルベもクウェンと同じ考えを持っていたようで、同時にF棟と思われる建物を見た。

 職員も分かれ道でその方向へと足を向ける。


「魔物化しているのはどれくらいいるのです?」

「大体半分ってとこかな。防音設備も十分だから雄叫びも聞こえなくて静かなもんだろ?」


 確かに。

 先ほどから周囲は実に静謐。

 虫の鳴く音も鮮明に聞こえる。

 ふとクウェンは、領力地雷が虫に反応はするのだろうかと疑問に思うものの、そもそも反応しないのだから今この敷地内は静謐を保てるのだなと、抱いた疑問をすぐに雲散霧消した。

 道中、すれ違う職員は一人もおらず。

 彼の相棒である職員以外はこの付近を巡回してはいないらしい。

 今日は運がいいようだ、おかげでやりやすい。

 F棟に入り、待っていた職員と接触した。


「こっちよ」


「カメラは?」


「メンテ中で電源を落としてあるわ」


 今日ここには誰も来ていない、そのためにカメラはメンテ中としていた――という理由も出来上がっていた。

 クウェン達がF棟を駆け回ろうが問題ない。


「助かる」


 金を渡し、満足げな笑みを見届ける。

 よかったら今度、夜の営みでも――と女職員はクウェンへ色仕掛けをしてくるも、


「悪いな……酒なら付き合うが」


 軽く誘いを断り、すみやかに廊下を進む。

 女性へのそういう誘われ方には手馴れた様子、それなりに女ウケはよさそうだ。


「終わったら連絡くれ」

「……はーい」


 誘いを断れて若干不機嫌になったようで、女職員は頬を膨らませながらF棟を出て行く。


「モテるんです?」


 思わず。

 思わず、セルベは問う。


「さあな」


 うんざりとした表情で答えるクウェンから、短い返答ながらセルベは察する。

 ああ、そういう誘いは幾度とあったのだな、と。


「私がクウェンの彼女になれば、クウェンは『俺、彼女いるから』っていう断り方が出来ますよっ!」

「ババァは論外」

「遺言にしては短いですね」

「撤回しよう」


 横からくる殺意に対して素直に謝罪。

 いかんいかん、といじらぬよう抑えていたもののついいじってしまうクウェンだったが、もはや無意識でいじってしまっているために衝動を抑えるのはやめておくか、と諦めた。

 まあ。

 楽しいからよし、といった本人のちょっとした楽しみが勝る。


「あんまり騒がんでくれよ、防音施設とはいえ施設内には響くんだ」


「す、すみません」


「すまん、こいつがうるさくて」


 きっと睨むセルベをよそにクウェンは足早に前を歩く。


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