第八話.セルベの家
それから走ること数分、
「あ、ここです」
唐突にセルベが外を見て声を出す。
我が家は何を目安にしていたのか、セルベの視線を追うと三階建ての建物が一つ。
随分と老朽化が進んでいる、壁面は緑化しており人が住んでいる気配は感じられない。
「降りてみるか」
まだぱっと目に入ったあの建物が彼女の家とは決まったわけではない。
とりあえずはセルベの足跡を追うとする。
「この辺りも変わってしまいましたねえ」
「そりゃあ変わるさ、お前がいたのは俺が生まれる前だろ」
「おや、そうでしたか。ちなみにクウェン、貴方は何歳なんです?」
傷のせいか、年上に見られることもあるが、彼女にはどう見えるか。
「いくつに見える?」
「うーん……」
振り返るや、クウェンの顔をまじまじと見て、嘗め回すように見て、悩みながらも見て。
「二十五、くらいですかね」
「……二十歳だ」
「これは見誤りました。私より年上でしたか」
肉体的に、と付け加えるのが正しい。
「何言ってんだこのババァは」
「打ち殺しますよ?」
いつも抱きかかえて大切に持ってる本を、彼女は徐に凶器を持つかのように高く
持ち上げた。
「落ち着いて話し合おう、お嬢さん」
「最後の言葉に免じてここは穏便に収めましょう」
指定居住区とはいえ、ここはネフォルティア国民も行き来するため人数は街の中心部より多いかもしれない。
そんな場所で撲殺事件など起きたら大騒ぎだ。
二人の茶番は皆にじろじろと見られ、その場を早足で去るとした。
「すっかりこの国も人が多くなりましたね」
「これからもっと増える」
明日も明後日も、ネフォルティアへ入国しようとする者は多い。
数年以内にはネフォルティアを囲む壁の拡大計画も出ているほどに、国に人々がなだれ込んでいる。
人が増えるというのは何もいいことというわけではない。
「予測されるのは治安の低下、人口の増加によって限られた領域の圧迫、ネフォルティア文化も薄れていき、宗教の混濁、頭を抱えたくなりますね」
「今の領王なら全ての問題を解決してくれるさ」
「そう期待したいですね、私も故郷の荒廃は見たくありません」
歩いていくうちに例の建物に近づいていく。
どうやらあの建物――と辛うじて言える緑の柱がセルベの家らしい。
「外見はすっかり変わってしまいましたが懐かしき我が家、到着です!」
これ見よがしに緑の箱を背に両手を広げて満面の笑みを浮かべるセルベだが、
「はあ」
クウェンの反応は薄い、悲しいほどに薄い。
もはや周辺の建物と時代の差がすっかりついてしまっていた。
ネフォルティアの建物事情は大きく変わっている、円柱形から箱型へ木材と特殊石材を駆使して強固な建物へ。
さてこの建物はどうだ。
緑の隙間から見える壁は亀裂だらけ、特殊石材ならば亀裂などほとんど現れない。特殊石材は当然使用されてないだろう。
中に入るのは勇気がいる。
「……外見はすっかり変わってしまいましたが懐かしき我が家、到着です!!」
間をおいてもう一度セルベはやり直す。
だがしかし、路傍の石と紙一重の建物に対する反応をこれ以上高めるのは難しい。
通りかかる人々の何人かが驚きを見せながら通り過ぎていく。
あれは家だったのか? そういった驚き方だ。
ここが家であれば塀に囲まれて庭付き、それなりにいい家なのだが、それは既に過去形。
「……うん」
「感嘆の一つくらいできないのですか?」
「……すっごいね」
なんとも言えないどうしようもない反応しづらいで言葉を必死に探すも行方不明のまま見つからない結果である。
前領王の時も同じ表現をしたものの、今回は真逆の意味でしかない。
「鍵は?」
「……待っててください」
緑に手を突っ込む。
「確かここらへんに、おお、ありましたありました」
カチッと音が鳴るや、セルベの足元から石柱が隆起した。
石柱は半分に割れるや中には鍵が一つ。
たかが鍵に一体どういうからくりを仕掛けているのだ。
奇特な方には奇特な建物が付き物だな――クウェンはセルベをそれはもう奇特なものを見る目で見つめていた。
「どうぞお入りください、中でゆっくりお話しましょう」
「場合によっては永い眠りになるかもなあ」
建物が壊れて下敷きになるとかさ――言下に余計な一言を漏らす。
「いてっ、いててっ」
セルベが肩をペチペチと叩いてくる。
「どーぞお入りください!」
入るというより押し込まれる形で中へ。
入って早々、足元から木が軋む音。床は全て木材――どこか腐っていたら軽く痛い思いをする覚悟をしなくては。
「埃っぽいな」
「換気しましょう」
「窓が蔦で覆われてるんだが開くのか?」
「蔦が邪魔なら貴方のその剣で切り落としてくれませんか?」
このままでは光すら遮断されて室内は暗い、埃っぽいで最悪な環境。
クウェンは速やかに三つあるまどを全て全開にし、妨げとなる蔦は全て切り落とした。
ようやくまともな光が射す、光に照らされる大半が宙を舞う埃だけなのが悲しいところだが。
「金があるなら家具を買ってこいよ、これじゃあ寝泊りもできねえぞ」
「では買い物に行きますか」
「そうしろ」
窓は全て開放状態で一旦家を出る。
帰ってくる頃には十分換気もされるだろう、今日は風がそこそこに流れている。
二人は商店の並ぶ大通りへと向かった。
セントラ通りは指定居住区の中で最も商店が集中し、他国民に合わせて様々な物資が揃っている。
「おお、おおお!」
セントラ通りのど真ん中で歓喜の声を上げる少女が一人。
連れ添いは頭を抱えてなるべく他人のように接している。
「クウェン! 素晴らしいですね! これほどの人、人、人! そして店、店、店!」
周囲から視線が集まっていく。
注目の渦に飛び込みたくないクウェンは彼女を無視して先を行く。
「あ、ちょっと! 待ってくださいクウェーン!」
「一々俺の名前を呼ぶな! 叫ぶな! 黙ってろ!」
驚くのも無理はない。
セルベがこの国にいた時はこのように道の左右を店が所狭しと並ぶ通りなど存在しなかったのだ。
「ネフォルティアでは見ない食べ物がずらりと並んでますね!」
「食料の共有権を交わしてる国がいくつかある、そこから食材を仕入れてるんだよ」
「国際化もかなり進んでますねえ!」
最近では食料の共有権だけを交わして貿易を行う国も多々ある。
“領土の共有権”を交わせば言葉・食料・領力を一度に共有できるが悪用される可能性も考えられる、そのために共有権を一つだけに留めるのが今では主流となっているのだ。
「何か食べます? 奢りますよ!」
「別にいいよ」
「遠慮なさらずにっ! もう昼時ですよ!」
高揚してしまった気分はもはや低下の気配が見えない、彼女の気が済むまで付き合って落ち着くのを待つほうが賢明であろう。
「分かった分かった」
家具より先に飲食店へ。
腹の虫が騒ぎ始めていたしここは素直に食欲に従うとする。
金をもらって飯まで奢ってもらう、しかも少女に。
施しを受けてばかりで申し訳なく、自身の矜持も徐々に安くなってしまっているような気がしてならないが、だからといって自分が奢ったところでその金の出所はセルベ、格好よく俺が奢ってやるなど言えたものではなかった。
「――いただきますっ」
テーブルには所狭しと料理が並んでいた。
果たして二人で食べきれるのか、細身ながら大食いのほうであるクウェンでも正直自信が無かった。
「肉も上質のものが増えましたね、美味いです!」
「ここで食うのは初めてだが、予想以上に美味いな」
「今のうちに精力をつけておかなくてはいけませんね」
小柄ながら意外と食べるセルベの胃袋はどのような構造になっているのだろうか。
「……ログレウスだったか、あいつに対して何か少しでも対策は考えているのか?」
周りにはあまり聞かれたくない会話ではあるも、店は昼間から大繁盛――にぎやかな店内でなら誰も二人の会話など気にはしないだろう。
「相手の次なる出方を待ちたいですね、ここを狙うのも時間の問題ですが気になるのは、どうやって攻め入るかということ。それに彼の目的が本当に領土統一かも確認したいですね」
「直接聞きに行くのも無理な話だな」
「今のところは、ですね」
ログレウスを表に引き出す算段を立てねばならない、だがどうやって?
「髑髏の男を捕まえるか」
「そうしたいですね、ですが敵の装備も充実しておりますしこちらも準備はしておかなくては」
「武器か……」
今現在、これといった武器としてはクウェンの腰に下げてある剣くらい。
敵は小型爆弾から小型飛空艇、他にもまだまだ戦闘で猛威を振るう武器を備えていそうだ。
剣一本では心もとない、そして仲間の数も。
「もう国に報告して一緒に対策を考えたほうがいいんじゃねえのか?」
「国の主管に所属している人達は危険です、ログレウスが今まで攻めた国は内部の協力者がおりました」
「協力者……?」
「ええ、彼の計画はどれも数年かけて内通者や協力者を国へと潜ませてじっくりと攻め、好機を見たら一気にというものなので、内通者を見つけ出すのも難しく……」
手の込んだ計画を短時間で打破するのは難しい。
国に知らせたとしても内通者がどうこうよりセルベが真っ先に疑われるという面もある。
それでセルベが死なない十三人だと発覚したら厄介、益々ログレウスを止めるのも難しい。
じっくり考えて、クウェンも国への報告は止めにするとした。
「信頼できる人を慎重に選んで仲間を増やしたいですね」
「俺は慎重に選んだのかよ」
「それは勿論!」
驚くほどに即答であった。
こんな自分の何が良くて選んだのか、変わり者の思考は今一分からない。
まあいい、とクウェンは自分を選んだ理由など聞かず肉汁溢れる肉を口へと運んだ。
「貴方には国に内通者がいるかも調べていただけたら嬉しいです」
「……難しいな」
「私も動きます故」
「俺の他にも監視役はぞろぞろといる、怪しい行動をすればすぐにばれるぜ」
クウェンが監視対象にべったり引っ付いて行動している――なんていう報告も既にされているかもしれない。
「大丈夫です、現時点で私達を監視している人はおりません」
「分かるのかよ」
「長年人目を気にして生活していたからか、よく分かります」
長年――何年というより何十年といった単位には説得力が実にある。
「流石年長者」
「その舌、切り取りますよ?」
ナイフとフォークを交差させ、狂気じみた目で言うセルベ。
食欲が吹き飛ばされる迫力だ。
「すんません」
「よろしい」
年齢へのいじりは怒ると分かっていてもどうしてもいじりたくなってしまう。
彼女をいじって怒らせることで面白がっている自分がいたのだ。
「そういやよ、お前って永遠に生き続けられるのか?」
ちょっとした、たまたま思い浮かんだ疑問だった。
本人もこれといって気にせず昼間だというのに酒を喉に流し込みながらの質問。
「多分、そうかもしれませんね」
「ふぅん……永遠ねえ」
死を怖がる人間は誰でも永遠の命を欲する。
昔から様々な恐怖の中でも頂点に立つ恐怖というのは死。
過去に数え切れぬ人々が死から逃れようと何かしら研究をしたであろうが、何にも阻止できず絶対的な終わり、死というものは覆せない。
――はずだったが、例外が目の前にいる。
「でも皆さんと感覚は然程変わらないですよ」
「変わらない?」
「だって人間は生きている時は死を意識しない限り永遠と同じなのですから」
クウェンには、しっくりこない返答だった。
「よく分からんな」
「永遠の命を欲せず、今という時間を永遠のように感じて充実して生きるべきなのです、死がないのならば、生という喜びを心から感じられず、ある意味私は死んでいると同じかもしれません。死ねるというのは、羨ましいです」
どこか、暗い話に入り始めてしまった。
それを嫌がるように、いや、クウェンは無意識に――
「ばあちゃんのためになるお話を聞いているようだ」
彼女をいじってしまう。
「最期の晩餐は美味しいですか?」
「そのナイフを置いてくれ」
こんな展開になるのは分かっていても、だ。
「そうそう。クウェン、武器に不満はあります?」
「武器に?」
「折角街に繰り出しているのです、武器屋で武器を新調するのもいいかなと。勿論代金は私がお出ししますよ」
彼女と一緒にいると駄目人間に陥るかもしれない。
金というのは人の心を堕落させる、クウェンも今まさに堕落の一歩をたどっている――かもしれない。
「別にこいつに不満はねえよ」
「随分と使い古されているようですが」
「まあな、代えが必要になる時ってのはこいつが折れる時くらいだ」
クウェンは剣へ優しく触れ、軽く撫でる。
武器は消耗品と考えず、自身の体の一部と考えているクウェンには簡単に武器をとっかえひっかえなど出来ないのだ。
ましてや、昔から使っている大切な剣だとすればなおさら。
「手入れも丹念にしているのですね」
「寝る前は欠かさずやる。お前だって寝る前は欠かさず歯を磨くだろう? それと同じさ」
「その剣には思い入れがあるのですか?」
「なんでだ?」
「扱い方が、こう……まるで宝物のようだったので」
「宝物、か。まあ、そうかもな」
「その辺のお話とか、お伺いしても?」
「俺の話なんかいいだろ別に」
剣を腰へと移して彼女の視界から除外する。
まだじっくり見たかったのか、目で追っていくも視界から外れるややや残念そうにセルベは眉間を歪めた。
「お互い、何も知らない関係じゃないですか。少しずつお互いを知るのも今後のためにいいと思うのです」
「俺の話はつまらない、だから話さない」
「そこをなんとか」
「嫌だ」
「ではこの食事代はお出ししません!」
「ぐっ……てめぇ、地味に嫌な手を……!」
追い討ちをかけるようにセルベは店員に注文をする。
既に十皿以上食したというのに、まだ食うのかと店員も目を点にしてしまっていた。
店員だけじゃない、気がつけば周りの客も彼女の食欲に驚嘆しているじゃないか。
一体何皿食べるのだ? 皆が注目し、端では何皿完食するか賭けまで始まっていた。
いつの間にか注目の的に。
セルベという子はどこにいても皆の視線を集めるようだ。
人目を気にして生活していたと言っていたが、人目を自然と集めてしまったために、ただ単に人目が気になる生活になっただけだったのかもしれない。
「クウェン、好きな食べ物はなんですか?」
「一体なんだその質問は」
「少しでも貴方を知ろうとしているのです」
それくらいの質問なら、とクウェンは口を開く。
「……東国のライスだ」
「ほう、ライスですか! この国は東国と食料の共有権を結んでいるのですね!」
「数年前に結んだ、おかげでライスが入ってきたがあれはいい、味付け次第で化けるし肉にも合う」
「食べてみたいですね!」
クウェンはメニューを取り出す。
記憶を頼りに文字を指でなぞっていく。
「ああ、この店にもライス料理はあるぞ」
「では早速!」
先ほど注文したというのにすぐさまにまた注文、流石に店員も苦笑いを浮かべている。
「おいひぃです!」
本当に自分より年上か疑ってしまう――米粒を頬につけるも気付かず食べ続けるセルベを見てクウェンはそう思った。
「食べます?」
「もう一口しかねえじゃん、食っちまえよ」
何も物欲しそうに見ていたわけではないのだ。
長い食事もようやく終え、積み重なった皿を後ろに会計を済ませた。
この店で食事するなら一人当たり八百フォルスほど、ちょいと豪勢にいったとしても千五百がいいとこである。
それなのに会計では三万フォルス、クウェンのこれまでの人生で一回の食事でこの金額を叩きだす者などいなかった。
店員も苦笑いが顔にへばりついており、店を出る際に奥では賭けに勝ったらしき男が大喜びしていた。
さぞかしいい酒が飲めるだろう。
「いやー満足です」
「そうかい」
三万フォルス分の――二十人前はいくであろう料理がその体のどこに収まっているのか。
「俺も腹いっぱいだよ、ごちそうさん」
「ふふっ、どういたしまして」
では食後の散歩をしましょうと、目的地も決めず一先ずそこらを歩くことに。
ただの散歩であれセルベは実に楽しそうな表情を浮かべて周囲へ視線を配っていた。
「この国は実に興味深い国になりました」
「興味深い?」
「ええ、様々な文化が見られるもので」
確かに、と頷くクウェン。
ここ数年、少しずつではあるがやはり他国と共有権を交わすと他国との物流も変わっていく、物や食べ物が新たに加わる毎にこの国は文化も入り混じっていく。
「ネフォルティアの文化は守っていってもらいたいですね」
「大丈夫だろ、入り混じりはすれどこの国の文化は残していくはずさ」
「そうだと嬉しいで――むっ?」
進行方向、数十メートル先が騒がしい。
二人の進行方向に対して他の者達は逆方向へと賭けていく。
「何かあったのですかね?」
「……行ってみるか」
脳裏をよぎるのは死なない十三人――二人の思考は一致したようで、互いに視線を交差させていた。
騒ぎの元へと駆けつけるとする。
「あのー、何があったのです?」
すれ違いざまに商人に質問。
恐怖にとらわれたかのような表情、ただ事ではなさそうだ。
「ま、魔物だよ魔物!」
「魔物、ですか」
にしては、騒ぎが大きすぎる。
本来なら街を見回っている師団か兵士達が迅速に処理する、その安心からここまでの騒ぎになどならない。
「ただの魔物じゃねえの! 奇病で魔物になった奴だ!」
「奇病!?」
クウェンの足が止まる。
今、世界で最も恐れられている病――人が魔物になるという奇病。
魔落症とも呼ばれ、感染すれば徐々に魔物へと変化し、最後には自我も失い暴れてしまう。
「どこかに隠れてたのか……」
「近づかないほうがいい! あんたらも早く避難しな!」
商人の後を追うべきだが、セルベの足は未だにその方向へと向かず、前へ前へと進んでいく。
「おいセルベ! 行くんじゃねえ! 感染するぞ!」
治療法も無く、一度感染したら諦めるしかない。
ネフォルティアでは隔離施設で奇病に掛かった患者を集めて治療法を探しているため病状が重度でなければ捕獲して隔離施設へと移す。
この騒ぎからすれば、重度であろう。
その場合は――殺すしかない。それが感染者のためになる。
「行かせてくださいっ」
「駄目だ! 興味本位で行くもんじゃねえ! 感染防護服もねえんだぞ!」
「奇病の感染経路はまだ完全に解明されたわけではありません、感染防護服も効くか分からないじゃないですか」
奇病について、現段階で分かっていることを挙げるならば。
感染経路も、治療方法も、何も分かっていないということだ。
どの部位から発症したかによって多少の進行速度が分かり、頭部からの感染は数日以内に自我を失う、これくらいのことしか分からずこれすらも正確かどうか怪しい。
「そうだがよ! 行く理由がねえ!」
クウェンは強引にセルベを担いで踵を返した。
「あっ、ちょ、ちょっと!」
「こちとら金もらってんだ、雇い主を守るのは俺の義務だぜ!」
「わ、私は死なないので大丈夫です!」
「感染したら不死身の魔物になっちまうだろうが!」
「多分感染もしません!」
多分とつけなければ、或いは。
いや、クウェンならばそうであっても危地に彼女を向かわせるような人物ではない。
「近衛兵もわんさかいるんだ、何をするつもりか知らねえが目立った行動をして目をつけられたらどうする!」
「くっ……」
「ほら、避難するぞ! 俺は感染したくねえ」
油断すれば隙をついて飛び出しそうであったためにクウェンはセルベを強く握り締めて駆ける。
「わ、私は荷物じゃないんですからっ」
「言葉通りお荷物になりそうで困るぜ!」
人間とは思えない咆哮が背中に届く。
後ろを振り向くよりも、とクウェンは全力で走る。
「あの方はもう、手遅れでしたか……」
「感染した時点で手遅れさ!」
魔物の周辺は一時期監視区域に指定される、周辺住民は病院での診察を受け、暫くは外出禁止、その場にいた者も同じ処置がなされるため近づいてもいいことなど一つもない。
「お前と一緒にいると疲れる」
「それは申し訳ありません、いやはや奇病に感染したかたを見ておきたくて」
「その好奇心はもっと別なものに向けるべきだな」
ようやくして、セルベを降ろす。
丁度家具屋も近くにある、彼女の興味を家具屋へと向けさせるべく、クウェンは率先して家具屋へ。
魔物騒動があったとはいえ店長は店を閉める気は無く、クウェンと目が合うやガラス越しにこれ見よがしと置いてある家具の宣伝をしてきた。
商人魂というのは魔物騒動くらいでは揺るぎはないようだ。
「ほら、いくぞ」
「……はい」
一度振り返るも、既にことは過ぎ去ったのだ。
諦めるかのように、セルベはクウェンの足跡をなぞっていく。
「奇病にかかった奴にはあんまり近づくなよ」
「ええ、そう、ですよね」
「……奇病絡みの身内でもいんのかよ」
「いえ、身内には」
「そうかい」
彼女を家具屋へと押し込み、クウェンは外で待つとした。
魔物騒ぎがあった方向はまだ騒がしい、魔物が予想以上に暴れたか、或いは住民に処置の話で揉めているか。
「奇病、か」
剣に手を添え、空を仰ぐ。
その目は空を見ているようには思えず、青一色に何かを投影して見ているかのようだった。
家具一式が詰め込まれたトラックに揺られてセルベの自宅へ到着したのはすっかり橙色が空を侵食し始めた頃だった。
女性というのはどうしてこうも買い物が長くなるのか、クウェンは以前ゼナに一度だけ買い物を付き合う羽目になったがその時もまったく同じように夕方の帰宅。
従業員と共に家具を部屋へと運び込み、セルベの指示で配置をしてはの繰り返しで落ち着いた頃には日が暮れていた。
「かなり、マシになりましたね。やはり我が家はこうでなくては」
テーブルや椅子、それに棚など配置はいいとして。
やはり円柱の建物のために棚は壁にぴたりと密着せず、どこかしっくりこない。
ベッドの置き場もそうだ、とはいえ他の家具によって部屋はそれなりにお洒落といえばお洒落。
本人は意外と満足しているようで、鼻歌を歌いながら室内を歩き回っていた。
「クウェンは一度家に帰るのです?」
「どうするかな」
「今日は泊まっていったらどうです?」
少しばかり、考える。
休暇中とはいえ監視対象の家に泊まるなど、流石にやりすぎか。
……家に帰ってやることといえば今日の報告書をまとめること、といっても一時間ばかりあれば十分に報告書は終わらせられる。
「私は一人で寂しいです」
「俺は寂しくない」
「クウェンは一人暮らしなのです?」
「そうだが」
「親御さんは?」
「いねえ」
「え?」
新品のソファへ体を預け、天井をただただじっと見ながらクウェンは、
「だから、いねえって」
そう呟く。
「その」
唐突に。
そう、唐突に自分は聞くべきではない質問をしてしまったのだと、セルベは言葉を詰まらせて、次なる言葉が中々紡げずにいた。
セルベの持つ明るい雰囲気はすっかり雲散されてしまった。
気まずい雰囲気を引きずるのを嫌がり、
「別に気にすんな、親は生きてんのか死んでんのかも分からねえだけだ」
自ら言葉を紡ぐ。
「そう、ですか」
「誰かと一緒に屋根の下ってのは久しぶりだが、お前とじゃあなあ……」
「た、たまには二人で過ごす夜も刺激的でいいんじゃないですかね? うふん、どうです?」
「ウケる」
鼻で笑うクウェン。
彼女は若さを売りとした肉体を魅力的な姿勢で誘うもどうやらクウェンには刺激不足だったようだ。
「くっ、その顔ムカつきますね……」
雰囲気の回復に内心胸を撫で下ろすクウェン。
たまにはこういう日もいいかもしれない、途絶えない彼女の話に耳を傾けながら、顔には出さないものの密かに今日という日を楽しみながらクウェンは夜を過ごした。
彼女も――セルベもまた、そうであるに違いない。




