第七話.ネフォルティアへ
「む、行ってみるか。クウェン、君はどうする?」
「……行こう」
その数分後。
やっぱりか……とため息をつくクウェンであった。
脳内で再生されていた通り、職員と現在進行形で本を巡って引っ張り合っている。
「これは離せませんっ!」
「規則ですから!」
「規則に縛られた人生を歩んで楽しいですか!?」
わけの分からないことを言い始めて周囲を困惑させていた。
このままでは喧騒を招きかねない。
「おや?」
「こっち見んな」
動きが止まって油断したかと職員が本を勢いよく引っ張るも引き剥がせず、本と一緒に彼女がついてくる。
よほどの執着を感じるが感心できるものではない。
「クウェン、助けてください。この人聞き分けがなさすぎます!」
「それはお前だろ、ここじゃ騒ぎになるからこっちに来い」
皆があっけに取られている間にこの場から去るのが利口であろう。
「まさかとは思うが、彼女が保護した子かね?」
「そのまさかだ。今は保護せずに置いてくればよかったと思ってる」
職員が本を掴みながら移動し、本に掴みながら引きずられるセルベ。
動物の新しい散歩なのだとしたら斬新だ。
「揉めたと聞いたから警戒していたのだが、私の出番はなさそうだな」
入国審査では時々暴力沙汰も発生する、そのために師団の者が出払う時があるのだが今回はまったく必要がなかった。
言伝を受けた者はその場の状況を見ていなかったのであろう、緊急と判断してゼナへと助けを求めたが蓋を開けてみればこれだ。
「飴食べます?」
人畜無害が目の前で本を抱きかかえている、ただそれだけなのだ。
「はじめまして、私の名前はゼナ・クルオルフス。どうぞよろしく」
差し出した手にセルベは素直に応じる。
とはいえ、隙をついて本を取られるのではと警戒しており本を持つ片手に力が入っていた。
「セルベ・エリオリです。綺麗な赤髪で綺麗な赤い瞳で綺麗な肌を持つただの少女です」
クウェンの時と同じ自己紹介をする。
今後自己紹介の機会があれば彼女のその台詞を何度も聞かされるのであろうか。
「書類によれば……ネフォルティア国民、共有権も全て取得済み、いつ国外へと出たのかはこちらの記録にも無く、本人も憶えていないと」
「クウェン、飴食べます?」
いいから話を聞けと、彼女を睨むクウェン。
「出国者の記録漏れ? それとも門を通さずに国外へ? いやまさかね」
この国は巨大な塀に囲まれて見張りもいる、もし見張りの目を盗んで塀までたどり着いてもどうやって登りどうやって降りるというのか。
「今までどの国に住んでいたの?」
慎重に答えてくれと、彼女を信じて祈るしかない。
「……グエルラグナにおりました」
「グエルラグナ? 聞かないなあ」
「それもそうでしょう、非常に小さな国でここからすんごく遠いです。物資を運んでいる飛空艇に乗せてもらって近くまで来れまして」
「直接ここに来る飛空艇はなかったのかい? あればあんな荒野を歩く羽目にはならなかっただろうに」
「最近は先進国で大事があったようで、その近辺は接近禁止令が出ていて飛行ルートに制限が入ってたらしくて」
悪くはない回答だ。
「確かに、そうだったね」
「荒野を歩いていくのは危険でしたが、朝方でしたし魔物も少ないかなと思いまして……」
朝は比較的魔物の活動が少ない、今日は例外ではあったがもしもネフォルティアを目指す者が徒歩でしか移動方法がない場合は……危険を承知で荒野を歩く者もいるであろう。
「しかし一人でよくあの荒野を歩こうと思ったね」
「いくつか車両が通った跡がありました、見回りをしている兵士とかいると思いまして、見つけてもらってネフォルティアに送ってもらうつもりでした」
筋の通る話だ。
荒野はここ数日地区再生組織が行き来している。
「なるほど。ところで、その書物は君にとって手放せないほど大切なものなのかい?」
「そうですね、はい、手放したら死にます、私は確実に死にます、うぐっ、苦しいっ」
本を自分で遠ざけるや苦しそうな表情をするセルベ。
茶番を披露されてクウェン達は苦笑い、ゼナは温かい微笑みを浮かべていたが割りと楽しんでくれたようだ。
「その本を調べさせてはくれないかな? 問題無しと判断すればすぐに返す、君も死なない、ハッピーハッピー」
「少しだけならば」
ようやく机の上に本が置かれた。
ここまでの段階へ至るまでに職員は相当梃子摺ったようで安堵のため息を漏らしていた。
安心するのはまだ早いのではないか、審査の始まりへとようやく踏み込めたばかりなのだから。
「開いても?」
「構いませんよ」
クウェン自身、彼女が我が身よりも本を守り執着していたその理由が気になっていた。
本の中には何か重要なものが書かれているのでは? もしかすれば領力が溜め込まれた特殊な本なのでは?
不安と期待、これらが混じり合う中、ゆっくりと開かれる本へと集中する。
「おや? 何も書かれてないが」
ページをめくれどめくれど白紙が続くだけ。
「領力も無し、か」
領力反応も無し、つまり何かしら武器をしんこでいる可能性もなく、白紙が続くただの本ということになる。
「本当に何も書いていないのか?」
「ああ、見てみるかい?」
納得がいかないクウェン。
というのも、セルベがあれほど大切にしていた本なのだ、何かあるに違いないと思っていたのにこれでは期待はずれもいいとこだ。
身を守るほどの価値が見当たらない、何かあるはずだ――とページをめくるも白紙は何も語らず。
「本というよりメモ帳だな。これくらいならば所持を認めてもいいかな」
「し、しかしですね、規則なのでっ」
職員は食い下がらない、確かに規則は規則だ。
たとえ白紙の本であっても、所持品には変わりない。
「前々から思っていたのだが、他国者ならともか彼女は元々ネフォルティア民だ。所持品は調べ終わったらすぐに所有者のもとに返してもいいんじゃないかな。勿論一部の所持品に限るとして、だ」
「ですが……」
職員の意見など耳にも入れず――
「この所持品は彼女に返す、上に何か言われたら私の名前をふんだんに出したまえ」
「わ、分かりました……」
権力を振りかざして折らせる。
「今後入国者が増える、審査を少しはゆるくせねばこちらの負担が掛かるぞ」
ネフォルティアの事情はさておきセルベは嬉しそうに本を抱きかかえた。
たとえ白紙であれ彼女には大切な本らしい。
本というより大きめのノートでしか機能しなさそうだが。
「君の持つ共有権だが、一旦停止されて食事の共有権だけとなる。二日間は指定居住区で過ごしてもらう、何かあればクウェンに聞いてくれ」
「クウェン、よろしくお願いしますね」
「……ああ」
これ以上問題を起こさないでくれと祈るばかりである。
指定居住区は高層の建物が多く、入国許可を待つ者は皆一箇所に集められる。
といってもすし詰め状態ではない。
換金所も用意されているためフォルスに換金して買い物もできるし買った物に関しては審査局も何も言わない。
快適といえば、それなりに快適だ。
ようやく解放され、後はここを出るのみ――だが最後にゼナにクウェンだけ呼び止められる。
「いきなり監視役に就かせて悪いね」
「……別に」
「三日間の休暇を与える、ゆっくり休んでくれ。病院にもちゃんと行きなさい」
「はいはい」
早いとこここから出たいんだが、といった雰囲気を出すクウェン。
彼の気持ちは汲み取っているようではあるが、詰まれた話を消化しなくてはとゼナは言葉を続ける。
「休暇を与えたのにすまないが今日の報告書はできるだけ早く書いて送ってくほしい」
「分かってる、書類は取りにいくのがだるい、自宅に送ってくれ」
「うむ、そうしよう」
上司に対してだるいなどという発言や書類を送らせるなどという行為は普通ならば怒られるものだ。
しかしゼナはクウェンの要望には割りと聞いてくれる、二人の付き合いはそれなりに長いためにこのような関係を築いていられている。
「クウェン、あの子の監視は厳しくね」
「まだ疑ってるのか?」
「死なない十三人の仲間でなくとも、何かしら関係はあるかもしれない。彼女の発言も少し妙だし」
「妙?」
一応。
一応は、納得のいく説明ではあったはずだが。
「いやあ助かりました、はいこれどうぞっ」
審査局から出て暫し、人目が少なくなってきたところで彼女はクウェンのポケットへ十万フォルスを突っ込んだ。
「あんまり役には立ってなかったが」
「貴方が絡んでいたからこそ彼女がやってきた、貴方は十分お役に立ちました。ありがとうございます」
紙幣故にくしゃくしゃになってしまっているが金をもらっておいて文句は言うまい。
「お前の家はどこらへんなんだ?」
「えーっと、記憶が正しければ指定居住区内にあったはずです」
滞在できる部屋の鍵はもらったものの我が家があるならばそこへ行ったほうがいい、後で手続きをすれば滞在許可も降りるが――問題は彼女の家がまだあるかどうか。
「結構端にあるんですよね、来ます?」
「……行ってみるか」
休暇中とはいえ監視役が監視対象の自宅へ上がりこむなどもってのほかだが、クウェンは問題だと騒がれても別に構いはしなかった。
それならそれで監視役という嫌な仕事をすぐに降りられるそうだから。
「領力機関車に乗るか」
丁度乗り場がある、今日も利用者は多く何人かは入国許可待ちでとりあえず乗ってみようといった感覚で乗り込んでいた。
「いいですねえ、とりあえず乗りましょう!」
お隣さんもその中の一人だったようだ。
蒸気機関車に擬似しているが煙突部分からは煙は出ず、煙突部分から領力を吸い込んで機動力へと変換している。
別に煙突の形を成す必要はなかったのだが、この手の物は大抵昔ながらの形を保っており、移動といえば――といった印象の定着を手放すまいという目的もあるのだ。
窓は天候が悪い日以外は解放され、ゆるやかに走る領力機関車の車内には心地よい風が通り過ぎていく。
「いやー久しぶりに乗りました」
「乗ったのは一体何年前なんだかねえ」
「詮索はよしなされ」
年季を感じる彼女の発言には一々詮索せずにはいられまい。
「つーかその本、なんで白紙なんだ? 未完成品か?」
「いいえ、これは本として完成されてますよ。そのうちこの本についても教えましょう、貴方が私にちゃーんと協力してくれるのならば」
「そーかい」
「お金には不自由させないので、何卒何卒……」
紙幣を差し出してくる。
「金で相手を丸め込もうとするな」
紙幣を奪い、細く丸めてセルベの鼻に突っ込むクウェン。
「ふがっ!?」
「ざまあみろ」
「うぐぐ……」
「金を渡して不安を解消しようって魂胆だろうがよ。もらった分は働くから心配するな」
ついでに師団復帰までつなげてやる、と私欲が混ざってはいるが。
「私には仲間がおりませんので、頼みますよ」
「仲間が欲しけりゃ金で得ようとするんじゃねえ」
「ごもっともな意見で……」
ふと外を眺めているとネフォルティア中心区付近へと差し掛かかったところだった。
広場には大型画面が設置されており映像が映し出されている、大抵がニュースを報じているが今日は違うらしい。
「領王か」
「おや、領王が映ってるんです?」
「ああ、どこかで演説でもしてるんだろうな」
黒を基調とした腰まで伸びる赤髪、誰もが一度は見惚れてしまいそうなくらいに綺麗だ。
髪だけではなく、全てにおいて、綺麗な人なのだ。
それでいて国一つを背負い、皆を支えている。
誰かが言う、女神様だと。確かに名前負けしない美貌の持ち主である。
遠くからでも分かるその美しさ、間近ならば美しさ一つ一つが細かく観察できるであろうが、クウェンの人生においてそのような機会が訪れるかは定かではない。
「ここからじゃ聞こえづらいですね」
「おおかた死なない十三人に関する話だろ、皆を不安にさせまいと言葉を送ってるわけだ」
「二十代半ばほどでしょうか、随分とお若いですね。それなのに領王とは」
「前領王が一年前に病で亡くなってな、本当はあの方も領王を継ぐのはもっと先立ったはずだ」
急遽領王に就任したものの、こうして国はうまく機能している。
それどころか前よりも国政は良くなったとも言われており、彼女が如何に優秀かを語っている。
彼女の持つ才能と、良き父を持った結果でもあるわけだ。
「亡くなりましたか、残念です」
「前領王が若い時はどんなだったんだ?」
彼女ならば、知っているであろう。
言わば生きる歴史なのだ。
「雄々しく聡明で人望もありました、他国との国交も積極的で様々な国と領土の共有権を結んでネフォルティアがここまで栄えたのは彼のおかげと言っても過言ではないでしょう」
「昔からすげえ人だったんだな」
「そうですね、すげえ人でした」
語彙の不足した会話。
前領王の偉業を語ればキリがない、すごいの一言でしか片付けられなかった。




