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領土戦記  作者: 智恵理陀
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第六話.ゼナ

 ネフォルティアへの入国審査はどこよりも厳しいと有名だ。

 前はどの国にいたか、他国の領土の共有権はいくつあるかなど質問項目を挙げれば二十以上。

 その他には体の隅々まで調べられ、所持品は全て一時預かられ、審査が終わっても四日はネフォルティアの指定居住区からは出られない。


 元々ネフォルティアに住んでいたとしても一度国を出てしまえば入国のたびにこの審査が待ち構えている、とはいえ他国からの入国者とは違いそれほど厳しいというわけではなく指定居住区も二日のみとなる。


 何もなければいいがといったクウェンの心配をよそに余裕綽々でセルベは審査局へ。


 年々入国者は増えていっている、とはいえ一日数人程度ではあるがここ数日は異常に入国者が多い。

 大抵が元リグレオ国民だ、領土が機能しなくなり死地となった国には誰も住めない。

 これを死地難民と言い、他国へ散らばっていく死地難民達の一部がネフォルティアへとやってきているわけだ。

 第一審査だけでも時間が掛かるだろう、その間クウェンは呼び出しを受けていたので管理局へと向かった。


「面倒だな」


 今の気持ちを正直に漏らす。

 これからお偉いさんがやってきて今日あった出来事を丁寧に説明しなくてはならない。

 見知った顔であればある程度話は進みやすいが、気難しい方や苦手な人がいれば最悪の一言。


「お偉いさんに事情を説明するのはかなり面倒だ、見知った顔がいれば話しやすいんだがなあ――とか、思ってるんじゃあないのかね。当たっていたかな、当たっているだろう、なんていったって問題の解答欄に答えが書いているような状況なのだから」


 管理局へと入るや忙しく職員達や兵士達が右往左往している中、悠長にやってくる金髪の騎士。

 皆が彼女の前を通りかかろうとすれば一度足を止めて会釈、地位の高さが明瞭に浮き出ている。


「あんたか」


 ゼナ・クルオルフス。

 才色兼備を具現化したかのような彼女は、クウェンの上司――いや、元上司である。


「来たまえ、事情を聞こう」

 ここでクウェンから一言。


 ――最悪だ。


 二人のために利用するにしては広々とした、広々としすぎてむしろ寂しささえ漂う部屋へと案内された。


「これぞ師団長の特権よの」

「ただの職権乱用だろ」

「ま、ま、そう言うな。ほら、紅茶もあるし菓子もある。ゆっくりまったり話を聞こうじゃないか」


 職権乱用の上、職務怠慢。

 こういうのが師団長を務めているのはネフォルティア的に大丈夫なのだろうか。


「ふむ、やはりここの茶は美味い」


 さりげなくメイドまで呼びつけて至れり尽くせりを味わうゼナ。

 ため息をつかざるをえない。


「口の滑りはよくなったかね?」

「最高に」


 そして気分は今だ最悪に。

 師団長とはいえ意外と自分勝手、仕事を真面目にしているのだかしていないのだか。

 戦闘時は素晴らしい力を発揮するがそれ以外はまるで空気の抜けた風船のようにだらしがない。

 彼女といると苛立ちを覚えるのも屡、故に最悪な気分は話が終わるまでずっと付き添っているに違いない。


「部隊は全滅と聞いたが」

「生存者は俺以外に一人だけだ」


「ほう。地区再生部隊の装備は決して不十分というわけではなかったが、二人しか生存者がいないとは……相手は大型の魔物か?」

「相手は死なない十三人の手下だ」


 二十人以上はいたはずだが、さほど時間も掛からず始末されたのだろう。迅速に、的確に動いた証拠だ。


「死なない十三人の手下ねえ?」


 話題を掻っ攫っていった死なない十三人、今回の件がそれ絡みだとするとゼナの興味もさぞかしそそられたであろう。


「どんな奴だった?」

「体中刺青を入れている、顔面は髑髏の刺青で身長はおよそ百八十前後、ナイフを使い領力でナイフを鎖のようにして戦うのが奴の戦術だが、領力を最大に発揮した時点での戦術と戦力の変化は計れていない」


「君の腕の傷も奴が?」

「ああ、そうだ」


「君はいつだって強敵相手にだけ怪我を負う、奴も相当な実力者だったのだな」


 彼女の言葉通り、髑髏の男はそこらの兵士じゃ太刀打ちはできない。

 ゼナが右手を上げるやメイドは察して医療道具を持ち出して処置に入る。

 医療道具を何故スカートの裏側に仕込んでいたのかは謎だ。


「敵は倒せたかい?」

「負傷はさせたが領力式小型飛空艇で逃げられた」

「領力式小型飛空艇……だと?」


 ネフォルティアでも未だに十数台程度しか存在しない。

 大型ならいくつもあるものの小型となるとそう簡単にはいかないのだ、作れても量産までは繋がらず、材料から複雑な構造まで一つ一つが研究者の頭を悩ませている。


「それとだ、こいつ見てくれ」

 クウェンはちょっとした戦利品を見せる。


「……なんだそれは」


 ゼナの眉間が、ぴくりと一瞬動いた。


「敵が最後にばら撒いた小型爆弾の破片だ、元々の大きさは直径2センチ程度」


 妙な爆発であった故に念のため破片を持ち帰っていた。

 調べてもらえば使っている材質から何かたどれるかもしれない。


「爆発威力はそれほどでもないが見た感じでは他の爆弾と反応しあって誘爆すればするほど威力が増していった。しかも時限式だ」

「こんな小さい爆弾にそのような機能を詰め込める技術を持つとはな、いや、技術を持つ者が仲間にいて武器を提供しているとも考えられるか」

「死なない十三人も重要だが、仲間のほうを調べたほうがよさそうだぜ」


 ゼナは破片を手にとってまじまじと見るや、匂いをかんでみるが若干の焦げ臭さが漂い鼻腔を嫌に刺激したのか、眉間にしわを寄せてメイドに破片を渡した。


「一体どこでこのようなものを手に入れているのだろうな」

「飛空艇ならリグレオから奪ったのでは?」

「それは考えられない。リグレオは小型化の研究に入ったばかりだったはずだ」


 大型から小型化、これには資材や複雑な構造をどう改変して縮小するかなど課題が多く研究者の頭を悩ませていた。


「そうだったか」

「他国をもっと知りたまえ、知識は時に武力を勝る。逆も然りだが」


 自国以外にはこれといって興味が向かず疎いクウェン。

 彼女の言葉からすれば本人は後者派であるため知識は蛇足とみて詰め込まないのだ。


「今日は元ノルヴェス領域にいたんだって? それも崖付近の調査だったか」


 何気にクウェンの日程を把握しているゼナ。

 それについてはこれといって問わないクウェンであるが何故知っているかと気にはなるも問わず。


「死なない十三人の手はネフォルティアに迫っている可能性は高いな」

「かもな」

「先ずは敵の手下を調べなくては。今日君が保護した子ももしかしたら死なない十三人の手下――である可能性も否定できないな」


 手下というよりも元仲間である。

 いい線をいっているがここは表情には出さず。


「さあ、どうだろうな。俺にはただの女の子にしか見えないが」

「分からんものよ人間というのは」


 実際、人間性がよく分からない奴が目の前にいるわけで。


「もしネフォルティアにもぐりこませるのが目的だとしても、やり方が遠まわしすぎるぜ」

「疑念や可能性っていうのはな、抱くだけならタダなのだよ。君の意見も最もだがね」

「髑髏の男はあいつも攻撃していた、多分……手下ではない」

「それならば、いいのだがね」


 手下ではなくとも、死なない十三人のうちの一人ではあるのだが。


「ああ、そうそう考えてはいたんだが今日のいきさつもあるし彼女の監視役として暫く就いてくれないかい?」

「はあ? 監視役?」


 寝耳に水とはこのことかと、クウェンは思わず腰を上げる。


「まあまあ座りたまえ、地区再生部隊はもはや機能していない。再結成まで時間が掛かる、その間君にはここ数日の入国者の監視役でもと思ってな」


 ならば他にも適役はいるだろう、と文句が喉の奥から出かけたものの引っ込める。

 クウェンとしてもセルベの監視役として傍にいられるのは好都合だったからだ。


「三日ほど監視につき、その後は別の者に、最低五人は見てもらいたいな」


 単純計算で十五日間監視役。

 これはこれで最悪な仕事を押し付けられたものである。

 監視役はただ入国者を監視して管理局に報告の繰り返しだ。ただただ入国者を見張るだけという地味で退屈な仕事、しかし重要な役割で何より書類作業が多いこの仕事は率先して就こうという者は少ない。

 用は人不足だから折角だし手伝ってこいという、遠まわしな左遷。

 地区再生部隊だけでも左遷と同等であったのに更に左遷。

 好都合とはいえこの対応はクウェンのこめかみに血管が浮かばせる。


「もしかして、ああ、もしかしてだが。俺を笑わせようとした新手の冗談なのか?」

「そうかっかするな、君が師団に戻れるために掛け合ってはいる。だが時間が掛かる、それまで何もしていないというのは評価を下げるだけだ、他の仕事も学んでいけば君のためになる、我慢してくれ」


 我慢強さには自信はあるも、中々にしてきわどい。


「大型魔物との一戦で死傷者が多く出たのがな、君の手枷となってしまっている」

「あれは俺のせいじゃない」

「しかし君の単独行動も少なからずとも原因の一つだった、と頭の固い連中は思い込んでいる」


 彼女はクウェンのせいではないと思っている一人。

 ただし周りに賛同者はおらず、クウェンの立場が危うく組織から追い出そうという輩のほうが多数となれば。

 今クウェンが何かしら国に関する組織に所属していられるのは彼女のおかげである。

 感謝こそしてはいるものの、それでもクウェンにとってゼナへの苦手意識というのは変わらない。


「今回は死なない十三人に関する情報を持ってきたとあれば評価は上がる。師団復帰後は是非私の部隊に入りたまえ」


 正直お断りしたいクウェン。

 不機嫌そうに腕を組み、足を組み、只管に我慢をする。


「今日の一件は詳しく報告書に記載してくれ、それが君の評価に繋がる」

「……了解」


 自分を落ち着かせるために紅茶を喉へと流し込む。

 怒りが染み渡ったカップはテーブルに置くやゆっくりと小さな亀裂が広がって真っ二つに。


「カップが、痛んでたぜ」

「貴様」


 メイドがようやく口を開くやたった二文字にこれ以上とない憎悪を含ませてきた。


「カップの代金は私に回してくれたまえ」


 メイド、満面の笑み。

 タダで新しいティーカップが手に入ると分かるやこれだ。


「領力式義体の開発が成功していれば地区再生部隊の壊滅もなかったかもしれないな」

「あの殺人兵器か。起動するなり暴れまわって相当被害が出たらしいな?」

「噂では、だがね」


 戦力が不足している部隊への派遣を目的に、人ではなく機械技術によって、言うならばロボットの導入をネフォルティアは考えていた。

 話どおり開発は失敗、事故によって多数の死傷者が出たと――噂されている。

 噂というより、事実でしかないのだが上層部は噂程度に留めて隠したがっているわけだ。

 軽く探りを入れてみるクウェンだったが、ゼナから話は聞けなさそうである。


「領力を得れば得るほど力も膨れ上がる、不安の残る兵器になってしまったようだ。もし開発が成功していれば人不足を解消できる革命が起きただろうに」


「同時に、大量生産すれば恐ろしい部隊が作られてネフォルティアは今頃世界に名を爆ぜていた、かもな」

「領王はそんな利用法はしないさ」

「どうかな」


 このご時勢、死なない十三人から国を守るためには武力と領土が必要だ。

 クウェンは領王に対してはいい印象を持っていない、だからこそ抱く思考は少々偏りがちになる。

 だが穿った見方ではあると、本人は思っていた。


「この話はやめておこう」


「――失礼します、ゼナ様……今よろしいでしょうか」

「うむ、よろしい。紅茶でも飲む?」


 話が終わるややってきたのは管理局の者、なにやら頭を抱えてゼナの元へと駆け寄った。


「あの、今日の入国者の件でお話が」


 ちらりとクウェンを見る、どうも彼絡みらしい。


「何かあった? あ、お菓子食べる?」

「その、入国者の一人が所持品について職員と揉めておりまして」


 ゼナの誘いには一切反応しない職員。

 中々やるなこいつ、とクウェンはちょっとした関心を得ていた。

 それはいいものの――嫌な予感しかしない。


 クウェンの脳内では何が何でも本を手放すまいと、職員と引っ張り合っている姿が再生されていた。

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