第五話.百……。
意外なことに。
「こいつ、生きてるな」
「中々幸運な方ですね、お友達ですか?」
「いや、名前すら知らん」
髑髏の男もとどめをさそうとした時にクウェン達が現れて手を止めたのか、それとも死んだと思ったのか――どうであれ彼女の言うとおり幸運の持ち主だ。
仲間を担ぎ、車両へと向かうとする。
距離はどれくらいか、あまり時間が掛かると男の容態が悪化するかもしれないが思ったよりも出血は少ない。
ナイフは深く刺さっているように見えるも服の裏に入れていた雑誌で厚みが増し、刃は身を深く突き刺しはできなかったようだ。
その雑誌は仕事をしているように見せかけてどこかでこっそり読むつもりだったのかは今も後も問うまい。
「ログレウスっていう阿呆はどんな奴なんだ?」
車両までまだ歩数を重ねるために、その道中セルベに質問をしてみた。
「顔はいつも何かで隠していて見たことがありません。何を考えているか分からない人だったような、そうじゃないような」
つまり、記憶は曖昧――らしいが、どれほどの年月がそうさせたのか。
「いきなり世界の領土を奪うなんて一体何を考えているのやら、本当に何を考えているか分からないです」
兎に角何を考えているのか分からないというのはよく理解できたクウェンであった。
「私は――かつての仲間達が暴走したのならば止める義務があります」
「止める義務……ねえ?」
「故郷には我が家もありますし、ゆっくりと彼に対して作戦を練りたいなと。貴方は腕がたちますしよろしければ協力してくれませんか?」
「はあ?」
今さっき知り合ったばかり、それも死なない十三人とあれば出来るならば関与はしたくないクウェン。
ネフォルティアに連れて行くとして、彼女をどうするか。
死なない十三人を捕らえた功績により師団に復帰もありうる。
だが、
「協力していただけるのならば前金で百五十万フォルス、ログレウスを捕らえられたら更に百五十万フォルス。先ずはお金での交渉はどうでしょう」
給料の十倍がいきなり手に入るとしたら、彼の心はどう揺れるだろう。
脳内に現るは天秤、師団の復帰か金か。
しかも後者を選んだ場合、やりようによっては金と師団の復帰もついてくる。
となれば、傾く天秤は――
「……どうするかなぁ」
今はそう答えておく、回答は既に決まってはいたがそうしておかなくては自身の矜持が容易く金で揺れるものであったなどと自分自身を卑下してしまいそうだったからだ。
実際、簡単に揺れてしまったのだからどうしようもないのだが。
「先ずはネフォルティアに私を入国させていただければそれだけで二十万上乗せで」
金というのは、人の心を簡単に動かす麻薬みたいなものである。
それも目の前で札束を見せつけられたら、
「元々ネフォルティア民だろ? だったら入国審査といっても軽く済むはずだぜ?」
「長らく不在でしたので、私がネフォルティア民だという情報も残ってない可能性がありますし。ちょいちょい私のフォローをしていただければ」
「……分かった、協力しよう」
「交渉成立ですね」
悲しいかな、人と金の付き合いとは。
ただし完全に欲に塗れたわけでもない、死なない十三人に対して少なからず興味が沸いたというのもある。
何より奴らの手下に攻撃された、何かしらやり返さなければクウェンの気が済まなかった。
それにしてもその金は一体どこから手に入れたのか。歳半ばもいかぬ少女が手にすることなど到底無理だ。
しかも何の惜しみもせず、とりあえず十万とクウェンのポケットに札束を突っ込む。入国後には同じ行為がまた行われるはずだ。
隊長のいる車両に到着したが、車窓には血痕がべっとりと飛び散ったように付着しており、扉を開けると中には隊長が遺体となって横たわっていた。
「隊長……」
「心中お察しします」
「別にそれほど悲しんではいないんだが」
「そうなのですか」
隊長の遺体を見てクウェンが思ったことといえば。
手に車両の鍵が握られていたため、逃げようとして殺されたのだと察して隊長に落胆、それがまず一つ。
二つ目はというとこれから運転するのに車内を血で汚されて掃除が面倒だということだ。
隊長の遺体を引き摺り下ろし、仲間と共に荷台へと追いやる。
目を覚ましたら相当驚くであろうが構いやしない。
目に留まった者だけでも国へ送ってやらねばなるまいとしたものの回収できた仲間の遺体は隊長のみ。
他の仲間達は連絡が取れない時点で既に死んでいると見ていいだろう。
「乗りな」
「少々血の香りが残ってますね」
血痕はある程度拭いたものの匂いまでは霧消とまでいかない。
隊長は最後に領力無線で助けを求めようとしたようだ、その手には無線機が握られているも破壊されていた。
「車の芳香剤は切らしてる、臨時収入のおかげで腐るほど買えるには買えるが近くには売ってないぜ。残念ながらな」
「致し方ありません、我慢いたしましょう。乗せてもらえるだけ私は幸せ者なのですから」
ならば露骨に顔をくしゃっとするなと。
「行くぜ」
「お願いします、と言いたいところですが」
セルベは足元にあった救急箱を取り出し、
「こんなところに救急箱が」
「ああ、それが?」
「こんなところに怪我人が」
「んぁ?」
そういえば、と。
クウェンは騒ぎ始めた痛みでようやく左腕に怪我をしていたのを思い出す。
「包帯に、消毒液、と」
「つばつけときゃあ治る」
「駄目です、汚れてもおりますし悪化する可能性があります。ここは速やかに治療すべきです」
そう言うや消毒液を傷口へ容赦なくぶっかけるセルベ。
「いたた……」
悲鳴は我慢できた、しかし唐突で大胆な治療に声がかすかに漏れてしまった。
「少しの辛抱です、応急処置はしておきますので」
治療には手馴れてはいるようで、包帯の巻き方もそつがなかった。
消毒液のかけ方には文句は言いたかったものの処置後を見るとその文句も引っ込んでしまうクウェンであった。
「傷跡がまた一つ増えますね」
「別に気にしねえ」
「親からもらった大切な体なんです、大事に扱わないと」
ふん、親ねぇ……。
――と、意味深にため息交じりの言葉を漏らしてクウェンはアクセルを踏み込んだ。
「お前はいいよな、怪我してもすぐに治るっぽいし」
「痛いには痛いんですけどね」
「そうなのか?」
「痛みには慣れてしまったのでさほど辛くはないです。痛いと辛いは別なのですよ」
歳半ばもいかぬ少女がどういう生き方をすれば痛みに慣れるのか。
「貴方も痛みには慣れてそうですね」
「慣れてるんじゃない、痩せ我慢してるだけだ」
実際、先ほど傷口に消毒液をかけられた時がいい証拠である。
「お前の怪我が治るのはどういう仕組みなんだ?」
「これには深い事情が」
「深い事情ねえ?」
彼女を除いた他十二人も同じ性質だとして、敵に回した場合どう対処すべきか慎重に考えなければなるまい。
「お前は仲間と戦うってなったらどうするんだ?」
「どうしましょうかね」
何も考えていないのか、それとも何かしら考えてはいるが口外にはしたくない事情が絡んでいるのか。
「そうだ、俺とお前が戦うってなってお前は何をされたら困る?」
「何をされたら、ですか。ふむ、一番は力ずくで拘束されることでしょうか」
「拘束ねぇ。これからもし死なない十三人と出会ったとして、容易く拘束できる相手ならいいんだがな」
それが出来るのならば苦労はしないわけで。
リグレオの軍隊を破るほどの力を持っている時点で、ログレウスの持つ力若しくは勢力はリグレオ以上ということになる。
「ログレウスは他の死なない十三人達とも協力している可能性もあるよな?」
「可能性は、低いです」
「低い?」
「それぞれ別行動が基本でしたし、昔いた連絡係という者を通さないとどこで何をしているのか分からない上に、連絡係が亡くなってならそれぞれの居所は完全に把握できなくなりました」
クウェンの予想とは違い、死なない十三人同士で集まっているわけではなかったようだ。
それに何より死なない十三人である彼女がログレウスと行動を共にしていない時点で彼女の発言には説得力がある。
まだ彼女を完全に信じたわけではないが、どこか嘘は言っていない気がした。
その根拠はどこから出てくるか、クウェン自身分からなかったが、兎に角、彼女は嘘は言っていないと、彼女を信じ始めていた。
「ログレウスと最後に会ったのは三十年ほど前でしょうか、東へ向かうと言っておりましたが」
「三十……ちょっと待て、お前何歳だよ!」
最初の単語に着目するとして、見た目と年齢が一致しない。
「女性に年齢を聞くのは失礼ですよ」
「それはそうだが、いや、しかしだなっ」
「前、前っ」
「おわっと……!」
動揺が危うく岩への激突を誘う、ハンドルを切って何とか回避。
運転には集中しつつも、彼女の年齢が気になって横目で何度か一瞥。
何度見直してみても、どこからどう見ても十代。
しわなど見当たらない、それどころか若々しい艶のある肌だ。
そんな少女が、自分よりも年上? いいやまさか。
「私の肉体は成長が止まっています、死なない十三人になるというのはそういうことなので、肉体での年齢であれば十七ですが」
ですが。
ですが、の続きはどうなのだ。
「これまで過ごした月日で考えるならば、その、アレです」
アレです。
アレです、とはどういう意味なのか。
「百……いえ、やっぱり秘密にしておきます」
「今百って言わなかった?」
「秘密です」
「ババァじゃん!」
悪気はなかったが、思わずというものだ。
こんな少女が百年以上生きているとは誰が思おうか。
他の死なない十三人の中には彼女よりも長生きしている者もいるであろう、死なないとは寿命的にも死なない、まさに不老不死。
そんな驚きも、というより驚きが重なりすぎた結果、実に語彙力の欠けた言葉が放たれたわけだ。
「……ぶち殺しますよ?」
「すんません」
頬を膨らませるセルベ。
そういう反応をされるのが嫌だったから曖昧なままで留めておきたかったようだ。
「心はいつでも十七歳なのです」
「……そうだな」
「妙な気遣いやめてください」
歳相応とは言えぬ彼女に対して感じる妙な雰囲気というのも納得がいく。
まるで年上と話しているかのような錯覚にも陥りそうな、落ち着きのあるその姿勢、これまでに積み重ねてきた経験によって形成されているのであろう。
帰りは敵も魔物も遭遇せず、何かまたあるのではないかという不安は空振りして暫しの直進の後に無事ネフォルティアへと到着した。
警戒するだけただの気疲れであったが、警戒心はネフォルティアに入って安全を確保するまでは解かれまい。
「ここも……随分とまた、変わりましたね」
正門を見上げて、そう呟く。
「ネフォルティアを出たのはいつなんだ?」
彼女の口調からすれば、何年前というより何十年前のような気もする。
銀の装飾が施された数十メートルはあろうこのネフォルティアの正門はクウェンの物心がついた時から変わりなく荘厳と存在していたのだから。
「さあ、いつでしょうか。正門は老朽化でそろそろ改築時だと話が出ていたので、そこから察してください」
ならば軽くクウェンの年齢――二十を超えている計算になる。
「ちょっと待ってろ」
「よろしくお願いしますよ」
「分かってるって」
今まさに岐路に立っている。
近衛兵にどう説明するかで、この先の未来は大きく変わるであろう。
「……地区再生部隊のクウェンだ、敵に遭遇して部隊はほぼ全滅、負傷者が荷台にいる、すぐに治療してくれ。それと少女を保護した」
ああ、言ってしまった。
金で動かされている自分の矜持は安っぽいものだったと思うのもあり。
彼女を上手く利用すればまた師団に戻れるという思考を抱いたさもしさもあり。
しかし彼女には興味が沸いているという素直な気持ちもあり。
クウェンはセルベと共にネフォルティアの正門をくぐった。




