第十九話.混濁した世界に。
「貴方にお返しします。人として死ねるという理を」
クウェンは事前に手に入れておいた領力石を握り締め、領力回復を図る。
剣を振り上げる、全ての領力を込めて。
「そこをどけ」
「いやだね」
クウェンの立っていた場所にログレウスの剣が振り下ろされる。
斬ったのは残像、クウェンは彼の剣に足を掛けて振り上げられないようにしていた。
「俺の全てをぶつけさせてもらう!」
「貴様の力量など、もう見切っている」
領力を体全体へと纏わせるログレウス。
この一撃が、全てを分ける。
ログレウスの猛撃は止まらない、クウェンを始末すれば後はどうとでもなると判断しての行動だ。
クウェンは紙一重でかわすも体力は消耗していくばかり。
「さあ、死んでおけ」
体は重い。
徐々に攻撃をかわしきれなくなっている。
「いいや、まだ死なねえよ!」
クウェンはとあるほうの気配を、感じていた。
体の立ち位置に注意する。
彼は気付いていない。
「うぐっ……」
太ももを斬られ、膝を崩すクウェン。
ログレウスはにやりと頬を緩ませ、止めの一撃を与えようとしていた。
セルベには止められない、彼女は今死ねる理を返す最中だ。本が開いているうちは動くこともできない。
時間稼ぎもここまで――だったが、
「ぐぁ! なっ……!?」
銃声音――ログレウスは崩れて膝をついた。
どこからの攻撃か――クウェンには分かっていた、ルゾンが力を振り絞ってログレウスに標準を合わせていたことを。
「うぉぉぉぉお!!」
彼女の健闘に答えねばなるまい、重い体を無理やり起こして、クウェンの剣は、彼の体へと深く突き刺さった。
「ば――」
馬鹿な、と彼が呟くより先に、クウェンは全ての領力を注ぎ、剣ごとログレウスを吹き飛ばした。
本来ならば上体が消失してもおかしくはない、ログレウスの領力がいかに高かったのかを証明している。
そして、
「ぐ、は……」
吹き飛ばされた先には領力式義体、あれごと破壊できれば一石二鳥と思っていたものの彼は耐えていた。
剣は義体の顔寸前で止まっている。
だが、一つ違うのはあれほど攻撃を受けても表情を変えなかったログレウスは今や苦痛に表情を歪ませていた。
今、死ねる理が返されたのだ。
「セルベ……」
「貴方を止めるには、もうこれしかないのです……」
ログレウスを止め、ネフォルティアは救われる。
喜ばしいことだがセルベは涙していた。
「私のような者は、また現れる」
「かもしれないですね」
「その度にお前は、死を返していくのか」
「かも、しれないですね」
「お前に死を返す者は?」
一瞬、セルベが動揺したのをクウェンは見逃さなかった。
「いないでしょう、ええ、いないですね」
「最後まで、孤独だなお前は」
「はい」
彼女は死なないし死ねない。
そんな運命を背負ってしまっている。
なら、せめて俺は――と、クウェンは一つの考えを抱いていた。
「世界は醜く、なる」
「ええ、きっと、そうでしょうね」
「世界を管理するのは、我々の役目だろう」
「昔は、でしょう? 今は違います。我々ではなく世界全体が見つめなおし、自分達で作り直すべきです」
ログレウスは吐血しながらも、笑みをこぼす。
「あの世で見ていると、しよう。お前が決して来れない、あの世でな」
笑みを浮かべたまま、彼は絶命した。
「まだ終わりではありません」
「ああ、次はこいつだな」
領力式義体を破壊しなくてはならない。
防衛機能はログレウスを磔にした時に故障したようで動きが悪く、疲労が蓄積されているクウェンでも容易く破壊はできた。
といってもだ。
クウェンの性格上、肉を斬らせて骨を立つ立ち回り故にいくつか負傷はしてしまったが。
「いつも無茶しますね」
「無茶するのが俺の仕事だ」
しかしながら今回ばかりはクウェンも体の芯からへとへとだった。
「私も無茶したであります……」
「お前は無茶というか無謀というか」
「反省であります」
応急処置を施すクウェン、彼にはセルベが応急処置をし、セルベは以前のように容赦なく消毒液を振り掛けてクウェンの表情を歪ませた。
「いだだ……」
「少しは自分の体を大切にしてください」
「お前が言うか?」
「反論できる言葉が見つかりませんでした」
先ずは領力式義体に領力を送っているらしき部分を破壊するとした。
義体に宿っている光は弱々しくなっていく、これで起動までの時間は延びるだろう。
「こいつの情報はどうやって見れるんだ? ルゾン、できるか?」
「やってみるであります、怪我人にはこたえるものがありますが」
「それは俺も同じだ」
防衛機能は破壊されたとはいえ、一度攻撃を受けたためにルゾンは慎重に機械に触る。
大丈夫だと声をかけるも、彼女の警戒心は解かれない。
だが今はそのほうがいいのかもしれない。
対象を処分したそのときが一番危険だ、目的を達成して気が抜けてしまう、こういう時は奇襲にも弱くなってしまう。
彼女を見習いクウェンは緩んだ緊張感を再び引き締め、警戒心を強めた。
「起動した時の座標、ネフォルティアのとある位置に設置されてますね。しかも座標、動いてるであります」
「……動いてる?」
「人に座標を定めているのかもしれないであります」
「髑髏の男か?」
「かもしれないでありますな、第一命令者はログレウスでありますが、第二命令者は見知らぬ名前であります」
クウェンは画面を覗く。
そこにはエリバ・ホグランと名前が表示されていた、これが髑髏の男の本名かもしれない。
「他に情報は引き出せそうか?」
「むう、時間が掛かるでありますが」
「なら仕方ない。セルベ、こいつを消してくれ」
ネフォルティアの裏切り者についての情報がもしかすれば出てきたかもしれないがここは義体の破壊を優先した。
「やりましょう」
彼女は本を開いた。
触れずともページがめくられ、白紙のページで止まる。
「義体の理を、この本に……」
義体は光に包まれ、徐々に輪郭はおぼろげになっていく。
決着する、だがまだ終わりじゃない。
「ルゾン、動いてる座標の正確な位置をマップコアに転送してくれ」
「どうするのでありますか?」
「奴を倒してくる」
髑髏の男がまだ残っている。
――領力壁は発動され、これによって敵の攻撃による脅威は消失したと言っていい。
後はリーダー格を失った組織がどう動くのか。
不測の事態を抱える者を処理しなくてはならない。
クウェンはマップコアを見ながら動く座標を追っていた。
街中にいくつかある教会、その一つに座標は止まっている。
「まさか、お前が来るとは思わなかった」
髑髏の男は十字架の前に立っていた。
祈りを捧げていたのだろうか。
「計画は失敗だ、領力式義体もなくなったぜ」
「それは残念だ」
何かを悟っているような表情。
静かな呼吸をし、
「あの方は?」
「ログレウスか?」
小さく頷く。
「死んだよ」
「何だと……?」
「こっちにも死なない奴がいる、それも死なない奴を死なせられる奴がな」
髑髏は体をよろめかせながらも歩み寄ってくる。
クウェンにやられた怪我は軽いものではない、それでも彼は戦うつもりなのか。
クウェンは剣を持ち、構える。
「このままではネフォルティアはを浄化できない」
「かもな。だが綺麗にするのはお前らじゃねえ」
「お前は綺麗にできると?」
「さあねえ。どうだろうな」
クウェンとてログレウスとの戦闘で受けた傷は軽くはない。
戦い始めてあとどれくらい持つか、五分、十分、いや、十分は持つ自信はなかった。
「ログレウス様の意思は私が受け継ぐ」
「その前にお前はここで果てるがな」
「どうかな」
彼は懐から何かを取り出した。
スイッチのようだが、それは何のスイッチなのか。
「どうであれ!」
――斬るのみ。
クウェンは髑髏の男へ剣を振り下ろした。
だが、斬ったのは空。
続いてクウェンの体に突如として電流が走り、彼は崩れた。
「こういう時のために仕掛けておいた。安心しろ、お前を殺している暇も武器もない」
「ぐ、くそっ……」
「いつかまた会うだろう。その時に決着をつけよう」
足止めはしたかった。
ゼナにも連絡は取ってある、ここにはすぐやってくるだろうが僅かな時間差が生じる。
髑髏の男もそれには気付いているからこそ足早にこの場を去りたいのだろう。
「待て!」
彼を追えず、クウェンは意識を失った。
気がついた時には、目の前にはゼナの顔があった。
「気付いた?」
「……どれくらい気を失ってた?」
「十分、くらいかしらね」
「あいつは?」
「残念ながら取り逃がしたわ。近くには座標の発信機らしきものが落ちていた、あれが貴方の言っていた領力式義体の誘導座標ね」
鑑識が持っていく発信機は血まみれだった。
髑髏の男は体内に発信機を埋め込んでいたようだ。
「でも十分にお手柄よ、ネフォルティアの侵略は失敗に終わったし領力壁も発動できた。何より領力式義体の発見と破壊まで至るなんて、これもう出世もの」
「出世より今は休暇が欲しい」
「あら、まだ休暇中じゃなかった?」
「少なくとも一週間は延長させてもらう」
「いいわよ、ゆっくり休みなさい」
「ああ、とりあえずまた寝る」
ようやくクウェンの緊張が解けたようで、彼はゆっくりと目を閉じた。
次に目を覚ました時は病院の天井が見えるだろう。
他には誰か見えるかもしれない。
例えば、セルベとか。
街はしばらく混乱状態が続いた。
破壊された街の復旧、死なない十三人の残党探しなどネフォルティアには多くの仕事が課せられていた。
彼らは毎日街に出て、ネフォルティア周辺を見回り、他国からネフォルティアへの入国希望者に関しては一層厳しく審査していった。
内部にも敵がいる――その可能性が出てから内部調査も行われ、外でも内でも忙しい日々。
そんな中、クウェンは病室のベッドにいた。
ログレウスの言っていたこと――奇病を発症させる薬、それが気がかりであった。
彼が言っていたことが真実かは定かではないがしかし、ネフォルティアは奇病患者に関しては隔離病棟を作り日々観察など力を入れていることは確かだった。
領王を疑うべきか。
今更、ではあるが。
もしクウェンが奇病に掛かった場合、領王は疑うべきであろう。
「クウェン」
「おう」
病室に入ってきたのはセルベ。
彼女は毎日クウェンに果物を届けにやってくる。
「暇なのかお前」
「暇ではないですよ、ネフォルティア内をまだまだ調べないといけませんからね。今はルゾンが調べに回ってくれてます」
あれからセルベはネフォルティアの内部調査を極秘に行っている。
ネフォルティア内でも内部調査班はいるのだが彼らではおそらく限界があると見ているからだ。
「どうです、お体のほうは」
「今のところは問題ない、奇病にもかかってないぜ」
とはいえ数箇所の骨折に数十箇所の裂傷、炎症、高い領力による火傷もありで全治三週間。
領力を一気に引き出して無茶をしたために体が負荷に耐えられなかったのだ。
「怪我が治りましたらまた私に雇われませんか?」
「悩みどころだな。師団復帰も話が出るかもしれねえしよ」
おそらく師団復帰はできるだろう。
流石に問題児であれネフォルティアを救った英雄だ、退院後は勲章も授与されるだろうし師団復帰、ゆくゆくは師団長――と出世の道へと踏み入れるわけだが。
「そうですか……」
「だが、金次第で考えてやらんでもない」
もしも。
もしも、ベルエスが領王によって擬似奇病にかけられたとしたら、領王のために働くなど御免だった。
「あはっ」
彼女は満面の笑みで果物の皮むきを始めた。
「髑髏野郎の動向も気になるし、他の死なない奴らが動く可能性だってある。その辺調べとかねえとな」
髑髏の男はネフォルティア民と思われる。
名前の検索をかけたものの該当する人物はいなかったが、ネフォルティアに対する執着心は生半可なものではない。
ネフォルティアの未来を考えての行動、なのかもしれないがしかし彼の行動は義に反する。
クウェンはそれが許せなかった。
「これから私達長い付き合いになりそうですね」
「かもな」
果物を頂く。
病院食の薄い味付けは不満が蓄積するばかり。
今ではこの果物の甘酸っぱさであれ満足してしまう。
「なあセルベ」
「はい?」
「ネフォルティアが今後酷くなっていくとしたら、お前はどうする?」
「さあ、どうするでしょうね。少なくともログレウスのような行動には出ませんが」
しかしそれ以外でネフォルティアを正すことなど出来るだろうか。
自分達の行動はネフォルティアの衰退を加速させてしまったのでは? クウェンは時々思う。
果たして本当に、ログレウスを止めて正しかったのか。
ベルエスの仇に手助けをしてしまっただけではないのだろうか。
「クウェン、私が動いた時には手を貸してくれます?」
「金次第だ」
「それならば、たっぷりと。ふふっ、クウェンは本当に悪い人です」
「そうだな。悪い奴だからこそ、悪い奴らをぶちのめすことが出来る」
ぶちのめされるのが誰かは今はまだ決まってはいないが、そのうちはっきりするだろう。
クウェンは静かにベッドに上体を沈ませ、今は静かに休むとした。
場所は変わり、暫しの時間が過ぎた。
髑髏の男は大広間を歩いている、静謐な空間に響く彼の足音。
彼以外人の気配は無いように思えるが、彼の視線の先には影に飲まれながらも人影がおぼろげに浮かんでいた。
「領力式義体には奇妙な点が見られました」
「奇妙な点、とは?」
女性の声、しかしそれはネフォルティアの者ならば誰もが聞いたことのある声だ。
「報告には破壊されたとあり現場には部品と思われるものもありましたが、どれも義体に使われたものではありません」
「すり返られた、と?」
「若しくは、あの男と同行していた少女が何かしらの手段をもって隠したのかもしれません」
女性は振り返る、フードを深々と被り表情は窺えない。
「見つけられるか?」
「ご期待には添えないかと。本の力は未知数、義体を消し去る力があると見ていいと私は推測します」
「ふむ。厄介なものね、かといって権力を使ってあの娘を捕らえるわけにもいくまい。慎重に行動せねば」
女性が指を鳴らすや二人の間の床からテーブルが出現した。
テーブルにはワインとグラスが二つ。
「飲みましょう。先ずは大きな一歩を踏み入れた記念に」
「頂戴いたします」
祝うにしては二人とも表情になんら変化も無く、極上のワインを飲み干したのに感想も呟かなかった。
「義体は手に入れておきたかったけど、いいわ。貴重な情報は手に入れたし、我が国の膿も吐き出せた」
「左様で。しかしあの男はどうします?」
「クウェン、だったか。彼はいい、放っておけ」
髑髏の男は首を傾げ、問う。
「いいのですか? 領力式義体が手に入らなかったのも奴のせいですし、計画に大きな支障もきたしました。今後我々の邪魔になるかと思いますが」
「ネフォルティアにいるうちは我が手中にある、利用もできる」
「猛犬に首輪はつけられませんぞ」
「放し飼いをし、餌を撒いてやれば猛犬の行き先など飼い主の求める道へ進んでくれるわ」
「ならば餌は私が」
「頼むぞ、私が信頼しているのはお前だけだ。今回もよくやってくれた」
口端が吊り上がり、彼女はようやく笑みを見せる。
「まさか最初に仲間に取り込んだ者が私の部下だとは、ログレウスも気付かなかったでしょうね」
「長い任務でした、およそ十五年になりましょうか」
「暫く休暇でもとる?」
「休暇を取るとしたら貴方が領土統一を果たした時でしょう」
「私も貴方が休暇を取れるよう頑張るとしましょう」
共に笑みをこぼし、二杯目のワインを頂くとした。
「これからまた忙しくなるわね」
「はい」
彼は薄らを笑みを浮かべ、静かに口を開く。
「領王様」
この世界が本当の浄化がされるのは、いつであろうか。
いやはや一先ずこれにて領土戦記完結でございます、といってもまあ第一部的な感じでございましたがまたいつか続きを書くかもしれません。
といっても、この領土戦記は一応私の書いていた異世界ものの話の過去編でありまして、言うならばこちらは番外編みたいなもの。
あちらのほうも完結はしておりますがもしかしたらこの番外編に絡んだ話を出すべく続きを書くかもしれません。
それではここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。




