第十八話.死ねる理
「お前は一体何がしたい、ネフォルティアの領土を、全ての領土を手に入れて何がしたい」
「世界を正しい方向へと導きなおす」
「は、ご立派だ」
「最初の者が世界に領土核を埋め込み、世界に制約を強いた。何故だと思う?」
「さあな。俺が聞きたいくらいだ」
その人物も世界のどこかで未だに生きている。
もし目の前に現れたら、こんな面倒な世界にしやがってと一発殴る――クウェンはそう想像する。
「領王が死ぬと領土も死ぬ、この制約が特に気にならないかね」
「何が言いたい」
「我々死なない者が世界の統治者になるために存在しているということだ」
「だとしても、お前はその器じゃあねえな」
くくっと彼は笑みをこぼした。
「ならば誰だ? ネフォルティア領王か? 殺されたら終わりだ。死ぬ者にこの世界の制約は重すぎる」
「だったらセルベでも推すとしよう。おいセルベ、お前統治者目指せ」
「え、嫌ですけど」
そんなあっさりと断るなよと内心を呟く。
「私は統治者なんて向いてませんよ」
「こいつも向いてないと思うぜ」
「同感です」
「手厳しいな君達は。確かに今のままでは統治者としては向いてないかもしれない。何より、死なない者の本を持っていない。セルベ、君の本を私に譲ってくれ」
「死なない者の、本……?」
彼の視線の先には、セルベの持つ本があった。
無論、その本がどのような力を持っているのかクウェンは知っている。薄々ながらもしかしたら、とは思っていた。
「統治者には必要なものだ、万物に干渉できるその本さえあれば、皆の心も一つに出来る」
「貴方には譲れません、扱えませんよこの本は」
「そうかな」
ログレウスは手を広げるや、その手には光が帯び剣が現れた。
領力を利用した転位技術によるものであろう。
高等な技術ゆえ一部の者しか扱えない、それだけで彼が相当の熟練者だと分かる。
一度衝突しあえば激しい戦闘は必須、しかも相手は死なないとあれば、クウェンは不利しかない。
だがしかし、彼は対峙する。
「領力式義体を本に消されてはたまらんし、奪うとしよう」
「させるかよ」
「やるのかね、無理はいかんよ、君は大怪我を負えば当然死ぬんだ」
「どうだろうな、今まで無茶をしてきたがこうして生きてるぜ」
どんな状況であっても彼は生還してきた。
死ぬかもしれない、そんな状況は数え切れない。
今はまた新たに、死ぬかもしれない状況であるが、
「元から死ぬ気もねえしな」
クウェンはそう言って、彼と剣を交えた。
刹那、であった。
ルゾンは出遅れ、加勢に加わる隙も見つけられずもつれる足を立て直す。
彼がログレウスの足止めをしてくれている、加勢をしても邪魔になるかもしれない――ならば、と彼女は領力式義体へと向かった。
あれを破壊してしまえばログレウスの計画は台無しに出来る。
今優先すべきはログレウスではなく、領力式義体――
「兵を残しておくべきだったかな?」
「兵士は今頃ネフォルティアか」
「そうだ、それにここは領力式義体の起動の後に破壊する予定だ。部下は極力置きたくない」
「部下想いだなあんた」
だが敬意は抱けず、向ける感情は敵意、それに剣。
避けると前髪がいくつか切断され、少しでも遅れると肌に赤一線。
一瞬でも油断すれば首が飛ぶ。
ログレウスの戦闘経験はクウェンよりも何倍にも至る、しかし戦闘技術は些か古く、動きは研究されている。
五分と見ていいかもしれない。
「いいのかね、彼女は」
「あぁ?」
振り向く余裕は無い。
だが容易く予測できる、ルゾンが領力式義体を破壊しにいったのだと。
本来ならば彼の台詞はクウェンが吐くべきだ。
しかし彼自身がそう呟くのは、領力式義体に何か罠が仕込んである、と言える。
「ルゾン! それに近づくな!」
「しかし絶好の機会であります!」
「ああっと、もう遅い」
周辺の機械が一斉に光を帯び、音を立てて何かを射出した。
「うぐぅっ!?」
「流石ネフォルティアの防衛システムだ」
設定された範囲に侵入し、武器を所持していれば感知して自動で攻撃するネフォルティアの技術。
領力の込められた銃弾は威力も高い。
間一髪で致命傷は避けたものの彼女の武器は砕かれ、手足を負傷。
すぐに攻撃範囲から出なければまた攻撃される。
「くそっ!」
クウェンはログレウスの剣を弾き身を返して、ルゾンの元へと向かった。
「時には捨てよ、出なければ自分の命を落とすぞ」
彼の言葉が背中に届く。
剣は強く弾いたつもりだった、上体が揺らいだのも確認した。
背につくのは数秒を要する――はずだった。
「ルゾン!」
彼女に手を伸ばす。
彼女の表情は驚愕に満ちていた、クウェンの後ろにはログレウスが迫っているのだ。
分かっている、だがルゾンを今助けなくてはならない。
クウェンは彼女の手を取りセルベのほうへと力いっぱいに投げる。
同時に、背中に一撃を受けた。
「セルベ、ルゾンを連れて逃げろ!」
「で、ですが……」
彼女は本を握り締めていた。
いざとなれば本の力を使うつもりなのかもしれない。
使えば動けなくなる、だからそれはいざという時のためのものだ。
クウェンが思い描いていたのはログレウスの身動きを封じて、本の力によって領力式義体を消す――だったがそれも今や難しそうだ。
セルベは今だ動かず、クウェンを見捨ててこの場は去れないらしい。
肩から腕にかけて血が流れていく感覚に不快感を得ながら、クウェンはため息混じりの深呼吸をする。
痛みには慣れている、クウェンの表情は変わらない。
受けたのは左肩、利き腕は問題なく動く。
振り向きざまに剣を振るう、空を切るもログレウスとの距離は開けた。
「君は何故戦う」
「何故?」
ログレウスは剣を下げて問う。
「ネフォルティアは守る価値があるか?」
「ったく、つくづく悪役っぽい台詞をはきやがる。参考書でも読んできたのか?」
「素直に疑問に思ったのだよ。腐敗したあの国に、領王に守るべき価値はあるのかと。君は知っているかね?」
「何をだよ」
「表向きは良き領王のようだがね、私の調べでは領王は奇病患者に人体実験を行っているとか。奇病を発症させる薬も開発したらしい、ちなみに最初にその薬を使われたのは――ベルエスという男だ。聞いたことはないかね?」
「なんだと……?」
「ベルエスは領王の裏の顔を知ってしまったようでな」
ログレウスはゆっくりと両手を広げる。
「どうだ、私と共に領王を排除し、ネフォルティアを良い国にしないか?」
その勧誘。
クウェンにとっては、今や敵討ちの誘いとなっている。
「クウェン!」
セルベは叫ぶ。
彼の心が揺らいでいると思って。
クウェンは深呼吸をする。
それは考えをまとめているのか、それとも。
セルベと視線を交差させる。
「悪いな、俺はあいつに雇われてるんだ。それにあんたの話がほんとだっていう確証もねえしな」
ログレウスへ一閃、彼は避けもせず眉間にしわを寄せて肩を落としていた。
体を斬られようとも、平然としている。
痛みには慣れているようだ。
「残念だ」
ログレウスの剣は光を宿した。
領力を込めたものだ、クウェンも同じく剣に光を宿す。
「あんたについていっても碌なことにならない気もするしな」
「今も碌なことになっていないのではないかね?」
それもそうだ、と正直思うクウェンだった。
「いいのかい。あの薬、擬似奇病とでも呼ぼうか。彼女はおそらく擬似奇病を使って世界を侵略していくぞ」
「領王も止めるさ」
「私が止めてみせる、だからついてこい誘っているのに、君はそれを断った」
「あんたのやり方じゃあ血が流れすぎるぜ」
「世界はいつだって血が流れている、正すには何かと破壊と流血が必要なのだよ」
「俺の家を吹き飛ばすのもネフォルティア民を巻き込むのも全部必要だってか」
「必要だ、いつだって犠牲のもとに国が建つ。君達がネフォルティアで暮らせているのも犠牲あってこそだ」
つまりは。
今は自分達が犠牲となり新たなな国を作る、と。
彼の言い分はそういうことだ。
「御託の講演会は眠くなるな」
クウェンは構える。
今度は領力が絡んだ戦いだ、一瞬でも動きが遅れれば命取り。
「永い眠りとならぬよう、しっかり気を保て」
刹那――剣が交わり、空間全てを振動させた。
ここはネフォルティア領土内ではない、領力には限りがある。
剣の強固、そしてぶつかり合った時のみ領力を更に引き出す、そうした節約で先ずは様子見をするしかない。
ただ、問題なのは敵が死なないということ。
身動きを取れないようにするしか手はないが、洞窟内は何も使えるものがない。
「ちっ……」
避けるたびにクウェンの腕や足、頬に赤い線が入る。
避け切れてはいるものの、ログレウスは領力を剣に通して射程範囲を広げているためだ。
「領力の扱い方が雑だ、それではそのうち首が飛ぶぞ」
「不器用なもんでな」
地面に剣を走らせて石飛礫を敵に見舞う。
ログレウスの目が一瞬塞がる――その時、剣で上体を斬りつけた。
「だが戦いの才能に関してはネフォルティアの腑抜けた兵士達と比べるとマシなほうだ」
深く斬りつけたもののログレウスは平然としている。
傷の治る速度は速い、深く斬りつけても五秒ほどで傷が塞がってしまう。
死なない相手を何度も斬りつけるのは気が遠くなるな、とため息をつく。
このままだと差が出る一方だった、怪我も負い体力は徐々に消耗しているクウェンと違い、ログレウスは何度斬られようともたちまち完治。
避けて無駄な体力を消耗するよりあえて攻撃を受けてクウェンの体力を消耗させている。
死なない者だかこそできる戦法だ。
「息が上がってきてるな」
「そうか?」
何か現状を打開できる一手が無いか、考えを巡らせる。
このままだと何をしても積みが待っている、積みになる前に策を生み出さねばなるまい。
ルゾンは動けない、領力式義体を破壊するにはセルベしかいない。
だが彼女とて領力式義体に近づく前に防衛機能によって阻まれログレウスがその際に必ずセルベを取り押さえるだろう。
クウェン一人ではどうしようもないのだ。
「クウェン」
彼女は、セルベは徐にクウェンのもとへ歩み寄る。
「私がやります」
「お前が捕まったらおしまいなんだぞ! 俺がお前を守れても本を奪われたらどうする!」
「大丈夫です、この本は所有者を選びますので本を使われる心配はございません」
「ほう。本が所有者を選ぶねえ」
本を奪われても本の力を利用されることはないものの、奪われたら奪われたでセルベが本を使えないという点に関しては解決されない。
「だが君から奪ってしまえば君は無力だ」
「クウェン、協力してください」
「協力も何もな!」
ログレウスの一撃をすぐさまに防ぐ。
しかしそれは囮、領力を込めておらず、ログレウスは体を回して領力を込めた攻撃を、弧を描いた剣で仕掛けてくる。
「――なるほどな」
彼女は背中を向けてログレウスの攻撃をあえて受けていた。
「目には目を、ということか」
「いいのですか、悠長に喋っていて」
クウェンはすかさず攻撃を仕掛けた。
領力を込めた一撃、髑髏の男にも繰り出した攻撃の、威力を抑えた程度だ。
吹き飛ばすには十分。
ログレウスは壁にまで吹き飛ばされ距離が開く。
だが地面に剣を突き刺して吹き飛ぶ軌道を変え、領力式義体の近くへと移った。このような攻撃も想定済みといったところか。
領力式義体は更なる発光を見せていた、起動までの時間は残り少ないかもしれない。
「ログレウス、一つ教えておきます。この本はあらゆるものに干渉できますが、一度干渉したものには干渉は働かないのです」
「それは良いことを聞いた、ならば私に本の力は効かないのだな」
「ですが、干渉したものを返すことはできます」
「……返す?」
彼の動きが止まった。
何か嫌な予感でも抱いたのか。
「貴方は死なない者になった時の記憶を憶えてますか?」
「憶えているとも、最初の者と会い、最初の者と共に世界を渡り、彼に認められて不死を授かった」
「その不死は、どうやって授かりました?」
「彼が本を私に向けて……まさか貴様」
何かを察するログレウス。
「貴方にお返しします。人として死ねるという理を」
ようやく、ログレウスの表情に大きな変化が見られた。
警戒心からか、彼は今だに距離を詰めようとはしないが、その表情から今にも飛び掛ってきそうだった。




