第十七話.ログレウス
奥に進むにつれて、空気が冷えていく。
かなりの距離だ、ネフォルティアのすぐ近くまで迫っているのではないだろうか。
「どれくらい、歩きましたかね」
「さあな」
「ここまで来て敵が一人もいないとは……」
「やはり爆弾が設置されているのかもな」
「しかしこれでは回りくどいのでは?」
「そうだよな、ネフォルティアに侵入した時に持ち込めばいいだけの話だ」
敵が何をしようとしているのか今一はっきりとは見えてこない。
「次の攻撃もしてこないし、こりゃあ領力壁は無事に発動できそうだ」
「だといいのですが」
セルベの表情は芳しくなかった。
「相手も攻め手がなくなって諦めたのかもよ」
「そう簡単に諦めはしないと思うのです」
「そうかもしれねえが、こうも敵がいないとな」
一体何を狙っているのか。
何か自分達は見落としをしているのではないか。
クウェンは考える。
傾斜、自分達は進みながら、そして少しずつ深い層まで歩いている。
深い。
深い?
「……核?」
「はい?」
「……領土核を狙ってるのか?」
「領土核、でありますか? しかしネフォルティアの領土核はここよりも遠く深い位置にあるかと」
「領土核と近い層へ掘り進んでいって位置だけを探知し、一点に集中して領土を通すケーブルを送っていけばあるいは……」
クウェンの足が止まった。
見落としたものは一つではないと悟ったのだ。
「クウェン、どうかしました?」
「もしかすりゃあ、俺達は時間稼ぎなんかしてる暇はなかったかもしれねえ」
「何か分かったのでありますか!?」
「推測が正しいかどうかをこの目で確かめる」
進むこと数秒。
冷えた空気が頬を撫で始める。
奥に見えるは淡い青。
何かがある――クウェンは少しずつ速度を落としていった。
淡い光を遮る何かは人の影か、剣を静かに前へ向け、一歩一歩かみ締めるように前へ出る。
「注意しろ」
二人は小さく頷く。
緊張感が、彼女達の言葉を禁止していた。
「来たか」
男の声が流れてくる。
「お前は……」
そこに立つ男にクウェンは見覚えがあった。
男は薄らと笑みを浮かべクウェンを、そして後方の――セルベを見た。
「彼女も一緒のようだ。隣の女性は君をここに導く手がかりを与えた者、かね。少し計算外だ」
全て見透かされているかのような気分になる。
彼は――何者か。
「どうしてお前がここに……お前は、髑髏の男にやられて病院にいるはずだっただろう」
「そのはずの者がここにいる時点で、答えは見えているだろう?」
彼は、クウェンと共に地区再生部隊に所属していた兵士の一人。
何気ない会話をしていたただの青年、のはずだった。
名前すら聞いていない、然程仲が深くなったわけでもない。
「自己紹介はまだだったよな、クウェン。俺の名前はログレウス、死なない十三人の一人だ」
「お前が、そうだったのか」
「ま、また死なない十三人、ですか」
ルゾンにとって死なない十三人の印象は大きく変わったものの、今回は敵、それを認識しておかなくてはならない。
「ログ、レウス……?」
「ああそうだ、私がログレウスだ。久しいねセルベ、君とはいつ以来かな?」
「さあ、いつ以来でしょうね」
セルベはログレウスの顔を知らなかった、そのために最初彼を見ても気付かなかったのだろう。
顔を隠していたのは自分の計画の妨げになるかすかな要素ですら除外するためであったのかは定かではないが、少なくとも彼にとって利となったのは明白。
先読みに長けている故の業であろう。
「クウェン、君は俺を妨げる存在にもなりうるし、俺を助ける存在にもなりえると俺の勘が言っていたよ」
「そりゃどうも」
「次に君は彼女に、セルベをつれてここを離れろとでも伝えるんじゃあないだろうか。いや、ね。これも俺の勘が言っている、言っているだけだ」
図星だった。
嫌な予感がするこの状況、奥に見える淡い青は何なのか、先ずは二人をここから逃がすべきだとクウェンは考えていた。
となると。
彼の言うとおりに二人を逃がすのも癪。
「随分と雰囲気が変わったもんだな」
「俺の演技はどうだった? 街中にいる青年を真似てみたんだ」
「中々うざかったよ」
「だろう? 私もその青年を見ていた時君と同じ感情を抱いた、けどね、君と同じく憎めない奴とも思ったよ」
まったくの同感だった。
「聞いていいか?」
「お前はなんでわざと重傷を負って病院に? と?」
クウェンが問うはずだった質問も、彼は容易く予測できるようだ。
「君が撃退して病院に運ばれる髑髏の者を病院から出すために病院内で細工をする必要があったのでね」
「俺があいつを倒すのもお前の計画のうちってところか?」
「ああそうだ」
彼は踵を返し、奥へと進んだ。
何か罠があるのか、二人には視線だけ送り罠への警戒を伝えるクウェン。
彼の足跡をなぞっていく。
然程歩数は重ねていない。
ただし、淡い青は強い青へと変わり広い空間が現れる。
「これが何かは分かるかい?」
機械に囲まれたその青の中にあるのは――人の形をした何かだった。
クウェンは知っている、それが何なのかを。
「……領力式義体、か」
「正解」
「な、領力式義体、ですって!? あれは開発に失敗したと聞いたでありますが!」
「君達は失敗と聞かされたのか、おかしいな。私は成功したと聞かされた」
つまり研究、開発に携わった連中は皆ログレウスの手先ということになる。
事故によって出た死者はログレウスの息がかかっていない者達かは定かではないも、その線が濃厚、とクウェンは推測する。
どこまでネフォルティアが侵食されているのか、見極めなくてはならない。
そんな中、後ろではセルベがこっそり領力式義体とは何かとルゾンに聞いていた。
もしも今余裕があったらクウェンは彼女の頭を叩いていただろう。
「美しいものだろう? これが人の手に創られたものだは思えない」
人形ではあるも、まるで生きているかのような、その容姿。
なめらかな白い素肌、金色の糸をまとめたかのような髪、開眼していれば魅了されていたであろう瞳はいつ開くか。
十代後半と思われる少女。
一体誰を模したのかは分からず。
「そいつを使ってネフォルティアを潰す気か」
「今こいつは領土核と繋がっている。そして領土核は領力壁発動によって覚醒している、と説明すれば理解してもらえるかな? 使用される領力の回路を彼女に変換するとどれほどの力を生み出すのだろうね」
「世界最強の兵器が生まれるってのは確かだぜ」
今のネフォルティアのこの兵器を防ぐ手立てはない。
それどころかこの領力式義体の起動を手伝ってしまっている。
今更領力壁の発動は止められない、これほど深く進んでしまったのだ、領力無線でも連絡は取れない。
これも彼の計画のうちであり、踊らされているのはクウェンも自覚している。
だが、決して彼は焦らず、今は至って冷静だった。
クウェンはベルエスの教えを心の中で呟いていた。
『やべえ状況の時に慌てる奴は三流、焦る奴は二流、落ち着いている奴は一流だ。でもな、大抵落ち着いてる奴は馬鹿で焦る奴は普通で、慌てる奴は賢いんだ』
彼が何を伝えたかったのかはクウェンには分からず仕舞いではあったものの、自分は馬鹿であっても一流であるならば――と。
「大したものだ」
「何がだ?」
「その冷静さだ。見習うべきだ彼女も。見たまえ、今にも私を切り捨てて義体を破壊しようと闘志を燃やしているぞ」
ルゾンはじりじりと距離を詰めていた。
咄嗟にクウェンは左手を彼女の眼前へと突きつけ、意識を散らした。
「ク、クウェン!」
「落ち着けよ」
「しかし!」
クウェンは深呼吸を促し、彼女を一歩退かせる。
渋々ながら応じるルゾン、だが闘志は今だ燎原の火の如く。




