第十六話.奥へ
独特の臭いが漂う崖下。
魔物が度々落下していつもどこかしらに死体があるために死臭はつきものだ。
「ここに抜け道があるとしても、かなりの距離だな」
「ネフォルティア地下の下水道や、昔に作られた避難路、地下の作業通路などありますので掘ってそのどれかに到達すれば、可能性は考えられますね」
「なるほどな」
別にネフォルティアの真下まで掘らずとも、いずれかの通路に到達できれば問題はないのだ。
だがそれまでに掛かる人数や時間は大規模だ。
内通者によってこのあたりはネフォルティア民が近寄らなくなったためにやりやすくなったと考えると、相手のほうが上手も上手。
一つ一つの行動が大きな計画への成功に導かれる。
「……あれは」
奥で光が灯されていた。
人工的な光だ、何者かがいた明らかな形跡。
「死なない十三人の手下か?」
「戦闘準備に入るであります」
「私は応援の準備に入ります」
一人だけ戦力がないに等しいがしかし、本の力を使えばこの中では一番力を持つ者と言える。
デメリットを考えると使いどころは限られるのだが。
「三人か」
「分かるのです?」
「音と匂いと気配で」
ルゾンは耳を澄まし、気配を探ってみようとやや光のほうを睨むようにして見るも、どうやら人数の把握には至らなかったようで眉間がふにゃりと曲がる。
「先行する」
クウェンは足音を殺して近づく。
光は領力石を内臓したライト、照らしている方向を見ると人が一人は余裕で入れるほどの穴が開いていた。
「クウェ……」
セルベの声を、クウェンは口に人差し指を立てて遮断する。
ここからはかすかな声であれ発してはいけない。
クウェンは小剣を取り出す、あの穴の中で戦うことになれば通常の剣では振るには難しい。
壁沿いに歩きながら、ライトの真下に行く。
こういうのは厄介だ――と心の中で呟いた。
というのも、影が映るために無闇に光の中には入りづらい。
クウェンはライトの取り付け部分を見て、焦らずに部品を取り外す。
人の気配は穴の奥、いつ出てくるか分からないためにルゾンがいつでも迎撃できる位置に立った。
ライトを取り外して手に持って穴へと進む、こうすれば影は映らない。
穴のすぐ近くへと来るもまだ行動はせず、一度ライトをルゾンに持たせた。
小剣を伸ばして、反射で穴の中を見る。
奥に人影があるが、後姿――隙はつけるが近くに残りの二人もいるだろう。
ならば、とクウェンはセルベ達を一度後退させる。
小石を拾い上げ、穴の入り口付近に軽く投げた。
「ん?」
振り返った音、
「何の音だ?」
足音は近づいてくる。
他の足音はなく、仲間との会話もないとなるとこの男は一人でここを見張っているということになる。
足音が止まると同時にクウェンは穴へと入り込む。
男が声を上げる暇さえ与えず、すみやかに口を塞ぎ手を引いて後ろを取って武器を奪い、首を絞める。
その際にも穴の奥の曲がり角から敵が来ないかと確認しつつ、男が気絶するまで静かに呼吸を整えた。
このような場面、心臓の鼓動は激しくなる。
緊張は先の行動を鈍くさせる、僅かな間さえあればクウェンはこうして落ち着くために深呼吸ぎみに呼吸する。
ばたばたと手足を動かす男――慌てずにゆっくり外へと引きずっていく。
やがて男はぐったりとし、数秒待ってからクウェンは手を離した。
「お見事であります」
「短機関銃か、物騒だな。持っとけ」
領力を得られない死地ではこのような武器を使用するしかない。
「むっ、私は銃の扱いは中々苦手でして……」
「持っているだけで安心ってもんだろ」
「それもそうでありますが」
腰に下げている剣を一瞥する。
剣で戦うほうがいいらしい。
「じゃあ私が持ちます」
名乗り出るはセルベ、しかし……彼女が銃を持つというだけでどうしてこうも不安が押し寄せるのであろうか。
「お前は駄目だ」
「な、なんでですかっ」
「俺が撃たれそうで怖い」
「撃ちませんっ」
結局、クウェンが銃を持つことになった。
しかしクウェンも戦うならば剣、銃はベルトで肩掛けして後ろに回すがやや動きづらい。
「やはりこの先に何かありそうですね」
「ああ、ネフォルティアと繋がってるとして、この先に敵がうじゃうじゃいるかもな」
見張りが一人、奥には二人。
その先にも何人かいるであろうが、敵の数が少なすぎる。
念のために人数を減らす必要がある――とすれば爆弾関係でも仕掛けているか。
「領力壁さえ発動できれば問題ないが、あとどれくらいで発動できるか、だな」
「敵のほうが先手を取れる気がするであります」
「だったら俺達が後手に回させるしかねえよ」
「そうでありますな」
穴の奥に進むと一定距離で光が灯されており、更に奥には人影が見える。
まずいな、と呟く。
というのも、この先は直線だ。
隠れる場所もなく、進んだ瞬間に敵に気付かれる。
「どうします?」
「少し強引にいくか」
「強引に?」
「待機してろ」
クウェンは身を低くして、迷いなく飛び出した。
思わず彼の名を叫ぶセルベだが、その声はもはや聞こうともせず。
クウェンの得意分野、特攻である。
「何者だ!」
敵は気づいて銃を向けるが、クウェンの速さに危機を感じたのかすぐさまに発砲してきた。
「ネフォルティアの兵士だ、撃て!」
「あいつ、噂の猛犬か!」
その単語が出てくるやクウェンの眉間に深いしわが刻まれた。
左右に動いて銃弾をかわす――といっても弾道をある程度読んで動いているのだがクウェンは致命傷でなければ弾は受けるつもりでいた。
そのために大胆な行動が出来る。
命がいらないのではなく、払う代償は最小限にといったところだ。
見る見るうちに距離は縮まり、敵の間に入る。
そうすることで相打ちの状況が作られ、敵の発砲は先ずなくなる。
「くっ!」
男の腹部に剣の柄を当て、もう一人には剣の先端で銃を弾く。
首筋に剣を突きつけて動きを止めるや双方の腹部を殴って黙らせる。
「ふう……」
そこらの兵士程度であればクウェンに敵う者などいないだろう。
「クウェン、あまり無茶はしないでください」
「俺にとっては無茶じゃねえ」
銃弾は全て回避できたわけではない。
両肩や頬、太ももを弾丸が撫でたおかげで出血している。
「そんな戦い方ではいつか死にますよ」
「人間いつかは死ぬ」
「死なない人もいますがね」
「そうだったな、少なくとも俺は死ぬぜ」
それは近い将来か、遠い未来かは分からないが。
「今の銃撃で敵に気付かれましたかね」
「しかし向かってくる気配がない。奥で待ち構えてるのか?」
普通ならば様子を見てみるものだが、そんな悠長に構えてなどいられない。
クウェンは足を進める。
人数も少ない、武器も強力とはいえない、戦力は不十分すぎる。
だがそれがどうした。
やるしかない、いくしかない、そんな状況なのだ今は。
「分かれ道、か」
「どうします?」
「風の通り道からして、ネフォルティアと繋がってるのは左か」
「では右は?」
「俺に聞くなよ」
あえて右側に行ってみるのもありかもしれない。
場合によっては行き止まりで窮地に追い込まれるのだが、何かあるのだとしたら右が怪しい。
「どっちも行くのが一番だ」
右へと進む、慎重にゆっくりと。
「領力壁さえ発動されればネフォルティアは安全なんだがな」
「時間稼ぎのためにも我々がかく乱するしかないでありますな」
「私も頑張ってかく乱します」
「俺達をかく乱しないでくれよ」
「わ、私だってやるときはやるんですから!」
「そうであります!」
はいはい悪かったよ、と心の中で呟く。
確かにセルベの力は強大だ。
もしもの時には彼女を頼るかもしれない。
「敵がいないでありますな」
「静かなもんだ。敵はさっきの奴らだけだったりしてな」
本当に爆弾があるんじゃないかと不安になってくる。




