第十五話.始まりの場所に
街の混乱は思ったよりも早く収まった。
ゼナ率いる師団による迅速な対応のおかげだ。
死なない十三人の手下は何人か捕まったようだが、その中にログレウスの姿はない。
彼は今どこで何をしているのか、次は何をしかけてくるのか――不安は払拭できずにいる。
そんな中、クウェン一行はネフォルティアの外にいた。
厳重な検問にいくつか引っかかったがすんなりと通行が許可された上、所持品や同行者についてもこれといって問われなかったので心配だった面倒ごとが解消できた。
顔を伏せがちなルゾン、本をぎゅっと抱きしめるセルベ。
借りた車両のトランクには武器装備一式。
どれも問い詰められれば口篭るしかできないものばかりだ。
ゼナが手回しをしてくれたのか、とネフォルティアを一瞥。
「ちゃんと前を向いて運転してください」
「事故ってもお前は死なないから大丈夫だろ」
「痛いのは変わりないのですがそれは」
「運転が荒いぞクウェン、酔いそうであります」
運転手に対して文句しかないな、と呟きながら口をへの字にして只管走る。
魔物は以前にかなりの数を退治できたおかげか走行中に魔物と遭遇することはなく順調であった。
ただしこの先はどうなるかは分からない。
「そろそろですね」
「ああ、気合入れろよ」
崖が見えてきた、崖まで来たらロープによって崖下へと降りるのだが、その際に敵と遭遇した場合は厄介極まりない。
「何体かいるな」
周囲には人の気配はない、だが魔物の気配はある。
「やるでありますか」
ここでは領力の共有権は使えない。
領力を温存しておかなくてはならない状況だ、手持ちの武器で対処できるのならばそれが望ましい。
「私は隠れてます」
「死なないんだから囮にでもなれ」
「えぇ……か弱い乙女にそんな命令します?」
「か弱いババァの間違いだろ」
「魔物に殺されるのと私に後ろから刺されるの、どちらか選んでください」
「やめてくれ」
そんな会話をしているうちに空気が揺れた。
「お前がぶつくさ喋るから、寄ってきたじゃねえか」
「私のせいにしますか? ん?」
彼女に構うよりも今は目の前の敵を、だ。
ルゾンの実力に関しては今だこの目では見てないものの腕は立つとクウェンは見ていた。
彼女は魔物数体が一度に現れても構えに乱れは無く、一回深呼吸をして剣を低い位置へと、薙ぐ構えに切り替えていた。
敵は前回とは違い狼に似た魔物、最初の攻撃は飛び掛りと知っていたのだ。
「一閃あるのみであります!」
一体目が飛び掛ると同時に、胴体が真っ二つに切断された。
それでもなお彼女に振るわれる腕も、ルゾンは冷静に見極めて斬りおとす。
「やるな」
「これくらい当然でありますよ」
丁寧な、戦い方の基本といったルゾンの立ち回りと違いクウェンはいつものように前進する。
魔物の攻撃を見切って寸前でかわして胸に剣を突き刺しそのまま倒れこむ。
次の魔物が飛び掛ってくるや顔面に蹴りを見舞い倒れさせる。
剣は先ほどの魔物の胸に刺さったままだ、武器は持っていない――いや、持っている。
二つの拳が、魔物の顔面を殴打の連打。
「ま、まさに猛犬でありますな……」
「領力を節約してぇんだよ、つーか猛犬って言うな」
それはそうだが、もう少し武器を使って体力の節約もすべきでは――と言いたげにルゾンは眉間を曲げた。
「わ、こ、こっちにも来たのですがっ」
「大丈夫だ、お前は死なない」
「痛いのは変わらないと言ったでしょう!」
セルベを追う二体、クウェンとルゾンはどっちがどっちをやるか視線で連絡し合う。
剣を抜き、右をクウェンが。
先ほどと同じく薙ぐ構えで左をセルベが。
二人とも共闘はしてはいなかったものの自然と息が合っていた。
一人で戦うのが主だったクウェンも、これには予想外であった。
「お前、合わせるのが得意なのか?」
「――後ろにまだいますよ!」
今度は蛇型の魔物、大型だ。
流石に領力を使わざるをえないか。
「まあ、多少ながら味方に合わせるのは得意でありますよ。貴方とは違って」
「余計な一言を」
ルゾンはクウェンが右方向へ回り込むと同時に、魔物の右目をナイフで正確に潰した。
死角に入り、魔物は一瞬対象を見失う。
この手の魔物は頭を落とすのが良いとされる、大型が半端な手負いの状態になると手がつけられないからだ。
「クウェン!」
ルゾンは剣を投げる、魔物の近くに剣が刺さるやクウェンは何の目的で投げたのかを判断し、剣を足場とした。
領力は少しだけ、少しだけ使う。
剣を踏むと同時に領力で跳躍力を得て、魔物の頭上へと飛び上がる。
「大人しく、しろ!」
横から一閃、魔物の頭は体とおさらばし、クウェンと共に地面へ頭は落ちていった。
「片付いたな」
「魔物以外はいないでありますね」
「ああ、だが油断するな。罠をしかけているかもしれん」
三人は崖まで歩いていく。
この辺りは、とクウェンは周辺を見回していた。
「地図からすれば、このあたりかと」
前回クウェン達が落下した場所と近い。
ここから始まったのだなと、彼は振り返る。
降下の準備を早速始め、深く杭を打ち、ワイヤーを垂らした。
領力を流せばそれらはより強固になり、些細なことでは外れない。
ここが死地でなければ領力を自動で供給してくれるのだが、と仕方なくクウェンは自らの領力を使った。
「この高さ、ぞくぞくします」
セルベは高所にはそれほど恐怖心は感じないようだ。
むしろ薄らと笑みを浮かべて今から降下するのが楽しみだと言わんばかりだった。
対して、
「わ、私はびくびくであります」
ルゾンは腰が引けてしまっていた。
こういった高所は仕事上経験が少なかったのかもしれない。
「気張れよ、何があるか分からねえんだ」
「わ、分かってるであります!」
では先ずその引くだけ引いてしまった腰をなんとかすることから始めよう。
ルゾンは崖下を覗き込むや、想像以上の高所に膝が笑っている始末。
彼女の背中を見て、クウェンは思わず突いてしまった。
「ぎゃ、わっ! き、貴様、冗談で済まないでありますぞ!」
「悪い、つい」
「つい、で人を殺すつもりでありますか!?」
大げさな。
突いたくらいじゃあ落ちないがルゾンにとってはここでは突く程度でも命に関わるほどの行為であるらしい。
彼女の気持ちの整理を待つには時間が惜しい。
クウェンは早々に腰ベルトを装着させ、ワイヤーに引っ掛ける。
「いいか? 壁側を向いて腰ベルトをしっかり押さえながら降下しろ」
腰ベルトから伸びる引っ掛けをワイヤーに装着。
「この引っ掛けを掴んでいる間は降下する、危ないと思ったら手を離せば感知して降下が止まる。分かったな? よしいけ」
「えっ、分かったでありますが、えっ?」
クウェンはルゾンをひょいっと持ち上げて崖まで運ぶ。
足場のない場所。
ルゾンの顔が引きつり、クウェンにまだ心の準備が出来ていないと目で訴えるが、クウェンは清清しいほどの笑顔を彼女に向けていた。
「降ろすぞ、最初は引っ掛けには触るなよ」
「ちょ、待つであります!」
「待たないであります」
容赦なく手を離す。
落下する中、恐怖に包まれた顔でルゾンはクウェンをただただ見つめていた。
クウェンはそんな彼女を見て、ああ楽しいなんて思いながら笑みを継続。
「ぐえっ」
引っ掛けが反応して落下は止まる、だがその際の衝撃でルゾンはまるで引き上げられた海老のような動きをした。
「こうして見ると、面白いですね」
「だろ? 初めて降下訓練する奴とかよ、降下の瞬間は見てて一番楽しいんだ」
「酷いであります……」
「よし、引っ掛けを掴め。優しく掴めばゆっくり降下するぞ」
言われたとおりにルゾンは引っ掛けを掴む。
ゆっくり降下、というか、ゆっくりすぎる降下。
「もっと早く降りろよ、じゃないとワイヤー揺らすぞ?」
「わ、分かったから! 少しくらいはこっちのペースでやらせてであります!」
だが降下速度は変わらない。
クウェンは容赦なくワイヤーを揺らした。
揺らすたびに聞こえる悲鳴、実に楽しそうなクウェンであった。
三人が降下を終えるまで少々時間が掛かった。
原因は言わずもルゾンにあり、彼女の表情は青白くなって未だに高所からの降下による恐怖心を引きずっているようだった。
「折角命を拾ったのに死ぬところだったであります」
「いや死なないから」
腰ベルトと引っ掛け、命綱は問題ない。
よほどのことがない限り事故など起こらない。
分かっていても、高所による恐怖心は中々克服できるものではない。
「楽しかったですね」
「お前はこいつより素質があるな」
「……セルベ様は流石であります」
では、行くであります――と弱々しい声でルゾンは地図を広げて崖下を進んだ。




