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領土戦記  作者: 智恵理陀
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第十四話.3人で

 どうしようもなく、どうすることもできない光景が目の前に広がっていた。

 大切な人との思い出がつまった家はもはや灰と化している。

 写真の一枚くらいは見つかるかもしれないとクウェンは瓦礫を漁るもまだ燻っている瓦礫はよせるのも一苦労だった。


「ログレウス、打ち殺してやる」


 全てはあの死なない十三人の一人、ログレウスのせいだと、怒りの矛先が一点に絞られる。

 もしも彼がクウェンの前に現れたら怒気がふんだんに込められた一撃をお見舞いされるのは確実だ。


「しかし、今回はの襲撃は……何を目的としていたんだ?」


 あれから敵の襲撃はぴたりと止んだ。

 折角ネフォルティア領国内に侵入できたのに、大打撃を与える機会をふいにするなど妙としか言いようがない。


「これは酷いな、すっごい酷い」

「……あんたか」


 クウェンを心配してやってきたのだろうか――ゼナは治療道具を片手にやってきた。


「怪我は?」

「かすり傷だ」


 クウェンにとっては、そうであろう。


「血が流れてるじゃないか」

「領力治療でいい」

「複数個所の怪我だ、それでは領力治療をしても体力を消費してしまう」


 領力を使えば治療は出来るが、体力の前借といってもいい効果であり怪我の数が多かったり重傷であったりするとあとから体力の消耗によって疲弊してしまう。

 そのために人の手による治療は領法が広まったこの世界であっても未だに大切なのである。


「どれ、治療してやろう」

「できるのか?」

「できるさ、昔は看護士を目指していた」

「嘘付け」

「ああ、嘘だ」


 なら言うなと、呟きながらクウェンは再び瓦礫の山を漁る。


「勝手に治療するぞ」


 最近、女によく治療される――と、思うクウェンであった。


「……ああ」


 クウェンとしては手を止めたくなかった。

 一つでもベルエスとの思い出の品を回収したかったからだ。

 そんな彼の後姿にため息を放ち、ゼナは治療を始めた。

 治療など関係ないと動くクウェンへの治療処置は中々面倒そうであったが、それなりに治療はできているようだった。

 包帯の巻き方など、少々不器用な気もするが。


「捕らえたのは君の報告にもあった髑髏の男のみだった」

「逃げ時も抜かりがないな」

「髑髏の男は何か言っていたか?」

「今回は挨拶だとよ、本命はまた別だ」


 それが一番の収穫だった。

 次の襲撃があるというだけでネフォルティアは迅速に防衛の準備をして待ち構えられる。

 だが、攻めに転じれない。


「守りを固くする、防衛部隊を結成し、君はその隊長格に就いてくれ」


 師団復帰とまではいかないものの、部隊長に就けるのは先のことを考えれば悪くはない。


「……後手に回るのは不利しかないぜ、被害が増えるだけだ」


 クウェンの返答はまだではあるが、先に自分の意見を述べるとした。


「ネフォルティア周辺に探索部隊を派遣するか」

「領土外に出て敵と同じ土俵に立つのも危険だ」

「分かってはいるが……」


 一方的な不利を押し付けられた――敵に踊らされているのを自覚するゼナ。


「領力壁の発動を早めるしかないかもしれないな……承認から発動まで今日中にやれればいいが」

「領力壁があったな、あんたらは守りを固めてな。こっちはこっちで考える」

 

「何か策でもあるのか?」

「さーな」


 写真立てが見つかった、半分焦げてしまっているがベルエスの顔は確認できた。

 クウェンはそれを大切に握り締め、踵を返す。


「いや、策があろうがなかろうが、だ。クウェン、一緒に来てくれ。対策本部を設立する。領力壁についての話し合いもせねばならん」

「今は休暇中なんでな」


 ゼナの肩を軽く叩き、そのまま通り過ぎる。


「クウェン! どこに行く!」

「安心しろよ、ネフォルティアからは出ねえ」


「私からの命令を無視してまでも、単独行動を望むか!」

「単独じゃねえ」


 真っ先に浮かぶ――彼女の、セルベの顔。


「何?」

「色々やってみる、そっちは任せたぜ。師団長」

「少しは協調性をだね」


 彼女のため息が聞こえる。

 自分が如何に問題児か、善意で接してくれる彼女をどれほど裏切ったか、自覚はあるも今更自分の生き方は変えられない。


「悪いな」


 故に、謝罪する。


「いや、いい。君もそれなりに考えがあるのだろう、ならば動くといい。行き詰ったら私のもとに来たまえ」

「ああ、助かる」


 本来ならば師団長の命令に背くなどご法度。

 二人ならではの関係だからこそなりうるこのやり取り。

 周囲にいた兵士達は唖然として見送るしかなく、クウェンは快活な足取りでその場から離れた。

 



  *  *  *  *


「髑髏は?」


 第二師団長ガオルレ・ボスティは壁に背を預けて、治療室から出てきた兵士に声を掛けた。


「質問には未だに一切答えません、答えるつもりもない、といった様子です」

「後で取調室につれていけ、私が尋問する」

「かしこまりました」


 ガオルレは窓から治療室内を見る。

 ベッドに横たわる髑髏の男、両手両足を拘束されており、領力による結界も発動されているため治療室から出ることは不可能だ。


「あいつを倒したのは誰だ?」

「地区再生部隊所属クウェン・アルトバスと聞いております」

「あいつか……」


 猛犬――その呼び名が思い浮かぶ。

 死なない十三人の手下は強者が多いと聞くも、クウェンはそれ以上の力を以って敵を倒した。

 評価されて当然、ではあるがガオルレの表情は思わしくはない。


「師団の中で敵を排除した者は?」

「おりません、髑髏の者以外逃亡を許しております」

「ふがいない……」


 このままではクウェンの評価が上がり師団復帰の話も出てくる、ガオルレはそれを避けたかった。

 問題児を師団になど、二度と入れてたまるか――。


「――ガオルレ様、ゼナ様から連絡が」

「ゼナから? 繋いでくれ」


 耳に小さな機械を装着する。

 領力によって起動され、音声が届いた。

 外にいるようで様々な雑音が混ざっている、今は国全体が慌しい、街も人が絶えず行き来しているであろう。


「なんだ?」

『やあやあ、髑髏の男はどんな様子だい?』


「何も喋らんそうだ、後で俺が話を聞く」

『そうか、そちらは任せるよ』


 髑髏の男の様子を聞くためにわざわざ通信をしたのだろうか。

 眉間にしわを寄せ、小さく息をつく。


「他には?」

『本題はこちらなのだがね。クウェン・アルトバス、知っているだろう?』

「知っている」


 聞きたくない名前だ、と心の中で呟く。


『私の権限で単独行動を認める』


「師団の矜持をなくしたか? んん?」


 声にあからさまな怒気が混じる。

 隣にいる兵士は居心地が悪そうに下を向いた。


『そう言うな、彼がいつになくやる気を見せているのでね、期待しているのよ』

「猛犬に何を期待する、獲物に噛み付くことしかできないんだぞ」


『今回ばかりは一筋縄ではいかない。我々の型にはまった立ち回りなど相手には通用しないと思うのよね』

「だったら猛犬で荒らさせようってのか?」


 クウェンとゼナが話をしているのはガオルレも何度か見た。

 それなりの仲なのか、それとも恋仲なのか、どうであれ特別視をしているのは彼も感じていた。

 仕事にそれを持ち出すとなると、許されない、絶対に許されない、とガオルレの表情はみるみるうちに歪んでいく。


『彼、私達の知らない情報を握ってると思うの』

「ならば、奴にその情報を聞いて我々が主体で動けばいいだろう」


 もはや冷静を保つにはすれすれのところまで来ている、境界線を踏む越えるのも時間の問題か。


『ま、ま。そう言わずに、クウェンは単独行動が得意だし、彼の好きなようにやらせて、助け舟が必要な時に私達がいればいいかなって』

「あいつに任せて俺達は指をくわえて待ってろというのか?」


『私達は守りを固めるわ、内部に敵がいる可能性があるから、その洗い出しもしないと』

「内部に……?」


『ええ、貴方も周りには気をつけて。私が戻ったら会議室で作戦を練りましょう。そっちは頼むわね』


 通信はそこで終わった。

 不機嫌そうにガオルレはため息をついて腕を組む。

 隣にいる兵士は縮こまって彼の様子を窺うが内心ではその場からすぐにでも離れたい気分であろう。


「見張りの数を増やすか。髑髏もここなら何もできんと思うが」

「はっ、承知しました」


 兵士が連絡を取っている間、ガオルレは少し廊下の先を歩くとした。

 この先は国の負傷者達のいる病室が続く。

 今日の件で病棟全体は慌しく、どれくらいの負傷者が運ばれたのか確認する必要があった。

 事件が起きて暫くしてからは運ばれてくる負傷者が多かったが今は落ち着き、しかし治療で忙しさは変わっていない。

 本来ならば師団長であれば皆が足を止めて頭を下げるものなのだが今日はそんな余裕すらない。

 ガオルレも気を遣って廊下の端を歩き、病室を一つ一つ覗いてまわる。


「内部に、か」


 言葉を反芻する。

 内通者がいる可能性は、否定できない。

 ネフォルティアに髑髏の男が容易く侵入できた時点でそれは濃厚だと言えよう。

 混乱の生じたネフォルティアで内通者を探す余裕はほとんどない。


「ゼナの言うとおり、今は守りを固めるほうがいいかもしれんな」


 負傷者が予想以上に出ている、不意打ちの爆撃は兵士達が集中している場所を狙ったのであろう。

 一発は街外れに落ちたらしいが、その真意をガオルレは知ることはないだろう。なんといっても髑髏の男の私情によるものなのだから。


「なあ君」

「はいっ!? あっ」


 忙しいところ引き止めたくはなかったが、少しでも状況を詳しく把握したかった。

 看護士は額に汗を浮かべ、ガオルレを見るや師団長と認識して遅れて頭を下げた。


「すまんな、少し聞きたいのだが」

「あ、はいっ。なんでしょうか」


「どれくらいの負傷者が出てる? 師団長格に負傷者は?」

「えっと、ですね……。正直、多すぎて数え切れなくて……。師団長格の方は第五師団長が爆発に巻き込まれて……」

「そうか、分かった。ありがとう」


 よほど忙しいのか、話を終えるや看護士はすぐにその場から立ち去ってしまった。

 第五師団長は街でよく巡回警備をして熱心な人物だった、逆にそれが仇となったようだ。

 彼の巡回警備には決まったルートがある、おそらくはその情報も漏出しており彼を直接狙った爆撃もあった――ガオルレはそう読む。

 負傷者を守るためにも、攻めには転じれない。

 今すぐにでも死なない十三人に斬りかかりたいガオルレであったが、状況からしてそれは不可能――ああそうか、とガオルレは足を止める。


「だから、クウェンに単独行動を……」


 自分達が動けないのならば、動ける人物を、それも力のある人物を使うしかない。

 適役なら、いたのだ。


「あいつに任せるのも心配だが」


 クウェンには誰か頼もしい仲間でもいるのか、あまり彼についてよく知らないガオルレには不安しかなかった。


「今は地区再生部隊所属、だったな」


 最近その部隊の負傷者が運ばれてきた。

 病室の扉には所属部隊と名前が載せられており一人一人確認しながらガオルレは廊下を進む。


「ここか」


 髑髏の男によって壊滅に追いやられた地区再生部隊、生存者の一人。他の者は元ノルヴェス領土で遺体となって確認されている。

 クウェンについて聞きたいがドレイアは重体、話くらいはできるかもしれないと扉をノックした。

 中からの応答は無し、目を覚ましていないのか。

 扉を開けてみる――


「……ん?」


 ベッドには、誰もいなかった。


「どこに行ったんだ? 重体で動けなかったはずなのに……」


 その時――病棟の照明全ての光が消え、陽光のみしか照らさぬ薄暗さが室内を包み込んだ。



  *  *  *  *



「――そういうわけだ」


「ご自宅が吹き飛ばされただなんて斬新ですな」


「ホームレスクウェン誕生」


 クウェンは不機嫌そうに椅子に座る。

 死なない十三人に目をつけられた挙句自宅を爆撃されるだなんて彼も思いもよらなかっただろう。


「ログレウスは一発殴らんと気が済まん」

「髑髏の男は捕まったのならば、先ずは牙一つ落ちたとみてよろしいのでは?」


「ああ、領力も枯渇した上の拘束だ。あいつは何もできん」

「……内部に仲間がいれば、まだ分からないですよ?」


「流石に大丈夫だろ、領力無しなんだぜ」

「甘いですねクウェン、甘甘です」


 深々とため息をつくセルベ。


「なんだよ、傷まで負わさせたんだぜ。奴に何が出来るってんだ?」

「そういう慢心が危機を呼ぶのです、油断は禁物です」

「へいへいすいませんでした。あとで様子を聞いてみるよ」


 しかし連絡を取ってみても繋がらないかもしれない。

 国全体が騒がしい今、髑髏の男の様子について病棟に問い合わせたところで誰が電話を取るというのか。


「師団はどう動くつもりでありますか?」

「領王と領力壁の発動を検討するだろうな、領力壁さえ発動できれば敵は侵入不可能だ」


「なるほど、それならば安心でありますな」

「だがそれまで耐えなきゃならん。俺は敵を探るつもりだ」


「仲間は?」

「ここにいるので全員」


「少ないでありますな」


 正直、人数には不安しかないが、しかし師団を頼ってそこから情報が漏れれば敵に行動を知られる可能性がある。

 助けを求めようにも求められないのが現状だ。


「やるしかねえだろ」

「やるしかないですね、クウェン、やりましょう!」


 思い返せば手がかりもなく、何をどうするかという段階で行き詰っているわけだが。


「……どうするかな」

「ログレウスが何を狙っているかを突き止めねばならないですね」

「まあ、そうなんだが」


 何か見落としているかもしれない。

 何を見落としているのか。

 最初から、一つ一つ振り返ってみる。


「……髑髏野郎、あいつはなんで元ノルヴェス領土にいた?」

「そういえば、妙ですね。ネフォルティアを攻めるにしても……わざわざ魔物のいる場所を一人でふらつくのは――」

「あそこに何かあった、地区再生部隊が調査に来て、何かを見つけられる可能性があったから、部隊を全滅に追い込んだ、とか」


 用意していたのか、セルベはテーブルに地図を広げた。

 髑髏の男と最初に接触した場所を、クウェンとセルベが出会った崖付近からたどってみる。


「何もないといえば何もないが」

「この崖」

「ん? どうしたルゾン」


 彼女は崖を指差し、

「環境管理部を調べていた時、内通者が一度調査を名目に立ち寄ってるんですよね。その後に魔物多数生息のため危険区域と指定していたのを覚えているであります」

「ほう……?」

「人を近寄らせないために危険区域に指定した可能性もありますね」


 近くには髑髏の男も出現、益々怪しい。

 何より、クウェンとセルベは一度崖下に落ちている。

 崖下では魔物との遭遇は無かった。

 二人のそのことを思い出し、両者目を合わせた。


「行ってみるか?」

「行きましょう、一つ一つ調べてみるのが良いかと」


 クウェンは家を出る前にふと思い出す。


 髑髏の男に襲われて唯一自分と生き残った同じ部隊の兵士はちゃんと療養しているのだろうかと。

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