第十一話.それぞれの過去
やかましい奴が仲間になったものだと。
クウェンは窓からため息を放ち室内を一瞥する。
「セルベ様が死なない十三人であろうが関係ないであります! 是非とも協力させてください!」
彼女が――ルゾン・イアテートがいるだけで室内温度は二℃ほど上昇したのではないだろうか。
「なはは……とりあえず、飴食べます?」
「食べるであります!」
セルベもたじたじである。
ルゾンという女、義理堅く真面目な人物で有名だった。
だからこそ国のためにと嫌われるのを承知で内部調査なども引き受けてはいたのだが――
命の恩人に対しての情熱的ともいえる気迫はこれからどう働くのか、少なくとも暑苦しくはなりそうだと、クウェンは頬に外からくる心地よい風を当てて涼しさを満喫する。
「美味しいであります!」
「そ、そうですか……」
女性が飴を食べただけの感想なのにどうしてこうも迫力があるのだろうか。
眉間のしわにぴんと張った眉、鋭い目つきに加えて張りのある声が威圧感の原因であろうが、そんな人物が彼女の従者に立候補したとして、さてセルベはどうする?
彼女は先ほどからクウェンに助けを求めて視線を投げてくるが、クウェンは視線を合わそうとはしない。
空を見つめて背を向けてしまっていた。
というか、どこか。
どこか、今日のクウェンはどこか不機嫌そうで、あまり口を開いてはくれなかった。
それもあってセルベとルゾンの二人だけで会話が展開し、クウェンがはさんでくれれば話は進むものの進行は思わしくない。
「ク、クウェン……」
自分はクウェンの機嫌を損ねるようなことをなにかしてしまっただろうか。
セルベは心にちくっと、妙な痛みを感じていた。
「なんだ?」
言葉に温かさがない。
不機嫌の原因は自分にあるとセルベは確信する。
「その……ですね」
「クウェン! セルベ様が話をしようとしてるんだ、背を向けずにこちらを見ろ!」
クウェンはルゾンを睨みつけるように見るや、ようやく振り返るも方向は別。
玄関へと向かっていた。
「どこに行くのです?」
「散歩だ」
「でもお話が……」
「あとでいいだろ」
二人きりにされると、これまた気まずいセルベ。
しかし引き止めようにも今日のクウェンは話しかけづらくて仕方がない。
クウェンが出て行ってしまい、二人は顔を見合わせる。
未だにどこからどう説明しようか、自分の調子が掴めずにいるセルベ。
ただ只管に後ろで腕を組みセルベの言葉を待つルゾン。
強面の従者が主のもとへいきなり就くとこのような展開になるのだろうか。
「あの、ちょっと、待っててくださいね?」
「承知しました! 何より私は堂々と顔を表に出せないであります! セルベ様さえよければここでずっと待っております!」
「あ、はい、構いません! ……いや、ずっとは困るなぁ」
外に出てクウェンの後姿を捜す、あの力を使うと体力の消耗も激しく十時間近く眠っていたため今は真昼間、激しい陽光が瞳を突いてきた。
人気も多くなってきて、僅かな時間しか空いていないにも関わらず彼の後姿を探すのはやや困難。
それでもセルベは駆ける。
目が覚めるや唐突に生じていたクウェンとの蟠り、それを解消せねば今後自分達の成すべきことに大きく悪影響を与える、それだけは避けねばならなかった。
彼女とて。
クウェンは戦力以外の何か別の、そう、魅力を感じていた。
手放すのは惜しい、いや、惜しいのではなく嫌だ。
「クウェン!」
まだ気だるさが抜けない、加えて本を持ちながらでは駆けるのも今の彼女には重労働。
ようやくクウェンの後姿を捉えるがすぐに消えてしまう、どうやら路地裏へ入り込んだらしい。
すぐに追って再びクウェンの後姿を捉えなおすや服を掴んだ。
「……クウェン」
クウェンは振り向かず、何も語らない。
「あの、貴方を怒らせるようなことをしてしまったようですね、私」
返ってくるのは沈黙のみ。
「謝罪します、ですからどうか……」
「いや、別に。そうじゃねえ」
「では?」
言下に、クウェンは壁を叩く。
元々壁が老朽化し始めていたからか、それともクウェンの力が強すぎたのか、壁には亀裂が入り、しかしそれはクウェンの鬱憤を量るには十分。
「お前は奇病を治せる、そうだな?」
「そう、ですが……」
奇跡とも言える力、それに対して怒りを覚えるのは何故か。
未だに怒りの理由が分からずセルベはただただ恐々としてクウェンの言葉を待つ。
「どうして」
と、一度言葉が詰まり、
「どうして、もっと早く来てくれなかった!」
振り返るやセルベの胸倉を掴み、壁へと押し付ける。
怒り、いや、悲しみもある、そして悔しさも。
セルベは察する。
彼は――
「……大切な人が奇病に侵されていたのですね」
そしてどうなったのかも、予想できていた。
「……お前に、怒っても仕方がねえんだがよ」
セルベの浮いた足がゆっくりと地面へつく。
クウェンは踵を返し、路地裏の奥へと進んだ。
「その、なんと言っていいのか……」
「八つ当たりして悪かった」
怒り混じりの歩調は速く、セルベは必死に彼についていく。
「……悔しくてな」
「亡くなったのは、ご友人、ですか?」
クウェンに両親はいないのは聞いていた、となれば大切な友人かそれとも――
「育ての親ってやつだ、がさつな人だったが優しかったよ。俺に剣術を、領術を教えてくれたのもあの人だ」
「いつ、お亡くなりになったのか、聞いても?」
「三年前だ、魔物になると手がつけられなくて師団が三部隊動いてようやく倒したらしい」
「さぞかし強かったのですね」
「師団長だった」
ゼナ・クルオルフスの前任にあたる人物、師団長となればそれだけで歴史に名を刻むようなもの。
それほどの人物であっても、やはり奇病には勝てないのだ。
「後悔しています、もっと早くにここを訪れるべきだったと」
「悔やむなよ、お前は悪くねえ」
彼女にも彼女なりの事情がある。
彼女の事情を度外視して批判するなんてもってのほかである。
分かってはいる。
分かってはいるも、行き場のないこの感情がクウェンの心を突く。
「奇病に治療法が、あったなんてな……」
「治せるのは一日に一人だけ、なのですけどね……奇病患者を治しているうちに治療待ちの人達が魔物となって、新たな奇病患者も生まれるといういたちごっこです」
結局、彼女がネフォルティアに早く来ようが結果は変わらなかったかもしれない。
それでも心の中で燻っているその感情はどう雲散すればいいのか。
散歩という選択を選んだが何も解決しない。
もしもセルベがもっと早くにネフォルティアに来ていたら、とか。
もしもセルベが奇病の治療法はあると世界に広めていたら、とか。
考えたところでもはや意味などない、自分を苦しめるだけなのに、自分の意に反して浮かんでしまうその“もし”から始まる言葉達。
「少しでも機会があれば、奇病に掛かった人達を一人でも多く治していってくれ」
「はい、勿論。世界を旅していたのは、奇病患者を治すというのが理由の一つでしたから」
隔離病棟には多くの患者がいるものの入るには困難を極める。
奇病を治しにきましたと言っても門前払いされるのがオチであろう。だがこれから隔離病棟へ送られる人達は、減らすことができる。
「……たいしたもんだよ」
「いえいえ、私はただ誰かを治して満足する偽善者です」
「そんなことねえよ」
「そんなことあります」
「謙虚な奴だな」
「いえいえ、ははっ、なんともなんとも」
照れているのか、頬が朱に染まっていた。
素直に、彼女を見て可愛いなと思うクウェン。
少しは癒された。
しかし、まだまだ負の感情が根強い。
クウェンは深々とため息をつく。
セルベの顔を見たら、きっとまた浮かんでしまう“もしも”。
セルベはいつの間にかクウェンの隣を歩いていた。
「……折角ですから、もう少し散歩しませんか?」
「そう、だな」
このまま路地裏の奥へと進んでも意味などない。
無闇に進んでゴロツキと遭遇してしまったら彼らが悲惨な目に遭うのは間違いない、余計な不幸は撒かぬのが良しだ。
「ルゾンさんの話次第では、これからは危険な目に遭う可能性も否定できませんね」
「別に俺はそんなの気にしない、いつだって危険がつきものだったからな」
危険のない仕事、そういう職種にクウェンは就いたことがない。
むしろ危険だからこそ自分の得意分野だと彼は自負している。
「奇病が治療できると世界に公開しないのは、何故だと思います?」
「何故なんだ?」
「先ほども言ったように、一日に一人しか治せない上にいたちごっことなる始末、公開したら皆が私に押し寄せて、早い者勝ち、中には金や暴力で先頭を取ろうという人も現れるでしょう」
「公開したら公開したで、相当な混乱が予測できる、とな?」
セルベは小さく頷く。
「広めるとしても噂程度に、ってとこですね」
「それがいいかもしれないな、人を救えるとしても手の届くものだけにしておかなければ、お前の体がもたない」
「まあ私は死なないんですけどね」
「……そうだったな」
しかし一人に対して抱える患者の数が多すぎる。
彼女の言うようにいたちごっこに終止符など打てない。
「お前のほかに奇病を治せる奴はいるのか?」
「私だけです。というより、正しくはこの本を使える者のみです」
「その本……を使える者?」
不可解な光景はいくつも見た、その中でも本の発光――ただの本ではないとは思っていたものの聞く機会は逃してしまっていた。
予想とはやや違う回答にクウェン首をかしげ、クエスチョンマークを頭上に浮かべる。
「この本自体はただの白紙の本ですが、本が許可した者のみ本の力が解放されるのです」
「本が許可、だって? まるで意思でもあるみたいな言い方だな」
「はい、この本には意思があります。理解しがたいとは思いますが」
彼女の言うとおりである。
あまりにも自身の持つ常識を超越する事態が目の前で起こりすぎた、その上に説明までもクウェンには今一理解が難しい内容――
自分は、頭が悪い。
だから理解ができない、と結びつける。
「その本と、お前がいれば、とりあえずあの妙な力が使えるってわけか?」
「ええ、簡単に言うとそうですね」
「物を消したり、奇病を治したり、と……なんかすげえんだな」
気になる本の力、これからまた発揮される機会があるかもしれない。
一体どこまであのような――領力では成しえない力を発揮できるのか気になるクウェンであった。
たとえ領力であれ有を完全に無に、そして無を有にするなど不可能だ。
この時点で領力以上の力が宿られていると推測できる。
「その本はどこで手に入れたんだ?」
「死なない十三人の、最初の方から譲り受けました」
「最初の……?」
「はい、死なない十三人はずっと十三人ではなく、増えていってるのですよ」
「増えていってる、だって?」
セルベは小さく頷く。
表通りに出るや声量を落とし、クウェンの耳に届くようやや距離を縮めて口を開いた。
「私は十一番目です、その後二人もすぐに増え、ここ数十年は新たな死なない者は出てきておりません」
「どうやって死なない者が、増えるんだ?」
「それもこの本によって選ばれます。いつどこで、誰が選ばれるかは私にも分かりません」
あまりにも、唐突過ぎた。
全世界でもこの情報を知っている者は死なない者以外何人いるか、いるとしてもきっと指で数えられる程度の人数であろう。
その中に、不意に入ってしまったクウェン。
「はあ……」
頭を抱える。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、ああ、大丈夫だが……一度にやばい内容を知りすぎた」
「どうか口外はなさらぬよう、お願いします。まあ、その心配はないでしょう。あなたがそういう人ではないと信じておりますので」
信用されているものの、死なない十三人の情報を集めて彼女を売って師団復帰を目論んでいたクウェンだった。
だった、が。
今はどう思っているのだろうか。
「ログレウスは、何番目なんだ?」
「彼は十三番目です、まだ死なない十三人になって百年も満たないですよ」
その言い分では何十年という単位は短いのであろう。
「死なない十三人になる前は、お前は何をしていたんだ?」
「私は……」
視線を落とすセルベ、言い辛さがあると察する。
「言いたくないなら、いい」
「いえ、そうじゃないんです」
笑みを見せるも、どこか気持ち的には複雑そうに感じられた。
「これまで生きてきた日々は全て憶えておりますが、死なない者となった時、そしてそれ以前の記憶は憶えてないんです」
「憶えてない? 記憶喪失ってやつか?」
「はい。私が死なない者としての最初の記憶は、胸に剣が刺さっておりました」
彼女は心臓のあたりをさすり、その部分に剣が刺さっていたとクウェンは察する。
心臓を一突き、よほどの事情があったのか、誰かに恨まれでもしたのか。
どうであれ、失ってしまった記憶は何十年と経とうも思い出せないままならば今後もまた、思い出すことはないかもしれない。
「記憶はそれだけしかなく、家族や友人がいたのかさえ分からず。今ではもし分かったとしても皆……亡くなっているでしょう」
自分がどこで生まれ、どうして心臓を一突きされていたのか、そして何故死なない十三人になったのか、多くの疑問を溜め込んでいるも解消されることはない。
さぞかし不安だったであろう。
クウェンは思わずセルベの頭に手を置く。
常に不安と共にあるかもしれないセルベを、少しでも安心させるために。
「後ろを向いても何も分からねえなら、前でも見とくか」
「前を……」
「暗くなる話は酒と飯がまずくなる、ここらでやめにしようぜ」
おそらく。
セルベと会って初めて、クウェンは気を許して、今までにない優しさある笑顔を見せた。
「いい笑顔ですね」
「そうか? 傷だらけの顔だと中々褒められねえんだがな」
むしろ笑うと怖いと言われる、と言下に付け足す。
笑い方次第ではないかとセルベは思いつつ、ほんの少しだけ維持されていたクウェンの笑顔をじっと見つめていた。
「あんまり見るな」
いつもの仏頂面に戻るクウェン。
もう少し見ていたかった彼女はやや残念そうに口を歪める。
「飯でも買って帰るか」
「ですね、お腹がすきました」
さて。
一方その頃ルゾンはというと。
やることなく「暇であります」と呟きながら、後ろに腕を組んだ姿勢で窓の外を眺めていた。
何をするにしても、軍人らしさが彼女には付き添う。
「空腹であります」
二人の帰りを待ちわびるも、帰りはいつになるのやら。
後半に入りました、この物語はだいたい二十話ほどで終わる予定でございます。既に完結まで書いておりますのであとは修正するのみ。
とりあえず最終話にてまたこの話に関することをお話したいと思います。




