表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/452

時間跳躍 第6章 最後の休暇

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 国会議事堂の会議室で原田は閣僚たちを集めて、閣僚会議を開いた。


 会議室にはすでに、ダニエルの姿もある。


「集まったようだな」


 原田が咳払いして、言った。


「はい。欠員者はいません」


 官房長官が答えた。


「皆、過去の日本にタイムスリップした自衛隊員たちから連絡があった」


 原田が言うと閣僚たちは真剣な表情になった。


「ダニエル氏。詳細を説明してくれたまえ」


「わかった」


 ダニエルは立ち上がり、閣僚たちを見回すと、口を開いた。


「過去の日本にいるザムエルからの報せでは大日本帝国政府は未来の日本の事を信じ、自衛隊の派兵を大変喜んでいる。近衛内閣もアメリカに勝つという訳ではないが、有利な状況で講和に持っていける事になると、史実のように投げやりではなく、かなりやる気になっている」


 ダニエルの言葉に閣僚たちは顔を見合わせた。


「よく、うまくいったな」


 外務相の黒田が言った。


「いくら過去の記録を持っていったとしても、当時の陸海軍はそう簡単に、信じないのではないか。軍人は負けるという言葉を極端に嫌うと聞いていたが?」


 黒田の言葉に防衛相の正岡が答えた。


「我々が知る過去の人物たちには、実際に会って話を聞いた訳ではない、資料からの情報だ。資料は色々とその人物たちの事を説明するが、どれが真実かわからない。頭が柔らかくても何の不思議もない」


 正岡の言葉に閣僚たちは、そんなものか、と思った。


「ダニエル氏。我々が過去の日本に援軍を送る際の条件はどうなっている?」


 原田が真剣な表情のまま、ダニエルに問うた。


「中国からの撤退、日独伊三国同盟の破棄は全面的に受け入れるそうだ。他の条件もすぐには実行できないが、全面的に受け入れるそうだ」


「そうか」


 原田がうなずく。


「それもそうだろう」


 正岡が納得したようにつぶやいた。


「防衛相。なぜ、そう言えるのです?」


 文部科学相が尋ねる。


「考えてみたまえ、日独伊三国同盟を締結したのは、ドイツと手を組めばアメリカとの戦争に勝てると思ったからだ。しかし、我々が持っていた記録により、ドイツと手を組んでも戦争に敗北する。そうなれば三国同盟破棄も簡単に受け入れるだろう」


 正岡の言葉に閣僚たちはうなずく。


「ありがとう。ダニエル氏」


 原田が言うとダニエルは席に腰掛けた。


「統幕議長。過去の日本に送る自衛隊の戦力の説明をしてもらえないか?」


 原田が言うと山縣は立ち上がり、説明した


「陸自の戦力から説明します。陸自部隊は水陸機動団、第1空挺団、第7機甲師団、第2機動師団、第12機動旅団を派遣し、すでに派遣されている第1施設団、第1ヘリコプター団と各種作戦に参加します。海自は第1護衛隊群、第2護衛隊群の2個護衛隊群と第1潜水隊群、数個の航空群、護衛隊を派遣します。他にも後方支援艦艇や輸送艦も投入します。空自は1個航空団2個飛行群を派遣します。他に輸送機や輸送ヘリを多数派遣します。以上が派遣兵力です」


 山縣の言葉に閣僚たちはざわめいた。


「統幕議長。それだけの戦力を派遣すれば日本の防衛力が、かなり低下します!」


 官房長官が叫んだ。


「確かにこれだけの精鋭部隊が抜ければ日本の防衛力は低下します。しかし、これだけの戦力を投入しなければアメリカとの講和には持ち込めません」


 山縣が落ち着いた口調で言った。


「統幕議長、あくまでも仮定の話だが、大日本帝国政府が我々の出した条件をすべて履行すれば、アメリカと交渉で戦争を回避できるのではないか。とは、考えられないか」


 これまで、自衛隊の派兵に積極的な姿勢を見せていた正岡の言葉に、他の閣僚が驚いたような視線を向けた。


「そうなれば、楽でいいですね。ですが、そうならないと私は考えます」


 山縣は、苦笑を浮かべてそう答えた後、真剣な表情になった。


「当時の情勢を考えれば、帝国主義の行き詰まりと、ファシズムと共産主義の台頭と世界が揺れ動いている状態です。たとえ、アメリカだけと講和できたとしても、世界大戦の余波は消えないでしょう。その予測不能な津波から日本と日本国民を守るのが、我々の本当の目的なのです」


 正岡は黙ってうなずいた。





 空自の第10航空団第10飛行群第205飛行隊に配属された嘉村は友人である高居と共に自分たちに与えられた任務を知らされた。


 太平洋戦争前の時代にタイムスリップし、大日本帝国軍と共にアメリカを含む連合国と戦争する。


 第10航空団司令である谷村重留(たにむらしげる)空将補からその事を話された時、任務につく4個飛行隊のパイロットは互いに顔を見合わせた。


 嘉村はあの時の高居の顔を思い出していた。


 表情1つ変える事もなく、ただじっと航空団司令の話を聞いていた。顔色1つ変えなかったが、恐らく心の中では戸惑いと驚きが混ざり合っていただろう。高居とは長い付き合いだから、そのぐらいの事はわかる。


 だが、いくら過去の日本に派遣される部隊であっても、隊員たちに考える時間を与えず送り出す無茶はしない。


 統幕は過去の日本に派遣される隊員たちに一週間の休暇を与えた。この一週間の間に答えを導き出せ、という事だ。


 そして、嘉村は今、香川の実家にいる。


 嘉村は自分の部屋で太平洋戦争の資料を見ている。


 学生時代から集めていた資料を引っ張りだし、1冊1冊じっくりと見ていた。


「ゼロ戦に乗れるかな・・・」


 嘉村はゼロ戦の資料を見ながら、そうつぶやいた。


 博物館に展示されている展示品や模型でしか見た事もないゼロ戦が、数週間後には本物を見る事ができる。そう思うと興奮してきた。


 当時の戦闘機の中では世界最高レベルの機体を、もしかしたら操縦できるかもしれない。そう思うのであった。


「戦艦[大和]を拝めるかもしれないな。それに山本五十六と握手をしたいな」


 嘉村は過去の日本に行ける事を楽しみにするのであった。


 だが、心の中では複雑な思いであった。彼の好きな小説のジャンルに、主人公が異世界に行く話があるが、大抵ラストはお約束の使命を果たし元の世界に帰って来る。


 もしくは、主人公に2つの世界を行き来するという、都合の良い特殊能力がある等である。


 しかし、自分たちの直面する現実は違う。


 なぜなら、一度過去の日本に行けば二度と元の時代には帰る事ができない。それがどれほどの事か、それは本人たちでなければわからない。


 その時、部屋のドアからノック音がした。


「ん?何?」


 嘉村が本を閉じながら、聞いた。


「慶彦。ご飯できたよ」


 母親だった。


「わかった。すぐに行く」


 嘉村は立ち上がり、部屋の電気を消し、部屋を出た。


 台所に降りると、すでに父親と弟たちが椅子に腰掛けていた。


 嘉村が椅子に腰掛けると、今日の晩御飯を見た。


「カレーか、いいね」


 嘉村は嬉しそうに言った。


「自衛隊のカレーには負けるかもしれないけど、じゃんじゃん食べてね。いっぱい作ったから」


 母が言う。


「来週には海外に派遣されるそうだな」


 父が落ち着いた表情で言う。


「そうだよ。どこの国に行くかは防衛機密だから言えないけど、海外に行く」


 嘉村たち過去の日本に派遣される自衛官には、自分たちがどこに行くのか話してはならないと厳命されている。


「お友達の高居君も行くのか?」


「もちろん」


 嘉村がうなずく。


「だったら、家に呼んだらよかったのに」


 母の言葉に嘉村は振り向き、残念そうに答えた。


「誘ったんだけど、この休暇中に四国八十八ヶ所を回る、と言って、断られた」


「そう、残念ね」


 母が残念そうにつぶやいた。


「まあ、高居君も家族とすごさなければならないからな。前のように家には来れないだろう」


 父が言った。


 そして、父はテーブルに一升瓶を置いた。


「慶彦。一緒に日本酒を飲もう」


 父の言葉に嘉村は首を振った。


「いや、俺は酒は飲めないよ」


「少しでいい。無事に戻ってくれる事を祈って飲むんだ」


 湯飲みに日本酒を注ぐ。


 その湯飲みを受け取りながら、嘉村は心の中で家族に別れを告げた。





「母さん、今日予定ある?」


 一週間の休暇の最終日、長岡の実家に戻っていた神薙のもとに息子の(つかさ)が訪ねて来た。


「特にない」


「じゃあ、一緒に出掛けないか?」


「はあ?」


 突然の息子の申し出に、目が点になった。


「行きたい所があるんだ」


 司は、笑みを浮かべながら、強引に誘った。嫌がったものの最終的に神薙は折れた。


「・・・何故に水族館?」


 平日の水族館、周囲は遠足で来たらしい小学生の集団ばかりだった。


「うわー、ペンギンだ。かわいい~!!」


「アザラシの方がかわいいよ」


 等と少女たちが雑談している。


「おい!ジンベエザメだ。やっぱりでかいな!」


「何言っているんだよ。鯨の方がでかいぞ!」


「鯨が水槽に入るか!」


 少年たちが騒ぐ。


(勘弁してくれ・・・)


 目立ちまくりだ、子供たちの好奇の視線は、自分たちにもしっかりと注がれている。息子はこの異様な空気の中で平然としている。


「初めてここに来たのは・・・俺が小学1年の時の夏休みだったかな・・・」


「ああ・・・夏季休暇の時だったな・・・あれから随分経った・・・」


「俺は昨日のように覚えてる」


「・・・・・・」


 2人で、館内を一回りする。


「おっ、アシカショーの時間だ。見に行こう母さん!」


「こっ、こら!!引っ張るな!!」


 あの時と同じように司は、手を引っ張って駆け出していく。


 時間が一気に過去に巻き戻ったような気がした。


 ショーはそれなりに、楽しかった。


「クックックッ・・・」


 ある事を思い出して、神薙は笑った。


「何?」


「いや、お前・・・あの時、興奮して通路に突っ立って、客席側からステージに出てくるアシカの邪魔をしただろう・・・その時のアシカの迷惑そうな顔・・・それを思い出した」


「このタイミングで思い出すかな・・・」


「・・・司」


「何だい?」


「母さんは来週、[あかぎ]で出航する・・・」


「そう、日本海や東シナ海はかなりキナ臭くなっているからね、気をつけてくれよ」


「もちろんだ」


 神薙の行先は、日本海でも東シナ海でもない。


 もう、ここに二度と来ることもない。それは、最愛の息子との永遠の別れを意味する。


 思えば、夫を事故で失ってからひたすら仕事に打ち込み、随分と寂しい思いをさせただろう。


 自分は、決していい母親ではなかった。


 それでも、息子は父親譲りの真っ直ぐな男に育ってくれた。


 神薙は、目を伏せた。


 息子との思い出が次々と浮かんでは消えていく。


 自分は、決して忘れない。この世に神がいるのなら、自分にくれた最高の贈り物が息子だ。





 駐車場に向かって歩きながら、とりとめのない会話をする。


「この後どうする?」


「そうだな、せっかくだから食事でもしよう。今日の礼だ、母さんがおごってやる」


「恐れ入ります。ゴチになります、1等海佐」


 砕けた敬礼をする息子に、神薙は口の端を少し上げた。


「よし、2等陸曹。車まで競争だ」


「って、フライングかい!?」


 先に駆け出した母親を、司は追いかける。


 走りながら、神薙は司に問いかける。


「司・・・恋人はできたのか?」


「ただ今、絶賛募集中だよ」


「そうか、もし恋人ができたら、その人を悲しませるな・・・好きな人が、突然いなくなる・・・これ程悲しい事はないからな・・・」


「・・・・・・」


 神薙は気付かなかったが、司の表情が一瞬だけ悲しそうに歪んだ。


 どちらも、自分に下された極秘命令を語る事はなかった。





 朝野は特別休暇を利用して、実家のある鹿児島に顔を出していた。


 その休暇中、彼の祖父がいる個人経営の老人ホームに顔を出した。


「朝野秋吉です」


 受付で自分の名を言うと、若い受付嬢が慣れた手つきで応対した。


朝野祐三あさのゆうぞうさんの家族の方ですね。どうぞ、3階におあがりください」


 受付をすませると、朝野はエレベーターで3階に向かった。


 3階に向かうと、介護職員が忙しく動き回っていた。


 恐らくオムツ交換や利用者たちに飲み物を配ったりしているのだろう。


「いつも忙しそうだな・・・」


 朝野はそんな介護職員たちを見ながら、つぶやいた。


 介護職は仕事の大変さに比べたら、給料が少ないらしい。


 自分には勤まらない仕事だ、と朝野は心の中でそう思うのであった。


「朝野さん。お久しぶりです」


 立ち止まっていると、朝野に声をかける若い男性介護職員がいた。


「あ、いつも祖父がお世話になっています」


 朝野はその男性介護職員に頭を下げた。


「いえいえ、いつも楽しい話を聞かせてもらっています」


 男性介護職員の言葉に朝野は苦笑した。


 いつもの話という事は祖父が経験した沖縄戦の話だ。祖父は口を開けば沖縄戦の話を持ち出す。朝野が子供の頃はいやというほど聞かされたものだ。


「朝野祐三さんは部屋にいますから、じっくりと話し相手になってくださいね」


 男性介護士はそう言うと、自分の仕事に戻るのであった。


 朝野は祖父の部屋に向かった。


「じいちゃん。入るよ」


 ドアの前でノックしながら、声を掛けるが返答がない。


「じいちゃん?」


 朝野はドアを開け、中に入る。


 ベッドで寝息を立てる祖父の姿があった。


「なんだ。寝ているのか」


 朝野はパイプ椅子に腰掛け、寝息を立てる祖父の顔をじっと見た。


 今は年取って、老人だけど若い頃は激戦地の1つである沖縄戦に参加していた。


 朝野は祖父の部屋を見回す。


 本棚には沖縄戦史の本がたくさん並んでいる。


 朝野は1冊を取り、開く。


(じいちゃん。防衛機密だから声に出しては言えないけど、俺は太平洋戦争の時代に派兵される事になったから、もちろん、強制はされていない。自分で志願したんだ。アメリカ軍が攻勢に移り、あんな悲劇的な戦いをさせないためにね)


 朝野は心の中で祖父に話しかけた。


(特にあの悲惨な沖縄戦は起こさないようにするから、俺たちの力で歴史を変えて、軍民一体となって、戦う考えそのものをなくすから)


 朝野の頭の中に祖父から聞いた沖縄戦の事が過ぎる。


「沖縄は第2次世界大戦の中で5本の指に入る激戦地だった。米軍兵士たちは日本軍との戦闘で、恐怖から精神を病んでいた。だから、非人道的な行いを数多くした。また、日本軍兵士たちも沖縄が奪われたら本土が危ないという事を末端の兵卒までが承知していた、だから、あんないかれた戦法を取るようになったんだ。決してどちらが悪い訳ではない戦争の長期化で兵士たちの心は狂気に蝕まれていったんだ・・・戦争は、人間を化け物に変える、儂はそれを身を持って知った」


 子供の頃から聞かされている祖父の言葉を思い出していた。


「あ、あ~あ」


 祖父が声を上げながら、起きだした。


「おや、秋吉。来ていたんだな」


 祖父が嬉しそうに言った。


「来週から自衛隊に出動命令が出るから、その前に特別休暇を貰えたんだ」


「そうか」


 祖父は久々な話相手が来た事を大変喜んだ。





 10月初旬、幕僚議長の任を辞した山縣は、大日本帝国派遣総隊=通称[菊水総隊]司令官としての辞令を受ける。


 あの、戦艦[大和]の沖縄特攻の作戦名[菊水作戦]に、ちなんで付けられた、総隊名である。





 この、皮肉な名を持つ総隊の存在は、公式の記録には一切記されていない。

 時間跳躍 第6章をお読みいただき、ありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は7月13日までを予定しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ