策動の太平洋 第4章 オペレーション・スウェルフィッシュ 1 氷室と村主
おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
[いずも]の司令公室で救出艦隊に所属する指揮官クラスと幕僚たちが集まっていた。
司令公室とは、群司令とその幕僚たちが集まり、会議等を行う部屋だ。
菊水総隊艦隊旗艦であるヘリ搭載護衛艦[くらま]は司令公室とは別に幕僚室がある、[くらま]の幕僚室は後部にあるヘリ格納庫を撤去し、幕僚室を取り付けた。
司令公室には、救出艦隊司令である内村、首席幕僚の村主、統合幕僚本部から派遣された氷室等の海自の面々と陸自から派遣された中隊戦闘群の指揮官と運用要員が椅子に腰掛けている。
「統合省からの急な派遣命令で、我々はかなり準備不足である。しかし、上からの命令は南アメリカの在留外国人の救出だ。作戦予定海域まで、できる限り会議を行い、様々な事態に対応できるように打ち合わせを行う」
内村は咳払いをして、言った。
「氷室2佐。説明を」
村主が説明をするよう指示する。
「はい」
氷室は立ち上がり、いつものふざけた態度からは想像がつかない程の真面目な姿勢と口調で説明を始めた。
「現在。南アメリカ大陸には数多くのヨーロッパ人、アメリカ人、日本人等の外国人がいます。各地で発生している外国人狩りはこれまで彼らに不満を持っていた現地人たちが決起して起こっています。彼らはアメリカ製、ドイツ製等を含むヨーロッパ各国の銃火器で武装しており、現地人以外の者は見境なく殺害しています。我々が救出活動を行うのはこの辺りの海岸線です」
氷室はスクリーンに表示されている南アメリカ大陸の地図に、レーザーポイントの光を当て、救出活動のエリアを教えた。
氷室は説明を終えると、司令公室にいる陸海の自衛官たちの顔を見回した。
「これは承知の事ですが、もう一度、統合大臣、外務局長官、防衛局長官からの指示を伝えますが、あくまでも我々の任務は在留外国人の救出であり、PKO法に従って行動してもらいます。武器の使用は当然ながらPKO法に明記されている武器使用に従ってください」
氷室がそう説明を付け加えると、村主ともう1人を除く自衛官たちは目を丸くして唖然とした表情を浮かべていた。
内村も驚いている。
その理由はここにいる全員が氷室の人間性を聞いているからだ。
彼は極めて不真面目な男である。しかし、超がつくほどの優秀な男だ。
氷室の話をすると、彼は小中高校では教師の言いつけを守った事は無い。授業では1日中居眠りをしているし、宿題もした事が無い。だが、テストでは必ず100点満点しかとらない。小中高と学年首席が彼の指定席だった。
そして、ロクに勉強もせず予備校にすら通っていないのに、国立、私立を問わず有名大学の入試試験はすべてトップで合格したくせに、防衛大学に入学するという変人である。
防衛大学、幹部候補生学校でも授業態度はまったく良くないが、当たり前のように首席だ。
そのため、彼を担当した教師、教官等はため息混じりにこう述べた。
「氷室君にはどう対応すればいいか、わからない。授業態度は極めて最悪だが、通知表がすべて5では、注意する事もできない。正直どこかの国民的アニメで寝坊して学校に遅刻、テストでは0点、授業中は居眠りをする生徒よりタチが悪い」であった。
海上自衛隊の部隊勤務ではかなりの能力を発揮し、誰も思いつかない事をすぐに思いつき実行する。
そして、それを必ず成功させる。
時としてはこれまで海上自衛隊が守ってきた伝統等も平気でぶち壊す。しかし、誰も文句が言えない。
認めたくないが、全部100点満点の結果を出していてはどうにもできない。
そんな氷室を村主は高く評価している。
彼女が優秀である事を海上自衛隊の上層部に見せつけたのも、問題児である氷室を完全に使いこなせるからだ。
「おほん」
氷室の予想外の行動に陸海の自衛官たちが、あらぬ方向に脱線しそうになった事に気付いた救出艦隊に所属している陸上自衛隊300名の指揮官である土川伸郎1等陸佐は咳払いをした。
彼はこの派遣の際に菊水総隊陸自部隊の幕僚から引き抜かれて、特別に指揮官として任命された。
菊水総隊陸自部隊の副司令官である星柿いさめ陸将の腹心の部下である。
「氷室2佐。命令であれば仕方ないが、交戦国のアメリカの庭に我々が接近するが、その際に彼らは我々を攻撃しないのか?もし、攻撃を受けた場合のプランはあるのか?本財陸帥や側瀬陸将がその事について何の手を打っていない事は理解できるが、ここで聞いていれば現場に行く部下たちを安心させられるが?」
土川の言葉に氷室はうなずいた。
「はい、その点においては我々が手を打っています。南アメリカでの救出期間中はこの時代のアメリカ海軍から駆逐艦が1隻派遣され、誤解による戦闘が無いよう対応してくれます」
「要するにお目付役と言う訳か?」
海自の幕僚が口を開く。
「そういう事になります。もし、作戦行動中に何らかの攻撃若しくはその事態に直面する可能性が出た場合は国際法に従い、自衛権の行使が認められています」
氷室の言葉に陸海の自衛官たちは少し安堵したような表情を見せた。
しかし、ややこしい任務であるのに変わらない。
もし、何らかの問題が起きれば外務局は防衛局や制服組に責任を押しつけるのは目に見えている。
「氷室2佐。この派遣では戦闘艦は、本艦とイージス艦[こんごう]、汎用護衛艦[いかづち]の3隻だけど。もし、救出活動中に南アメリカの武装勢力から攻撃を受けた場合は私たちの対応はどのように規定されているの?」
村主が聞いた。
(さっすが、姉さん!)
氷室は絶対に来る質問が、絶対に質問する人物によって質問され、心中でうなずいた。
「あくまでも護衛艦は、自己の管理下に入った救出対象者に危害を加えようとする勢力に対し武器の使用が認められます。しかし、その対象はあくまでも輸送艦、掃海母艦に収容された救出対象者を守るために限定されています。つまり、陸上にいる救出対象者に武装勢力から危害を加えられても、護衛艦は基本的には武器の使用は認められません。彼らを守るために武器の使用が認められるのは、陸上で彼らを警護している陸上自衛隊の部隊等の上陸部隊だけです」
氷室からの説明に、陸海の自衛官たちは顔を見合わせた。
どの表情も、呆れている。
背広組が制服組に無茶な命令を出すのはいつもの事だ。慣れてはいるが、ここまでされると言葉も出ない。
だが、村主はその解決策を見つけた。
「つまり、護衛艦は陸上にいる救出対象者が武装勢力から危害を加えられても何もできないけど、陸上に展開している自衛隊員の生命を守るためなら武器の使用は問題ないわね」
村主の言葉に氷室はうなずいた。
「主砲レベルの最低限度の攻撃であれば問題ありませんが、あきらかに過剰と呼べるミサイルで対地攻撃をするのは認められません」
氷室が付け加えた。
「甘いねえ。甘い、甘いよ氷室ちゃん。アメリカのメープルシロップに浮いているホットケーキみたいに甘々だねぇ」
それまで、影のように存在感のなかった[こんごう]艦長の橘田雄史1等海佐が口を開く。
「一応聞いとくけど、それで問題ないなんて思ってないよね。[こんごう]のハープーンでの対地攻撃も、場合によっては実行する気満々で、僕は準備しているのだけど・・・」
流し目で、村主の表情を窺ってから、橘田はサラリと物騒な事を言った。
この男は必要と思えば、本気でやりかねない。
「あまり、笑える冗談ではありませんね」
「冗談の申し子は君だろう?」
眼鏡をかけ直しながら答える氷室に、橘田は冗談とも本気ともつかない口調で言葉を返した。
そんな氷室の様子を村主は無言で眺めていた。
[いずも]の司令公室で陸海の指揮官クラスたちが打ち合わせをしている時、レイモンドとマーティはCH-47JAの機長である東御に連れられて、科員食堂にいた。
「まあ、まだ夕食まで時間があるから、給養員たちが何も用意できないそうだが、これでも食え」
東御はレイモンドとマーティのテーブルの前に、カップアイスを置いた。
[いずも]の科員食堂に設置されている冷凍庫の中にあるアイスだ。すべて100円で自衛官たちにかなりの人気がある。
「ありがとうございます」
レイモンドが礼を言う。
「東御3佐。コーラを買ってきました」
東御と同じ迷彩服を着た若い男が、科員食堂に設置されている自動販売機で購入した缶コーラを2つ持って現れた。
「おう」
若い男は東御が操縦するCH-47JAの副操縦士である二宮慧2等陸尉だ。
歳はレイモンドと同じ28歳だ。
「どうぞ。アメリカのコーラよりもうまいよ」
二宮が顔に似合う、人懐っこい笑顔で告げた。
東御と二宮は再び、自販機とアイスクリームを売っている冷凍庫に向かった。
「ええと」
マーティは初めて見る缶コーラを観察しながら、どこを開ければいいのか探す。
上にしたり、下にしたりして、開け口を探す。
レイモンドはすぐに缶コーラの開け方を理解し、プルタブを開けた。
「あ、ここか」
マーティは開け口を見つけて、同じようにそれを開ける。しかし・・・
現代人なら誰もが知っている事だが、炭酸飲料の入った缶を揺すった状態でプルタブを開けると、中の炭酸が噴き出す。
「うわあぁぁぁ!」
マーティの顔面を噴き出したコーラが直撃した。
その悲鳴に食堂にいた自衛官たちが、何事か、という表情で振り返った。
しかし、単なる現代人の子供がよくやる事故だと気付いて、爆笑する。
「ほぅ~久々に見たな」
東御が笑いながらつぶやく。
「自分も小さい頃はよくやりました」
同じく笑いながら二宮がつぶやく。
「俺がガキの頃は炭酸飲料の入った缶を振って、中身をよく飛ばしたものだよ。まあ、その後、口うるさいお袋に叱られたなぁ・・・」
「東御3佐。それは古いですよ。自分が子供の時は振った炭酸飲料の缶の中身を止まっている車に向けて飛ばしました。あれは結構スリルがありましたね」
二宮の、とんでもない発言に東御が驚いた表情を浮かべた。
「それ、器物破損じゃあないか?」
「ええ、そうですよ。しかし、当時の自分たちにはそんな概念はまったくありませんでしたから。すると、各地の小学校で警察の人が来て、そういう遊びをしてはいけないって、講習がありました」
「それはそうだ」
東御がその時の子供たちの顔を思い浮かべながらつぶやいた。
一部の地域でそんなとんでもない遊びが流行った事があるそうだ。子供たちの中にはスリルを求めて、軽犯罪を犯す子供たちもいた。
2人の日本語を理解できないレイモンドは、楽しく会話をしている2人を興味津々で見ていた。
一方のマーティは、床やテーブルに飛び散ったコーラを、テーブルに置かれているティッシュペーパーで拭いていた。
自分たちが戦場を忘れられる時間が穏やかに流れていた。
この時、派遣自衛官たちは、在留外国人救出の任務を楽観視する者がほとんどだった。
この任務は、交戦国のアメリカからの要請だと伝えられているし、武装勢力は武器を持つ者には攻撃しない等と通知されている。
レイモンドはプラスチックのスプーンでカップアイスのアイスをすくい、口に運びながら、疑問に思った。
(どうして、彼らは僕たちにここまでするのだ?)
東御と名乗った中年男は、佐官に該当する階級を持っている。敵対国の軍人がここまでする事はない。
「東御少佐。どうして僕たちに、ここまでよくしてくれるのですか?僕と少佐は敵同士ですよ?」
レイモンドが当然のような質問をすると、東御は人の良さそうな笑みを浮かべながら、言った。
「俺たちが戦っているのはアメリカ合衆国であって、君たち個人では無い。戦争は国と国がお互いの信念と誇り、何かの主義のために戦う。その点は俺たち日本人もアメリカ人も同じだろう」
東御がそう言うと、二宮も口を開いた。
「貴方がたが、日本の歴史に詳しいかどうかは知らないけど、今から半世紀ぐらい前に日本では古い思想の日本人と新しい思想の日本人が殺し合う最大の動乱があった。それまでの価値観がひっくり返ったために、起こった混乱期で、幕末と呼ばれている。その時、幕末を戦った男たちは、大きく分けて2つの勢力の元で敵味方に分かれて戦った。しかし、どちらも敵に対する恨みはなかった。立場が違うけど、お互いの信じる道を貫いたに過ぎない。だから、君たちアメリカ軍の軍人がいるからと言って、何もしないよ。むしろ、客人として迎え入れる。それができない輩は日本人が持つ武士道に大きく背く事。そんな奴は日本人と名乗る資格は無い」
二宮の信念に、レイモンドとマーティは顔を見合わせる。
人類が誕生して、人類が戦争をするようになって、二宮が言った事を行った者たちは日本だけでは無い。ヨーロッパでもあった。
ヨーロッパ史でも、一番古い時代では古代からそのような事がなされていた。
その言葉を日本人は[武士道]と呼び、ヨーロッパでは[騎士道]と呼ぶ。
しかし、この2つの言葉は色々な意味になるから、どの教えが正しいのか、それは誰にもわからない。
「戦争は喧嘩では無い。戦争とは何か?と問われたら、わからない、と答えるのが普通だ。戦争についての説明は人類が誕生してから今日にいたるまで誕生したどの言葉にも該当しない。戦争は人類が生み出した最も複雑なものだ」
東御の哲学にレイモンドは感心したように声を上げた。
「とても興味深い哲学ですね」
レイモンドの言葉に東御は頭を掻いた。
「これは俺の言葉では無い。友人からの受け売りだ」
東御はそう言った後、ちょっと迷ったような仕草をした。
「海自のお偉方がどこまで話したかは知らないけど・・・一応、何の規制もないから、言うけど、これを教えてくれたのはあんたたちの孫に該当するアメリカ人だ」
東御の言葉に、二宮がうんうんとうなずく。
「それはそうでしょうね」
「何がだ?」
東御が二宮に顔を向ける。
「東御3佐がそんな難しい哲学を語るなんてありえませんから」
「やかましい!!」
東御は部下を嗜める。
この4人はしばらく雑談を楽しむのであった。
「天が投げるサイコロはどんな目が出るか・・・」
氷室はその光景を、彼らに見つからないように眺めながらつぶやいた。
彼は眼鏡を蛍光灯の光に反射させ、暗い表情をしていた。
その表情の意味はいずれわかる事である。
「匡人君」
「ひゃん!」
急に後ろからかけられた声に、氷室は変な声を出した。
声の主はわかっている。[いずも]の艦内で、自分の名前を呼ぶのは1人しかいない。
「何だい、姉さん?」
暗い表情を消して、ニパッとした笑顔で氷室は振り返った。
「何か隠していない?」
「どういう事?」
穏やかな微笑を浮かべながらも村主の目は笑っていない。
「貴方が眼鏡をいじりながら話をする時は、いつも別の事を考えている時だからよ」
「・・・・・・」
氷室はため息をついた。
この美しい従姉は恐ろしい程、勘が良い。
だからこそ氷室は、自分より8歳年上の彼女にだけは、頭が上がらなかった。
「・・・何の事かわかりません。と言っても信じませんよね」
「・・・・・・」
通路の壁に手を突いて、氷室は自分より背の低い村主の顔に自分の顔を近付ける。
お互いの視線が正面からぶつかる。
「今は言えません。でも、僕を信じて下さい。[ながなみ]の艦長だった時の僕を信じてくれたように・・・」
「・・・・・・」
一瞬だけ真剣な表情で告げた氷室は、すぐにだらしのない笑顔を浮かべた。
「いや~ぁ、これが少女漫画で定番の壁ドンかぁ。成程、成程、確かにドキドキするなぁ」
へらへらとした笑顔を浮かべながら、氷室はさらに調子に乗る。
「これがキスまで5秒前の距離ってやつかなぁ。う~ん、いいね、いいね・・・」
そのまま顔を近付けようとする氷室だったが、その時には目の前に村主の姿はなかった。
「・・・・・・」
「・・・信じる事にするわ。今のところはだけど・・・貴方が防衛局長官におかしな事を吹き込まれていなければね・・・そんな、目の前のお菓子を取られた小さな子供みたいな顔をしないで」
小さく笑顔を浮かべて、村主は少し離れた場所に立っていた。
「姉さんのイジワル・・・」
「それはそうと、今回の救出作戦の作戦名を聞いていなかったけど?」
「はい、[オペレーション・スウェルフィッシュ(河豚作戦)]ですよ」
「・・・ドイツ第3帝国は史実と異なりニュルンベルク法を制定しなかったばかりか、むしろ法を制定して、ヨーロッパ諸国で迫害を受けていた人々を受け入れて、彼らからの支持を獲得しているわ。史実とは異なる事になったけど、今回の作戦は河豚計画とは別物だけど、アメリカを含む連合国側の残留外国人を救出する事で、外交的に優位性を持たせる事が出来るという事ね。有益性は認めるけど、危険も大きい・・・本当に河豚ね」
「褒めて頂けて光栄ですね。セサ(首席幕僚)」
そう言って、氷室は笑った。
策動の太平洋 第4章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
明日6月1日投稿予定の外伝ですが、第3部は予定通り投稿するのですが、間章のほうは現代が舞台なのですが、現実に似たような事が起こってしまい(マジか!?と思いました)。ちょっと、まずいかもという事で、一時投稿を見合わせようと思います。勝手とは思いますが申し訳ありません。
次回の投稿は6月7日を予定しています。




