時間跳躍 第5章 海軍中将山本五十六登場
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
北富士演習場。
陸自の演習場の1つである北富士演習場には、第1施設団と第1ヘリコプター団が集結していた。
そこには石垣と霧之の姿もある。
なぜ、北富士演習場にいるかと言うと、ダニエルが石垣以下第1施設団と第1ヘリコプター団を過去の日本、1940年(昭和15年)10月4日にタイムスリップさせるからだ。
「いよいよ時間がくるぞ」
見送りに来た山縣が石垣の肩を叩く。
「はい。歴史的瞬間です」
石垣が緊張した口調で言った。
「そうだ。石垣2尉、霧之3佐。君たちとは別にもう1人つける事にした」
山縣がそう言うと、1人の幕僚を呼んだ。
「統合幕僚監部情報部第1課課長の坂下亜門1等空佐だ」
坂下と名乗った空自の幕僚は2人と握手した。
「よろしくお願いします」
霧之が頭を下げる。
「いいか、今後の作戦の状況は君たちの技量に任されている。絶対に失敗は許されない。しっかり頼むぞ」
山縣が3人に告げた。
「はっ!お任せください!」
坂下が答えた。
「微力を尽くします」
石垣だった。
「全力を尽くします」
霧之がその容姿には似合わない真剣な表情で言った。
「それにしても・・・」
霧之が待機している第1施設団と第1ヘリコプター団に視線を向けた。
「一度行ったら、二度と元の世界には帰れないというのに、よく脱落者が出ませんでしたね」
霧之の言葉に山縣は誇りに思うような表情で口を開いた。
「通達は末端の士までに通達されている。最初に過去の日本に行く、と聞いた時に彼らの表情は驚きと戸惑いだったそうだ。しかし、脱落者はいなかった。これは誇りに思える事だ。まだまだ、自衛隊もアメリカ軍に負けないぐらいの気持ちがある」
「話がはずんでいるようだな」
山縣と会話しているところで、ダニエルが話しかけてきた。
「ダニエル氏」
「いったい、何の話だ?」
ダニエルが尋ねると山縣が答えた。
「第1施設団と第1ヘリコプター団に所属する隊員たちは覚悟を決め、1人も欠ける事もなく、この任務に志願してくれた事を誇りに思う、と思ってな」
山縣の言葉にダニエルも納得したような顔で答えた。
「確かに、最初は俺も数10人くらいは脱落者が出ると思っていたが、さすがは大和魂をもった民族だ」
この言葉には山縣、坂下、霧之、石垣は顔を見合わせて、複雑な表情を見せた。
確かに日本は大和魂を持った民族だ。それは現代の日本でも変わらない。しかし、第2次世界大戦時の日本はその意識が強すぎたため、自滅した。
例をあげるのならば、戦車を相手に最初から肉弾戦を仕掛ける戦法をとった事だ。いくら、戦車を破壊する方法がなかったとしても、いきなり肉弾戦というのは無茶苦茶だ。
「ところで、あの方たちは?」
完全装備の自衛隊員たちとは別に、スーツ姿の数10人の男女がいた。
それに、10数台の大型トレーラーもある。
「詳しい事は、彼らに後で聞きたまえ。すべてを承知で、我々に協力を申し出てくれた、民間人と、政府関係者・・・とだけ、言っておこう」
「世の中、物好きな人が多いですね・・・」
自分の事を棚に上げてつぶやく霧之に、その場にいた自衛官たちは、苦笑した。
「さて、そろそろ、タイムスリップ準備だ。君たちも配置についてくれ」
ダニエルが腕時計を見ながら、言った。
「じゃあな、俺も後から行く」
山縣はそう言うと、坂下、霧之、石垣という順で肩を叩いた。
「まもなく、状況が開始です。第1施設団の隊員と第1ヘリコプター団の隊員は車輛とヘリに待機してください」
拡声器で隊員たちに伝える。
石垣、霧之、坂下は車輛には乗らず、前の方で、立っていた。
「それでは始める」
ダニエルが拡声器で石垣たちに伝えた。
彼は両手を出し、それを叩いた。
パンッ!!
その音が、北富士演習場に響き渡った。
その瞬間、石垣は目眩がした。
意識が一瞬だけどこかに行ったような気がした。しかし、それは一瞬だけの事、すぐに体調が元に戻った。
石垣は目を開けると、そこには、山縣たちの姿はなく、代わりに別の人物たちの姿があった。
純白の服装の男がゆっくりと近づいてきた。
石垣はその服装に見覚えがある。
帝国海軍の制服だ。
こちらに向っている帝国海軍の中年の男は石垣たちがどこかで見た事がある風貌だ。身長は160センチぐらいでガッチリとした立派な体格をしている。
背は霧之より低いのだが、彼からにじみ出るオーラというか、カリスマ性が彼を大きく見せている。
(あの人、どこかで見た事があるんだが・・・思い出せない)
石垣は記憶を探るが、なかなか思い出せない。
「階級は中将のようだ」
坂下がつぶやく。
「君たちが未来の日本からやってきた者たちかね?」
帝国海軍の中将の男が尋ねる。
「はい。私は航空自衛隊1等空佐の坂下亜門です」
「?」
海軍中将は、怪訝な表情を浮かべた。
「そうですね・・・大日本帝国軍の呼称で言うなら、日本空軍大佐の坂下亜門です。こちらは海軍中尉の石垣達也、陸軍少佐の霧之みくに」
海軍中将の彼は霧之を見て、一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。
「お、女が陸軍少佐だと!」
海軍中将の男の後から駆けつけてきた帝国陸軍中佐が声を上げた。
「・・・まあ、そう言われるとは思っていました」
特に気にする様子もなく、霧之が涼しい顔でつぶやく。
陸軍中佐のリアクションは、承知の上なのだろう。
ただ、当の陸軍中佐は受けたショックの大きさからか、霧之の言葉を聞いていなかったようだ。
「我々の時代では女性の士官は珍しくありません。もう10年もすれば女性師団長、旅団長が誕生するかもしれません」
坂下の言葉に陸軍中佐は頭が痛いのか頭を抱えた。
「時代が変われば、考え方も変わる。女性だからこの仕事には就けないというのはおかしい話かもしれん」
意外にも海軍中将が納得しながら、告げた。
「失礼ながら、閣下。貴方のお名前を教えて頂けませんか?」
石垣が恐る恐る尋ねた。
「おっと、俺とした事が・・・迂闊だった」
海軍中将は笑いながら、言った。
「俺は山本五十六だ」
(((山本五十六!)))
3人の自衛官が心中の中で驚きの声を上げた。
「聯合艦隊司令長官である山本五十六中将ですか?」
石垣が驚きを隠せない表情で尋ねた。
「ああ、そうだ。80年後だと言うのに俺の事を知っているのか?」
山本は少し驚いた口調で石垣に問うた。
「はい!山本長官は半世紀以上経っても、国民的ファンが多いですよ。長官が言った数々の名言は現在の自衛隊でも使われています。さらには軍神とも言われております、長官を主人公にした映画や小説も数多く出ています。もちろん、自分も映画のDVDを持っています。ご覧になられますか?・・・ムガッ!ムガッ!!」
「石垣君、シャーラップ!!」
本人を目の前にして、数々の事を述べる石垣の口を霧之が押さえる。本人を題材にした、映画なら結末は決まっているだろう。
いくらなんでも、刺激が強すぎる。
いつも冷静沈着な、石垣とは思えない暴走ぶりに、霧之は慌てた。
慌てたついでに、とんでもない事を口走る。
「私だって、会ってみたい人は一杯いるのに。山口さんに、栗林中将に、バロン西に、シュタイヘンベルク大佐に、ロンメル将軍に・・・あと・・・ヒトラーとか・・・ヒムラーとか・・・ゲッペルスとか・・・それから・・・それから・・・ええと・・・」
なぜ、日本とドイツだけなのか・・・アメリカや、イギリスにも名将は色々いるでしょう・・・それに、後半の3人は政治家だし、日本の政治家はスルーなんですか。口を塞がれたまま、石垣は思った。
霧之の口にした、人物たちの映画の題名は察しがつく。一応、石垣も一通りは見ている。
しかし、これでは、脱線もいいところだ。
坂下は、ため息をついて咳払いをした。それで、2人を元の軌道に戻す。
「それは少し照れるな・・・どんな、凄い人物なのだ、山本五十六という人物は・・・?」
山本は頭を掻きながら、苦笑した。
だが、山本は苦笑を消して、沈んだような表情になった。
「しかし、軍神といわれるのは、間違った解釈だな。結局、三国同盟の阻止ができなかったのだから・・・それに、アメリカとの戦争なんかさせないだろう」
「部下が失礼をいたしました。申し訳ございません」
坂下がそう言いながら、頭を下げた。
「「申し訳ございません」」
我に返った、石垣と霧之が顔を真っ赤にして、頭を下げる。
「別に気にしなくてよい。逆の立場だったら、俺も同じ事を言っただろうから」
山本は穏やかな表情で言った。
「長官。そろそろ」
陸軍中佐が懐中時計を見ながら、耳打ちした。
「ああ、そうだったな」
山本も思い出したかのように声を上げた。
「坂下大佐。首相官邸で近衛総理以下、陸海軍首脳たちが待っている。車を用意したから、それに乗ってくれたまえ」
山本が言った。
「いえ、ヘリ・・・回転翼機と言えばいいでしょうか・・・それを用意していますので、それで向かいます。その方が車よりも早く着けます」
坂下が言った。
「そうか、それなら俺も乗せてはもらえないか?」
「長官!」
陸軍中佐が叫ぶ。
「歓迎します」
坂下が許可すると山本は嬉しそうにうなずいた。
第1ヘリコプター団第102飛行隊に所属するUH-60JAで首相官邸に向かった。
首相官邸の中庭に着陸すると、3人の自衛官と案内役である山本と陸軍中佐がヘリから降りた。
「しかし、この回転翼機というのは実に快適だった。貴重な体験をさせてもらった」
上機嫌の山本と正反対に、陸軍中佐は青ざめている。
「大丈夫ですか?」
心配そうに声をかける霧之に手助けされて、ようやく地面に降り立ったという感じだ。
「かたじけない、ご婦人に心配をかけるなど軍人として、恥だ・・・しかし、本当に貴重な体験だった」
首相官邸の会議室に通された。
会議室には、近衛文麿首相、陸軍大臣の東条英機中将、海軍大臣の及川古志郎大将、陸軍参謀本部総長の杉山元大将、海軍軍令部総長の伏見宮博泰王大将が顔を揃えていた。
他にも陸海軍の高級指揮官が顔を揃えていたが、石垣たちの記憶に思い当たる者はいない。ただ、1人だけ違和感を覚える人がいた。
黒のスーツを着た長身の男だ。
顔立ちから日本人ではない事がわかる。
「ダニエルは自分の仕事をしたようだな」
金髪碧眼の長身の男が言った。
この言葉に石垣たちは納得した。
彼が過去の日本に交渉を持ちかけた人物である。
名前はザムエルだった。
「ええ。ダニエル氏は我々を無事この世界に送り届けてくれました」
坂下が言う。
「そうか」
ザムエルは満足した笑みを浮かべながら、うなずいた。
「近衛閣下、彼らが私の話した80年後の日本から来られた特使です」
ザムエルが立ち上がり、石垣たちを紹介した。
「そうか」
近衛がうなずきながら、立ち上がる。
「よく来てくれた」
彼は石垣たち3人の自衛官たちと握手を交わした。
「恐れいります」
坂下が代表して言った。
「ザムエル氏からは今後の日本の未来は君たちから聞けばわかる、と言われていたが、これからの日本はどうなる?」
近衛が覚悟した表情で問う。
「これから説明します」
坂下が言うと、UH-60JAから持ってきたプロジェクターとスクリーンを用意した。
近衛と山本が席につく。
「これからお見せするものは、これからの日本が辿る未来です。皆さん覚悟して見てください」
石垣がノートパソコンを操作しながら、告げる。
第2次世界大戦についてその記録が流される。
1941年12月8日、日本帝国海軍は真珠湾に奇襲攻撃を仕掛ける。この奇襲攻撃により、アメリカ太平洋艦隊は壊滅するが、外務省のミスにより、宣戦布告が攻撃開始から1時間後に届けられた。この結果、だまし討ちになり、アメリカ国民を怒らせた。
陸海軍は真珠湾攻撃と同時期にマレー作戦を開始、緒戦において日本軍は連戦連勝を重ねる。半年間で日本軍は香港、マレー半島、フィリピン、インドネシア、シンガポールを次々に占領していく。
しかし、ミッドウェー作戦が失敗し、正規空母4隻を喪失した。ここからアメリカ軍の猛反攻を受けるのである。
アメリカ軍はガダルカナル島に上陸、これを甘く見た日本軍は逐次兵力を投入するが、補給線を叩かれ、日本軍は苦しい戦いを強いられるのだった。
半年間にもわたる悲惨な戦いの後、日本軍はガダルカナル島から撤退した。
アメリカ軍の北進は続き、日本軍は撤退を繰り返した。
ブーゲンビル島で山本五十六は米軍機の攻撃で戦死し、日本海軍は大打撃を被った。
マリアナ諸島もアメリカ軍に奪われ、サイパン、テニアン、グアムを基地にしてアメリカの戦略爆撃を日本は受けるのであった。
東京、大阪、神戸の大都市を始め、日本の各都市がその標的となった。
硫黄島戦、沖縄戦が始まり、2つの島はアメリカ軍に奪われる。
ドイツも無条件降伏し、第2次世界大戦は日本だけになってしまった。
アメリカは原子爆弾を完成させ、広島と長崎に投下、2発の爆弾で日本はポツダム宣言を受諾し、無条件降伏した。
ここまでの映像を見せた後、石垣は近衛以下陸海軍のトップたちの顔を見た。皆、言葉を失い顔は青ざめていた。
「こ、これが我々の未来か?」
近衛が長い沈黙の後、石垣たちに問うた。
「はい、残念ながらこれが貴方がたの運命です」
石垣が即答する。
陸海軍のトップたちは顔を見合わせた。
石垣も心中で彼らの苦境を理解できた。自分も変えられない運命を見てしまった時、彼らと同じ顔をするだろう。
「しかし、あのドイツが連合国に敗北するとは、技術は世界一の大国だというのに・・・」
東条が腕を組みながら、つぶやいた。
不思議にも自分がA級戦犯として死刑になる事には何も言わなかった。恐らく心の中では死ぬことに戸惑いを隠せていないだろう。
だが、陸軍将官であり、将来は首相にもなる人物だから、決して表には出さないだろう。
「確かにドイツは技術力では他の国をしのいでいますが、米英ソの物量戦の前には、歯が立たず、敗北します」
「「「・・・・・・」」」
近衛以下陸海軍のトップたちが言葉を失う。
「しかし、それを回避できるように貴官たちがここに来たのではないか?」
山本が重い空気の中で口を開いた。
「その通りです。この悲惨な運命を回避するために我々がここに来ました」
坂下が力強く言った。
会議室内に、おお、という声が広がった。
「これからは我々の時代のスーパーコンピューターで行ったシミュレーション結果をお見せします。シミュレーションというのはこの時代で言う兵欺演習に相当するものです」
霧之が簡単に説明する。
「まず、その説明をする前に、皆様には自衛隊の能力をある程度知ってもらう事が必要です。簡単に説明します」
坂下がそう言うと、石垣に振り向き、うなずいた。
石垣がノートパソコンを操作し、自衛隊の戦力を記載しているページを開いた。
「では、まず、陸上自衛隊、陸軍から説明します」
霧之が最初に説明のため、首脳たちの前に立った。女性が陸軍士官、しかも少佐というのに、軽いざわめきが起こった。
そんな事は気にせず、霧之は陸自の戦力の説明を始めた。
「私たちの時代の陸軍は戦車が主力です。戦車は90式戦車、10式戦車があり、どれもこの時代の世界最強に入る独ソ戦車よりはるかに強力です・・・」
戦車や小銃火器等の説明は、割とすんなり受け入れられたが、対地、対空、対艦用のミサイル等の説明には、質問が出た。
ロケットに、人工知能を搭載し、照準を合わせた目標を追尾、撃破するものと説明する。
陸海軍のトップたちはなんとなくわかったようにうなずいた。
「それで、海軍の方は?」
及川が問うと今度は、石垣が説明した。
「海上自衛隊、つまり海軍は対空、対水上、対潜ミサイルを装備した護衛艦が主力です。護衛艦には、汎用護衛艦。対潜ヘリコプター、回転翼機を搭載したヘリ搭載護衛艦。イージスシステムを搭載したイージス護衛艦に別れます。この中でイージス護衛艦は防空能力を高め、100の目標を捕捉し、10の目標を迎撃する能力があります」
「何と!では、イージス護衛艦は一度に10の目標を正確に、攻撃できるのかね?」
山本の質問に、石垣はうなずく。
「はい、イージス艦のイージスとは、ギリシャ神話の女神の盾という意味です。イージス艦の絶対防御システムの前には、航空機は歯が立ちません」
この言葉に、及川はうなずいたが、山本は少し驚いた顔をした。
それもそのはず、彼は大艦巨砲主義者が多い海軍の中で航空主論派であるからだ。
「空軍の方はどうなのだね?」
山本が問うた。
この質問には空自の坂下が説明した。
「航空自衛隊、空軍はジェット戦闘機が主力です。我々の時代ではこのジェット戦闘機を350機を配備し、それぞれ対地、対艦、対空戦闘が可能で、これも陸海と同様ミサイルを装備しています」
自衛隊の能力を聞いた陸海軍のトップたちは顔を見合わせた。
「それで、その兵欺演習の結果を教えてくれないか?」
東条が真剣な、表情で問うた。
「それでは説明いたします」
坂下がうなずき、石垣がノートパソコンを操作し、説明を始めた。
映像を見ながら、首相を始めとする閣僚たちから時折、質問が飛ぶ。
中でも、近衛首相の表情は真剣そのものだった。
人間は誰しも自分の都合の良い未来しか想像しないと、言った人がいる。それは、見たくない現実。認めたくない事実から、心を守るリミッターのようなものだ。
それを知った者はどうなるのだろう?
その時に、その人間の真価が問われるのだろう。
悲惨な未来を見た後で、沈んでいた彼らの目に強い光が宿る。
未来を変えてみせる。それは、強い決意の光だった。
時間跳躍 第5章をお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
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