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こぼれ話 海狼出撃

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 佐世保鎮守府敷地内を黒色の詰襟の制服を着た男が2人歩いていた。


 1人は中佐の襟章を縫った海軍将校ともう1人は大佐の襟章を縫った男が新しく改築された佐世保鎮守府の施設を見回しながら、進んでいた。


 海軍大佐の後ろについている40代後半の男は大日本帝国海軍予備役である(かさ)見則(みのり)(みち)予備中佐である。


 前を歩く男は笠見よりは年下で、海軍軍令部第1部第1課に所属する桜川(さくらがわ)典則(すけのり)大佐だ。


「笠見予備中佐。君は日本とアメリカの違いについて、どう考えている?」


「どう、とは?」


「私は海軍兵学校を卒業後にアメリカ海軍のアナポリス海軍兵学校を見学した。その後、アメリカの社会を学んだ。なぜ、独立戦争の後、イギリス等のヨーロッパの一流の海軍力を持つ国に戦争で征服される事も無く、現代まで独立を保ち、あのような経済大国、軍事大国になれたと思う?」


「いえ」


 桜川の質問に笠見は首を横に振った。


「そうか・・・」


 桜川はそうつぶやいた後、後ろに振り返り、笠見を一瞥した。


「予備中佐になって、どのくらいになる?」


「まもなく、半年になります」


 桜川は笠見の回答を聞き、そのまま進んだ。


「貴官はアシハラ協定に反対していたそうだな。なぜ、強く反対した?」


 桜川の質問に笠見は力強く主張した。


「未来の日本人たちの力を借りるのは我々の責任を放棄しているだけです。この時代の出来事はこの時代に住む日本人がしなくてはなりません。未来の日本人の力を借りるのは単なる極めて卑劣な手段です」


 その言葉に桜川は冬の青い空を見上げながら、つぶやいた。


「その意見は正しい。未来とはその時代に住む者たちが作る物であり、今から起きる悲惨な出来事を回避するために自分たちの都合の良い世界を作るのは身勝手な考えだ」


 桜川はそう言って、振り返り、笠見の顔を見た。


「だが、軍令部も聯合艦隊司令部も彼らの力を借り、それに依存している。そして、彼らと共に日本をより良い未来にするために共に戦う事が決まった」


 そう言って、桜川は佐世保鎮守府潜水艦用補修ドックに笠見を案内した。


「未来の日本の技術供与により、新しく建造された新型の攻撃型潜水艦だ」


 桜川はそう言って、潜水艦用補修ドックで各種点検を受けている潜水艦を見せた。


「[黒潮]型潜水艦2番艦[早潮]。彼らの資料では昭和18年の建造計画で建造された伊二百一型潜水艦を元に再設計し、さまざまな改良を施した最新型水中高速攻撃型潜水艦だ」


 桜川の説明に笠見は驚いた表情でその艦体を見た。


[黒潮]型潜水艦はこれまでのように伊号潜水艦とは違う扱いをされている。それは、艦首に菊の紋章が与えられている。


 これはつまり本型の潜水艦は正規の軍艦として認められているのだ。


「笠見予備中佐」


 桜川が笠見に告げた。


「本日付を持って、予備役中佐から現役に復帰し、潜水艦[早潮]の艦長を命ずる。すでに手続きは完了している。正規の命令書と任命書等は届いている。笠見中佐の奮戦に期待する」


 桜川がそう言うと、笠見は「はっ」と言って、挙手の敬礼をした。


 通常の大日本帝国海軍潜水艦の艦長職は少佐であるが、それらの規定を改正し、外洋に出る事を主任務とする潜水艦の艦長は中佐が任命され、沿海防衛を主任務とする潜水艦は少佐が艦長になると定められた。


 これは潜水艦の重要性が極めて高くなったからだ。





 数日後。佐世保軍港を出港した[早潮]はそのまま、南太平洋に針路にとった。


[早潮]の艦橋で大日本帝国海軍士官用作業服を着た笠見は冬の海を眺めていた。


[黒潮]型2番艦[早潮]型潜水艦は各種試験航海と潜航試験等の試験を終えて、佐世保潜水艦用補修ドックで検査と整備が終えたばかりだ。


 各種試験のために操艦等を行っていた試験要員たちは陸に上がり、今、[早潮]に乗艦している乗組員たちは伊号潜水艦の乗組員だった者たちが新しく新装備のノウハウを取得した兵、下士官、特務士官、士官たちが70名乗艦している。


「艦長」


 艦橋に上がってきた中年の男が笠見に声をかけた。


「艦長と再び海に出られて、光栄です」


 中年の男が挙手の敬礼をした。


「ああ。お前が下士官や兵をまとめてくれるのなら、安心だ」


 笠見が答礼しながら、言った。


 中年の男は笠見が潜水艦勤務をしてからずっと一緒に働いてきた戦友だ。


 彼は田口(たぐち)兵曹長である。


「乗員の練度はどうだ?」


 笠見がさっそく聞く。


「若造どものやる気は十分です。経験者も若造どもをきちんと率いています。潜水艦魂は十分です」


 田口の言葉に笠見は笑みを浮かべた。


「そうか。ならば、乗員の練度を再確認するとしよう」


 笠見がそう言うと、田口は号令を出した。


「急速潜航!」


 田口の号令と共に[早潮]艦内で急速潜航を知らせる警報ブザー音が鳴り響いた。


 笠見と田口を含む艦橋見張り員が発令所に移る。


 発令所では、各要員たちが急速潜航の準備に取りかかっている。それ以外の要員たちはすぐに艦首にすばやく移動する。


「機関室より、エンジン停止完了。バッテリー推進に切り替えます」


 航海科士官が報告する。


 海水が大量に注水され、[早潮]が青く深く、死の世界とも言える海中に艦体を沈める。


「潜望鏡を上げ、深度20」


 笠見が指示を出しながら略帽を反対に回し、潜望鏡を覗く。


「深度20」


 潜航指揮官が報告する。


 笠見がストップウオッチを止める。


「潜望鏡を降ろせ」


 笠見がそう言うと艦内マイクを持って、艦内放送した。


「全乗員、そのままの状態で聞け。諸君等も知っての通り、日米開戦はまもなく始まる。我々の任務は南太平洋に行き、陸海軍で行われるニュープリテン島攻略を支援する事である。付近ではオーストラリア海軍駆逐艦や潜水艦がいる。本艦の任務はニュープリテン島に上陸支援のために展開している海軍艦艇を守る事にある。本艦は海軍が建造した最新鋭の潜水艦だ。この戦いが本艦の初陣であるから、その任務は重い」


 笠見がそう言うと、ストップウオッチを見た。


「さっきの急速潜航の訓練だが、俺のストップウオッチでは75秒だ」


 笠見は振り返り、[早潮]の副長である日柳星斗(くさなぎせいと)少佐に聞いた。


「そっちは?」


 日柳はストップウオッチを見ながら答えた。


「同じです」


[黒潮]型潜水艦は水中高速航行能力、長時間潜航、長期の作戦行動等を想定して建造された潜水艦であるため、この時代で必要な急速潜航能力は他の潜水艦より低い。


 試験潜航でも急速潜航の時間は熟練したベテランの操艦要員でも65秒かかった。


 75秒と言うのは、恐らくかなり早い方だろう。


「では、この時間を後5秒短縮できるよう努めてくれ」


 笠見がそう言うと、作戦海域まで乗員の練度を上げる事にした。


 もちろん、この欠点を補うため、いくつかの対策が考えられている。





 佐世保軍港を出港してから3日目。


 すでにミクロネシア諸島の海域に到着した[早潮]はバッテリーの充電のため、浮上航行していた。


[黒潮]型潜水艦は浮上速力が14.5ノット、水中速力が18ノットである。


 しかし、潜航中に最大速力18ノットで航行してしまった場合、1時間でバッテリー切れになる(ただし、1時間も全力水中航行した場合はバッテリーにかなりの負担が出るため、その後、90時間以上は水中航行ができない、という重大な欠陥がある。そのため、全力水中航行する時間は40分と規定されている)。


 基本的には水中巡航速度の8ノットで航行する。この速力なら20時間は潜航できる。


 そのため、本型は昼間は潜航して、夜間に浮上してバッテリーの充電を行う。


 もっとも、この潜水艦の驚くべきところは水中速力とバッテリーの容量だけでは無い。隠密性もこの時代の潜水艦を上回る。


 速力5ノット未満で水中航行した場合、この時代の駆逐艦のパッシブ・ソナーでは探知できなかった。


 もちろん、菊水総隊海上自衛隊第5護衛隊群の旧式護衛艦のパッシブ・ソナーでも探知はできるが、この時代の潜水艦の中ではもっとも隠密性が高いと称賛された。


 笠見は艦橋に立ち、夜間の艦橋見張り員たちと共に夜の海上を見張っている。


「艦長も夜の景色を見ているのですか?」


 笠見より年上の海軍士官が艦橋に上がってきた。


「軍医長も外の空気を吸いに来たのか?」


 笠見が笑みを浮かべて、言った。


「ええ。伊号潜水艦と違って、この艦は1日の3分2は潜っていますから、酸素がまずいのですよ」


 この海軍軍医は[早潮]の軍医長である(とき)(むら)三郎(さぶろう)大尉だ。


 彼は海軍軍医学校出身の軍医では無く、大学の医学部出身の軍医だ。そのため、出世とは無縁の海軍士官だ。


「まったくだ。本艦には酸素供給装置が設置されているが、本艦産の酸素に慣れないととても過酷すぎる環境だ」


「ええ。黒潮病を発症する乗員はこの2日間で10人出ました」


 時村が煙草の箱を取り出し、1本を口に咥える。


「艦長もどうです?」


 時村が煙草を1本差し出す。


「すまない」


 笠見は煙草を貰い口に咥える。


 笠見と時村は煙草に火をつけて、煙を吸う。


「本艦の食事はすごくいいが、衛生面が悪いな」


 笠見がぼやいた。


「そうなのです。本艦は伊号潜水艦に比べれば隠密性、生存性、探知能力、戦闘能力は伊号潜水艦を10手先以上に上回っていますが、衛生面はなんとも」


 時村が煙草の煙を吐きながら、つぶやいた。


 長時間潜航を想定しているため、酸素供給装置はかなりの性能が高い物が設置されている。しかし、これは単に海水を入れて電気分解で水素と酸素を作るのだが、この2つの元素は誰も知っている通り極めて危ない元素だ。それで水素を海中に放出し、酸素を艦内に流す仕組みなのだが、その際に酸素供給装置を動かすため、独自の燃料が必要だ。


 これが、艦内を過酷にしている一番の原因だ。酸素に油の匂いが混ざり、さらに、潜水艦独特の異臭が混ざるから、とても快適では無い。


 そのため、黒潮病と言う。[黒潮]型潜水艦に乗艦する乗員にしか、発症しない病気が蔓延した。しかし、この病気は新鮮な酸素を1時間ないし2時間吸わせると完治する病気だ。


 もちろん、この対策もきちんととっているが、慣れない乗員が本型に乗艦すると必ず医務室で1時間ぐらい寝込む。


「まったく、伊号潜水艦の方がずっといい気がする」


 笠見がぼやいた。





 1941年12月10日。


 数分前まで12月9日だった。


[早潮]は作戦海域に入ったため、戦闘配置が発令され、潜航した。


「総員戦闘配置!これまでの訓練通り、各員の職務を確実に遂行しろ!」


 笠見が艦内マイクで69名の部下に喝を入れる。


「深度20」


 潜航指揮官が報告する。


 笠見は略帽を反対に回し、潜望鏡を覗く。


 軍令部からの報告では、すでにグアム島が陥落した事はアメリカ合衆国の陸海軍上層部にも届いており、オーストラリアに駐留するアメリカ海軍が駆逐艦、巡洋艦10隻以上と空母1隻の艦隊がビスマルク諸島近海に向けて緊急出港した、と情報が届いた。


[早潮]の任務は[黒潮]型潜水艦の同型艦である3隻と共同して、オーストラリアにあるアメリカ海軍基地から出港した空母1隻を基幹とする航空艦隊を撃滅する事である。


 すでにトラック諸島からニュープリテン島攻略のために編成された陸軍3000人と海軍陸戦隊1500名が大日本帝国海軍の新大戦略のもとで新造された輸送艦隊に乗艦した高速輸送艦群に分乗した上陸部隊が駆逐艦等に護衛され出撃した。


「聴音室。海上及び海中を念入りに捜索しろ。必ず敵航空艦隊を捉えろ」


 笠見は潜望鏡を回転させながら、周辺海域を監視する。


 速力4ノットで水中を航行し、空母を護衛している駆逐艦のパッシブ・ソナーに探知できない速度で海中に潜む。


 潜水艦乗りにとって、もっとも長い時間が始まった。


 基本的に潜水艦は伏撃が多い。敵の輸送艦船や空母、戦艦がやって来るのを待つだけだ。


 そのため、潜水艦乗りは極めて我慢強い者たちでなければ勤まらない。


 だが、今回の作戦に関しては未来から来た日本の情報機関から提供された最新の通信傍受機器や暗号解読装置があるため、すぐにアメリカ軍を含む連合軍の情報を把握する事ができる。そのため、緒戦はすべて日本側が有利だ。


(しかし、敵も馬鹿では無い)


 笠見は心中でつぶやいた。


 恐らく、この戦いでアメリカ軍は必ず、暗号通信が日本側に解読されている事は把握するだろう。暗号解読と暗号通信文は言わば、想像力の戦いだ。


 どんなに優れた機械を開発しても、すぐに新しい暗号が作成される。


 その時、使用される暗号文は単なる数式なものもあれば、その国の地域限定の固有の原語等が使用される。


 数式の暗号は解読するのは一般人が思うほどには難しくない。だが、地域限定の固有の原語等が暗号にされると解読はかなり難しい。


「聴音室より、艦長へ、スクリュー音を探知しました。左舷前方7000。スクリュー音から大型艦から小型艦が複数いる艦隊です!」


 聴音室からの報告を聞いて、笠見は潜望鏡をその方向に向けた。倍率を上げ、艦影を確認する。


「どうやら、俺たちが当たりを引いた」


 笠見はそう言うと、潜望鏡を下げて、発令所の真ん中にある海図を見る。


 すでに水雷長と航海長の2人は海図に印をつけて、計算している。


「軍令部からの情報通り、間違いありません。オーストラリアから出撃したアメリカ海軍の艦隊です」


 水雷長が軍令部からの情報と聴音手からの報告を照らし合わせながら言った。


「よし、本艦の初陣だ。1番から4番まで魚雷装填」


 笠見がそう言うと、水雷長が艦内マイクを持って、魚雷発射管室に連絡した。


「航海長。針路を敵艦隊の真横に魚雷を撃ち込める針路をとれ」


「はっ!」


 笠見の指示で航海長と水雷長がそれぞれの指示を出す。


 アメリカ海軍の艦隊と思われる艦隊が笠見の予想した海域に接近すると、再び潜望鏡を上げた。


「間違いない。アメリカ海軍の空母[ラングレー]だ。周囲を駆逐艦と巡洋艦が警戒している。艦隊速度は12ノット。距離4000」


 笠見が潜望鏡で空母艦隊を確認しながら詳細な情報を教える。


 水雷長はすぐに魚雷を空母に撃ち込めるよう計算する。


「艦長。魚雷発射準備完了です」


 水雷長の報告に笠見は発射命令を出した。


「撃て!」


 笠見の号令を聞くと、水雷士が魚雷の発射ボタンを押した。


[黒潮]型潜水艦の魚雷の発射は発令所で行われる。


 軽い振動と魚雷発射管から魚雷が発射される音が低く伝わる。


 これも[黒潮]型潜水艦の特徴であり、魚雷の発射はかなり音が低くなるよう設計されている。


 発射された魚雷は[黒潮]型潜水艦と同時期に開発された53.3センチ酸素魚雷特型である。未来の日本からの技術提供により、開発された本魚雷は誘導装置は無いが、その分、静粛性と高速性、破壊力を向上させた新型魚雷だ。


 そして、その有効射程距離は従来の酸素魚雷を大幅に上回る。


 速力50ノットでも、魚雷から発するスクリュー音も小さく、探知を難しく、さらに高性能炸薬を使用するため、空母や戦艦でも横腹に4本も喰らったら、轟沈は避けられない。


 ただし、この酸素魚雷は極めて高価であるため、本魚雷が装備されているのは[黒潮]型潜水艦のみだ。


 4本の53.3センチ酸素魚雷特型は護衛の駆逐艦や巡洋艦に発見される事も無く、そのまま空母[ラングレー]に吸い込まれるように命中した。


 巨大な水柱が上がり、[ラングレー]は大きく傾いた。その後、大規模な爆発が起こり、炎上した。


 どうやら、かなりのダメージを艦体に与えたのか、わずかな時間で[ラングレー]は沈み始めた。


「急速潜航!深度150。爆雷の届かない深度で身を潜める」


 笠見は戦果に溺れる事無く、[早潮]を海中深くに沈める事にした。


[黒潮]型潜水艦の安全潜航深度は150メートルである。最高限界深度はゆとりを持った深度として250メートルである。


 ちなみに潜航試験では220メートル潜航してもまったく問題なかった。


 圧潰深度は300メートルと報告されているが、技術者たちの話では、もう少し潜っても圧潰しないだろうと言われている。


 そのため、アメリカ海軍の対潜兵器である爆雷が、改良されて、120メートル以上の最深深度設定で投下されても、200メートル潜ればしばらくの期間は大丈夫だ。


[早潮]は深度150まで潜った時、ようやく、[ラングレー]の随伴艦が対潜捜索と[ラングレー]の乗員救助を行った。


 この時のアメリカ海軍省に届いた報告書では、[ラングレー]は魚雷4本直撃後、わずか10分も経たないうちに沈んだ。


 当初は4本とは報告されず、かなりの数の魚雷が命中したと報告されたそうだ。

 こぼれ話をお読みいただき、ありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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